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第42話 「D・Dが居るチームに入ったんだから、D・Dが居ないチームに居る義理も無かったの」
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「ご苦労さま」
紺色の缶を手に、ヒノデ夫人はマーチ・ラビットに声を賭けた。
球場が、そのまま打ち上げ会場となった。予定では、他の場所に移動して行うことになっていたが、球場の周りに殺到するスポーツ系マスコミに、皆足止めされている状態だったのだ。
だったらいっそ、と食品産業クロシャール社にとっては簡単なことである。
球場の中で、セミナーを行う様な部屋を二つ三つ壁を解放して、料理と飲み物を運び込んで、パーティ会場に変身させたのだ。
パーティの名目は色々だった。
まず、試合の終了とともに、ヒノデ夫人の元に、全星系統合スポーツ連盟から、加入許可の連絡が入った。無名の招待チームが勝ってしまったことで湧いているグラウンドが、その知らせで更に驚喜した。爆発があったことなど、既に彼らの頭からは失せているようだった。
そして、招待チームにとっては、プロのベースボール・チームへの加入が認められたことが。
特にヒュ・ホイとテディベァルに関しては、文字通り、跳ねまくって喜びあっていた。ベンチの外で待っていたのは家族だろうか。小柄なヒュ・ホイには、更に小柄な家族が待っていた。
「本当に、家族もちだったんだなあ」
ビーダーは呆れた様に言う。
「あ、悔しいですか?」
言われた側は、苦笑いするだけだった。着替えもせずに、彼らはそのまま、「パーティ会場」へと移動することになった。
「会場」には先客が居た。
今の今まで、対戦していたサンライズのメンバーである。自分達同様、フィールドを駆け回って砂ぼこりにまみれている。
そんな彼らは、招待チームが入室した途端、帽子を投げ、よく振ったビールの栓を抜いた。うひゃあ、とトマソンの声がその場に響いた。
さっきまでの敵は今の友、とまでは行かないにせよ、試合が終わってしまえば、同じベースボール好き同士、という訳だった。
特に、ファインプレーを続出させたテディベァルや、何度も快音を球場に響かせたトマソン、冷静に試合を進めてきたヒュ・ホイのところには人が群がっていた。
そんな彼らを見ながら、マーチ・ラビットは、ほんやりと紺色の缶を手に、壁の花と化していた。
「よ、もっと食ったら?」
ビーダーは料理を色々山盛りにした皿を二つ持っていたが、片方をマーチ・ラビットに押しつける様にして渡した。彼は肩をすくめたが、苦笑しつつもそれを受け取る。
「気分はどぉ? 勝利投手」
「いい気分だね、と言いたいが」
ビーダーはふうん? と両の眉を上げ、マーチ・ラビットの隣の壁に背をついた。
「何」
「うまくはめられた、って感じはあまり嬉しくはないね」
「いいんじゃないの? 結果良ければ、俺はそれでよしだと思うけどさ」
「お前はそう言うがな、ストンウェル」
「そうやって、いつの間にか俺を呼ぶんだよな、あんた」
喋りながら、口に入れたセロリがばり、と音を立てる。
「まあね。確かに、俺ははめたんだよ。あんたを。はまって欲しかった、というのが、本当のとこ」
「どの時点から?」
マーチ・ラビットは訊ねる。
「偶然。本当にたまたま、俺はニュースで、あんた等の騒動を見てたんだ。ここからずいぶん離れた星系で、だぜ?」
あのクーデターの時の報道は、確かにずいぶん大規模に流れたのだろう。
後になって彼も思ったものだった。クーデター自体に、放送の力は大きく関わっていたのだ。
「球場か何処かでか?」
「いや、俺もうずっと、投げてなかったぜ」
「そうなのか?」
「824年だったかな。負け続けるチームが、体質改善とばかりに、旧メンバー陣を一斉解雇、その上でテスト・再契約、という形をとったんだ。俺はもう、その時にはコモドドラゴンズに居る理由が無かったから、あっさりおさらばしたって訳」
