未来史シリーズ⑦目覚めよと呼ぶ声あり~野球を忘れたウサギと家族を忘れた猫のはなし

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
31 / 46

第31話 「何処だって、戦場みたいなものじゃないですか? 生きてくためには」

しおりを挟む
 いつの間にか2アウト、走者は一、二塁となっていた。そして迎える打者はテディベァルだった。

「あらお行儀の悪い」
「お、お行儀って」
「だってほら、せっかくのユニフォームをあんなにひらひらに」
「きっときっちりした服が嫌いなんですよ」
「あら、ユニフォームって動きやすいものだと思うけれど?」
「そういう意味ではないと思います……」

 そうなの、と彼女はまだ腑に落ちない、と言った調子で首をかしげる。

「私はね、キディ君」

 はっ、として彼は彼女の方を向いた。
 名前を言っただろうか。
 でもいや、自分はイリジャと話していた訳だし、何処かで名前は出たのかもしれない。そう自分を納得させる。どうであったか、すぐ前のことなのに、記憶が混乱している。

「こう言っては何だけど、ああいうユニフォームがとても楽で楽で楽な服にしか思えない様な暮らしをしてきたのよ」
「そうなんですか?」
「そうよ」

 しかしそういう彼女は格別動きにくそうな服を着ている訳ではない。ただ、すっきりしたデザインで、上等そうだな、とはキディにも判った。

「だってそうでしょう? 自分のサイズにぴったりさせている訳ではないのに、身体が楽に動く様な服って」
「でも、スポーツですよ?」
「スポーツするにしても、私には私に合ったものを、と作らされたから」

 それは、もしかしてかなり上流階級に属するひとではないだろうか。彼は返す言葉が見つからなかった。

「自分の身体に合ったものを、わざわざ作らせるの。だから身体に合っていないものを身につけたことはないわ」

 彼女は念を押す様に言う。

「それも、そうなんですか?」
「ええ。野球観戦をしても悪くは無い格好、という奴ね」

 それにしては少々上品すぎる、とは思うが。でもまあ、「野球観戦をする貴婦人」だったら納得がいくだろう、と彼はうなづく。

「だから、きっとそれが一番いいことだ、と私はずっと思ってきたのよ。一番いいものを、そのひとの個性に合わせて作らせるってことが」

 そうだろうか。彼は軽く目を細める。間違ってはいない、とは思う。だが。

「何か言いたそうな顔ね」
「……ええちょっと」
「たぶん、あなたの方が正しいと思うわ」
「俺が、何を言いたいか判るんですか?」
「正確に、判る訳じゃあないわ」

 彼女は少し黙って、フィールドに視線を移した。

「それにしてもねばるわね」
「そうですね……」

 そうだった。バッターボックスのテディベァルは、もうずいぶん長い間、その中に居る。

「あ、また……」

 かつん、とバットに軽く当てて、テディベァルはボールを背後のネットに当てている。
 ファウル! と審判の声が聞こえてた。もう何球、あの打者は当てているのだろう。
 オペラグラスを開いて、キディは打者の表情をうかがう。
 ヘルメットからも、納まりきれない髪がぴよぴよと跳ねて飛び出している。何やら口が上下しているのは、ガムでも噛んでいるのだろうか。
 どう見ても、真面目そうな態度ではない。真面目に投げているだろう投手が苛立っているのも、オペラグラスごしに露骨に判った。

「でもあの子は頭いいのね、きっと」
「頭がいい?」
「サンライズの今の投手のマッシュは、岩石頭なのよ」
「岩石い?」

 キディは思わず眉を寄せた。

「そう。すごくいいピッチングをするんだけどね。ただもう、ものすごく真面目すぎるのよ」
「へえ…… じゃあ、あのテディベァルっていう五番は、それを知ってあんなことやってるのかなあ」
「とは限らないけど」

 くすくす、と彼女は笑う。

「でも、あの子の態度が、マッシュを苛立たせているのは確かね。いちいちファウルにしているけど、確実に球の乱れは出て来ているわ」

 言われてみると、そうだった。主審がまたファウル! と高らかに叫ぶ。
 お、とキディはその時声を立てた。捕手が立ち上がったのだ。無駄に体力と時間を掛けるのはやめろ、とでも言うのだろうか。走者が一、二塁に居るというのに、どうやら捕手は敬遠策に出る様だった。

