88 / 125
落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)
第88話 「あなたの立場は私にとって難しい」
しおりを挟む
やがてやってきた列車は、三等と四等だけの二両編成のものだった。ナギは迷うことなく、四等へと上がった。
四等車の中には、何も無い。椅子も無ければ、手摺りも無い。乗り込んだ人々は、思い思いに座ったり立ったりしている。砂埃のたまった床にそのまま座ることは、日常茶飯事の様だった。
ナギはそれでもさすがに座り込みはせず、置いたトランクの上に、軽く腰を下ろす。周囲のじろじろと見る視線が、ユカリにはやや鬱陶しい。だがそれだけに、あからさまに彼らに手出しをしようとする者もそこには無かった。
およそ二十分ほど、二駅ほどで、ユグヌスルツクに到着した。人の間をかき分けて二人が降りた場所には、人気というものがまるで無かった。
降りた場所に、それまで乗っていた車掌が慌てて走り寄り、切符の確認をする。どうやらそういう場所らしい、とユカリは納得する。そこは無人駅だった。
先程の駅は、それでも一応街らしいものが在ったが、今度はそれどころではなさそうだ、とユカリもさすがに感じる。こじんまりとした木造の駅は、まるで仮住まいの場所の様にも思える。しかし。
「……なるほどな」
ナギは、と言えば、トランクを下ろし、駅舎の前に立つと、腕を組み、遠くを見てそうつぶやく。
「何が、……なるほど?」
「疑問を持つ?」
「……」
ユカリは口をつぐむ。言われたからはいそうですか、といきなりそう、彼女の言う様に疑問を口にするのはそれはそれでしゃくにさわる。
実際、この少女に会ってから、疑問だらけではあるのだ。口にはしないが。だから正直言って、ユカリはそれを口に出してぶちまけてしまいたい気持ちは非常に強かった。
だがその反面、ずっと自分達が通してきたやり方というものが彼の心の中には大きく広がっている。自分の行動をずっと縛ってきたものというものは、やめておけと言われたところで、そう簡単に取り外せるものではないのだ。
「持つけれど、あなたのそのこちらを馬鹿にした様な口振りは、俺には我慢できない」
「ふうん?」
腰に手を当てて、彼女は首を傾げる。
「別に私はそんな風にした覚えはないが?」
「でも俺には、そう感じられる。あなたが俺の主人ではないというから、俺は言うんだが、あなたがそういう態度であるのなら、俺はそう簡単にあなたの言うことを受け入れることはできない……」
言いながら、彼はふと、帝都でそういえば、こんな風に実に偉そうな女性が居たことを思い出した。
直接話をしたことがある訳ではない。遠くで見たことがあるだけだ。だがその態度といい、口調といい、よく考えてみると、ある人物にとてもよく似ている。彼は不意に思い出す。
末の皇女、マオファ・ナジャに似ているのだ。
無論姿形は全く違う。目の前のナギが銀の人形の様だとしたら、皇女ナジャは、色の濃い、蘭の花を思わせた。それも、原色の、香りの高い。
濃い色の髪は短いが、その形は当世風とは無縁。深い色の瞳は、大きく、何者の視線をもはねつける様な強いまなざしを持つ。すんなりした身体は、常の運動によって鍛えられているかららしい。女性らしい曲線はそれなりにあるのだが、社交界に出入りする女性達の持つふくふくとした肉とは無縁である。
七人居る、もしくは居た現在の皇帝の夫人がたから生まれた皇女は、八人。
その八番目の皇女がナジャ皇女だが、彼女は帝都に入る様になる前から、その言動で、巷の噂には事欠かない女性だった。現在二十歳を少し越えたくらいだろうか、とユカリは記憶している。
何が、と言えば、まずその姿。活動的ではない、という理由でスカートを嫌い、男性の様な格好で、皇宮を闊歩している。趣味もまた、女性のする様な手芸や工芸とは無縁だった。それが、彼女の母親である第三夫人エガタ・ファンサが彼女を生むことと引き替えに亡くなったことが何か関係あるのか、と言われれば、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。とにかくこの第八皇女は、小さな頃から男の様な言葉づかいで、乗馬や運動、それに他の皇女達よりも学問を好む。少なくともユカリはそう聞いている。
彼の主人が、その「孫娘」に対し、どう思っているか、直接聞いたことは無い。そんなことに口を出すのは、いや考えることすら、不敬なことだ、とユカリは考えていた。
しかし皇宮に勤務以上、庭園と言わず、廊下と言わず、この女性を目にすることはあった。そしてそのたびに、思う。思ってしまうのだ。
……不思議な人だな。
その口調に、ナギはひどく似ている。その態度に、彼女はひどく似ているのだ。
「……済まなかったな」
あっさりと、言う。そう、こういう部分も。
「しかし私はあなたを見下した気はない。……いや、怒りはしたが、それはあなたがどうとかいうことじゃないんだ…… ああ、どう言ったらいいだろう? 正直言って、そう言われると、私はあなたに対してどう言ったものか、悩むんだ」
「な…… やむ?」
「悩む。どうにも、あなたの立場は、私にとって、難しい」
「難しいって」
「敵対する人物なら、簡単なのだがな。精一杯私はいい娘を演じればいい。シラさんの様な、いや彼女は別か。……そう、コレファレスとかだったら、まあそれなりに立場は判りやすい。同じ目的をたまたま一緒に持ってるからな。あそこのメイドのコルシカ夫人にも、わかりやすい。彼女には、気を在る程度許せる。だがどうにもあなたという立場は厄介なんだ」
「厄介って」
「私は別にあなたの主人と敵対するつもりは無い。正直言えば、関わりたくなかった。だが向こうが関わろうとするから、関わらざるを得ない。それが正直言って、面倒という感覚があってな。その感覚が邪魔をして、単純にあなたに仲間意識は持てないんだ。同じ場所へ向かうにしろ」
何となく言っている意味が、よく判らなかった。
「……平たく言えば、私も、あなたには戸惑っているんだよ」
そう言って彼女は苦笑する。
「しかし面倒というのは……」
「私にとっては、面倒でしかないんだ。確かにあなたの主人、あの方に頼まれたことなんだが、私からしたら、別にこの先そんなことはしなくても、私の生活は続いていく訳だし、何だって私がそんなことをしなくてはならないのか、という感じなんだ」
「……だけどあなたは、最初に俺に言ったじゃないか」
「何を」
「あの……」
帝国を終わらせると。
だがその言葉を口にすることは、彼にはとうていできない。
「あれは、本当のことなのか?」
四等車の中には、何も無い。椅子も無ければ、手摺りも無い。乗り込んだ人々は、思い思いに座ったり立ったりしている。砂埃のたまった床にそのまま座ることは、日常茶飯事の様だった。
ナギはそれでもさすがに座り込みはせず、置いたトランクの上に、軽く腰を下ろす。周囲のじろじろと見る視線が、ユカリにはやや鬱陶しい。だがそれだけに、あからさまに彼らに手出しをしようとする者もそこには無かった。
およそ二十分ほど、二駅ほどで、ユグヌスルツクに到着した。人の間をかき分けて二人が降りた場所には、人気というものがまるで無かった。
降りた場所に、それまで乗っていた車掌が慌てて走り寄り、切符の確認をする。どうやらそういう場所らしい、とユカリは納得する。そこは無人駅だった。
先程の駅は、それでも一応街らしいものが在ったが、今度はそれどころではなさそうだ、とユカリもさすがに感じる。こじんまりとした木造の駅は、まるで仮住まいの場所の様にも思える。しかし。
「……なるほどな」
ナギは、と言えば、トランクを下ろし、駅舎の前に立つと、腕を組み、遠くを見てそうつぶやく。
「何が、……なるほど?」
「疑問を持つ?」
「……」
ユカリは口をつぐむ。言われたからはいそうですか、といきなりそう、彼女の言う様に疑問を口にするのはそれはそれでしゃくにさわる。
実際、この少女に会ってから、疑問だらけではあるのだ。口にはしないが。だから正直言って、ユカリはそれを口に出してぶちまけてしまいたい気持ちは非常に強かった。
だがその反面、ずっと自分達が通してきたやり方というものが彼の心の中には大きく広がっている。自分の行動をずっと縛ってきたものというものは、やめておけと言われたところで、そう簡単に取り外せるものではないのだ。
「持つけれど、あなたのそのこちらを馬鹿にした様な口振りは、俺には我慢できない」
「ふうん?」
腰に手を当てて、彼女は首を傾げる。
「別に私はそんな風にした覚えはないが?」
「でも俺には、そう感じられる。あなたが俺の主人ではないというから、俺は言うんだが、あなたがそういう態度であるのなら、俺はそう簡単にあなたの言うことを受け入れることはできない……」
言いながら、彼はふと、帝都でそういえば、こんな風に実に偉そうな女性が居たことを思い出した。
直接話をしたことがある訳ではない。遠くで見たことがあるだけだ。だがその態度といい、口調といい、よく考えてみると、ある人物にとてもよく似ている。彼は不意に思い出す。
末の皇女、マオファ・ナジャに似ているのだ。
無論姿形は全く違う。目の前のナギが銀の人形の様だとしたら、皇女ナジャは、色の濃い、蘭の花を思わせた。それも、原色の、香りの高い。
濃い色の髪は短いが、その形は当世風とは無縁。深い色の瞳は、大きく、何者の視線をもはねつける様な強いまなざしを持つ。すんなりした身体は、常の運動によって鍛えられているかららしい。女性らしい曲線はそれなりにあるのだが、社交界に出入りする女性達の持つふくふくとした肉とは無縁である。
七人居る、もしくは居た現在の皇帝の夫人がたから生まれた皇女は、八人。
その八番目の皇女がナジャ皇女だが、彼女は帝都に入る様になる前から、その言動で、巷の噂には事欠かない女性だった。現在二十歳を少し越えたくらいだろうか、とユカリは記憶している。
何が、と言えば、まずその姿。活動的ではない、という理由でスカートを嫌い、男性の様な格好で、皇宮を闊歩している。趣味もまた、女性のする様な手芸や工芸とは無縁だった。それが、彼女の母親である第三夫人エガタ・ファンサが彼女を生むことと引き替えに亡くなったことが何か関係あるのか、と言われれば、そうかもしれないし、そうでないかもしれない。とにかくこの第八皇女は、小さな頃から男の様な言葉づかいで、乗馬や運動、それに他の皇女達よりも学問を好む。少なくともユカリはそう聞いている。
彼の主人が、その「孫娘」に対し、どう思っているか、直接聞いたことは無い。そんなことに口を出すのは、いや考えることすら、不敬なことだ、とユカリは考えていた。
しかし皇宮に勤務以上、庭園と言わず、廊下と言わず、この女性を目にすることはあった。そしてそのたびに、思う。思ってしまうのだ。
……不思議な人だな。
その口調に、ナギはひどく似ている。その態度に、彼女はひどく似ているのだ。
「……済まなかったな」
あっさりと、言う。そう、こういう部分も。
「しかし私はあなたを見下した気はない。……いや、怒りはしたが、それはあなたがどうとかいうことじゃないんだ…… ああ、どう言ったらいいだろう? 正直言って、そう言われると、私はあなたに対してどう言ったものか、悩むんだ」
「な…… やむ?」
「悩む。どうにも、あなたの立場は、私にとって、難しい」
「難しいって」
「敵対する人物なら、簡単なのだがな。精一杯私はいい娘を演じればいい。シラさんの様な、いや彼女は別か。……そう、コレファレスとかだったら、まあそれなりに立場は判りやすい。同じ目的をたまたま一緒に持ってるからな。あそこのメイドのコルシカ夫人にも、わかりやすい。彼女には、気を在る程度許せる。だがどうにもあなたという立場は厄介なんだ」
「厄介って」
「私は別にあなたの主人と敵対するつもりは無い。正直言えば、関わりたくなかった。だが向こうが関わろうとするから、関わらざるを得ない。それが正直言って、面倒という感覚があってな。その感覚が邪魔をして、単純にあなたに仲間意識は持てないんだ。同じ場所へ向かうにしろ」
何となく言っている意味が、よく判らなかった。
「……平たく言えば、私も、あなたには戸惑っているんだよ」
そう言って彼女は苦笑する。
「しかし面倒というのは……」
「私にとっては、面倒でしかないんだ。確かにあなたの主人、あの方に頼まれたことなんだが、私からしたら、別にこの先そんなことはしなくても、私の生活は続いていく訳だし、何だって私がそんなことをしなくてはならないのか、という感じなんだ」
「……だけどあなたは、最初に俺に言ったじゃないか」
「何を」
「あの……」
帝国を終わらせると。
だがその言葉を口にすることは、彼にはとうていできない。
「あれは、本当のことなのか?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
汚部屋女神に無茶振りされたアラサー清掃員、チートな浄化スキルで魔境ダンジョンを快適ソロライフ聖域に変えます!
虹湖🌈
ファンタジー
女神様、さては…汚部屋の住人ですね? もう足の踏み場がありませーん><
面倒な人間関係はゼロ! 掃除で稼いで推し活に生きる! そんな快適ソロライフを夢見るオタク清掃員が、ダメ女神に振り回されながらも、世界一汚いダンジョンを自分だけの楽園に作り変えていく、異世界お掃除ファンタジー。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
現代にダンジョンが現れたので、異世界人とパーティ組んでみた
立風館幻夢/夜野一海
ファンタジー
世界を研究する「普通」の女子大学院生、「猪飼瑠璃(いかいるり)」、彼女は異世界人と友達になることを夢見て、日々研究に勤しんでいた。
ある日、いつものように大学院に向かっている最中、大地震に巻き込まれる。
……揺れが収まり、辺りを見ると、得体のしれないモンスターと猫獣人が現れた!?
あたふたしているうちに、瑠璃はダンジョンの中へと迷い込んでしまう。
その中で、エルフの少女、吸血鬼の少女、サキュバスの女性、ドワーフの男性と出会い、彼らとパーティを組むことになり……。
※男性キャラも数人登場しますが、主人公及びヒロインに恋愛感情はありません。
※小説家になろう、カクヨムでも更新中
断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜
深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。
処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。
なぜなら彼女は――
前世で“トップインフルエンサー”だったから。
処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。
空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。
タイトルは――
『断罪なう』。
王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。
すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、
国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。
そして宣言される、前代未聞のルール。
支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。
処刑台は舞台へ。
断罪はエンタメへ。
悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。
これは、
処刑されるはずだった悪役令嬢が、
“ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。
支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、
それとも――自由か。
クラス転移したけど、皆さん勘違いしてません?
青いウーパーと山椒魚
ファンタジー
加藤あいは高校2年生。
最近ネット小説にハマりまくっているごく普通の高校生である。
普通に過ごしていたら異世界転移に巻き込まれた?
しかも弱いからと森に捨てられた。
いやちょっとまてよ?
皆さん勘違いしてません?
これはあいの不思議な日常を書いた物語である。
本編完結しました!
相変わらず話ごちゃごちゃしていると思いますが、楽しんでいただけると嬉しいです!
1話は1000字くらいなのでササッと読めるはず…
天竜川で逢いましょう 〜日本史教師が石田三成とか無理なので平和な世界を目指します〜
岩 大志
ファンタジー
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!!???
そもそも現代人が生首とか無理なので、平和な世の中を目指そうと思います。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる