未来史シリーズ⑦目覚めよと呼ぶ声あり~野球を忘れたウサギと家族を忘れた猫のはなし

江戸川ばた散歩

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第37話 ヒノデ夫人登場。

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「……ったく」

 マーチ・ラビットは伏せていた地面の上から、ゆっくりと身体を起こした。
 一瞬にして燃え上がった、球をくるんでいた皮の破片が、目をかばいながら顔を上げて顔に当たる。

「ひょえ~」

 テディベァルはまだベースを抱いたまま、そんな声を上げる。

「立てるか、テディベァル」
「ちょ、ちょーっと、待ってよ……」

 さすがのひょうきん者も、腰が抜けたらしい。火薬の匂いが、まだ辺りには漂っている。

「大丈夫か、皆」

 彼はゆっくりと体勢を立て直し始めるメンバーに向かって声を投げる。
 いてて、とトマソンが、背中に手を回そうとして、なかなか回らないでいる。
 ようやく復活したテディベァルが駆け寄ると、細かい破片が、首筋をかすめていて、そこから幾筋かの血が流れている。
 何が何だか判らない、という顔で皆、ゆっくりとマーチ・ラビットの周囲に集まってくる。
 彼はまずメンバーを、次に腰を抜かしたまま立ち上がれない打者と主審を、そして最後に、スタンドの客席を見渡した。
 まずいな、と彼は思う。

「……あれは、一体何ですかっ……」

 ヒュ・ホイはそれでも律儀に、タイムを審判に掛けたらしい。
 捕手が冷静なのはいいことだ、と頭の半分で思いながら、マーチ・ラビットはこの場をどう説明したらいいか、困っていた。
 ちら、とスタンドに彼は視線を飛ばした。何が起こったのか、とざわつく観客の中に、相棒を捜す。
 あ、と彼はつぶやいた。
 相棒は、ネットに身体を押しつけたまま、しゃがみ込んでいた。その背後から、別の青年が、その身体を支えようとしていた。
 見覚えが無い訳ではない。あの店で、「マヌカン」で見た一人だ。
 知り合いとまではいかないし、名前も出て来ないが、味方である、と今の彼は思いたかった。
 もしその男が、何らかの形で自分たちと敵対しているものだったとしても、今の自分は相棒を助けることができないのだ。

 頼むから、味方であってくれよ。

 彼は内心つぶやく。その間にも、彼に今起こったことの説明を求める目が一斉に向いているのだ。

「何なのかは判らない。ただ、誰かが、この球場に爆発物を仕掛けたんだ」
「それが、……あの球だった、ということですか?」

 ミュリエルはまだ青ざめた顔のままだった。あのまま取ろうとしていたら。自分に起きたかもしれない未来に彼は身体を震わせる。常の平静もここでは役には立たない。

「ああ。何か、重さが違った」
「それで、おかしいと?」

 ヒュ・ホイも彼を見上げて問いかける。

「……危険でしたね」
「ああ。打ってくれなかったら、どうなるか判らなかった」
「だがそれは危険な賭けだったぞ?」

 ミュリエルを押し倒したラゴーンが、薄青の瞳で鋭く問いかける。

「じゃあ何処に持っていけ、と言う? いつ何処で爆発するから、判らないものだったんだぞ」
「わざわざ打たせることはなかったじゃないか。もし打者が打った瞬間に爆ぜたらどーすんだったよ!!」
「それは」

 彼には、ある程度の確信はあったのだ。
 だがそれは彼のここ数年の活動のなせるものであったので、一口には説明ができない。ひどくもどかしい、と彼は思った。
 それに、次第に背中が騒がしくなってきていた。
 火薬のにおいが、まだ立ちこめている。開放型のベースボール・グラウンドだというのに。
 スタンドが、ざわめいていた。
 「突然強烈な光と音を立てて、打球が爆発した。」
 レーゲンボーゲンの人間は、テロ行為に過敏になっている。つい最近に起こった政権交代劇が起こるまで、何度、この星系の人間達は、このにおいを嗅いできたことだろう。
 席を立とうとしている。皆が皆。そのまま、出口に突進しようとしている。混乱が起きかけていた。
 相棒の後ろの通路にも、人が突進し出していた。キディを支えている青年は、ネットに身体を寄せる様にして、その身体を守っているように―――見えた。

 どうする。

 マーチ・ラビットは思った。

 場内アナウンスを使って、引き止めることが、できるだろうか。いや、できない。

 彼は自分がそういう役割の人間ではないことは知っていた。あの脱走した時の集団においてもそうだった。自分はあくまで、実働隊の一員だったのだ。決して煽動者の役割ではない。そういうものは、それが似合う者が、居るのだ。
 どうしたものか。

「……あれ?」

 どんどん煮詰まっていく思考は、テディベァルの声で中断された。視線の向こうを追う。スタンドから降りてきた一人の帽子をかぶった女性が、アナウンス室へと近づいていく。

「ヒノデ夫人だ」

 マーチ・ラビットはつぶやく。聞きつけたトマソンは、痛てて、と顔をしかめつつも、反応する。

「って、確か、このサンライズのオーナーの」
「ああ」

 観戦していただろう、とは思った。だが、何故スタンドから。特別席ではない。あの方角は、内野の自由席だった。
 やがて、アナウンス室の窓から、ケーブルがずるずると引きずり出される。彼女は、そのケーブルをアナウンス・スタッフに持たせると、そのままつかつか、と彼らが集合しているマウンド近くまでと歩み寄った。

「感心なことだ。ヒールなんざ履いてねえぜ」

 ラゴーンはひゅっ、と口笛を吹く。
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