2 / 23
1.「伯爵」主催の倶楽部にて。
しおりを挟む
ぱちぱちぱち、と拍手がその部屋中に響いた。
「素晴らしい」
真っ先に手を叩いた青年は、そのままグランドピアノの周りに歩み寄った。そして弾き終え、まだその演奏の興奮冷めやらぬ風情のピアニストの肩をぽん、と叩く。
「実に素晴らしかった。君がまさかこんな素晴らしい演奏者だとは夢にも思わなかったよ、サンド君」
「ありがとうございます」
サンドと呼ばれた青年は、整った顔に穏やかな笑みを浮かべた。その場に居た他の青年も、我も我もとばかりにピアノの周りにと群がり始める。総勢五人。皆同じくらいの歳恰好の青年だった。
その中でも常にリーダーシップを取っていると思われる長身の青年が、真っ先にピアニストに賞賛の声を浴びせた。
「先日君が伯爵に紹介された時には、一体また何処の馬の骨かと思ったよ」
「馬の骨とはひどいな、マーティン」
眼鏡をややずらしてかけている文学青年が茶々を入れた。するとマーティンと呼ばれたリーダー格らしい青年は、傲然と言い返す。
「うるさいなジョナサン。だってなあ、あの人が連れてくるのって言えば、すげえ奴か馬の骨のどっちかじゃないか」
「じゃあ僕は君に『すげえ奴』と認められたのかな?」
サンドは穏やかな笑みを崩さぬまま訊ねた。
「言うまでもない!」
ばん、とマーティンと呼ばれた青年は、ピアニストの背を大きく叩いた。あまりの勢いにサンドは思わずせき込んでしまう。
「ほらあ。君力あるんだから気を付けてよ」
一同の中で、小柄で可愛らしい……やや女性めいた顔つきをしている一人がそう言いながら、はたかれたサンドの背中をさすった。
「ありがとう、えーと……」
「ユーリだよ。ちゃんと覚えてよ」
「全くだ。サンド君、僕の名を覚えているかい?」
タイを緩く結んで、やや斜に構えた一人が口元には笑いを、目には好戦的な光を浮かべて腕組みをして眺めている。
「覚えていますよ、セバスチャン。君だけじゃない、マーティン、ジョナサン、ユーリ、それにマーチャス?」
「おおっ、ちゃんと覚えていたな」
マーティン以上に豪快な声が、笑いと共に、彼の頭上から降り注いだ。それにつられて、他の青年達も笑い出す。
週末の午後のサンルームは、平和だった。
不意の扉の開く音が、来訪者の存在を知らせる。ゆったりと室内に入ってくる人物は、穏やかな笑顔を浮かべながら、それにふさわしい声音で彼らに話しかける。
「何だね君達、私を差し置いて君達だけで楽しむつもりかね?」
「伯爵!」
彼らの視線は、反射的にその場の提供者の元に注がれる。
「伯爵ひどいですよ、彼がこんな特技の持ち主だと僕らには説明もせずに」
「ああそれは済まなかった」
ははは、と伯爵は軽く笑いながら、非難の目で自分を見るマーティンの肩を叩いた。
「別にわざと言わなかった訳じゃないんだ。ただちょっと言い忘れただけなんだよ」
「伯爵のその言い方って結構含みがあるんですよねえ」
セバスチャンはよく通る声でそう言うと、ピアノの上に組んだ腕を置いて、自分自身もまたにやにやと含みのある笑いを浮かべていた。
「いや、他の時はともかく」
周囲がどっと湧く。
「今回は、本当に言い忘れていのだよ。ちょっとばかりごたごたしていたからな」
「そうですか。でも本当に、彼は素晴らしいピアニストだ。もうその道に足をかけているのですか?」
「そういうことは彼に訊きたまえ。サンド、どうなんだ?」
「ああ、まだまだですから。まだ学生の身ではどうにもなりませんよ」
「学生! とてもそんな風には見えないよ」
ユーリがあからさまに驚いて声を立てる。サンドは肩をすくめて少女めいたこのクラブの一員に視線を流す。
「見えないかな?」
「うーん…… 何って言うんだろ?普通の学生よりはずいぶんしっかりしているように見えるもん」
「つまり彼は、普通以上に優秀な学生ってことだろ?そうですよね、伯爵」
興味深げな丸い目を眼鏡の奥にくるくるさせてジョナサンは自分の考えを述べた。そうだね、と伯爵はうなづいた。
「さあ皆、お茶の用意ができている。そっちへ移らないか?」
「素晴らしい」
真っ先に手を叩いた青年は、そのままグランドピアノの周りに歩み寄った。そして弾き終え、まだその演奏の興奮冷めやらぬ風情のピアニストの肩をぽん、と叩く。
「実に素晴らしかった。君がまさかこんな素晴らしい演奏者だとは夢にも思わなかったよ、サンド君」
「ありがとうございます」
サンドと呼ばれた青年は、整った顔に穏やかな笑みを浮かべた。その場に居た他の青年も、我も我もとばかりにピアノの周りにと群がり始める。総勢五人。皆同じくらいの歳恰好の青年だった。
その中でも常にリーダーシップを取っていると思われる長身の青年が、真っ先にピアニストに賞賛の声を浴びせた。
「先日君が伯爵に紹介された時には、一体また何処の馬の骨かと思ったよ」
「馬の骨とはひどいな、マーティン」
眼鏡をややずらしてかけている文学青年が茶々を入れた。するとマーティンと呼ばれたリーダー格らしい青年は、傲然と言い返す。