「理由?」
「あんたが居なかったから」
あっさりと言う、この男に、マーチ・ラビットは思わずフォークを取り落としそうになった。
「と言うか、D・Dが居るチームに、俺はそもそも入ったんだから、D・Dが居ないチームに居る義理も無かったの」
「…………すごく恥ずかしいことを、言ってないか? お前」
「本当のことだから、別に」
二つ目のセロリがしゃり、と音を立てる。
「ほら、見てみろよ。向こうの連中。ちらちらと、やっぱりあんたに視線送ってる。すごく気にしてる」
「……」
「でも、本当にあんたがあのD・Dなのか、って確かめられもしないから、近寄りたいけど、近づけない。そんな感じだぜ?」
正直、そんな気はしていた。
勝利投手に対して、ここまで距離を置くだろうか。
サンライズの選手達は、彼に対しては距離を――― 話すチャンスを狙い、そのタイミングを掴みかねていた。
「俺は違うよ」
「そうだなマーティ。確かに今のあんたは、昔のあんたとは違う」
「どういう意味だ?」
「あんた、最後の回、楽しんでたろ?」
ふふん、とストンウェルは笑った。皿を置いて、マーチ・ラビットはビール缶を再び手に取る。
「楽しんでちゃ、おかしいのか?」
「おかしいね、俺の知ってるD・Dは、最後の回なんて、いつも死にそうな顔していたもの」
そうだったろうか?
彼は自分に問いかける。苦しかったのは判る。が、それが顔に出ていたのだろうか。
「初めはそうでもなかったさ。俺がまだ客としてゲームを見ていた頃はね。でも俺が入った頃からさ、何かどうしても勝ちたいから、っていうのじゃなくて、これを投げてしまえば、今日はもう終わる、解放される、って感じでさ」
それは、あったかもしれない。
ビールに口をつけながら彼は思う。
勝つためにチームに買われた訳であり、勝たなくては、チームに居る意味はない、と思っていた。思いこむ様になっていた。
気付かなかった。顔に出ていたなど当時は。
「なあマーティ、あんた、今は幸せなんだろ?」
「今は?」
「昔が、幸せだったと言えるのかい?」
紺色の缶を手に、ヒノデ夫人はマーチ・ラビットに声を賭けた。
球場が、そのまま打ち上げ会場となった。予定では、他の場所に移動して行うことになっていたが、球場の周りに殺到するスポーツ系マスコミに、皆足止めされている状態だったのだ。
だったらいっそ、と食品産業クロシャール社にとっては簡単なことである。
球場の中で、セミナーを行う様な部屋を二つ三つ壁を解放して、料理と飲み物を運び込んで、パーティ会場に変身させたのだ。
パーティの名目は色々だった。
まず、試合の終了とともに、ヒノデ夫人の元に、全星系統合スポーツ連盟から、加入許可の連絡が入った。無名の招待チームが勝ってしまったことで湧いているグラウンドが、その知らせで更に驚喜した。爆発があったことなど、既に彼らの頭からは失せているようだった。
そして、招待チームにとっては、プロのベースボール・チームへの加入が認められたことが。
特にヒュ・ホイとテディベァルに関しては、文字通り、跳ねまくって喜びあっていた。ベンチの外で待っていたのは家族だろうか。小柄なヒュ・ホイには、更に小柄な家族が待っていた。
「本当に、家族もちだったんだなあ」
ビーダーは呆れた様に言う。
「あ、悔しいですか?」
言われた側は、苦笑いするだけだった。着替えもせずに、彼らはそのまま、「パーティ会場」へと移動することになった。
「会場」には先客が居た。
今の今まで、対戦していたサンライズのメンバーである。自分達同様、フィールドを駆け回って砂ぼこりにまみれている。
そんな彼らは、招待チームが入室した途端、帽子を投げ、よく振ったビールの栓を抜いた。うひゃあ、とトマソンの声がその場に響いた。
さっきまでの敵は今の友、とまでは行かないにせよ、試合が終わってしまえば、同じベースボール好き同士、という訳だった。
特に、ファインプレーを続出させたテディベァルや、何度も快音を球場に響かせたトマソン、冷静に試合を進めてきたヒュ・ホイのところには人が群がっていた。
そんな彼らを見ながら、マーチ・ラビットは、ほんやりと紺色の缶を手に、壁の花と化していた。
「よ、もっと食ったら?」
ビーダーは料理を色々山盛りにした皿を二つ持っていたが、片方をマーチ・ラビットに押しつける様にして渡した。彼は肩をすくめたが、苦笑しつつもそれを受け取る。
「気分はどぉ? 勝利投手」
「いい気分だね、と言いたいが」
ビーダーはふうん? と両の眉を上げ、マーチ・ラビットの隣の壁に背をついた。
「何」
「うまくはめられた、って感じはあまり嬉しくはないね」
「いいんじゃないの? 結果良ければ、俺はそれでよしだと思うけどさ」
「お前はそう言うがな、ストンウェル」
「そうやって、いつの間にか俺を呼ぶんだよな、あんた」
喋りながら、口に入れたセロリがばり、と音を立てる。
「まあね。確かに、俺ははめたんだよ。あんたを。はまって欲しかった、というのが、本当のとこ」
「どの時点から?」
マーチ・ラビットは訊ねる。
「偶然。本当にたまたま、俺はニュースで、あんた等の騒動を見てたんだ。ここからずいぶん離れた星系で、だぜ?」
あのクーデターの時の報道は、確かにずいぶん大規模に流れたのだろう。
後になって彼も思ったものだった。クーデター自体に、放送の力は大きく関わっていたのだ。
「球場か何処かでか?」
「いや、俺もうずっと、投げてなかったぜ」
「そうなのか?」
「824年だったかな。負け続けるチームが、体質改善とばかりに、旧メンバー陣を一斉解雇、その上でテスト・再契約、という形をとったんだ。俺はもう、その時にはコモドドラゴンズに居る理由が無かったから、あっさりおさらばしたって訳」
「理由?」
「あんたが居なかったから」
あっさりと言う、この男に、マーチ・ラビットは思わずフォークを取り落としそうになった。
「と言うか、D・Dが居るチームに、俺はそもそも入ったんだから、D・Dが居ないチームに居る義理も無かったの」
「…………すごく恥ずかしいことを、言ってないか? お前」
「本当のことだから、別に」
二つ目のセロリがしゃり、と音を立てる。
「ほら、見てみろよ。向こうの連中。ちらちらと、やっぱりあんたに視線送ってる。すごく気にしてる」
「……」
「でも、本当にあんたがあのD・Dなのか、って確かめられもしないから、近寄りたいけど、近づけない。そんな感じだぜ?」
正直、そんな気はしていた。
勝利投手に対して、ここまで距離を置くだろうか。
サンライズの選手達は、彼に対しては距離を――― 話すチャンスを狙い、そのタイミングを掴みかねていた。
「俺は違うよ」
「そうだなマーティ。確かに今のあんたは、昔のあんたとは違う」
「どういう意味だ?」
「あんた、最後の回、楽しんでたろ?」
ふふん、とストンウェルは笑った。皿を置いて、マーチ・ラビットはビール缶を再び手に取る。
「楽しんでちゃ、おかしいのか?」
「おかしいね、俺の知ってるD・Dは、最後の回なんて、いつも死にそうな顔していたもの」
そうだったろうか?
彼は自分に問いかける。苦しかったのは判る。が、それが顔に出ていたのだろうか。
「初めはそうでもなかったさ。俺がまだ客としてゲームを見ていた頃はね。でも俺が入った頃からさ、何かどうしても勝ちたいから、っていうのじゃなくて、これを投げてしまえば、今日はもう終わる、解放される、って感じでさ」
それは、あったかもしれない。
ビールに口をつけながら彼は思う。
勝つためにチームに買われた訳であり、勝たなくては、チームに居る意味はない、と思っていた。思いこむ様になっていた。
気付かなかった。顔に出ていたなど当時は。
「なあマーティ、あんた、今は幸せなんだろ?」
「今は?」
「昔が、幸せだったと言えるのかい?」
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