「だったらもっと先にそうしておけばいいのに」
「だから真面目だって言ったでしょう? マッシュはそういうのが嫌いなのよ」
「勝てば、勝ち、だと俺は思うけど」
「あら、そう思うの?」

 不思議そうに彼女は問いかけた。まさかそう言うとは思わなかった、と言いたげな口調だった。思いますよ、と彼はつぶやく様に返した。

「どんなことをしてでも――― そりゃあ、程ってものはありますけど……生き残ったら、それで勝ち、だと俺は思うけど…… うん」

 彼女はそれに答えない。言葉が足りない、とキディは思う。言いたいことを上手く言い表せない。もどかしい。

「だって、……そりゃあ結果が全て、とは俺も思わないし、卑怯な方法で生き残る、ってのはそりゃ、後味は良くないけど……」

 彼女は軽く首をかしげた。

「でも、生き残ることが、一番だと俺は思うし。生き残らなかったら、楽しいことも苦しいことも、やってこないし。やってこないと、楽しいことを、掴むことも、できないし」
「まるで戦場でも走ってきたみたいな言い方をするのね」
「戦場?」

 そうかもしれない。

 キディは思う。
 あの冬の惑星は、生き残るということに関しては、戦場の様なものだった。敵は至る所に居た。初めは看守である軍の人間達だった。次に、「仲間」の顔をした、飢えた奴らだった。
 辛くなかったと言ったら、嘘なのだ。何も余計なことを考える余裕も無い程、キディはあの惑星で、気持ちを張りつめていたのだ。おかげで今でも時々、表情の出し方を間違える。
 今はその状態から解放されている。友達と一緒に、美味しい食事をし、ベースボールの観戦などしている。楽しいことだ。あの惑星に居た時、こんな時間が持てるなどと、考えもできなかった。自分自身が、もっと子供の時、どんなことをしていたのか判らなかったから、こんな楽しい日々があるということすら、判らなくなっていたのだ。

「何処だって、戦場みたいなものじゃないですか? 生きてくためには」
「そうよね。それは私も判るわ」

 彼女は真剣な顔で、グラウンドを見据えた。投手のマッシュは、セットポジションから、サイン通りの敬遠の球を投げた。
 その時だった。
 球は、テディベァルのアウトコース高めにぐん、と上がった…… はずだった。
 捕手が手を伸ばす。
 その捕手は、打者の叫び声を聞いた気がした。いや、叫び声というよりは、雄叫びだった。
 テディベァルは軽く膝を曲げると、勢いよく飛び上がった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

婚約破棄のあと、あなたのことだけ思い出せない

柴田はつみ
恋愛
伯爵令嬢セシリアは、王宮の舞踏会で王太子レイヴンから公開の場で婚約破棄を言い渡され、その場で倒れた。 目覚めた彼女は、礼儀も常識も覚えているのに――ただ一つ、レイヴンだけを思い出せない。 「あなたは、どなたですか?」 その一言に、彼の瞳は壊れた。 けれどレイヴンは何も語らず、セシリアを遠ざける。彼女を守るために、あの日婚約を捨てたのだと告げられないまま。 セシリアは過去を断ち切り、王宮の侍女として新しい生活を始める。 優しく手を差し伸べる護衛騎士アデルと心を通わせていくほど、レイヴンの胸は嫉妬と後悔で焼けていった。 ――守るために捨てたはずなのに。忘れられたまま、他の男に笑う彼女を見ていられない。 一方、王宮では“偽聖女”の陰謀と、セシリアの血に眠る秘密が動き出す。 記憶を取り戻せば、彼女は狙われる。取り戻さなければ、二人は永遠に届かない。 これは、忘れてしまった令嬢と、忘れられてなお愛を捨てられない王太子が、もう一度“選び直す”恋の物語。

【完結短編】ある公爵令嬢の結婚前日

のま
ファンタジー
クラリスはもうすぐ結婚式を控えた公爵令嬢。 ある日から人生が変わっていったことを思い出しながら自宅での最後のお茶会を楽しむ。

どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」 「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」  私は思わずそう言った。  だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。  ***  私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。  お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。  だから父からも煙たがられているのは自覚があった。  しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。  「必ず仕返ししてやろう」って。  そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。

処理中です...