12 / 30
第12話 「隠してる所なんて見たがっちゃ駄目よ」
しおりを挟む
意味不明のコトバが機関銃のように飛び出す。それがコトバになっているのか、それすらはっきりしない。
くらくらする。
何だこれは。
TEARはめまいがしそうになるのを感じていた。
MAVOの口から出るコトバは意味こそ判らなかったが高低高低、大きくなり小さくなり、それ自体一つの強力のメロディのようにもとれた。
うっとりして自分の動きが止まりそうになるのが判る。
だけどそれではいけない。
リヴィングのテーブルに置いてあった果物ナイフがいつの間にかMAVOの右の手にあった。
これは、まずい。
錯乱している相手はとにかく黙らせなくてはならない。ナイフを向ける相手が自分であろうが相手自身であろうが、とにかく。
TEARは気を取り直すと、声の波の中をくぐりぬけてMAVOに近づくと、左手でMAVOの右手を掴んだ。
手の平をぐっと押さえると手の力が抜けてナイフが落ちた。そしてもう片方の手で、正面からMAVOをぐっと抱きしめた。ちょうど彼女の大きくふくらんだ胸のあたりだった。
不安だった。TEARの耳には時計の秒針の音すらひどく大きく聞こえる。
遠くでHISAKAのピアノの音が聞こえる。気付かないのかよ馬鹿野郎!自分の心臓の音すら聞こえてきそうだった。
それは抱え込んでる彼女の頭から力が抜けて、TEARの胸に重みが一気にかかってきた時にやっと終わった。
MAVOはずるずると床へ崩れ落ち、TEARはその落ちる勢いをゆるめながら、ほっとため息をついた。
落ちているナイフはキッチンの方へと持っていき、MAVOは壁に立てかけたぬいぐるみにもたれさせておく。
マリコさんは外出している。
TEARはドアを開けた。
「ひさか……」
スタジオの、ドアを大きく開けて呼んだ。
「HISAKA!」
ピアノが驚いて不協和音を上げる。
「―――TEAR?」
「MAVOが」
「え?」
「何なんだ?! あいつは! あの子は! どういう子なんだ?」
HISAKAは自分の前に立ちはだかるTEARを見上げながら、二秒ほどその言葉の意味を考えていた。そして眉を寄せて、言う。
「あんたあの子の手首の、ひっぱがした?」
「ああ」
「あちゃーっ……」
ぺし、とHISAKAは手のひらで自分の額を打つ。
「また、か」
「また!?」
「ここしばらくは良かったのに」
「だから何なんだ、ってんだよっ!」
「トラウマ」
「虎馬?」
「精神的外傷って奴。隠してる所なんて見たがっちゃ駄目よ」
「確かにそうだけど」
「それに、別にあれはあの子がつけたんじゃないから。念のために言っておくと。あれはつけられたんだから。それは覚えといて」
「つけられた?」
「それ以上は言いたくないし、言っても仕方がない。そのくらいのデリカシィはあるでしょう?」
そう言われては。
「つけられた」。
「手首に傷」を「つけられた」なんてのは尋常な事態じゃない。それもあれだけ残るくらいのものを。それは明らかに敵意か悪意がある。
悪意を、誰かから受けていた?
