反帝国組織MM⑤オ・ルヴォワ~次に会うのは誰にも判らない時と場所で

江戸川ばた散歩

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第24話 綺麗な空が。

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 「優秀な兵士」の中でも、第七世代で少佐にまで昇った彼等がぶつかることは、ある種の悲劇と言える。
 Gが撃った弾丸を避けた鷹は、そのまま横の生産ラインの建物の中に入った相手を追った。
 広大な敷地とは言え、生産ラインはある一定のエリアに集中しているのが普通である。その中でも、純粋に生産に従事するラインは低層部にあり、それを統括する部署は高層部にあることが多い。
 当初Gは、低層部の、破られた扉から中に入り込んだ。だがそこは、ひどく入り組んだ、迷路、もしくは無機質で作られたジャングルのような所だった。

 だとしたら俺には分が悪いな。

 そういった込み入った場所は、友人の得意とするところなのだ。所詮その友人から戦法を教わっていた自分にとって、それは分の悪いところである。

 では何処へ行けばいい?

 自問する。
 とりあえずは、と彼はキムから分けてもらっていた時限発火装置を配線や電子部品のジャングルに仕掛けておく。それでどのくらい時間が稼げるかは知らない。だいたい自分が、あの友人が勝てる保証など、まるでないのだ。そもそも戦いたくはない。
 戦いたくはない。だけど、死にたくもない。
 友人が自分を殺すと決まっている訳ではない。だが相手はそのための武器を持ち出している。以前の口約束は、明らかに有効だ。
 殺すとは言っていない。だが墜とすだろう。
 曖昧な言葉だった。そして曖昧ゆえに、それは現実味を帯びていた。
 彼はその記憶に曳かれるかのように、足を階段の方に向けていた。



 何処だ、と鷹は無機物のジャングルに足を踏み入れて思う。相手の気配はそこにはなかった。だが居た気配はある。
 数秒、その大きな目で辺りに視線を走らせる。そして弾かれたように、その場を離れた。
 次の瞬間、時限発火装置が爆発した。
 なるほど、と彼は思う。教えた通りに、実行している。よく覚えているな。

 覚えて。

 自分の考えた言葉が、また別の記憶を引き起こす。覚えているだろうか。あの時自分の言った言葉を。自分に引き金を引くようなことがあったら、自分は相手を墜とすだろう、と。
 天使種にとっての「墜ちる」はひどく曖昧な意味を持っている。
 それは単純に「殺す」とはやや別の意味を持っていた。持ってはいるのだが、それがどういうことか、具体的に説明せよ、正確な意味を言え、と言われると、まず誰も答えられない。そのくらい曖昧な言葉だった。
 だが、曖昧なのに、それは天使種の誰もが知っている言葉でもあった。
 つまりそれは、自分達の言葉ではないのだ、と鷹は理解していた。
 自分達が融合している、別の位相の生命体が必要とする意味の言葉なのだ、と。だから自分達が理解する必要はないのだ、と。
 それが必要な場所は、おそらくそれが知っているのだ、と。
 その言葉を告げたのは、無意識だ、と鷹は思う。

 俺だったら殺すだろう。墜とすなどという曖昧な意味ではなく。
 だが俺の中の何かは、その言葉を言うことを許さなかったに違いない。
 奴を墜とすことは俺に認めても、殺すことはさせないのだろう。
 だったらそれはそれでいい。

 彼は思う。

 いずれにせよ、この場で自分のしなくてはならないことは、殺すにせよ墜とすにせよ、大して変わるものではないのだ。

 彼は目を閉じて、気配をたどる。
 …上か。
 舞台は揃った。



 最上階の上は、屋上だった。
 だがそこは、一般の立ち入りが禁じられているだけあって、柵の一つもない。踏み外したら、数十メートル下の地面に激突するだけだ。
 外からでは大して気付かなかったが、こうやって昇ってみると、意外に高いことにGは気付く。見晴らしが良い。レプリカントの工場以外、大して工業化の進んでいないマレエフの空は美しかった。見上げると、ぐらりとする程、空は深く、青かった。
 彼がその最上部に昇った理由は二つあった。
 一つは、その高さなら出航する船の様子が見られると思ったから。自分がとりあえず友人の気を引きつけておけば、少なくとも彼等は安全なのだ。
 乾いた、やや冷たい風がさえぎる物の無い高層部に吹き渡り、彼は思わず目を細める。
 光にせよ、風にせよ、何だってこうストレートなんだ、と彼は眉を寄せた。
 細めた視界の中にも、その船の姿は入ってきた。
 既に扉は閉じている。それまでにトラップの爆発音が全く聞こえなかった訳ではないが、おおむね大丈夫だっただろうことは、容易に予想がつく。
 ああ、乗り込んだんだな。
 彼の脳裏に、長い栗色の髪のレプリカントの姿が浮かぶ。味方を簡単に裏切るような自分でも、そのために涙目になっていた、あの素直すぎるようなレプリカの。

