七代目は「帝国」最後の皇后

江戸川ばた散歩

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落ちてきた場所を探して(帝国を終わらせるために)

第117話 私の見ている桜の色と、あなたの見ている桜の色とは必ずしも同じとは限らない

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「考えそのものは、私はこれに属するものを身体に持ってしまっているので、伝わってはくる。具体的に物として、活動写真のようにぱっぱっ、と浮かんで消えるものは、それはそれなりに理解できる。無論その姿は、我々が見るものとは違っているんだが。色とか、形とか」
「違うのか?」
「違う。例えば今この色は、ユカリには何色に見える?」
「え?」
「答えて」
「……桜の花のような、……薄い赤」
「私にもそう見える。ただ、私が見ている色が、必ずしもあなたと同じものとは限らない」
「?」
「私にも桜の色だ、と見える。ただ、私の見ている桜の色と、あなたの見ている桜の色とは必ずしも同じとは限らない、ということだ。あなたの見ている桜の色は、私には空の色かもしれない。逆に私の見ているのは、あなたにとっては、新緑の色かもしれない。それは結局、私があなたではない以上、全く同じということは無いんだ」

 するり、と足の全てが露わになる。

「この岩の場合、それがもっと強烈なものになってると言ってもいい。正直言って、まともに理解しようと思うと、気が狂いそうになるぞ」
「だけど、判ったの?」
「……ああ」

 ナギは水気を取る手を止め、目を伏せる。

「おかげで、こいつを破壊する理由が自分の中にできたよ」
「破壊」
「そうだ、破壊だ」

 つ、と彼女は腕を伸ばし、岩の表面に触れた。
 それが生き物である、と聞いてしまったことで、ユカリはそれが光を点滅でもさせるのではないか、と思った。

「これをどうするのかは、私に任されている。私はこれを破壊するつもりだった。そしてこれを前にして、改めてそう思ったよ」
「だけど壊すと言ったって、爆薬だけで可能かな」
「いずれにせよ、これももう長いことは無いんだ。無論できることなら、勝手に消えて無くなって欲しいものだが……」

 ナギは足割れのスカートを手に取る。

「そうもいかないようだ。とにかく大きさと生命力は比例するようだから、粉々にしてしまえば良いのだろう」
「そうしたらどうなるの?」
「さあ」

 ナギはスカートを身につけながら目を伏せた。

「結局のところは、どうなるかなんて、やってみなくては判らないんだ」

 服を身につけ終わると、彼女はユカリに先ほどコヴァンから受け取った点火装置をつける様に言った。
 そして付け足す様に言う。

「確かに、寝たいという意味ではない訳だな」

 ユカリは自分の頬が熱くなるのを感じた。



 いつの間にか海はジェリーではなく、元の水に戻っていた。来た時とは逆の方向に、ユカリは櫂を動かす。向こう側からも、ちらちらと灯りが見える。

「君達、後でちゃんと服を買ったほうがいいよ」

 戻ってきた二人の姿を見たコヴァンは言った。ナギは軽く肩をすくめる。

「それより、薬品は調合できている?」
「そっちにね」

 コヴァンは少し離れた場所に置かれた一つのガラスのコップを指した。無論それは薬品調合用のもので、もう少し明るければ、その透明な胴体に刻まれた目盛りもはっきり見えるはずである。

「埋まっているな」
「あれはね、ちょっとした衝撃でぼん! だよ? 普通は、そのまま調合して、なんて危険なことやっちゃいけないんだ。その途中にぼん! ってこともあるんだからね」
「そんな危険なことを、よくあっさりと請け負ったな」

 あきれた様にナギは言う。まあね、と言ってコヴァンはあはは、と笑う。

「それより、爆破させたいものは、手に入ったの?」
「ああ」

 ナギは言うと、未だに光をぼんやりと放っている岩を差し出した。
 舟の上で見た時より光はずっと弱く、色もうす赤味はずいぶんと失せて、ただ白いばかりだった。

「それ?」
「そう、これだ。これを粉砕したい」
「こんなもの、なの?」
「そう。こんなもの、だ」

 ふうん、とつぶやくと、コヴァンはふん、と息をつく。

「じゃあお嬢ちゃん、あのコップのすぐそばにそれを置いて。そーっと、だよ。そーっと。直接コップには当たらないようにね」
「それで、大丈夫なのか?」

 そう言いながらも、ナギはそっと半ば埋められたコップに近寄り、両手でしっかりと、少し濡れた砂にめり込ませた。
 一方コヴァンは、ユカリに向かって訊ねた。

「お兄ちゃん、結構運動とかやってそうだね」
「運動?」

 お兄ちゃん呼ばわりされたのも何だが、あえてそちらで驚いた顔はしない。
 コヴァンはつと手を伸ばすと、ユカリの肩をぐっと掴んだ。

「学都で見る運動選手よりずっといい筋肉してるじゃない」
「まあ多少は……」

 そういう訓練はしている。

「あのさ、あのコップめがけて、……そうだな、このくらい」

 コヴァンは数歩、後ずさりする。

「ここから、石を投げて、あのコップを割ることはできる?」
「……」

 できなくは、ない、とユカリは思う。離れた場所にある的に石つぶてを投げて命中させることも、小さい頃から受けてきた訓練の一つだった。

「何とか…… だけど何で」
「あれはすごく不安定な薬品なんでね。色々考えたんだけど、安全な距離を取って爆発させるには、それがいいと思って」

 あそこからさ、とコヴァンはすぐ近くの崖を指す。

「上って、そこから薬品を落とす、というのも考えたんだけどね。落下速度でずいぶん衝撃は与えられるし。だけど垂直に落とすよりは、水平に力を加えたほうが危険は少ない、と思ってさ」

 なるほど、とユカリは思う。彼もまた、一応の爆薬の知識は持っていたが、実際に使ったことは未だ無い。必要が無かったのだ。

「何か慣れた様な口振りだ」
「ああ、そう聞こえる?」

 え、と問い返す間も無く、コヴァンは手頃な石を求めて浜辺を見渡す。

「ああ、これがいい」

 そして鶏の卵よりやや大きめの石をつまみ上げると、はい、とユカリに向かって差し出した。

「置いたぞ」

 ナギが戻ってくる。コヴァンは彼女に手招きをする。

「じゃあこっちに来て。お兄ちゃん、狙いをよく定めてよ」

 判ってるよ、とユカリは言うと、軽く目を細めて、じっと正面を見据えた。
 コップの中身に、強い衝撃を与えること。ぐっ、と彼は石を握る。
 そして腕を大きく伸ばし……
 投げた。
 行くか行くか、と彼はじっとその先を見つめた。

「伏せろ!」

 すると突然首から砂地に押さえつけられた。
 伏せた目の裏が、一瞬明るくなった。
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