40 / 125
第40話 令嬢の悪戯
しおりを挟む
ああら可愛い。
失礼します、とその隙を狙って少女は手早く仕事を済ませると扉の外に消えた。
そしてその時シラは一つの楽しみを見つけた。
彼女は追ってくる者は手ひどくぴしゃりとはねのけるのが好きだが、逃げていく者はとても興味がある。
まあつまりは「来る者は拒まず、去る者は追わず」の逆である。来る者は拒み、去る者を追う。かなりそれが力技であったとしても、である。
ちなみにナギは放っておくと確実に自分をも見捨てそうな雰囲気がある。実はそのへんも彼女は好きだった。
少女は「去る」側、もしくは「来ない」側の人間らしい。だが見かけはなかなか可愛らしく、ここの所そういったものとご無沙汰している身とすれば、引っかかるものがあるのだ。
それにもう一つシラには算段があった。
少女には主人がいる筈である。その主人を引っぱり出せば、ここが何処か、どうして自分がここに居るのか、その理由が掴めるとシラは思う。
だとしてら、せいぜい可愛がって困らせてやりましょ。
くすくすくす、とシラは笑う。
*
「あら、どうしたの?」
入ってきた少女を見て、彼女の主人は訊ねた。
「目が真っ赤よ」
「な、なんでもありません」
少女は慌てて目を主人から逸らす。主人はそれまで手紙を書いていたのだが、その手を止めて立ち上がる。栗色の長い髪が揺れる。そしてゆっくりと少女に近付く。
「何でもないじゃあないでしょ。藍。……ああ、あの娘ね。そうでしょ?」
藍と呼ばれた少女はこくんとうなづく。
「何か意地悪されたの? 閉じこめてどうのとか」
「いえ、そういうことではないんですが」
どうしていいものか、と藍はため息をつく。藍の主人…… 言わずと知れた皇太后エファ・カラシェイナ、通称カラシュであるが、これはただ事ではないな、と気付いた。
「まあそこへお座りなさい」
藍は素直に示されたカウチに掛ける。掛けてからも、なるべく目を見せないようにしよう、しようとうつむいて前掛けの端ばかりをいじっている。
カラシュはその横に掛けると、何をされたの、と訊ねた。
「……あ、あの……」
「言いにくいことだとは思うわ。でも言わなくては判らないでしょう? 彼女は大切な客人だし、あなたもあなたで大切な一人よ。ね?」
「……あの……」
「ん?」
にっこりとカラシュは笑う。
「……こんなこと言ってもいいのでしょうか…… あの…… 私」
もの凄く言いにくそうなことか。何となくカラシュは想像がつく。伊達に長く生きている訳ではない。まるでこの反応は、男からの性的嫌がらせに遭った少女のものなのである。
だがしかし。
「いいわよ。何であっても。あなた身体に、何をあの娘にされたの?」
藍はぱっと顔を上げる。
「……皇太后さま」
「別にあなたが悪いんじゃないし、それは私が断言するわ。だから言ってちょうだい」
「……私…… 私…… あの…… 犯されたんです」
は?
さすがの彼女も、その言葉には驚いた。
皇太后カラシュは長い時間生きてきたし、その間にいろいろなことをしてきた。
「賢帝」と呼ばれたかの六代帝の最後にして最高の配偶者であり、現在の七代帝の母君。
開明的な六代帝の後押しもあってか、彼女はそれまで低かった女性の地位を少しでも引き上げることに力を尽くした。現在でもその関係者がサロンには集う。
そういった中で、不当な暴力を夫だの父親だの兄弟だのから振るわれてきた少女も沢山見てきた。だから藍が入ってきた時の反応がそれによく似ていたから訊ねたのだ。
とはいえ、同じくらいの少女相手に「犯された」とは尋常ではない。アヤカ・シラ・ホロベシ男爵令嬢は、特にそういう風には見えないが。
「……あ…… と、答えたくなかったら、じゃあその後はいいわ。ただ一つこれは答えて。その『犯された』というのは、男の人がそうするみたいに、という意味? それとも別の意味なの?」
「私、わかりません」
とうとう藍はわっと泣き出した。
「だって私、まだ好きな男のひとだっていないんですよ。誰かと寝たことなんてないんですよ。それであの、比べろなんて、あの……」
「ああごめんなさいごめんなさい、私が悪かったわ」
そう言いながらぽんぽんとカラシュは藍の背中を叩いてやる。
よほどショックを受けているのだろう。この実直生真面目を絵に描いたような少女は、自分が皇太后に口ごたえしていることすら気付いていない。
それでもその言葉を使うんだから。
彼女は予定をやや変更することにした。
失礼します、とその隙を狙って少女は手早く仕事を済ませると扉の外に消えた。
そしてその時シラは一つの楽しみを見つけた。
彼女は追ってくる者は手ひどくぴしゃりとはねのけるのが好きだが、逃げていく者はとても興味がある。
まあつまりは「来る者は拒まず、去る者は追わず」の逆である。来る者は拒み、去る者を追う。かなりそれが力技であったとしても、である。
ちなみにナギは放っておくと確実に自分をも見捨てそうな雰囲気がある。実はそのへんも彼女は好きだった。
少女は「去る」側、もしくは「来ない」側の人間らしい。だが見かけはなかなか可愛らしく、ここの所そういったものとご無沙汰している身とすれば、引っかかるものがあるのだ。
それにもう一つシラには算段があった。
少女には主人がいる筈である。その主人を引っぱり出せば、ここが何処か、どうして自分がここに居るのか、その理由が掴めるとシラは思う。
だとしてら、せいぜい可愛がって困らせてやりましょ。
くすくすくす、とシラは笑う。
*
「あら、どうしたの?」
入ってきた少女を見て、彼女の主人は訊ねた。
「目が真っ赤よ」
「な、なんでもありません」
少女は慌てて目を主人から逸らす。主人はそれまで手紙を書いていたのだが、その手を止めて立ち上がる。栗色の長い髪が揺れる。そしてゆっくりと少女に近付く。
「何でもないじゃあないでしょ。藍。……ああ、あの娘ね。そうでしょ?」
藍と呼ばれた少女はこくんとうなづく。
「何か意地悪されたの? 閉じこめてどうのとか」
「いえ、そういうことではないんですが」
どうしていいものか、と藍はため息をつく。藍の主人…… 言わずと知れた皇太后エファ・カラシェイナ、通称カラシュであるが、これはただ事ではないな、と気付いた。
「まあそこへお座りなさい」
藍は素直に示されたカウチに掛ける。掛けてからも、なるべく目を見せないようにしよう、しようとうつむいて前掛けの端ばかりをいじっている。
カラシュはその横に掛けると、何をされたの、と訊ねた。
「……あ、あの……」
「言いにくいことだとは思うわ。でも言わなくては判らないでしょう? 彼女は大切な客人だし、あなたもあなたで大切な一人よ。ね?」
「……あの……」
「ん?」
にっこりとカラシュは笑う。
「……こんなこと言ってもいいのでしょうか…… あの…… 私」
もの凄く言いにくそうなことか。何となくカラシュは想像がつく。伊達に長く生きている訳ではない。まるでこの反応は、男からの性的嫌がらせに遭った少女のものなのである。
だがしかし。
「いいわよ。何であっても。あなた身体に、何をあの娘にされたの?」
藍はぱっと顔を上げる。
「……皇太后さま」
「別にあなたが悪いんじゃないし、それは私が断言するわ。だから言ってちょうだい」
「……私…… 私…… あの…… 犯されたんです」
は?
さすがの彼女も、その言葉には驚いた。
皇太后カラシュは長い時間生きてきたし、その間にいろいろなことをしてきた。
「賢帝」と呼ばれたかの六代帝の最後にして最高の配偶者であり、現在の七代帝の母君。
開明的な六代帝の後押しもあってか、彼女はそれまで低かった女性の地位を少しでも引き上げることに力を尽くした。現在でもその関係者がサロンには集う。
そういった中で、不当な暴力を夫だの父親だの兄弟だのから振るわれてきた少女も沢山見てきた。だから藍が入ってきた時の反応がそれによく似ていたから訊ねたのだ。
とはいえ、同じくらいの少女相手に「犯された」とは尋常ではない。アヤカ・シラ・ホロベシ男爵令嬢は、特にそういう風には見えないが。
「……あ…… と、答えたくなかったら、じゃあその後はいいわ。ただ一つこれは答えて。その『犯された』というのは、男の人がそうするみたいに、という意味? それとも別の意味なの?」
「私、わかりません」
とうとう藍はわっと泣き出した。
「だって私、まだ好きな男のひとだっていないんですよ。誰かと寝たことなんてないんですよ。それであの、比べろなんて、あの……」
「ああごめんなさいごめんなさい、私が悪かったわ」
そう言いながらぽんぽんとカラシュは藍の背中を叩いてやる。
よほどショックを受けているのだろう。この実直生真面目を絵に描いたような少女は、自分が皇太后に口ごたえしていることすら気付いていない。
それでもその言葉を使うんだから。
彼女は予定をやや変更することにした。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
現代にダンジョンが現れたので、異世界人とパーティ組んでみた
立風館幻夢/夜野一海
ファンタジー
世界を研究する「普通」の女子大学院生、「猪飼瑠璃(いかいるり)」、彼女は異世界人と友達になることを夢見て、日々研究に勤しんでいた。
ある日、いつものように大学院に向かっている最中、大地震に巻き込まれる。
……揺れが収まり、辺りを見ると、得体のしれないモンスターと猫獣人が現れた!?
あたふたしているうちに、瑠璃はダンジョンの中へと迷い込んでしまう。
その中で、エルフの少女、吸血鬼の少女、サキュバスの女性、ドワーフの男性と出会い、彼らとパーティを組むことになり……。
※男性キャラも数人登場しますが、主人公及びヒロインに恋愛感情はありません。
※小説家になろう、カクヨムでも更新中
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる