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第8話 歌姫は肉食。
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陽が高くなりきった頃、最初の休憩を取るべく俺達は雪の上に尻が乗るくらいのシートを置いて座り込んだ。
とりあえず、俺達がしたことは、最初の一缶を空けることだった。
雪を水に溶かして呑むにしても、パックのスープを暖めて呑むにしても、コップらしいコップがあると無いでは大違いだ。
だがコップらしいものは見つからなかった。仕方なし、とりあえずまだ中に積まれていた缶詰を取り出してきた、という具合だ。パッケージが所々破けていて、中身が何だか判らないものが大半だった。
その中/+から適当な大きさのものを持ってきたのだが…果たして、何が出てくるやら。半分不安、半分わくわくするような気持ちで開けてみると、俺のはどろりとした茶色のシチュウだった。
俺が一つ空け、二つ目を手に取ろうとすると、貸して、と歌姫は俺にナイフを要求した。出来るのだろうか、という気がしつつも手渡すと、意外にも歌姫は器用に缶を空ける。
「上手いじゃないか」
「そりゃまあね。お前らの星より俺達の星は、便利なものは少ないから」
一本のナイフで何でもこなす、か。さくさくと押し切るようにして奴はその蓋を丸く開けた。
「お、ありがたい」
そしてその中身にぐっさりとナイフを刺す。
かぽ、と音がして、中身は外れた。肉汁が煮こごりになっている、脂身も適度に入ったローストミートだった。
「やっぱり暖めたいなあ。火、点けようよ」
そうだな、と俺もうなづいた。どっちにせよ、こんなものが入っていたんじゃ、一度湯で洗浄しない限り、コップの代わりにはならない。
缶入りのろうそく、という物があった。俺は自分の荷物からそれを出し、火を点ける。案外それは大きな炎を上げた。
溶けたろうは、そのまま缶に残る。中には気体になってしまう部分もあるが、残る部分もまだ多い。
そこへすかさず奴は、持っていた金網のかごをかぶせた。大して大きくもないそれは、ちょうどよく、シチュウの缶を乗せると、その台となった。なるほど。
ぐつぐつと音を立てだすと、それを外し、今度はローストミートの缶に代える。しばらく缶のまま暖めていたが、奴は中身をやがて取り出すと、そのまま火にあぶった。
くるくると回しながらあぶると、やがて辺りにいい香りが漂う。ちらちらと具合を見ていたが、やがて奴は、それをぐっと俺に差し出した。
「先に食いなよ」
「お前があぶっていたんだろ?」
「俺は先にこっちのシチュウを食いたいの。だからお前こっち」
へいへい、と俺は肩をすくめると、奴の手から肉付きのナイフを取った。そして食いつく。
確かに暖めたそれは美味い。何やら久しぶりに歯ごたえのある肉にかぶりついたような気もする。塩味がややきついが、ゆっくり噛んで味わうにはいい。
ふと見ると、奴は肉を抜き取った後の缶に雪を入れ、それを煮溶かし、何度かぐるぐると中身を振っている。そしてそれを一度外に空ける。白い雪が、茶色く染まった。奴はそれを何度か繰り返す。やがて雪は、水を空けられてもその色を変えなくなった。
奴はそんなことをしながら、片手でシチュウに口をつけている。
ず、と吸い込む音が耳に入る。時々口を離しては、唇についたシチュウをぺろりとなめる。やや厚手の、形の良い唇に、ピンク色の舌が動くその様子は、腹に物が入って、何となく人心地ついたような時に見ると、何やら多少色っぽくもある。
「…何見てんの」
歌姫は不意に声を立てた。は、と俺は我に返る。
「全部食い尽くすなよ。半分は俺のだ」
奴はそう言うと、俺の手から肉つきナイフを取り、シチュウの缶を逆に俺に握らせた。まだずいぶんと暖かい。
歌姫は、肉にかぶりつく。やや噛みきれない部分でもあったのか、顔を少し歪めてぎ、と歯で食いちぎる。むしゃむしゃむしゃ。実にいい食べっぷりだ。
俺もそれにつられるようにして、シチュウに口をつける。途端に、ほとんど崩れかかった野菜の欠片が口に飛び込んでくる。
美味い、と思う。自分の身体が欲しているものは、やっぱり美味く感じるらしい。
「おい、もう食べちまうぞ」
と歌姫は言う。
ああ、と俺は答え… ようとして、漏れたのは、ち、という音だった。
何かが唇にかみついたような感触があった。シチュウの味に混じって、鉄のような味がする。
「おい、気を付けろよ」
奴はそう言って、残っていた肉を口に放り込むと、くちゃくちゃとかみ砕きながら俺に近づいてきた。何だと思って俺は口に手を当てる。手の甲が真っ赤に染まった。どうやら缶の端で唇が切れたらしい。
「あーあ、ずいぶん深い」
しょうもないな、という顔で、奴の真っ赤な瞳が俺のそれをじっとのぞき込んだ。
「唇なら、すぐ止まるだろ」
俺は不意に目を反らした。ところが、反らした視界に入ってくるのは、どうものそのそとそれ以上に近づいてくる奴の姿…らしい。
「おい」
俺がそう言って顔を上げた時、目に入ったのは、残った肉片を飲み下す喉だった。するりとした線だ。
そして、奴の舌が、いきなり俺の唇をなめた。
俺は驚いて、何をされているのか、一瞬判らなかった。すると歌姫は、平然とした顔で言う。
「変な顔」
……さすがにそう言われると、俺も我に返る。戸惑いながらも、言い返す。
「変な顔って何だよ」
「変な顔してるから変な顔って言うんだ」
こいつの頭の中はやっぱりさっぱり理解できない。
とりあえず、俺達がしたことは、最初の一缶を空けることだった。
雪を水に溶かして呑むにしても、パックのスープを暖めて呑むにしても、コップらしいコップがあると無いでは大違いだ。
だがコップらしいものは見つからなかった。仕方なし、とりあえずまだ中に積まれていた缶詰を取り出してきた、という具合だ。パッケージが所々破けていて、中身が何だか判らないものが大半だった。
その中/+から適当な大きさのものを持ってきたのだが…果たして、何が出てくるやら。半分不安、半分わくわくするような気持ちで開けてみると、俺のはどろりとした茶色のシチュウだった。
俺が一つ空け、二つ目を手に取ろうとすると、貸して、と歌姫は俺にナイフを要求した。出来るのだろうか、という気がしつつも手渡すと、意外にも歌姫は器用に缶を空ける。
「上手いじゃないか」
「そりゃまあね。お前らの星より俺達の星は、便利なものは少ないから」
一本のナイフで何でもこなす、か。さくさくと押し切るようにして奴はその蓋を丸く開けた。
「お、ありがたい」
そしてその中身にぐっさりとナイフを刺す。
かぽ、と音がして、中身は外れた。肉汁が煮こごりになっている、脂身も適度に入ったローストミートだった。
「やっぱり暖めたいなあ。火、点けようよ」
そうだな、と俺もうなづいた。どっちにせよ、こんなものが入っていたんじゃ、一度湯で洗浄しない限り、コップの代わりにはならない。
缶入りのろうそく、という物があった。俺は自分の荷物からそれを出し、火を点ける。案外それは大きな炎を上げた。
溶けたろうは、そのまま缶に残る。中には気体になってしまう部分もあるが、残る部分もまだ多い。
そこへすかさず奴は、持っていた金網のかごをかぶせた。大して大きくもないそれは、ちょうどよく、シチュウの缶を乗せると、その台となった。なるほど。
ぐつぐつと音を立てだすと、それを外し、今度はローストミートの缶に代える。しばらく缶のまま暖めていたが、奴は中身をやがて取り出すと、そのまま火にあぶった。
くるくると回しながらあぶると、やがて辺りにいい香りが漂う。ちらちらと具合を見ていたが、やがて奴は、それをぐっと俺に差し出した。
「先に食いなよ」
「お前があぶっていたんだろ?」
「俺は先にこっちのシチュウを食いたいの。だからお前こっち」
へいへい、と俺は肩をすくめると、奴の手から肉付きのナイフを取った。そして食いつく。
確かに暖めたそれは美味い。何やら久しぶりに歯ごたえのある肉にかぶりついたような気もする。塩味がややきついが、ゆっくり噛んで味わうにはいい。
ふと見ると、奴は肉を抜き取った後の缶に雪を入れ、それを煮溶かし、何度かぐるぐると中身を振っている。そしてそれを一度外に空ける。白い雪が、茶色く染まった。奴はそれを何度か繰り返す。やがて雪は、水を空けられてもその色を変えなくなった。
奴はそんなことをしながら、片手でシチュウに口をつけている。
ず、と吸い込む音が耳に入る。時々口を離しては、唇についたシチュウをぺろりとなめる。やや厚手の、形の良い唇に、ピンク色の舌が動くその様子は、腹に物が入って、何となく人心地ついたような時に見ると、何やら多少色っぽくもある。
「…何見てんの」
歌姫は不意に声を立てた。は、と俺は我に返る。
「全部食い尽くすなよ。半分は俺のだ」
奴はそう言うと、俺の手から肉つきナイフを取り、シチュウの缶を逆に俺に握らせた。まだずいぶんと暖かい。
歌姫は、肉にかぶりつく。やや噛みきれない部分でもあったのか、顔を少し歪めてぎ、と歯で食いちぎる。むしゃむしゃむしゃ。実にいい食べっぷりだ。
俺もそれにつられるようにして、シチュウに口をつける。途端に、ほとんど崩れかかった野菜の欠片が口に飛び込んでくる。
美味い、と思う。自分の身体が欲しているものは、やっぱり美味く感じるらしい。
「おい、もう食べちまうぞ」
と歌姫は言う。
ああ、と俺は答え… ようとして、漏れたのは、ち、という音だった。
何かが唇にかみついたような感触があった。シチュウの味に混じって、鉄のような味がする。
「おい、気を付けろよ」
奴はそう言って、残っていた肉を口に放り込むと、くちゃくちゃとかみ砕きながら俺に近づいてきた。何だと思って俺は口に手を当てる。手の甲が真っ赤に染まった。どうやら缶の端で唇が切れたらしい。
「あーあ、ずいぶん深い」
しょうもないな、という顔で、奴の真っ赤な瞳が俺のそれをじっとのぞき込んだ。
「唇なら、すぐ止まるだろ」
俺は不意に目を反らした。ところが、反らした視界に入ってくるのは、どうものそのそとそれ以上に近づいてくる奴の姿…らしい。
「おい」
俺がそう言って顔を上げた時、目に入ったのは、残った肉片を飲み下す喉だった。するりとした線だ。
そして、奴の舌が、いきなり俺の唇をなめた。
俺は驚いて、何をされているのか、一瞬判らなかった。すると歌姫は、平然とした顔で言う。
「変な顔」
……さすがにそう言われると、俺も我に返る。戸惑いながらも、言い返す。
「変な顔って何だよ」
「変な顔してるから変な顔って言うんだ」
こいつの頭の中はやっぱりさっぱり理解できない。
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