反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩

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第11話 「それは未来の記憶だ」

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 気づいた時には、朝になっていた。
 彼は無造作に投げ捨てられたように置かれていた服を再び身につけると、司令室につながる扉を開けた。
 上官は既に書類に目を通していた。大きな窓から入り込む朝の光が、奇妙にこの麗人の姿を神々しくも見せていた。不思議なものだ、とGは思う。
 お早うございます、と声をかけると、Mは天気の話をするような口調で、彼に言葉を投げた。

「この戦争はいずれ我々天使種が勝利するだろう」

 それは神託のようだった。そして反射的に彼は問い返していた。

「そうなんですか?」
「そうだ」

 まるでそれは、初めから決まっていたかのような口調だった。遠い昔、戦争が何処かの星域で何の理由もなく始まった時から。

「決まって、いるんですか?」
「決まっているのだ」

 司令は繰り返す。

「決まっているって……」
「この戦争は我々天使種が全戦域を統括して帝国を築き上げる。それで終わりだ」
「判っているのなら、何故…… それじゃ僕達が今やっていることは……」
「この状況においては有効なことなのだ。この状況を上手く処理することは」

 彼の中で、昨夜感じた不愉快なものが軽く走った。

「何故ですか」
「それはお前の考えるべきことではない」
「僕にそこまで言わせておいて黙るのですか!」

 彼は思わず声を荒げていた。だがその直後、彼は自分の口を塞いだ。自分がそんなことを言ってしまったことが、彼には信じられなかった。

「……知りたいか?」

 冷静、実に冷静にMは再び彼に近付いた。
 手袋に包まれた手が、彼の顎を掴んだ。両手が頬をくるんだ。唇が近付いてくる。彼はそれを避けなかった。目を閉じた。
 だが、次の瞬間、彼は閉じた目を大きく見開いた。司令と視線が合う。だがそんなことを構ってはいられなかった。
 情景が、伝わってきたのだ。
 第一世代には、そういった能力がある。触れた唇を通して、数え切れない程の未来の情景が、彼の中に溢れる程の勢いでなだれ込んできた。

 ―――どの位そうしていたのだろうか。冷たい唇が離された時、彼は思わずその場に崩れ落ち、頭を抱え込んでいた。

「知りたいと言ったのはお前だ。受けとめるだけの意志がないならば初めから求めるな」
「……だけどこれは!」
「それは未来の記憶だ」

 MはGの戸惑いを払拭するかのように、無表情な目のまま、続けた。

「私はそうせねばならない。それが私の役割だからだ。それがどういう結果になろうと私はそれをせねばならぬのだ」

 司令の言葉は、渡された映像同様、ひどく重く、彼の全身にのしかかってくるように思えた。
 そして。

「……司令は…… あのレプリカを……」

 モニターの中の、強い瞳を。

「約束だ」

 勝利させる方法が無いのなら、全てを破壊すると。それが約束だと。
 それだけが過去の記憶として、彼の中に入り込んでいた。そしてその結末も、未来の記憶として。
 そうしなくては、ならないのだ、と。
 彼はまたひどく胸が痛むのを感じた。うずくまったまま、なかなか立ち上がることができない。どうしてしまったのだろう。だけどひどく胸が痛くて。
 だがその痛みがすっと消えた。上官の手が、彼の右の肩に触れていた。直接触れていた時には、どうしようもなく冷たい手だと思ったのに、手袋と、軍服を通して触れているそれは、ひどく暖かく感じた。 
 そして目の前の上官は、彼に問いかけた。

「来るか?」

 彼は目を見開いた。そして少しだけ耳を疑った。それがその唇から漏れている言葉だと認識するのには、やや時間が必要だった。

「私と共に来るか?」

 あの未来の記憶の中に。
 彼は弾かれたように顔を上げた。



 朝食を摂るために食堂へ出向いたら、友人が居た。あまり食欲はなかったが、彼は決められた分量を乗せたトレイを取ると、友人の横に座った。

「お早う」
「お早う。何か疲れてるようだな。ちゃんと眠ったのか?」

 目敏い友人は、顔を見るなり指摘した。Gは友人からやや視線をそらす。この友人の引き込まれそうな程の大きな目からはそうそうごまかしがきかない。

「うん、ちょっとね」
「ちょっとって言う顔じゃないぞ」

 そうだろう。ここが公共の場であることにGは感謝した。
 二人きりだったら、この友人はどこまで接近してくるか判らない。そうしたら、隠していることなど簡単に見破られてしまうだろう。自分もまた隠さないだろうことも容易に予想がつく。
 最初に会った頃からそうだった。どうしてもこの目の前の友人には、隠し事が効かないのだ。
 だが、今だけはどうしても。
 好きか嫌いか、と二者択一を迫られたら、「好き」と答えるだろう。それは間違いない。だがただ単純に相手のことを好きか、と訊ねられたら。
 彼はこの年上の友人に関して、そこではっきりした答えがずっと出せずにいた。
 初めから、そうだった。惹かれているのは判るのだ。ただそれが、好きかどうか、というと怪しい。ただ単に、自分の最も弱い部分に的確な刺激を与える存在、それだけの「特別」ではないか、と考えずにはいられないことがあるのだ。
 だがそれでも「特別」すらなかった頃に比べらればましなのだが。 
 相手は、いつでも自分を「特別」以上に扱った。最初からそうだった。そして自分がそれに甘えてしまっている。それに気付いていなかった訳ではない。
 ただ、その状態が心地よすぎて。
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