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第9話 「とにかく曲!」
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午後六時のチャイムが何処かで鳴っている。
「こんちはーっ」
「あ、TEARさん、ごきげんよう。今日はどうしました?」
にこやかに鉢植えの観葉植物に水やりをしているマリコさんの姿が目に入ったから、何となくさわやかな気分になってTEARはあいさつをする。
マリコさんはグレーの長袖Tシャツにパステルカラーの大きなエプロンをかけている。いつも上の方だけで止めている髪は首のあたりでくくっているので、ちょっといつもと印象が違う。
「いや、電話しといたはずなんですけど。あたしの曲あったら持ってきてとか言ってたから」
「あらあら」
鉢植えは、あまり広くはない庭にありったけ並べられているようにも見えた。アジアンタムくらいなら友人が前持っていたから、とTEARも名は知ってるけれど、他の鉢植えはよく判らない。
ちら、と目を移すと、鉢でない地面に、柔らかそうな花が優しい色合いで咲いている。
「何ていいます? あれ」
「ああ、あれ? ゼラニウム」
「聞いたことない」
「あっちの方には桔梗が植えてあるから、もう少ししたら青紫の綺麗な花が咲くのよ。その向こうはインパチェンス」
と赤い花を指す。
「へえ」
TEARは花のことなどさっぱり判らなかったが、この人が花にたわむれているのはなかなかいいものだと思う。
マリコさんに関しては、TEARは最初から好感を持っている。
まず料理が上手いというのが最大のきっかけだったが、それだけではなく、彼女は実にいろいろなことをこなしていたからである。それを鼻にかける訳でもなく、ごくごく自然に。
そう思えば思うほど、この人とHISAKAとMAVOってのは何なんだろう、と思う。
姉妹だろうか。でも姉妹だったら―――
どう見ても「姉」の年齢のマリコさんがHISAKAに敬語使ったり、HISAKAがマリコ「さん」というはずもないし。
さらに言うならMAVOはさらに判らないのだが……
居候と冗談めかして本人は言っていたが、単純に信じるにはその単語はあまりに似合わない。
「夏の向日葵だの朝顔くらいなら判りますけれど、そういうのは初耳で」
「そういうものよ、誰だって。私はたまたま好きなだけ」
「たまたまですか」
「だってあなた達の楽器を見たって私には何処のメーカーも一緒に見えますもの。それと一緒でしょう?」
「なるほど」
そう言われるとそうかもしれない。
「今日も暑かったわね。バイト帰り?」
「ええ。稼げる時にはそうしておかないと、食っていけないし」
ふうっとマリコさんはため息をつく。
「偉いわね…… うちのあの子達は今日も一日楽器と戯れてたけど」
「出来ればあたしだってそうしたいですよ。でも食わなきゃならないからそうしてるだけで…… できるんならそうした方がいいですよ」
「そおかしら」
「そうですよ」
そうかもね、とマリコさんはつぶやく。
「ごはん食べていくでしょう? 今日は暑かったから冷やし中華にするつもりよ。好き?」
「マリコさんの作るものなら何でもっ。実はもの凄くお腹空いてるし、目当てにしてたんですよっ」
「そう? 頼もしいわ。うちの連中ときたら全く少食なんだから」
後で冷たいもの持ってくからね、と言ってマリコさんはキッチンに引っ込んだ。
「うちの連中」は楽器を使える部屋にいるという。
この家は、まあありきたりな一軒家ではある。
ただし、その「ありきたり」は、並以上のサラリーマンがある程度の年齢になって、ローンで建てる類の2階建て5LDKという奴であり―――
少なくとも、こんな若い女三人が住んでいるというのはとても妙だった。
さらにその中の一つの部屋には防音までしてある。
いったいこいつら何やって生活してるんじゃ?
それは出会ったその日からの疑問ではある。が、あまりにもその家で与えられるものが気持ちいいので、ついつい疑問を持つ心に鍵をかけてしまう。
防音の効いた部屋は1階にある。2階がそれぞれの私室になっていて、下は防音の部屋とリヴィング、そしてLDKである。明かに「音楽をする」「三人で住む」ことを前提にした家だった。
HISAKAはその防音の部屋を「練習室」と呼んでいたが、MAVOは面倒だから、と「スタジオ」と言っている。
その「スタジオ」はだいたい十畳くらいの大きさで、中にはアプライトピアノとドラムがどん、と鎮座ましましている。
「引っ越してくる前はグランドピアノだったんだけどね」
とHISAKAはぽろっともらしたこともある。
「弾けるの?」
TEARはその時訊ねた。HISAKAはその時はこう答えた。
「少しは」
じゃあよくある、子どもの時レッスンさせられたアレ、かなとTEARはその時はそう解釈した。
「アンプとか置いてもいい?」
「持ってこれるならいいよ」
で、現在はTEARのアンプもその部屋の仲間入りをしていた。
楽器だけではなく、居心地のいいカウチもあって、フローリングの床に寝ころぶには疲れている日にはそこを占領したりする。だが、本日はそのカウチには先客が居るようだった。
ドアがぴったりとは閉まっていない。閉まってなくともいいのだろう、音は出ていない。入っていいのかな、とそっと重い扉を開ける。
誰も、いないように見えた。
…
だが気配はある。
何をしとるんじゃ、とTEARはふと中を見渡す。
カウチの向こうに薄い色の金髪が動いた。あの色はHISAKAだ、とTEARは声を掛けようとした。と。
「……」
声を立てようとした瞬間、もう一人の気配を感じた。この気配は。
TEARは知っていた。
人間が絡まる音だ。微かな濡れた音、押し殺した喉の奥から漏れる声、細かな家具の振動。
息を飲む。
こん、とTEARはドアを指で弾いた。
はっとHISAKAは身体を起こした。そしてその半ば下になっていたもう一人も。
「TEAR」
「来てたの?」
甘ったるい匂いが微かにその瞬間部屋中に広がった。
それは彼女達の髪の香りだの、見られたことに対する緊張の汗の香も混じっているかもしれない。
見られた。
「うん」
あっさりとTEARは答えた。
「前から作ってた曲のテープがあったからさあ」
「あ、曲」
「あるなら聴いてみたいって言ったのはあんたじゃなかったか?」
「そうだね……」
「TEARいつから居たの?」
MAVOは起きあがって訊ねる。さほどに服は乱れてはいない。ついさっき、とTEARは答える。
「じゃあ見たのね」
「何を?」
「……」
そう問われると答えにくい。
「何をしていたのかを、ならYES。邪魔して悪かった。でもこっちの約束が先だからね」
「はあ」
「とにかく曲!」
TEARは荷物を床に置いた。
「こんちはーっ」
「あ、TEARさん、ごきげんよう。今日はどうしました?」
にこやかに鉢植えの観葉植物に水やりをしているマリコさんの姿が目に入ったから、何となくさわやかな気分になってTEARはあいさつをする。
マリコさんはグレーの長袖Tシャツにパステルカラーの大きなエプロンをかけている。いつも上の方だけで止めている髪は首のあたりでくくっているので、ちょっといつもと印象が違う。
「いや、電話しといたはずなんですけど。あたしの曲あったら持ってきてとか言ってたから」
「あらあら」
鉢植えは、あまり広くはない庭にありったけ並べられているようにも見えた。アジアンタムくらいなら友人が前持っていたから、とTEARも名は知ってるけれど、他の鉢植えはよく判らない。
ちら、と目を移すと、鉢でない地面に、柔らかそうな花が優しい色合いで咲いている。
「何ていいます? あれ」
「ああ、あれ? ゼラニウム」
「聞いたことない」
「あっちの方には桔梗が植えてあるから、もう少ししたら青紫の綺麗な花が咲くのよ。その向こうはインパチェンス」
と赤い花を指す。
「へえ」
TEARは花のことなどさっぱり判らなかったが、この人が花にたわむれているのはなかなかいいものだと思う。
マリコさんに関しては、TEARは最初から好感を持っている。
まず料理が上手いというのが最大のきっかけだったが、それだけではなく、彼女は実にいろいろなことをこなしていたからである。それを鼻にかける訳でもなく、ごくごく自然に。
そう思えば思うほど、この人とHISAKAとMAVOってのは何なんだろう、と思う。
姉妹だろうか。でも姉妹だったら―――
どう見ても「姉」の年齢のマリコさんがHISAKAに敬語使ったり、HISAKAがマリコ「さん」というはずもないし。
さらに言うならMAVOはさらに判らないのだが……
