73 / 125
第73話 家人達、騒ぐ
しおりを挟む
「お嬢様! お待ち申し上げていました!」
執事のクーツは、黒塗りの最新式の車から降りてくるシラを見た瞬間、屋敷から飛び出してきた。
「市内通信を一つ掛けて下されば、お迎えに上がりましたものを……」
そして彼は、彼女が乗ってきた車が、駅で何台かがいつも待っている小型の乗合自動車ではないことに気付いた。
それは、明らかに特権階級中の特権階級だけが持つのを許されるような車だった。その最新の車体のラインばかりではない。色目からつや出し、車体の前方にあるその車特有の飾り、内装に至るまで、新興貴族などには手に入れることのできないものである。
はあ、と実直な執事はため息をついた。旦那様でもこんな車まずお乗りにはならなかったのに……
「あ、クーツ、お客様が今日一晩家で休まれるから……」
「はい。すぐにお部屋を用意させます!」
「ありがと。……ああそれに、ナギから何か連絡は入っていない?」
「ナギマエナさんですか? ……いえ…… 特には」
「そう……」
だとしたら、確かに黒夫人の動きは素早かったのだ、と彼女は思う。
この分だとナギはまず学校に連絡を入れるだろう。それからこちらへ。
「高速通信は特に今、何処にも異常はないわよね」
「はい。さほど使うものでもございませんし」
それならいいわ、とシラはうなづいた。車体にもたれて黒夫人は煙草をふかしている。
「ところでお嬢様、お客様はどちらの方でしょう?お部屋を用意致します際に……」
「ああ、最上級にして下さいな」
くす、と背後に夫人の笑い声が聞こえたような気がした。
「ラキ・セイカ・ミナセイ夫人よ」
ええっ! とクーツ氏は彼の役割にはあるまじき声を上げた。
もちろんすぐに顔を引き締め、失礼致しましたと一礼はしたのだが、動揺は隠せないものだった。
「参りましょう。御案内致しますわ」
*
「何だってマンダリン、黒夫人がこの家に?」
「そうよ!だってあたし庭に居たんだもの。聞こえたわよ」
大きな台所では、下働きの者達が口差のない噂にいそしんでいた。
「クーツさんももう大変。そりゃもともと気の強い人じゃあないけどさ、おろおろしちゃって」
「時々うちのお嬢様って凄いよなって思うわよ」
「何だいフィネ、今更」
「だってそうじゃない。黒夫人よ黒夫人! あたし一目でいいからお目にかかってみたいと思ったもの」
「そんなに有名かい?」
「有名も何もないわよ」
「あんたは昔っからそういう社交界のひと好きだからねえ、フィネ」
「あんただってそうじゃないのマンダリン!あたし知ってるもの、あんたがお給金の大半をそうゆう人々が載ってる写真誌とかに使い込んでるっての」
「あんた人のこと言えるの?こないだなんて、三番街の劇場に掛かっているお芝居に、上つ方が一斉にお忍びで来るって噂だけでその噂のまわり五日くらい観に行ったじゃない!」
「……まあよせ」
両手を広げて調理長はも小間使いの二人のきゃんきゃんした声を制した。
「そんなに黒夫人を見たけりゃ、二人して仲良くこのお茶を持ってくんだな。お茶とお菓子だ。失礼のないようにな!」
「それに二人とも、お嬢様は帝都へ向かわれるから、そのお手伝いもしておいで!ただしその雀のような声は立てるんじゃないよ!」
女中頭も半分呆れ、半分苦笑しながら、そうつけ加えた。
はーい、とシラと大して歳の違わない二人は喜びいさんで銀のトレイをそれぞれ一つづつ手にした。
「今の若い子ってのはああいうものですかね、マロン夫人」
シラの父親より十は年上の調理長はその太い腕を組んでそう感想を述べた。そして彼と大して変わらないくらいの女中頭も、困ったものですね、と苦笑する。
「まあ仕方ないでしょうね。奥様が生きていらした頃ならともかく、今の子達では……」
「だけどあの頃、あの奥様のお友達だったラキ・セイカ様がこうなるとはねえ」
女中頭はため息をつく。
「派手な方だとは思ったがな」
「でも頭のいい方でもありましたから、派手は派手でもある程度の慎みというものがありましたよ。だけど何ですか…… 今のマンダリンの話によれば、そこいらの暇つぶし、浮かれ騒ぎばかりにうつつをぬかす有閑夫人そのものだって言うじゃあないですか…… 私はちょっとばかり失望いたしましたよ。あれじゃあ若くしてお亡くなりになった奥様も可哀想……」
「俺には女の感覚ってのはどうにも判らんな」
調理長はそう締めくくった。
*
「煙草をここで吸わないで下さいな」
「ああ」
絵が掛かっている廊下にさしかかった時、シラは夫人にそう言った。一番近くの灰皿に、吸いかけの煙草を落とす。
「そうね、彼女は煙草は嫌いだった」
「だったらお止しになればいいのに」
「そういうものでもないのよ」
くすくす、と夫人は笑う。
「ああ、あの時のままね」
「母の、最後の絵です」
「ええ、判るわ。貴女と良く似ているわね」
「そうですか?」
「まあ性格は全然違うわね。彼女の方がよっぽど素直」
お生憎様、とシラは心中つぶやく。
執事のクーツは、黒塗りの最新式の車から降りてくるシラを見た瞬間、屋敷から飛び出してきた。
「市内通信を一つ掛けて下されば、お迎えに上がりましたものを……」
そして彼は、彼女が乗ってきた車が、駅で何台かがいつも待っている小型の乗合自動車ではないことに気付いた。
それは、明らかに特権階級中の特権階級だけが持つのを許されるような車だった。その最新の車体のラインばかりではない。色目からつや出し、車体の前方にあるその車特有の飾り、内装に至るまで、新興貴族などには手に入れることのできないものである。
はあ、と実直な執事はため息をついた。旦那様でもこんな車まずお乗りにはならなかったのに……
「あ、クーツ、お客様が今日一晩家で休まれるから……」
「はい。すぐにお部屋を用意させます!」
「ありがと。……ああそれに、ナギから何か連絡は入っていない?」
「ナギマエナさんですか? ……いえ…… 特には」
「そう……」
だとしたら、確かに黒夫人の動きは素早かったのだ、と彼女は思う。
この分だとナギはまず学校に連絡を入れるだろう。それからこちらへ。
「高速通信は特に今、何処にも異常はないわよね」
「はい。さほど使うものでもございませんし」
それならいいわ、とシラはうなづいた。車体にもたれて黒夫人は煙草をふかしている。
「ところでお嬢様、お客様はどちらの方でしょう?お部屋を用意致します際に……」
「ああ、最上級にして下さいな」
くす、と背後に夫人の笑い声が聞こえたような気がした。
「ラキ・セイカ・ミナセイ夫人よ」
ええっ! とクーツ氏は彼の役割にはあるまじき声を上げた。
もちろんすぐに顔を引き締め、失礼致しましたと一礼はしたのだが、動揺は隠せないものだった。
「参りましょう。御案内致しますわ」
*
「何だってマンダリン、黒夫人がこの家に?」
「そうよ!だってあたし庭に居たんだもの。聞こえたわよ」
大きな台所では、下働きの者達が口差のない噂にいそしんでいた。
「クーツさんももう大変。そりゃもともと気の強い人じゃあないけどさ、おろおろしちゃって」
「時々うちのお嬢様って凄いよなって思うわよ」
「何だいフィネ、今更」
「だってそうじゃない。黒夫人よ黒夫人! あたし一目でいいからお目にかかってみたいと思ったもの」
「そんなに有名かい?」
「有名も何もないわよ」
「あんたは昔っからそういう社交界のひと好きだからねえ、フィネ」
「あんただってそうじゃないのマンダリン!あたし知ってるもの、あんたがお給金の大半をそうゆう人々が載ってる写真誌とかに使い込んでるっての」
「あんた人のこと言えるの?こないだなんて、三番街の劇場に掛かっているお芝居に、上つ方が一斉にお忍びで来るって噂だけでその噂のまわり五日くらい観に行ったじゃない!」
「……まあよせ」
両手を広げて調理長はも小間使いの二人のきゃんきゃんした声を制した。
「そんなに黒夫人を見たけりゃ、二人して仲良くこのお茶を持ってくんだな。お茶とお菓子だ。失礼のないようにな!」
「それに二人とも、お嬢様は帝都へ向かわれるから、そのお手伝いもしておいで!ただしその雀のような声は立てるんじゃないよ!」
女中頭も半分呆れ、半分苦笑しながら、そうつけ加えた。
はーい、とシラと大して歳の違わない二人は喜びいさんで銀のトレイをそれぞれ一つづつ手にした。
「今の若い子ってのはああいうものですかね、マロン夫人」
シラの父親より十は年上の調理長はその太い腕を組んでそう感想を述べた。そして彼と大して変わらないくらいの女中頭も、困ったものですね、と苦笑する。
「まあ仕方ないでしょうね。奥様が生きていらした頃ならともかく、今の子達では……」
「だけどあの頃、あの奥様のお友達だったラキ・セイカ様がこうなるとはねえ」
女中頭はため息をつく。
「派手な方だとは思ったがな」
「でも頭のいい方でもありましたから、派手は派手でもある程度の慎みというものがありましたよ。だけど何ですか…… 今のマンダリンの話によれば、そこいらの暇つぶし、浮かれ騒ぎばかりにうつつをぬかす有閑夫人そのものだって言うじゃあないですか…… 私はちょっとばかり失望いたしましたよ。あれじゃあ若くしてお亡くなりになった奥様も可哀想……」
「俺には女の感覚ってのはどうにも判らんな」
調理長はそう締めくくった。
*
「煙草をここで吸わないで下さいな」
「ああ」
絵が掛かっている廊下にさしかかった時、シラは夫人にそう言った。一番近くの灰皿に、吸いかけの煙草を落とす。
「そうね、彼女は煙草は嫌いだった」
「だったらお止しになればいいのに」
「そういうものでもないのよ」
くすくす、と夫人は笑う。
「ああ、あの時のままね」
「母の、最後の絵です」
「ええ、判るわ。貴女と良く似ているわね」
「そうですか?」
「まあ性格は全然違うわね。彼女の方がよっぽど素直」
お生憎様、とシラは心中つぶやく。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
現代にダンジョンが現れたので、異世界人とパーティ組んでみた
立風館幻夢/夜野一海
ファンタジー
世界を研究する「普通」の女子大学院生、「猪飼瑠璃(いかいるり)」、彼女は異世界人と友達になることを夢見て、日々研究に勤しんでいた。
ある日、いつものように大学院に向かっている最中、大地震に巻き込まれる。
……揺れが収まり、辺りを見ると、得体のしれないモンスターと猫獣人が現れた!?
あたふたしているうちに、瑠璃はダンジョンの中へと迷い込んでしまう。
その中で、エルフの少女、吸血鬼の少女、サキュバスの女性、ドワーフの男性と出会い、彼らとパーティを組むことになり……。
※男性キャラも数人登場しますが、主人公及びヒロインに恋愛感情はありません。
※小説家になろう、カクヨムでも更新中
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる