女性バンドPH7④やっていけそうなバンドのメンバーを集めるのは難しいもんだ。

江戸川ばた散歩

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第24話 マリコさんはそう言って、隅の椅子にちょこんと座らされているトモコを指した。

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 だが作ったナホコですら驚いているのに、当の本人は振り心地を面白がっていた。
 TEARはそれを見ると、面白いからあたしのもやって、とストレートになっている部分の三つ編みを頼んだ。
 そしてHISAKAはどうしようかな、という顔をしていたが、まあいいか、と自分の髪に手は加えなかった。ただ、出る寸前に、いつも後ろでくくっているゴムを外した程度だ。従って、いつもならせいぜい乱れ飛ぶのが前髪くらいなのに、実に本日は広がったと言っていい。
 MAVOは、というと三つ編みと聞いて、あたしもやらせてやらせて、とTEARの髪を半分編んでいた。

「何かこれだけじゃ淋しいな」
「何かつけよーよ」

と言う訳で、近くの手芸屋に急ぎトモコが走らされて、カラフルなビーズを買ってきてつけた。
 結果として、見かけに関しては、いつもの倍以上のインパクトのある状態になってしまったのである。
 髪型を変えると服の方だってやや変えたくなるのが人情である。服を買えればアクセサリーだって変えるなり増やすなりしたくなってもおかしくはない。
 さらに結果として、TEARはいつもの倍のアクセサリーをつける羽目になってしまった。ペンダントと腕輪の数が遠目で見ても判るくらいに増えている。
 見た目が変わったら、何となく登場のパターンも変えたらいいんじゃないかな、とリーダー殿がのたもうた。
 いきなり何、と驚くナホコにお構いなし、メンバーは「あ、それ面白え」とパチパチと手を叩いた。
 HISAKAは電話で後から来るというマリコさんにに何やら指令していた。
 言葉の端に何とか序曲がどうとか、あまり聞き慣れない単語があったのをナホコは記憶している。
 「何とか序曲」の正体は結局知れないが、自分の知識の範囲外のものであるのは確かだった。
 その間いまいち暇そうだったトモコはちょこちょこ、とそこいらを歩き回っていたが、見当たらないのに気付いたナホコが捜したら、簡易キッチンの中にいた。

「何してんの」
「あ、飲み物用意しようと思って」

 ナホコは直接メンバーにこの友人が今は声を掛けづらいのを知っていたから、何気なくライヴ中とライヴ後の飲み物は何がいいか訊ねた。

「あーそうね。ライヴ中はウーロン茶とかミネラルウォーターだから、マリコさんが来る時持ってくるわ。ライヴあとは」

 そう言いかけて、ははん、という表情になってHISAKAは、

「まかせるわ。欲しそうなものを考えて」
「はい?」

 にっこりとHISAKAは笑う。彼女のファンであるナホコがその笑いに逆らえる筈はない。
 簡易キッチンで小さくなっているトモコにそれを伝えると、しばらく考えていたが、やがてごそごそと動き出した。



 演奏が始まった。だがいつ終わったかは覚えていない。
 気がついたらトモコは、人混みの後ろ、段差と柵にもたれさせられて、チラシで扇がれていた。

「あ、気がついた。大丈夫タカハシ?」
「あれ?」

 トモコは自分の置かれている状態がいまいち把握できなかった。

「何でここにいるの?」
「いきなり最前に突進したのはだあれ?」
「あ、そーか」
「大丈夫?」

 マリコさんが出てきた。
 前の連中は終わってもなかなか動こうとはしない。結構疲れているということもあるが、まだ物足りない、という少女達が大半である。
 対バンが本日は二つ、ということもあって、曲数も少ない。
 この月のライヴは何よりも本数、だった。ただしその少ない曲は、毎回メニューを変える予定である。もちろんそれは「新曲もあるのよっ」と嬉しそうに言うリーダーの御意見の反映したものである。

「脈も呼吸も大丈夫…… と。頭くらくらしてない? 立てる? 気持ち悪くない?」

 人混み酔いと酸欠の典型的症状を起こしているのだ、とマリコさんはすぐに気付いた。立てる、とトモコが言うと、じゃおいで、と再び二人は関係者入口から中へ入る。

「野戦病院みたいに全員の手当してあげたくもあるんだけどね」

 だけどそんなことしていたらきりがない。マリコさんは別にこのライヴハウス専属の医者ではないのだ。あくまで自分はこのバンドのためだけのもの、そう考えて、その態度にはけじめをつけることにしていた。
 もともと彼女は関心のない人物には冷淡とも言えるくらいの態度を取ることが多い。
 ナホコはHISAKAがスタッフと決めたからであり、そのナホコの友達だから構っているが、これがただのナホコの「知り合い」程度だったら放っておくだろう。その点がほぼ「顔見知り」程度でも世話を焼いてしまうナホコとは違う点であり、まだナホコには理解できない人種なのである。
 ただ無論、この時点のナホコやトモコにそんなことは判らない。マリコさんはあくまで親切なお姉さん、という印象しか持たれていないのだ。
 ナホコが肩を貸す恰好でトモコは中へ運び込まれる。既に楽屋には汗をかいたメンバーが戻ってきていた。HISAKAはいつもの通り整理運動と称して肩や腕や首をぐるぐる回しているし、取ったペンダントやタオルが散乱しているテーブルにはドリンクのポットがでん、と置かれている。

「これいーんでしょ飲んでも」

とMAVOが顔中にクリームを塗ったくりながらポットを指す。
 んじゃ、と汗で半分メイクが落ちているTEARが取り上げてそばにあった大きなコップに注いだ。あ、麦茶? と誰かが言う。
 トモコは何か言おうとしたが、まだ頭の中だの胸のへんだのがぐるぐる渦を巻いているようで、言いたいことが言葉にならない。
 おー冷た、と言いながらTEARは口に含む。お、と微かに表情が変わる。そしてにんまりと笑うと、もう一度ポットを取り上げて、他のコップにも注ぎ始めた。

「どしたのTEAR」
「まあ飲んでみMAVOちゃん」

 勧められるままにMAVOは急ぎクリームをぬぐうと、コップに口をつけた。

「あ、おいし」

 一口飲んだ瞬間、そんな言葉がもれた。

「どれどれ」

とP子さんもHISAKAも手を出す。そしておやまあ、と二人して顔を見合わせた。

「でもこれいつものマリコさんのじゃあないな」

 TEARは一杯飲み干して、二杯目に口をつけながら言った。

「ええまあ。今回は私じゃあありません」

 マリコさんはそう言って、隅の椅子にちょこんと座らされているトモコを指した。
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