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第71話 「私はあなた以外の人がどう言おうとどうでもいいんですよ」
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ナギは休日ともなると、そんな風にシラをよく連れ出した。
図書館や古書店街のこともあるし、時には帝都直送の最新モードを見るべく服屋のウィンドウショッピングのはしごをすることもある。
来たばかりの活動写真、最新の音楽がかかる喫茶店、ありとあらゆるものを見て聞いて取り入れようとでも言うように、ナギはシラを連れて歩いた。
シラはシラで、早足のナギに置いていかれないように精いっぱい歩いた。
夏の長期休暇が来る頃、気がついたら、週に一回だけある体操の授業でも、身体が楽に動くようになっていた。
「何で?」
上目遣いで相棒に聞いてみた。
「そりゃあそうでしょう」
「判んないわよ」
「いつもじっとしてると、身体が固まってしまうんですよ」
「へえ」
なかなかそれは悪くないものだった。
*
悪くない、と言えば、相棒が彼女を連れ出す先にはたいてい中等学校や専門学校の男子学生がいるのだが、彼らの視線もそう悪いものではなかった。
お茶の美味しい「黒旗」や、ふわふわした焼き菓子の美味しい「天使猫」、休日の夕食のパンや饅頭やお茶をよく仕入れに行く「文化堂」、それに常連と化した本屋の「桜州堂」。
そういった所では彼女達の姿は一つの名物と化していた。
基本的に女子生徒は男子生徒や学生からの手紙をもらってはならないことになっているが、それでも彼女達はよくそれらの店の店員から、頼まれたと渡されることがある。
「変なものよねえ」
とある日シラは相棒に言ったことがある。
「何がですか?」
「だってあたし一人の時にはこんなことなかったわよ。だったらあんただけに来てもいいものなのに、あたしにまで同じくらい手紙が来るじゃない。これって何?」
「ああ」
その時もナギは何やら古書店で見つけた難しそうな本を片手にしていた。
その時の本は歴史関係のものだった。ずいぶんけばけばしい装丁だから、と買った日のうちにナギはカバーをつけていたのをシラは覚えている。
「相乗効果って知ってます?」
「言葉の意味は判るけど?」
それがどうした、とシラは暗に含める。つまりですねえ、とナギは前置きをして本を閉じた。
「あなたと私って似てないでしょう?」
「そりゃあね。あたしはあんた程綺麗じゃないもの」
「綺麗じゃないとはいいませんよ。可愛いじゃないですか」
真顔で言わないで欲しい、とシラは思う。
「だけど可愛い、というのは結構曖昧なものなんですよ。そういう時に、横に置いて比べるものがあると、美点の意味が見る人にも判るじゃないですか」
「つまり、あんたが居るからあたしの可愛さが引き立って、あたしが居るからあんたの綺麗さが引き立つってこと?」
「そう。最近回転早いですね」
「誰に言ってるのよ」
既に秋も深まっていた頃である。
*
秋頃には、シラは自分の成績を手加減することは止していた。
と、言うのも、この相棒は、最初の春の定期試験の時から、筆記試験全科目で一位を取ってしまったからである。
さすがにそれは学年内にかなりの動揺をもたらした。ただでさえ編入生で、それでいて「人形」であることが噂されていて、しかも目を引く外見をしている。放っておいても目立つのに、さらに輪を何重にもかけたかのようである。
だがその時ナギは初めてシラに怒ったのである。もちろんシラは何で彼女が怒るのか理解できなかった。
「だってあなたの方が文学では私よりずっと点が取れる筈です。あんな問題で」
「そりゃああたしだって判らない訳じゃないわよ」
「じゃあ何ですか?」
「だからある程度手加減してるんじゃない」
そうしたらナギは珍しく大声で笑った。
「手加減ってのは、するべき価値がする時にするんですよ」
「じゃあ何よ、あたしのしてることは価値がないって言うの?意味がないっていうの?」
「ええ」
あまりにも当たり前のことのようにナギがうなづいたので、さすがにシラも頭に血が昇った。
「じゃあどうすればいいっていうのよ」
「あなた、実はほとんどの同級生軽蔑してません?」
「……」
「軽蔑している相手に好かれようなんてのは虫のいい話ですよ」
びくん、と反射的に身体が動くのが判った。
「それにそこまで連中も鈍感じゃあないですよ。あなたが何と思っているか、それが何なのか理解はできなくとも、感覚で判るものだってあるんですから」
「じゃああんたはどうなのよ!」
「私?」
「あんただってそうじゃない! ここの連中を軽蔑してるんじゃないの?」
「していないと言ったら嘘にはなりますね。でも、どうだっていいことですから」
「あんた……」
「私は別に、あなた以外の人がどう言おうとどうでもいいんですよ。別に周りの連中に好かれようが嫌われようがどうだって」
「あたし?」
「ええ」
「あたしは別なの?」
「私はあなたはとても好きですから」
「冗談!」
それにはナギは何も言わない。
「それでナギ、あんたあっさりと一番になっちゃうって訳? 別にどう見られようが構わないから」
「ええ。何はともあれ、自分がどれだけの力持ってるか試すのは面白いじゃないですか。そういう機会があるのに試さないのは損ですよ」
「損」
「あなたはもっと自分の力を前に出せばいいんです」
「何で」
「してから後悔する方がしないで後悔するより良くありませんか?」
「そりゃそうだけど」
「じゃ今度の定期試験では私を抜けるようにして下さいな」
「ちょっと!」
「それとも、初めっから負けを宣言します?」
それは嫌だった。もの凄く嫌だった。
図書館や古書店街のこともあるし、時には帝都直送の最新モードを見るべく服屋のウィンドウショッピングのはしごをすることもある。
来たばかりの活動写真、最新の音楽がかかる喫茶店、ありとあらゆるものを見て聞いて取り入れようとでも言うように、ナギはシラを連れて歩いた。
シラはシラで、早足のナギに置いていかれないように精いっぱい歩いた。
夏の長期休暇が来る頃、気がついたら、週に一回だけある体操の授業でも、身体が楽に動くようになっていた。
「何で?」
上目遣いで相棒に聞いてみた。
「そりゃあそうでしょう」
「判んないわよ」
「いつもじっとしてると、身体が固まってしまうんですよ」
「へえ」
なかなかそれは悪くないものだった。
*
悪くない、と言えば、相棒が彼女を連れ出す先にはたいてい中等学校や専門学校の男子学生がいるのだが、彼らの視線もそう悪いものではなかった。
お茶の美味しい「黒旗」や、ふわふわした焼き菓子の美味しい「天使猫」、休日の夕食のパンや饅頭やお茶をよく仕入れに行く「文化堂」、それに常連と化した本屋の「桜州堂」。
そういった所では彼女達の姿は一つの名物と化していた。
基本的に女子生徒は男子生徒や学生からの手紙をもらってはならないことになっているが、それでも彼女達はよくそれらの店の店員から、頼まれたと渡されることがある。
「変なものよねえ」
とある日シラは相棒に言ったことがある。
「何がですか?」
「だってあたし一人の時にはこんなことなかったわよ。だったらあんただけに来てもいいものなのに、あたしにまで同じくらい手紙が来るじゃない。これって何?」
「ああ」
その時もナギは何やら古書店で見つけた難しそうな本を片手にしていた。
その時の本は歴史関係のものだった。ずいぶんけばけばしい装丁だから、と買った日のうちにナギはカバーをつけていたのをシラは覚えている。
「相乗効果って知ってます?」
「言葉の意味は判るけど?」
それがどうした、とシラは暗に含める。つまりですねえ、とナギは前置きをして本を閉じた。
「あなたと私って似てないでしょう?」
「そりゃあね。あたしはあんた程綺麗じゃないもの」
「綺麗じゃないとはいいませんよ。可愛いじゃないですか」
真顔で言わないで欲しい、とシラは思う。
「だけど可愛い、というのは結構曖昧なものなんですよ。そういう時に、横に置いて比べるものがあると、美点の意味が見る人にも判るじゃないですか」
「つまり、あんたが居るからあたしの可愛さが引き立って、あたしが居るからあんたの綺麗さが引き立つってこと?」
「そう。最近回転早いですね」
「誰に言ってるのよ」
既に秋も深まっていた頃である。
*
秋頃には、シラは自分の成績を手加減することは止していた。
と、言うのも、この相棒は、最初の春の定期試験の時から、筆記試験全科目で一位を取ってしまったからである。
さすがにそれは学年内にかなりの動揺をもたらした。ただでさえ編入生で、それでいて「人形」であることが噂されていて、しかも目を引く外見をしている。放っておいても目立つのに、さらに輪を何重にもかけたかのようである。
だがその時ナギは初めてシラに怒ったのである。もちろんシラは何で彼女が怒るのか理解できなかった。
「だってあなたの方が文学では私よりずっと点が取れる筈です。あんな問題で」
「そりゃああたしだって判らない訳じゃないわよ」
「じゃあ何ですか?」
「だからある程度手加減してるんじゃない」
そうしたらナギは珍しく大声で笑った。
「手加減ってのは、するべき価値がする時にするんですよ」
「じゃあ何よ、あたしのしてることは価値がないって言うの?意味がないっていうの?」
「ええ」
あまりにも当たり前のことのようにナギがうなづいたので、さすがにシラも頭に血が昇った。
「じゃあどうすればいいっていうのよ」
「あなた、実はほとんどの同級生軽蔑してません?」
「……」
「軽蔑している相手に好かれようなんてのは虫のいい話ですよ」
びくん、と反射的に身体が動くのが判った。
「それにそこまで連中も鈍感じゃあないですよ。あなたが何と思っているか、それが何なのか理解はできなくとも、感覚で判るものだってあるんですから」
「じゃああんたはどうなのよ!」
「私?」
「あんただってそうじゃない! ここの連中を軽蔑してるんじゃないの?」
「していないと言ったら嘘にはなりますね。でも、どうだっていいことですから」
「あんた……」
「私は別に、あなた以外の人がどう言おうとどうでもいいんですよ。別に周りの連中に好かれようが嫌われようがどうだって」
「あたし?」
「ええ」
「あたしは別なの?」
「私はあなたはとても好きですから」
「冗談!」
それにはナギは何も言わない。
「それでナギ、あんたあっさりと一番になっちゃうって訳? 別にどう見られようが構わないから」
「ええ。何はともあれ、自分がどれだけの力持ってるか試すのは面白いじゃないですか。そういう機会があるのに試さないのは損ですよ」
「損」
「あなたはもっと自分の力を前に出せばいいんです」
「何で」
「してから後悔する方がしないで後悔するより良くありませんか?」
「そりゃそうだけど」
「じゃ今度の定期試験では私を抜けるようにして下さいな」
「ちょっと!」
「それとも、初めっから負けを宣言します?」
それは嫌だった。もの凄く嫌だった。
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