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第25話 「こっちが『エナ』ちゃん。でこっちが『マナミ』ちゃんね」
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「へー…… 意外な才能」
? と何のことやら判らない、という表情でこの事態を眺めていたナホコに、TEARは自分の二杯目を押しつける。
だが飲んでもただのやや香ばしいお茶、という感じしかしない。
「運動した後のひとに、美味しくなるようなものにしたんです」
ナホコが首をひねっているのを見て、ようやく口のきけるようになったトモコは言う。
「だから今アカサカが飲んだって別に大したことないよ」
そこまで考えたことはなかったわ、とマリコさんまでも感心してみせる。TEARとP子さんはトモコに偉い偉いと頭をくしゃくしゃとかき回す。身体は大丈夫、とHISAKAは訊ねた。
「あ、もう大丈夫です。さっきは気持ち悪かったけど」
「で、どうだった?」
TEARはにっと笑う。
「うん、やっぱり…… 凄いな、と」
「とーぜんよ」
ふふん、とMAVOはにっこり笑う。
「あれ、もう普通のお茶になってる」
P子さんが自分のコップに残ったお茶を飲んで言う。HISAKAも試してみて、あ、本当とつぶやく。
「才能あるお茶くみのお嬢さん、名前はタカハシ…… 何て言ったっけ?」
「あ、トモコです。タカハシトモコ」
「うちの専属お茶くみ主任になってくれない?」
「はい?」
「いやこれは才能だってば」
「そうそう」
口々にメンバーは言う。そしてしばらくその騒がしいメンバーの中で、何やらMAVOは考えていたのだが、
「あれ、名字で呼んでるんだ」
ナホコとトモコの会話を聞いていて、何となく引っかかっていた疑問が形を取ったのだ。
「え?」
「仲いいのに」
「いや別に…… でもいまいちこのヒトにトモコって名前ぴんと来ないから……」
「あたしも」
なるほど、とHISAKAは思う。
ライヴで出会った相手は教室のなれ合いの友達とはややニュアンスが違う。共通の興味を持った「仲間」である。そのニュアンスの違いが、教室の友人とは別の呼び方を互いにさせるのだろう、と理解した。
「では何とか持ちこたえたタカハシトモコちゃんとその同志アカサカナホコちゃんにコードネームをあげよう」
リーダーの一言は鶴の一声。だがどんな名がいいか、まではHISAKAのこの思いつきの中にはなかったんで、これまた自分の「同志」の方を見る。
と、MAVOは不意に右の人差し指を立てて、トモコの方を指した。
「こっちが『エナ』ちゃん」
え、とHISAKAの口から小さく声がもれた。
―――と、P子さんは思った。実際には出ていなかったのかもしれない。
コンマ1秒のことだったかもしれない。既にHISAKAはもとの笑いを浮かべていたから。
「でこっちが『マナミ』ちゃんね」
「は? はあ」
言われた二人は突然の事態に茫然としていた。そしてその茫然を破ったのは楽屋へやってきたタイセイだった。
「あれ二人ともまだ居たの? 時間いい?」
「はい?」
ナホコ=「マナミ」は壁の時計を見上げた。丸い、白地に黒の大きな文字盤に針はしっかり現在の時間を指している。
「げっ! こんな時間…… おいっタカハシっ急げっ!」
「送っていきましょうか?」
とマリコさんが声を掛ける。
「あ、いーです、こいつはあたし送っていきます。この子のうち、もともとロック駄目なんですよっ」
「ありゃりゃ」
やっぱり環境のせいだわ、とMAVOは内心つぶやく。どうして似た人間は似た環境の元に育ってしまうのか。
ややMAVOの顔に苦笑が浮かんだ。P子さんは何を考えたかそんなMAVOの後ろに回ると、いきなり肩をもんだ。
「な、何?」
「ああやっぱり凝ってる」
「はい?」
「あまり悩むと肩こりますよ」
はあ、とMAVOは答えるだけだった。
「やっぱり駅までは送るわ、いらっしゃい」
マリコさんは車のキーをジーンズのポケットから出してみせた。
「ハルさんこっちは渡しときますから」
「はいな」
マリコさんはぽん、とキーを放った。綺麗な孤を描いてそれはHISAKAの手に収まる。
「反対されてるん?」
TEARは帰り支度をするトモコに訊ねる。トモコは黙ってうなづく。
「本当にそう言われた?」
「父さんから直接言われた訳ではないんです。いつも帰り遅いからそうそう会う機会ないし…… だからそう直接言うのは母さんなんだけど」
「じゃあ一度直接聞いてみな」
「え」
「うちはあんたのお茶くみの腕が欲しい。マリコさん以上にうまく煎れられる奴なんて滅多にいないしね。でもあんたに無理強いはしたくないし、あんたにはあんたの事情もあるだろうし」
「参加はしたいです」
「本当に?」
ああまたか、とTEARは割り込んできたMAVOの背をぽんと叩く。
「ちょっと今はあんたは黙っといで」
はーい、とMAVOは大人しく引き下がる。
「別に皆が皆興奮して参加しなくちゃいけないということではないからね。あんたに少しでもそういう気があるなら、うちは歓迎する、ということだよ。ただ『エナ』ちゃん、それでもそこんところは気になるんだ。親父さんと最近マトモに話したことない訳だろ?」
「ええ」
「話さないうちからあきらめるのは、最初っから負けてると思う」
「それは判るんですけど」
「けど?」
「だけど…… どう言っていいんだか判らなくなるんです。言いたいことはたくさんあるんだけど、それを何処から言っていいのか、どうやって言っていいのか、全部言っていいのか、それが本当に言っていいことなのか、突然混乱しちゃって、言葉が出なくなるんです。父さんだけじゃない、『強い』人の前に出ると……」
「でもな」
TEARはトモコの肩をぽんと叩く。
「それでも言わなきゃならねえことだってあるんだ」
「それでも言える勇気が出なかったらどうすればいいんでしょう?」
「ふむ」
肩を叩いた手でそのままトモコの頭をくしゃくしゃとかき回す。
「とりあえず三つ数えな」
「三つ…… 数ですか」
「うん。まだ中学くらいの時に好きだったバンドの曲にそういうのがあってさ、とりあえずそれだけできる余裕があれば大丈夫だ。ただしほとんど祈るくらいの感じでさ」
「それで大丈夫ですか?」
「本当に大丈夫かどうかは判らないさ。だけど、別に全くあんたの話を聞く体勢もない奴が相手って訳じゃないんだ。あんたがそうする程度の時間は待っていてくれるだろうし。待ってくれないような相手なら、あんたと話をする資格はないさ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
HISAKAも同意する。
拒否しているのはトモコの方である部分が強い、とTEARは思う。だがそれを言ってしまったらトモコは余計に言えなくなる。
「人のことを考えるのはいいけどさ、誰も辛いあんたを見てしあわせにはなれないよ」
「辛そうですか?」
「さあ」
行きますよ、とマリコさんが声を掛けた。
? と何のことやら判らない、という表情でこの事態を眺めていたナホコに、TEARは自分の二杯目を押しつける。
だが飲んでもただのやや香ばしいお茶、という感じしかしない。
「運動した後のひとに、美味しくなるようなものにしたんです」
ナホコが首をひねっているのを見て、ようやく口のきけるようになったトモコは言う。
「だから今アカサカが飲んだって別に大したことないよ」
そこまで考えたことはなかったわ、とマリコさんまでも感心してみせる。TEARとP子さんはトモコに偉い偉いと頭をくしゃくしゃとかき回す。身体は大丈夫、とHISAKAは訊ねた。
「あ、もう大丈夫です。さっきは気持ち悪かったけど」
「で、どうだった?」
TEARはにっと笑う。
「うん、やっぱり…… 凄いな、と」
「とーぜんよ」
ふふん、とMAVOはにっこり笑う。
「あれ、もう普通のお茶になってる」
P子さんが自分のコップに残ったお茶を飲んで言う。HISAKAも試してみて、あ、本当とつぶやく。
「才能あるお茶くみのお嬢さん、名前はタカハシ…… 何て言ったっけ?」
「あ、トモコです。タカハシトモコ」
「うちの専属お茶くみ主任になってくれない?」
「はい?」
「いやこれは才能だってば」
「そうそう」
口々にメンバーは言う。そしてしばらくその騒がしいメンバーの中で、何やらMAVOは考えていたのだが、
「あれ、名字で呼んでるんだ」
ナホコとトモコの会話を聞いていて、何となく引っかかっていた疑問が形を取ったのだ。
「え?」
「仲いいのに」
「いや別に…… でもいまいちこのヒトにトモコって名前ぴんと来ないから……」
「あたしも」
なるほど、とHISAKAは思う。
ライヴで出会った相手は教室のなれ合いの友達とはややニュアンスが違う。共通の興味を持った「仲間」である。そのニュアンスの違いが、教室の友人とは別の呼び方を互いにさせるのだろう、と理解した。
「では何とか持ちこたえたタカハシトモコちゃんとその同志アカサカナホコちゃんにコードネームをあげよう」
リーダーの一言は鶴の一声。だがどんな名がいいか、まではHISAKAのこの思いつきの中にはなかったんで、これまた自分の「同志」の方を見る。
と、MAVOは不意に右の人差し指を立てて、トモコの方を指した。
「こっちが『エナ』ちゃん」
え、とHISAKAの口から小さく声がもれた。
―――と、P子さんは思った。実際には出ていなかったのかもしれない。
コンマ1秒のことだったかもしれない。既にHISAKAはもとの笑いを浮かべていたから。
「でこっちが『マナミ』ちゃんね」
「は? はあ」
言われた二人は突然の事態に茫然としていた。そしてその茫然を破ったのは楽屋へやってきたタイセイだった。
「あれ二人ともまだ居たの? 時間いい?」
「はい?」
ナホコ=「マナミ」は壁の時計を見上げた。丸い、白地に黒の大きな文字盤に針はしっかり現在の時間を指している。
「げっ! こんな時間…… おいっタカハシっ急げっ!」
「送っていきましょうか?」
とマリコさんが声を掛ける。
「あ、いーです、こいつはあたし送っていきます。この子のうち、もともとロック駄目なんですよっ」
「ありゃりゃ」
やっぱり環境のせいだわ、とMAVOは内心つぶやく。どうして似た人間は似た環境の元に育ってしまうのか。
ややMAVOの顔に苦笑が浮かんだ。P子さんは何を考えたかそんなMAVOの後ろに回ると、いきなり肩をもんだ。
「な、何?」
「ああやっぱり凝ってる」
「はい?」
「あまり悩むと肩こりますよ」
はあ、とMAVOは答えるだけだった。
「やっぱり駅までは送るわ、いらっしゃい」
マリコさんは車のキーをジーンズのポケットから出してみせた。
「ハルさんこっちは渡しときますから」
「はいな」
マリコさんはぽん、とキーを放った。綺麗な孤を描いてそれはHISAKAの手に収まる。
「反対されてるん?」
TEARは帰り支度をするトモコに訊ねる。トモコは黙ってうなづく。
「本当にそう言われた?」
「父さんから直接言われた訳ではないんです。いつも帰り遅いからそうそう会う機会ないし…… だからそう直接言うのは母さんなんだけど」
「じゃあ一度直接聞いてみな」
「え」
「うちはあんたのお茶くみの腕が欲しい。マリコさん以上にうまく煎れられる奴なんて滅多にいないしね。でもあんたに無理強いはしたくないし、あんたにはあんたの事情もあるだろうし」
「参加はしたいです」
「本当に?」
ああまたか、とTEARは割り込んできたMAVOの背をぽんと叩く。
「ちょっと今はあんたは黙っといで」
はーい、とMAVOは大人しく引き下がる。
「別に皆が皆興奮して参加しなくちゃいけないということではないからね。あんたに少しでもそういう気があるなら、うちは歓迎する、ということだよ。ただ『エナ』ちゃん、それでもそこんところは気になるんだ。親父さんと最近マトモに話したことない訳だろ?」
「ええ」
「話さないうちからあきらめるのは、最初っから負けてると思う」
「それは判るんですけど」
「けど?」
「だけど…… どう言っていいんだか判らなくなるんです。言いたいことはたくさんあるんだけど、それを何処から言っていいのか、どうやって言っていいのか、全部言っていいのか、それが本当に言っていいことなのか、突然混乱しちゃって、言葉が出なくなるんです。父さんだけじゃない、『強い』人の前に出ると……」
「でもな」
TEARはトモコの肩をぽんと叩く。
「それでも言わなきゃならねえことだってあるんだ」
「それでも言える勇気が出なかったらどうすればいいんでしょう?」
「ふむ」
肩を叩いた手でそのままトモコの頭をくしゃくしゃとかき回す。
「とりあえず三つ数えな」
「三つ…… 数ですか」
「うん。まだ中学くらいの時に好きだったバンドの曲にそういうのがあってさ、とりあえずそれだけできる余裕があれば大丈夫だ。ただしほとんど祈るくらいの感じでさ」
「それで大丈夫ですか?」
「本当に大丈夫かどうかは判らないさ。だけど、別に全くあんたの話を聞く体勢もない奴が相手って訳じゃないんだ。あんたがそうする程度の時間は待っていてくれるだろうし。待ってくれないような相手なら、あんたと話をする資格はないさ」
「そういうものですか」
「そういうものです」
HISAKAも同意する。
拒否しているのはトモコの方である部分が強い、とTEARは思う。だがそれを言ってしまったらトモコは余計に言えなくなる。
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