「うるさいなジョナサン。だってなあ、あの人が連れてくるのって言えば、すげえ奴か馬の骨のどっちかじゃないか」
「じゃあ僕は君に『すげえ奴』と認められたのかな?」
サンドは穏やかな笑みを崩さぬまま訊ねた。
「言うまでもない!」
ばん、とマーティンと呼ばれた青年は、ピアニストの背を大きく叩いた。あまりの勢いにサンドは思わずせき込んでしまう。
「ほらあ。君力あるんだから気を付けてよ」
一同の中で、小柄で可愛らしい……やや女性めいた顔つきをしている一人がそう言いながら、はたかれたサンドの背中をさすった。
「ありがとう、えーと……」
「ユーリだよ。ちゃんと覚えてよ」
「全くだ。サンド君、僕の名を覚えているかい?」
タイを緩く結んで、やや斜に構えた一人が口元には笑いを、目には好戦的な光を浮かべて腕組みをして眺めている。
「覚えていますよ、セバスチャン。君だけじゃない、マーティン、ジョナサン、ユーリ、それにマーチャス?」
「おおっ、ちゃんと覚えていたな」
マーティン以上に豪快な声が、笑いと共に、彼の頭上から降り注いだ。それにつられて、他の青年達も笑い出す。
週末の午後のサンルームは、平和だった。
不意の扉の開く音が、来訪者の存在を知らせる。ゆったりと室内に入ってくる人物は、穏やかな笑顔を浮かべながら、それにふさわしい声音で彼らに話しかける。
「何だね君達、私を差し置いて君達だけで楽しむつもりかね?」
「伯爵!」
彼らの視線は、反射的にその場の提供者の元に注がれる。
「伯爵ひどいですよ、彼がこんな特技の持ち主だと僕らには説明もせずに」
「ああそれは済まなかった」
ははは、と伯爵は軽く笑いながら、非難の目で自分を見るマーティンの肩を叩いた。
「別にわざと言わなかった訳じゃないんだ。ただちょっと言い忘れただけなんだよ」
「伯爵のその言い方って結構含みがあるんですよねえ」
セバスチャンはよく通る声でそう言うと、ピアノの上に組んだ腕を置いて、自分自身もまたにやにやと含みのある笑いを浮かべていた。
「いや、他の時はともかく」
周囲がどっと湧く。
「今回は、本当に言い忘れていのだよ。ちょっとばかりごたごたしていたからな」
「そうですか。でも本当に、彼は素晴らしいピアニストだ。もうその道に足をかけているのですか?」
「そういうことは彼に訊きたまえ。サンド、どうなんだ?」
「ああ、まだまだですから。まだ学生の身ではどうにもなりませんよ」
「学生! とてもそんな風には見えないよ」
ユーリがあからさまに驚いて声を立てる。サンドは肩をすくめて少女めいたこのクラブの一員に視線を流す。
「見えないかな?」
「うーん…… 何って言うんだろ?普通の学生よりはずいぶんしっかりしているように見えるもん」
「つまり彼は、普通以上に優秀な学生ってことだろ?そうですよね、伯爵」
興味深げな丸い目を眼鏡の奥にくるくるさせてジョナサンは自分の考えを述べた。そうだね、と伯爵はうなづいた。
「さあ皆、お茶の用意ができている。そっちへ移らないか?」
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】
星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
私が消えたその後で(完結)
毛蟹
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。
シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。
皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。
シビルの王都での生活は地獄そのものだった。
なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。
家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。
【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く
ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。
5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。
夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…
お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます
菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。
嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。
「居なくていいなら、出ていこう」
この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる