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第10話 「だって妨害工作ったって、大したことしやしないじゃない。ナイフで切りつけられる訳でもなし、爆薬しかけられる訳でもなし」
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HISAKAもMAVOも自分の気が抜けるのが判った。
実際曲を聴き始めたら確かにそんなこと考える余裕は無くなってしまったのだ。
HISAKAは音楽が鳴り始めたら別人になる。そこからはTEARと意見の応酬だった。
テープには五曲が入っていた。
ギターでおおよそのリフを入れたもの、ベースをかぶせたもの、まあ本当に「原型」という感じである。HISAKAはそれを聴いたとたん、断言した。
「これ駄目ボツ!」
「何でだよーっ。あたしゃこれが一番好きなんだ」
「わからねえってのよ。同じ音の繰り返しじゃ飽きる」
「インパクト勝負ってコトバ知らねえ!?」
「インパクトはインパクトだけど」
だけどそれだけじゃ駄目、とHISAKAは思っていた。TEARもHISAKAの言いたいことは判らなくもない。だが。
「保留にしとこうよ、次聴きたい」
MAVOが口をはさまなかったら、緊迫した状態が続いたはずである。
「これだけ?」
「んにゃ。こっちにもう一曲だけ」
と別のテープを出した。
「別?」
「録音したのが結構前なんだわ。それに部屋で何となく録った奴だからそう音は良くない」
HISAKAはテープを受け取ってデッキに入れる。
巻き戻して再生ボタンを押すと、やや空白ののち、ガラス箱の中のようなノイズが聞こえた。外の車のフォーンの音まで入っていて、MAVOはくすっと笑った。
やがてぽろぽろ、と音が流れてきた。HISAKAはぴくん、と眉を動かした。アコースティックギターの乾いた音が聞こえてきた。
「……」
HISAKAの目が真剣になる。
やがて曲が終わった時、三人とも息をついた。
HISAKAは全身耳にして聞き入っていたし、MAVOとTEARはそんなHISAKAの様子に思わず緊張してしまっていたのだ。
「どお?」
TEARは訊ねる。
「いいわっ」
にっとTEARは口の端を上げる。
「あんたこれ取っといたんじゃないの?」
「んなことぁないけどさ」
ただ、HISAKAの趣味は判ったような気がしたのだ。
7月の後半に初めて会って以来、何でこんなに? というくらい、ほとんど毎日のように会っていた。
もっとも、お目当てが食事という点もなくはない。だがもちろん、メインは音楽だった。
HISAKAはメロディがなくては認めない。これは彼女の作った曲を見れば一目瞭然としていた。
彼女の曲は、コード進行――― 曲の流れ自体がメロディアスだった。実際、そのメロディアスな部分は面白い、と思った。
ただ、一歩間違うと、歌謡曲すれすれ。それがちょっとTEARの気に触った。
「これ、使おう」
「これを?」
「これはいい曲だもの」
「でもHISAKA、あんた判ってるか? あたし等はロックバンドなんだぜ?」
「そうよね」
「ナメられるぜ」
「誰に」
「あのガキどもにさ」
「あのガキどもって…… ねえ、何かあったの?」
MAVOが言った。
「あんたこいつに言ってないのか? 『連鎖反応《チェイン》』のファンのこと」
「言っても言わなくともそう変わらないと思ったからね」
「HISAKA」
何と言っていいのか、TEARは困った。
この女は時々自分一人で解釈して納得して完結している部分がある。おそらくこの女はかなり頭が回るから、たいていのことは正しいのだ。だが。
それでもTEARの中では「違う」と何かが言っている。
「それは違うぜHISAKA」
「何が違うのよ」
「MAVOちゃん、あたしの前いたバンドのファンはあたしを嫌ってるから、もしかしたら今度のライヴの時、何かしてくるかもしれない。それを覚えといて」
「妨害工作?」
「そう」
違和感がある。あまりにもこの子の口からそんな物騒な言葉が出ると。そのくらいこのヴォーカリストはここではただの女の子に見える。
どうしても、以前自分のいたバンドの客を横からかっさらってしまったあのバンドのヴォーカルとは思えない。
「判った。覚えとく。でも、どうでもいいと思うから」
「……」
「だって妨害工作ったって、大したことしやしないじゃない。ナイフで切りつけられる訳でもなし、爆薬しかけられる訳でもなし」
……
「まあいいや。でも気をつけて」
「ん」
何なんだ。TEARは頭が混乱しそうだった。
*
ごはんですよ、とマリコさんがドアを開ける。軽く回しているらしい扇風機の風で、やや酸っぱい香りが漂ってきた。
「冷やし中華だって」
「あ、あたし好きっ」
「あたし卵焼き多くしてっ」
好きなことを言いながら四人は正方形のテーブルを囲む。注文通りに好きなものをそれぞれやや多くした皿が各人の前に置かれる。
ああ、久しぶりだな、とTEARは思う。
家を出てから、まともな食事を多人数で囲んだことなどほとんどない。多人数であっても、それは外食であったり、コンビニの弁当だったり、決して自分のために作られたものではない。
一人暮らしをしていると、時々そんな雰囲気に飢える。貧乏なのは昔がそうだったから、そう苦ではない。それはそれで日々の励みになるものだ。日々の糧を稼がなくてはならない人間には、退屈だの神経衰弱になる暇はないのだ。
ただ、それでも、時々その失くした「雰囲気」が欲しくなる。
「TEARさん麦茶お代わりは?」
「あ、ください」
もちろんこの三人の女達の「家庭」がやや奇妙なものであったとしても、その「雰囲気」は本物だった。
「それでさあTEAR、さっきの曲は使おう」
食事後に出された冷たいフルーツパンチに手をつけながらHISAKAは言った。
「アレだろ?OK。でも詞はどうしようか」
「詞無し?」
「どうもあまりコトバというのは得意じゃない。HISAKAの曲は誰がつけてんだ?」
「あたし。だいたい曲と詞は一緒にイメージするから」
「へえ」
と、すると。TEARは思う。HISAKAにとって曲と詞は同じくらいの重みがあるってことだな。そこまで思ってふと彼女は気付く。
「あれ、MAVOちゃんは書かないの?」
「あたし?」
「歌い手の歌いたいことってのは?」
「あたしの?」
MAVOはスプーンを置いた。
「MAVOちゃんにじゃあこの曲の詞まかせるから」
「TEAR?」
「たぶんHISAKAのコトバとはこの曲合わないんじゃねえ?」
「ふむ」
HISAKAは視線を宙に投げて、先ほどのメロディを思い出す。
「そうねえ。そう言えばあんまりあたしの語感とは合わないかも」
「だからさあ」
「そうねえ」
ふむふむ、とHISAKAも納得顔になる。
「面白いかもねえ」
MAVOは困った顔をして、
「HISAKAあ」
「まあいいんじゃないの? いつかはつけてもらおうと思ってたし」
「いつか?」
MAVOの目が一瞬細められた。
上目使いにHISAKAを軽くにらむ。
HISAKAはにっと笑い、指先で軽くMAVOの喉をくすぐる。やだ、と逃げる彼女を見てHISAKAは更にくすくすと笑う。
「そう、いつか」
今度は目が笑っていない。
「判った」
何なんだ、と二人を見てTEARは思った。
実際曲を聴き始めたら確かにそんなこと考える余裕は無くなってしまったのだ。
HISAKAは音楽が鳴り始めたら別人になる。そこからはTEARと意見の応酬だった。
テープには五曲が入っていた。
ギターでおおよそのリフを入れたもの、ベースをかぶせたもの、まあ本当に「原型」という感じである。HISAKAはそれを聴いたとたん、断言した。
「これ駄目ボツ!」
「何でだよーっ。あたしゃこれが一番好きなんだ」
「わからねえってのよ。同じ音の繰り返しじゃ飽きる」
「インパクト勝負ってコトバ知らねえ!?」
「インパクトはインパクトだけど」
だけどそれだけじゃ駄目、とHISAKAは思っていた。TEARもHISAKAの言いたいことは判らなくもない。だが。
「保留にしとこうよ、次聴きたい」
MAVOが口をはさまなかったら、緊迫した状態が続いたはずである。
「これだけ?」
「んにゃ。こっちにもう一曲だけ」
と別のテープを出した。
「別?」
「録音したのが結構前なんだわ。それに部屋で何となく録った奴だからそう音は良くない」
HISAKAはテープを受け取ってデッキに入れる。
巻き戻して再生ボタンを押すと、やや空白ののち、ガラス箱の中のようなノイズが聞こえた。外の車のフォーンの音まで入っていて、MAVOはくすっと笑った。
やがてぽろぽろ、と音が流れてきた。HISAKAはぴくん、と眉を動かした。アコースティックギターの乾いた音が聞こえてきた。
「……」
HISAKAの目が真剣になる。
やがて曲が終わった時、三人とも息をついた。
HISAKAは全身耳にして聞き入っていたし、MAVOとTEARはそんなHISAKAの様子に思わず緊張してしまっていたのだ。
「どお?」
TEARは訊ねる。
「いいわっ」
にっとTEARは口の端を上げる。
「あんたこれ取っといたんじゃないの?」
「んなことぁないけどさ」
ただ、HISAKAの趣味は判ったような気がしたのだ。
7月の後半に初めて会って以来、何でこんなに? というくらい、ほとんど毎日のように会っていた。
もっとも、お目当てが食事という点もなくはない。だがもちろん、メインは音楽だった。
HISAKAはメロディがなくては認めない。これは彼女の作った曲を見れば一目瞭然としていた。
彼女の曲は、コード進行――― 曲の流れ自体がメロディアスだった。実際、そのメロディアスな部分は面白い、と思った。
ただ、一歩間違うと、歌謡曲すれすれ。それがちょっとTEARの気に触った。
「これ、使おう」
「これを?」
「これはいい曲だもの」
「でもHISAKA、あんた判ってるか? あたし等はロックバンドなんだぜ?」
「そうよね」
「ナメられるぜ」
「誰に」
「あのガキどもにさ」
「あのガキどもって…… ねえ、何かあったの?」
MAVOが言った。
「あんたこいつに言ってないのか? 『連鎖反応《チェイン》』のファンのこと」
「言っても言わなくともそう変わらないと思ったからね」
「HISAKA」
何と言っていいのか、TEARは困った。
この女は時々自分一人で解釈して納得して完結している部分がある。おそらくこの女はかなり頭が回るから、たいていのことは正しいのだ。だが。
それでもTEARの中では「違う」と何かが言っている。
「それは違うぜHISAKA」
「何が違うのよ」
「MAVOちゃん、あたしの前いたバンドのファンはあたしを嫌ってるから、もしかしたら今度のライヴの時、何かしてくるかもしれない。それを覚えといて」
「妨害工作?」
「そう」
違和感がある。あまりにもこの子の口からそんな物騒な言葉が出ると。そのくらいこのヴォーカリストはここではただの女の子に見える。
どうしても、以前自分のいたバンドの客を横からかっさらってしまったあのバンドのヴォーカルとは思えない。
「判った。覚えとく。でも、どうでもいいと思うから」
「……」
「だって妨害工作ったって、大したことしやしないじゃない。ナイフで切りつけられる訳でもなし、爆薬しかけられる訳でもなし」
……
「まあいいや。でも気をつけて」
「ん」
何なんだ。TEARは頭が混乱しそうだった。
*
ごはんですよ、とマリコさんがドアを開ける。軽く回しているらしい扇風機の風で、やや酸っぱい香りが漂ってきた。
「冷やし中華だって」
「あ、あたし好きっ」
「あたし卵焼き多くしてっ」
好きなことを言いながら四人は正方形のテーブルを囲む。注文通りに好きなものをそれぞれやや多くした皿が各人の前に置かれる。
ああ、久しぶりだな、とTEARは思う。
家を出てから、まともな食事を多人数で囲んだことなどほとんどない。多人数であっても、それは外食であったり、コンビニの弁当だったり、決して自分のために作られたものではない。
一人暮らしをしていると、時々そんな雰囲気に飢える。貧乏なのは昔がそうだったから、そう苦ではない。それはそれで日々の励みになるものだ。日々の糧を稼がなくてはならない人間には、退屈だの神経衰弱になる暇はないのだ。
ただ、それでも、時々その失くした「雰囲気」が欲しくなる。
「TEARさん麦茶お代わりは?」
「あ、ください」
もちろんこの三人の女達の「家庭」がやや奇妙なものであったとしても、その「雰囲気」は本物だった。
「それでさあTEAR、さっきの曲は使おう」
食事後に出された冷たいフルーツパンチに手をつけながらHISAKAは言った。
「アレだろ?OK。でも詞はどうしようか」
「詞無し?」
「どうもあまりコトバというのは得意じゃない。HISAKAの曲は誰がつけてんだ?」
「あたし。だいたい曲と詞は一緒にイメージするから」
「へえ」
と、すると。TEARは思う。HISAKAにとって曲と詞は同じくらいの重みがあるってことだな。そこまで思ってふと彼女は気付く。
「あれ、MAVOちゃんは書かないの?」
「あたし?」
「歌い手の歌いたいことってのは?」
「あたしの?」
MAVOはスプーンを置いた。
「MAVOちゃんにじゃあこの曲の詞まかせるから」
「TEAR?」
「たぶんHISAKAのコトバとはこの曲合わないんじゃねえ?」
「ふむ」
HISAKAは視線を宙に投げて、先ほどのメロディを思い出す。
「そうねえ。そう言えばあんまりあたしの語感とは合わないかも」
「だからさあ」
「そうねえ」
ふむふむ、とHISAKAも納得顔になる。
「面白いかもねえ」
MAVOは困った顔をして、
「HISAKAあ」
「まあいいんじゃないの? いつかはつけてもらおうと思ってたし」
「いつか?」
MAVOの目が一瞬細められた。
上目使いにHISAKAを軽くにらむ。
HISAKAはにっと笑い、指先で軽くMAVOの喉をくすぐる。やだ、と逃げる彼女を見てHISAKAは更にくすくすと笑う。
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今度は目が笑っていない。
「判った」
何なんだ、と二人を見てTEARは思った。
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