未来史シリーズ③銀の歌姫~忘れられた惑星に落ちた二人

江戸川ばた散歩

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第17話 無闇に広い浴室だった。

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 おそらく職員が共同で一斉に使用していたのだろう。がらんとした、高い天井、半円型の窓にはステンドグラス。そこから、光が差し込み、湯気にその色が映し出される。
 浴槽と洗い場が別々になって、広い。俺の住んでいた文化圏には馴染み深いタイプの浴室だった。
 俺はいい加減この濡れネズミな状態からおさらばしたかったので、さっさと服を脱ぎ捨てると、辺りを見渡し、果たして使えるのか判らない程古そうな石鹸だのブラシだのを手にとった。
 だがふと見ると、歌姫はいつまで経ってもそのままだった。

「…何やってるんだよ」
「これが風呂?」
「…そりゃそうだろ」
「…何か変だ…」

 ああそうか。文化圏が違うのだ。

「何、お前らのとこってどういう風呂だったんだよ」

 だいたい火山がたくさんあるなら、温泉という天然の浴室には困らなかったろうに。

「どういうって… まず部屋を暖めて…」
「ああサウナか」
「お湯ためてどうすんだ?」
「…ってなあ」

 議論してどうのという問題ではないと思う。俺は頭をぽりぽりとひっかきながら、さっさと熱帯雨林の大気の中に入った。
 要は、ちゃっちゃと俺の居るところで脱ぎたくないのだろう、と気付いたのだ。
 だが矛盾した奴だ、と俺は適度な温度になっていた浴槽に胸まで浸かりながら思う。だいたい俺と寝ないか、と最初に言ってきたのは奴だ。なのに何を言っているのやら。
 適度な暖かさの湯の中、俺は足を思い切り伸ばす。ひどくいい気分だ。今までこわばっていた眉間や頭の中が一気に緩むのではないか、と思うくらいだった。
 正直言って、ここでこんなリラックスしていいのか、という気持ちはある。何せあの端末にしたところで、結局得体が知れない。だが、歌姫が居る以上、下手な手は出さないだろう、という気はしていた。楽観的だ、とは思う。だが、悲観的になったところで仕方がないのだ。
 どちらにしても、あれ以上地上をさまよっていたところで、疲労は溜まる一方だったろう。これが人間を標本として取っておくための罠だったとしても!
 その時は、その時だ、という気がしていた。その時には、この場を全部破壊して、歌姫を抱えてでも逃げ出すだろう…
 ふっとそんな想像に俺は苦笑する。
 だいたい俺は元々が温帯育ちで、限定戦場も亜熱帯だった。
 寒さに慣れないから、どうしてもここ数日の行軍では、休んだところで、身体が充分休もうとしないのだ。
 歌姫が元気なのは、元々そういう気候の中で育ったからだろう。最も、逆に奴は熱帯に連れ込まれたらひとたまりもなさそうだ。

「…」

 気配がしたので、ふと顔を上げると、へりに頬杖をつきながら、ひどく難しい顔をして、歌姫は湯に浸かっている俺を見ていた。

「…何だよ」
「ほんっとうに、これが、風呂なのか?」
「お前まだそんなこと言ってんの?」

 そして俺は勢いよく奴の手を引っ張った。は? と言いたげな顔をしたまま、奴は頭から湯の中に突っ込んだ。
 しばらくばたばた、としていたと思ったら、やがてぱっと顔を出し、真っ赤な顔になって俺をにらみつけた。

「何すんだよ! 人を殺す気かよ!」
「…お前なー… この深さで死ぬの何だのって言うなよ…あ、それとも何だ?お前、泳げない?」
「馬鹿にするなよ、泳げくらいするよ! だけど水は冷たいもんじゃないか!」

 だろうな、と俺は思う。
「…やっぱ熱い! 俺出るっ!」
「まあ待てってば」

 俺は立ち上がる歌姫の手を引っ張る。すんなりした腕が、軽く反り返る。

「…お前さあ、顔、変だぞ」

 はい? と俺は色の引かない奴の顔をのぞき込む。

「何かさっきから、ひどく緩みっぱなしだ」
「そうか?」
「そうだよ。ずーっとほら、ここんとこに、シワ寄せちゃってたのにさ」

 空いた方のこぶしでこん、と奴は俺の額を軽く叩く。そして俺はその手を掴んだ。

「何」

 歌姫は避けなかった。するり、と俺の口から、ひどく自然にその言葉は出た。

「抱きたい」

 ほんの少し、手首が動く。

「抱いていいか?」
「そんなこと」

 掴まれた両手が、そのまま掴んだ両手をたどる。ゆっくりと、それは近づいてくる。

「最初から言ってるじゃないか」

 そして、水しぶきが上がる。
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