居候と冗談めかして本人は言っていたが、単純に信じるにはその単語はあまりに似合わない。
「夏の向日葵だの朝顔くらいなら判りますけれど、そういうのは初耳で」
「そういうものよ、誰だって。私はたまたま好きなだけ」
「たまたまですか」
「だってあなた達の楽器を見たって私には何処のメーカーも一緒に見えますもの。それと一緒でしょう?」
「なるほど」
そう言われるとそうかもしれない。
「今日も暑かったわね。バイト帰り?」
「ええ。稼げる時にはそうしておかないと、食っていけないし」
ふうっとマリコさんはため息をつく。
「偉いわね…… うちのあの子達は今日も一日楽器と戯れてたけど」
「出来ればあたしだってそうしたいですよ。でも食わなきゃならないからそうしてるだけで…… できるんならそうした方がいいですよ」
「そおかしら」
「そうですよ」
そうかもね、とマリコさんはつぶやく。
「ごはん食べていくでしょう? 今日は暑かったから冷やし中華にするつもりよ。好き?」
「マリコさんの作るものなら何でもっ。実はもの凄くお腹空いてるし、目当てにしてたんですよっ」
「そう? 頼もしいわ。うちの連中ときたら全く少食なんだから」
後で冷たいもの持ってくからね、と言ってマリコさんはキッチンに引っ込んだ。
「うちの連中」は楽器を使える部屋にいるという。
この家は、まあありきたりな一軒家ではある。
ただし、その「ありきたり」は、並以上のサラリーマンがある程度の年齢になって、ローンで建てる類の2階建て5LDKという奴であり―――
少なくとも、こんな若い女三人が住んでいるというのはとても妙だった。
さらにその中の一つの部屋には防音までしてある。
いったいこいつら何やって生活してるんじゃ?
それは出会ったその日からの疑問ではある。が、あまりにもその家で与えられるものが気持ちいいので、ついつい疑問を持つ心に鍵をかけてしまう。
防音の効いた部屋は1階にある。2階がそれぞれの私室になっていて、下は防音の部屋とリヴィング、そしてLDKである。明かに「音楽をする」「三人で住む」ことを前提にした家だった。
HISAKAはその防音の部屋を「練習室」と呼んでいたが、MAVOは面倒だから、と「スタジオ」と言っている。
その「スタジオ」はだいたい十畳くらいの大きさで、中にはアプライトピアノとドラムがどん、と鎮座ましましている。
「引っ越してくる前はグランドピアノだったんだけどね」
とHISAKAはぽろっともらしたこともある。
「弾けるの?」
TEARはその時訊ねた。HISAKAはその時はこう答えた。
「少しは」
じゃあよくある、子どもの時レッスンさせられたアレ、かなとTEARはその時はそう解釈した。
「アンプとか置いてもいい?」
「持ってこれるならいいよ」
で、現在はTEARのアンプもその部屋の仲間入りをしていた。
楽器だけではなく、居心地のいいカウチもあって、フローリングの床に寝ころぶには疲れている日にはそこを占領したりする。だが、本日はそのカウチには先客が居るようだった。
ドアがぴったりとは閉まっていない。閉まってなくともいいのだろう、音は出ていない。入っていいのかな、とそっと重い扉を開ける。
誰も、いないように見えた。
…
だが気配はある。
何をしとるんじゃ、とTEARはふと中を見渡す。
カウチの向こうに薄い色の金髪が動いた。あの色はHISAKAだ、とTEARは声を掛けようとした。と。
「……」
声を立てようとした瞬間、もう一人の気配を感じた。この気配は。
TEARは知っていた。
人間が絡まる音だ。微かな濡れた音、押し殺した喉の奥から漏れる声、細かな家具の振動。
息を飲む。
こん、とTEARはドアを指で弾いた。
はっとHISAKAは身体を起こした。そしてその半ば下になっていたもう一人も。
「TEAR」
「来てたの?」
甘ったるい匂いが微かにその瞬間部屋中に広がった。
それは彼女達の髪の香りだの、見られたことに対する緊張の汗の香も混じっているかもしれない。
見られた。
「うん」
あっさりとTEARは答えた。
「前から作ってた曲のテープがあったからさあ」
「あ、曲」
「あるなら聴いてみたいって言ったのはあんたじゃなかったか?」
「そうだね……」
「TEARいつから居たの?」
MAVOは起きあがって訊ねる。さほどに服は乱れてはいない。ついさっき、とTEARは答える。
「じゃあ見たのね」
「何を?」
「……」
そう問われると答えにくい。
「何をしていたのかを、ならYES。邪魔して悪かった。でもこっちの約束が先だからね」
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