「…そうだよ」

 低い音が、耳に届く。風に揺れて、ややわなないている。

「最初から」
「最初から、何?」

 船の出る音が、大きくなる。
 彼は口を閉ざす。
 今言っても、聞こえない。そのかわり、じっと、自分の前に歩いてくる友人を見据える。
 友人は、近づいてくるが、銃を上げることはない。まるで船が出るのを待っている彼をまた、待っているかのようだった。
 やがて音とともに、船は空高く昇って行った。青い空の彼方に、見えなくなり、音も消えた時、ようやく彼は口を開いた。

「最初から、俺は白状していれば、よかったんだ」
「そうだな」
「知っていた?」
「知らない。だけど、気付いてはいたよ」

 そう、と彼はうなづいた。

「あんたと居た時間は、一番、俺にとって、心地よかったんだ」
「知ってたよ」
「でも、仕方ないね」

 彼は、銃を後ろに放り、そのかわりに特殊セラミックの長剣を抜いた。
 どうせ既に、弾丸は尽きているのだ。換えのために貰ったものも、火薬だけを抜いた細工に使い果たしてしまった。鷹はそれを見ると、自分もまた銃を放り、長剣を抜いた。
 それ以上の言葉は無かった。
 優秀な兵士二人は、綺麗な構えを取ると、何度か剣同士をぶつからせた。硬質の、特殊セラミックの高い、澄んだ音が晴れた空の下に響く。
 互角のように、当初は思えた。
 だが何度か打ち合ううちに、鷹には友人の弱点が読めてきた。自分の教えたこと以上には、この友人は長剣については、知らない。特に、規格外のことについては。
 そこを彼はついてきた。

 Gは一瞬躊躇する。
 無意識のうちに、「訓練」で相手をしてくれた友人の姿を現在の自分の動きにあてはめていたことに気付く。
 気付いた時には遅かった。鷹はあくまでゲリラ向きの兵士だった。相手が屋上の端にまで走るのを見て、とっさに動いていた。
 追わなくてはならない。
 そしてそこが、高層部ということを、瞬間、忘れていた。
 彼は追った。周り回った。
 追いつめた、つもりになっていた。そんな訳はないのに。
 相手がコンクリートの段差に足を掛けた時、そんな気にまでふと、なりかけていた。
 だがそれは錯覚だった。
 そして風が吹いた。
 風が、彼の長い髪を、揺らした。
 視界が一瞬塞がれる。
 沈み込み、視界から消える相手に、反応が遅れた。
 次の瞬間、右の脇腹から、衝撃が走った。
 何が起こったのか、彼には判らなかった。斜めに、切り裂かれることなど、知らない。
 急に、くらりと、重心が傾いだ。
 何だろう、と彼は思う。
 痛みより先に、疑問に思った。
 視界に、青い空が飛び込む。

 変だな、何で俺空見上げてるんだろ?
 
 髪が広がる。
 激しい動きの中で緩んでいたリボンが解ける。
 彼は大きく目を広げて、視界に大きく広がっていく青を感じていた。
 地面が、無くなっていた。
 
 墜ちる。

 ああそうか。

 ―――墜ちていく彼の脳裏に、一つの情景が浮かんだ。

 きっとあのひとは待っている。いや待っていないかもしれない。きっと待たないだろう。
 だけど、不思議な程綺麗な、あの青い、ヴェールのかかった空を見ている姿が。
 俺が墜ちても、あのひとは。
 それでも俺は、あなたを。

 手を伸ばす。冷たい大気が腕を刺す。背中を大気が押す。突き刺すような冷たい大気が、全身を刺す。
 落下していく。空気抵抗。

 このまま何処へ墜ちよう?

 両手を伸ばす。広がる髪が視界を隠す。

 それでも俺は、あなたを。
 だから、必ず。
 
 ―――絶対の命令を発動する―――

 彼の意識の中で、そんな声が聞こえた。
 それが何であるのか、彼には判らなかった。
 本当にそれが声であるのかすら、判らなかった。
 だがそれを信頼することは正しいと思った。
 そうすれば、自分は必ず生き残ることができる。
 どんなことをしても、いつか、あのひとに会うために。

 ……綺麗な空が。



 鷹は、落下途中のGが視界から消える瞬間を目の当たりにして、その大きな目をさらに大きく広げた。

 そういうことか。

 彼は唇を噛むと、自分の中にも居るだろう何か、が友人に対して起こした事象を必死で認めようとしていた。
 大きく腕を振り上げると、冷たいコンクリートの上に、思い切り両手の拳を叩きつけ、しばらく身動き一つせずに、その場にうずくまっていた。

 ……やがて陽の光が中天に差し掛かる頃、彼はふらりと立ち上がった。

 そして軍服に貼り付けられた星を引きちぎると、その場に投げ捨てた。
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