そう考えれば、MAVOがそのことをフラッシュバックさせていきなり半狂乱になってもおかしくはない、とTEARも思う。
―――思うが。
いや違う。
TEARは自分を引き合いに出す。
それこそ誰かとケンカすることなんか多々あったことだし、その間に傷の一つや二つ、つくことだってある訳だ。
だがその一つ一つにいちいち残るような「精神的外傷」とやらをつけていたら、たまったものではない。
もちろんTEARは自分とMAVOが別の人間だということはよく判っている。
だがMAVOとここしばらく一緒にいる限りでは、かなり精神的にタフな所であると気付いていた。
少なくとも、あのステージで平気で4オクターヴ半の声をかっとばしているくらいである。度胸がないとは言わせない。
なのに。
HISAKAはそれ以上聞くな、と言う。
「聞くなと言われても」
「じゃあもう一つ。あの子は家族とトラブルがあった子なの。どう? それでいい?」
HISAKAは「家族」にアクセントを置いた。
「判った。ごめん。もう聞かない」
それ以上は絶対に、HISAKAは言わないだろう。TEARにももちろんその程度のデリカシィはあった。
家族の絡んだトラブルというのは、他人相手のトラブルより重い。
なまじ、血がつながっている、育ててもらった、「愛さなくてはならない」といった思いこみが、他人相手なら縁を切ればすむ程度のトラブルをややこしくややこしくしてしまう。
誰も悪くないのに、誰も自分と相手の幸せを願っているだけなのに、誰も幸せになれない状態を作り出してしまうのも、家族がらみのトラブルに多い。それをTEARは自分でもよく判っていた。
HISAKAはため息をつく。ピアノの丸椅子に足を大きく広げてくるりと回し、手は足の間に置いた。そしてそのまま落ち着かず、丸椅子をふらふらと揺らせている。
「TEARさんあの子、どう思う?」
「そうだね」
そう言ってTEARは正面からHISAKAの肩に手を置いた。HISAKAの動きが止まる。HISAKAは見上げる。
「何だろうな、と前から思ってたけどさ、やっと判った」
「何」
「あの子の声さあ、歌ってる時とか――― 何かに似てると思ってたんだけど」
「似てる?」
「似てるって言うか――― そういう感じってだけど…… 赤ん坊の泣き声みたいだ」
「へ」
思わずHISAKAはそんな声を立ててしまった。
「どうゆう意味」
「声の質どーのじゃなくてさあ、何か、泣いてる赤ん坊の声って、『何がなんでもこっち向け!』みたいじゃん。命関わってるからさあ、あの泣き声には」
「ああ、そう言えば」
全身の力を込めて、必死で一番自分を守ってくれる相手を呼ぶ、その声に。
守ってくれる者がなくては無力なのだ。だから誰かを呼ぶ。だからその呼ぶ声は、どんな大人の叫びよりも強烈である。時には聞いていていたたまれない思いにかられてしまうくらいに。
「ああいう感じ」
「……」
「正直言って、さっき聞いた奴って、訳の判らんコトバだったんだけど…それでもくらくらしたもんな… このあたしがさあ」
「へえ」
あ、こいつもか、とHISAKAは思った。
MAVOの「声」がその名の通り「とんでもない」ものになるのはそういう瞬間だ。怒りがその引き金になる。
「だから」
「あたしまた何かしたの!」
言いかけた時だった。MAVOが部屋に飛び込んできた。
「MAVOちゃん」
「したのねっ!」
猪突猛進、という単語がTEARの中に浮かんだ。
そのくらい勢いよくMAVOはTEARに突進してきたのだ。いや正確に言えば、「飛びついてきた」。
その勢いが良すぎてTEARは後ろにひっくり返ってしまったが。
ひっくり返ってもMAVOはしがみついたままだった。
「こら、離しなって」
「やだ」
ぶるんぶるんと頭を横に振りながら言う。
「ごめんごめんごめんごめん…… どっかけがした? 大丈夫? ねえねえねえ」
どちらかと言うと、今転んだ時のお尻の打ち身の方がひどいような気もするが。HISAKAは思う。
TEARは上半身を起こすと、大丈夫大丈夫、とMAVOの頭を撫でた。赤ん坊の声を上げる奴ならこうしましょ。
彼女は何となく、このトラウマ持ちのヴォーカリストが可愛くなってきつつある自分に気付いていた。
くらくらする。
何だこれは。
TEARはめまいがしそうになるのを感じていた。
MAVOの口から出るコトバは意味こそ判らなかったが高低高低、大きくなり小さくなり、それ自体一つの強力のメロディのようにもとれた。
うっとりして自分の動きが止まりそうになるのが判る。
だけどそれではいけない。
リヴィングのテーブルに置いてあった果物ナイフがいつの間にかMAVOの右の手にあった。
これは、まずい。
錯乱している相手はとにかく黙らせなくてはならない。ナイフを向ける相手が自分であろうが相手自身であろうが、とにかく。
TEARは気を取り直すと、声の波の中をくぐりぬけてMAVOに近づくと、左手でMAVOの右手を掴んだ。
手の平をぐっと押さえると手の力が抜けてナイフが落ちた。そしてもう片方の手で、正面からMAVOをぐっと抱きしめた。ちょうど彼女の大きくふくらんだ胸のあたりだった。
不安だった。TEARの耳には時計の秒針の音すらひどく大きく聞こえる。
遠くでHISAKAのピアノの音が聞こえる。気付かないのかよ馬鹿野郎!自分の心臓の音すら聞こえてきそうだった。
それは抱え込んでる彼女の頭から力が抜けて、TEARの胸に重みが一気にかかってきた時にやっと終わった。
MAVOはずるずると床へ崩れ落ち、TEARはその落ちる勢いをゆるめながら、ほっとため息をついた。
落ちているナイフはキッチンの方へと持っていき、MAVOは壁に立てかけたぬいぐるみにもたれさせておく。
マリコさんは外出している。
TEARはドアを開けた。
「ひさか……」
スタジオの、ドアを大きく開けて呼んだ。
「HISAKA!」
ピアノが驚いて不協和音を上げる。
「―――TEAR?」
「MAVOが」
「え?」
「何なんだ?! あいつは! あの子は! どういう子なんだ?」
HISAKAは自分の前に立ちはだかるTEARを見上げながら、二秒ほどその言葉の意味を考えていた。そして眉を寄せて、言う。
「あんたあの子の手首の、ひっぱがした?」
「ああ」
「あちゃーっ……」
ぺし、とHISAKAは手のひらで自分の額を打つ。
「また、か」
「また!?」
「ここしばらくは良かったのに」
「だから何なんだ、ってんだよっ!」
「トラウマ」
「虎馬?」
「精神的外傷って奴。隠してる所なんて見たがっちゃ駄目よ」
「確かにそうだけど」
「それに、別にあれはあの子がつけたんじゃないから。念のために言っておくと。あれはつけられたんだから。それは覚えといて」
「つけられた?」
「それ以上は言いたくないし、言っても仕方がない。そのくらいのデリカシィはあるでしょう?」
そう言われては。
「つけられた」。
「手首に傷」を「つけられた」なんてのは尋常な事態じゃない。それもあれだけ残るくらいのものを。それは明らかに敵意か悪意がある。
悪意を、誰かから受けていた?
そう考えれば、MAVOがそのことをフラッシュバックさせていきなり半狂乱になってもおかしくはない、とTEARも思う。
―――思うが。
いや違う。
TEARは自分を引き合いに出す。
それこそ誰かとケンカすることなんか多々あったことだし、その間に傷の一つや二つ、つくことだってある訳だ。
だがその一つ一つにいちいち残るような「精神的外傷」とやらをつけていたら、たまったものではない。
もちろんTEARは自分とMAVOが別の人間だということはよく判っている。
だがMAVOとここしばらく一緒にいる限りでは、かなり精神的にタフな所であると気付いていた。
少なくとも、あのステージで平気で4オクターヴ半の声をかっとばしているくらいである。度胸がないとは言わせない。
なのに。
HISAKAはそれ以上聞くな、と言う。
「聞くなと言われても」
「じゃあもう一つ。あの子は家族とトラブルがあった子なの。どう? それでいい?」
HISAKAは「家族」にアクセントを置いた。
「判った。ごめん。もう聞かない」
それ以上は絶対に、HISAKAは言わないだろう。TEARにももちろんその程度のデリカシィはあった。
家族の絡んだトラブルというのは、他人相手のトラブルより重い。
なまじ、血がつながっている、育ててもらった、「愛さなくてはならない」といった思いこみが、他人相手なら縁を切ればすむ程度のトラブルをややこしくややこしくしてしまう。
誰も悪くないのに、誰も自分と相手の幸せを願っているだけなのに、誰も幸せになれない状態を作り出してしまうのも、家族がらみのトラブルに多い。それをTEARは自分でもよく判っていた。
HISAKAはため息をつく。ピアノの丸椅子に足を大きく広げてくるりと回し、手は足の間に置いた。そしてそのまま落ち着かず、丸椅子をふらふらと揺らせている。
「TEARさんあの子、どう思う?」
「そうだね」
そう言ってTEARは正面からHISAKAの肩に手を置いた。HISAKAの動きが止まる。HISAKAは見上げる。
「何だろうな、と前から思ってたけどさ、やっと判った」
「何」
「あの子の声さあ、歌ってる時とか――― 何かに似てると思ってたんだけど」
「似てる?」
「似てるって言うか――― そういう感じってだけど…… 赤ん坊の泣き声みたいだ」
「へ」
思わずHISAKAはそんな声を立ててしまった。
「どうゆう意味」
「声の質どーのじゃなくてさあ、何か、泣いてる赤ん坊の声って、『何がなんでもこっち向け!』みたいじゃん。命関わってるからさあ、あの泣き声には」
「ああ、そう言えば」
全身の力を込めて、必死で一番自分を守ってくれる相手を呼ぶ、その声に。
守ってくれる者がなくては無力なのだ。だから誰かを呼ぶ。だからその呼ぶ声は、どんな大人の叫びよりも強烈である。時には聞いていていたたまれない思いにかられてしまうくらいに。
「ああいう感じ」
「……」
「正直言って、さっき聞いた奴って、訳の判らんコトバだったんだけど…それでもくらくらしたもんな… このあたしがさあ」
「へえ」
あ、こいつもか、とHISAKAは思った。
MAVOの「声」がその名の通り「とんでもない」ものになるのはそういう瞬間だ。怒りがその引き金になる。
「だから」
「あたしまた何かしたの!」
言いかけた時だった。MAVOが部屋に飛び込んできた。
「MAVOちゃん」
「したのねっ!」
猪突猛進、という単語がTEARの中に浮かんだ。
そのくらい勢いよくMAVOはTEARに突進してきたのだ。いや正確に言えば、「飛びついてきた」。
その勢いが良すぎてTEARは後ろにひっくり返ってしまったが。
ひっくり返ってもMAVOはしがみついたままだった。
「こら、離しなって」
「やだ」
ぶるんぶるんと頭を横に振りながら言う。
「ごめんごめんごめんごめん…… どっかけがした? 大丈夫? ねえねえねえ」
どちらかと言うと、今転んだ時のお尻の打ち身の方がひどいような気もするが。HISAKAは思う。
TEARは上半身を起こすと、大丈夫大丈夫、とMAVOの頭を撫でた。赤ん坊の声を上げる奴ならこうしましょ。
彼女は何となく、このトラウマ持ちのヴォーカリストが可愛くなってきつつある自分に気付いていた。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃった件
楠富 つかさ
恋愛
久しぶりに帰省したら私のことが大好きな従妹と姫はじめしちゃうし、なんなら恋人にもなるし、果てには彼女のために職場まで変える。まぁ、愛の力って偉大だよね。
※この物語はフィクションであり実在の地名は登場しますが、人物・団体とは関係ありません。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
小さくなって寝ている先輩にキスをしようとしたら、バレて逆にキスをされてしまった話
穂鈴 えい
恋愛
ある日の放課後、部室に入ったわたしは、普段しっかりとした先輩が無防備な姿で眠っているのに気がついた。ひっそりと片思いを抱いている先輩にキスがしたくて縮小薬を飲んで100分の1サイズで近づくのだが、途中で気づかれてしまったわたしは、逆に先輩に弄ばれてしまい……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる