吉屋信子について書いたあれこれ

江戸川ばた散歩

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41.戦前戦後の文章書き換え比較⑤「女の教室」書き換え+章ごとカット+後の版でのキメラ的接続

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 えー…… 「女の教室」というのは、「家庭日記」の次の東日・大毎新聞連載作品でして。
 女子医学専門学校における授業での「グルッペ(グループ)」の個性的な七人が

・学校の巻……皆で一緒に学校の最後の学年を過ごす→卒業まで
・人生の巻……就職・結婚・外地行き・研究室等でそれぞれの人生を歩みだす→ラストで戦争のはじまり
・戦争の巻……支那事変以降、生活に戦争が関わってくる→南京陥落まで

をそれぞれやっていくという話。
 この七人が皆キャラが立っておりまして、非常に面白い。

・中心的二人(理知的美人・気ままで女性らしい感性の美人)同居。この二人が基本主人公。
・高等小学校卒(中卒と考えると判りやすい)→事務員しながら自学→専門学校検定(大検のようなものだけどおそらくもっと難しい)通って入学→ずっとガリ勉の母子家庭
・すぐに婚約者と結婚→しばらくして夫の会社の医者→最後に子供出産
・自分にかまけた結果、姉が作った借金のために蒙古の方へ行く→朝鮮人妻持ちの牧師と恋に落ちるが別れる
・血を見ると卒倒してしまうお嬢さん→恋人がレプラ(らい・ハンセン氏病)の遺伝を気にして自殺→隔離島へ行く
・軍人の婚約者を持つ中華民国留学生→夫が死んだあとも医者として活躍

のですが。
 この話は非常に嫌ぁーな具合に使われたりしたんですね。

 まあまず書き換え。
 テキストは昭和14年版と22年版。

https://plaza.rakuten.co.jp/edogawab/diary/201805270005/

①②は当時の戦争に関わる人々の態度そのもの。

③は単なるミスと思われる。

④は「成人=徴兵検査」という意味も抹消。

​⑤⑥⑦は遊就館にグルッペで出かけたときの描写。​実際にあっただろう展示の具体的な部分をカット。​
現在は展示していないとしたならば、ある意味貴重な証言かもしれない。どうだろう。

⑧は亡くなった父親が「軍医少佐」だったのだが、持ち上げる形容をカット。​​

⑨⑩⑪は卒業式のあとの集まり。病院のお嬢さんの実家での会話や描写。

⑨は満州という場所と描写のカット。​

​⑩は飾ってあった昭和天皇の写真の描写を全カット。​ちなみに14年の時点では、天皇等の上は1マス空ける習慣があった。本によるが。​​​

⑪「支那のひとは」油断がならない→カットにより個人的に油断がならない、の意味あいに変化。​

⑫満州の「国」をカット。

⑬大陸に渡った一人と牧師の会話。満州国であったことを抹消。​
​​
⑭通州事件を新聞で知ったとき。ここはカットによって上と下では有為子さんの論調が全く逆になってしまった。​​

⑮母子家庭の再会時の会話。​意気さかんな看護婦の様子等カット。​

​⑯大陸での会話。支那軍について当時ある意味常識だったことがカット。​

​⑰上海において起きたことや反応のカット。​

​⑱「敵機が撃ち落された」描写カット。​
そして何と言っても、​次の「戦争の章」が22年版では全編カットされている。​

 さてこの22年の次に、昭和30年代に「花の恋人たち」と改題された話で映画になったせいか、全編収録された単行本が再刊される。
 のだが。
 この時の版は上記の​「改稿された昭和22年版の学校・人生の巻」+「改稿なしの昭和14年版の戦争の巻」をつないだものになっている。​
 で。
 それが吉屋信子の死後、​昭和50年代の朝日新聞社発行の「全集」に収録された。​

 そしてまた困ったことに、​この作品は「文学者の戦争責任」系の研究本で取り上げられることになるんだが、この時扱われるのがこの「全集」からだった。​
 一番いい例が故・菅聡子氏の「女が国家を裏切るとき」だった。​この通州事件の部分など、22年の文章を使って語ってしまっているわけだ。戦争に関する見解が逆になった時点の。​
 ……文句だの疑問を吹っかけたりしたかったのだけど、まだその頃は院生でもなかったし、何せ既にその時には氏は故人となっていた。

 とはいえ、ワタシはこれに気付いたとき、無茶苦茶腹を立てて本に線を引きまくり罵倒したものだった。​​​​​​​​
 専門でこの作家を見てきたはずの大学教授が文章の違和感に気付かないのか、と。
この怒りが研究に突進させたと言ってもいい。​​もしくは、「これを放っておいてはまずい」だ。​​

 まあ何とか院生になって、やはり吉屋信子を研究していた首都圏の研究者と知り合い、そのあたりの情報を話し合った結果、この作品を扱った竹田志保氏の研究 https://ci.nii.ac.jp/naid/120005731884 
では初出の新聞掲載分を使用し、テキストの問題も指摘されている。
 彼女の著書「吉屋信子研究」にも転載されているので興味のある方は確認していただければと思う。https://www.amazon.co.jp/%E5%90%89%E5%B1%8B%E4%BF%A1%E5%AD%90%E7%A0%94%E7%A9%B6-%E7%AB%B9%E7%94%B0%E5%BF%97%E4%BF%9D/dp/487737423X

 ​​​​​……とはいえ、この人の長編のテキストそのものの研究をしたのはCiniを見た限り、ワタシしか居ないってのはやっぱり苦笑いするしかない。
 だからこそ、このネット空間の中で広げておきたいと思うのだけど。
 学術論文ってのは本当に読む人が限られているんでね。
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