反帝国組織MM④記憶と空~自分が自分で無かったことを教えてくれた相手へ。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
2 / 23

1.「伯爵」主催の倶楽部にて。

しおりを挟む
 ぱちぱちぱち、と拍手がその部屋中に響いた。

「素晴らしい」

 真っ先に手を叩いた青年は、そのままグランドピアノの周りに歩み寄った。そして弾き終え、まだその演奏の興奮冷めやらぬ風情のピアニストの肩をぽん、と叩く。

「実に素晴らしかった。君がまさかこんな素晴らしい演奏者だとは夢にも思わなかったよ、サンド君」
「ありがとうございます」

 サンドと呼ばれた青年は、整った顔に穏やかな笑みを浮かべた。その場に居た他の青年も、我も我もとばかりにピアノの周りにと群がり始める。総勢五人。皆同じくらいの歳恰好の青年だった。
 その中でも常にリーダーシップを取っていると思われる長身の青年が、真っ先にピアニストに賞賛の声を浴びせた。

「先日君が伯爵に紹介された時には、一体また何処の馬の骨かと思ったよ」
「馬の骨とはひどいな、マーティン」

 眼鏡をややずらしてかけている文学青年が茶々を入れた。するとマーティンと呼ばれたリーダー格らしい青年は、傲然と言い返す。

「うるさいなジョナサン。だってなあ、あの人が連れてくるのって言えば、すげえ奴か馬の骨のどっちかじゃないか」
「じゃあ僕は君に『すげえ奴』と認められたのかな?」

 サンドは穏やかな笑みを崩さぬまま訊ねた。

「言うまでもない!」

 ばん、とマーティンと呼ばれた青年は、ピアニストの背を大きく叩いた。あまりの勢いにサンドは思わずせき込んでしまう。

「ほらあ。君力あるんだから気を付けてよ」

 一同の中で、小柄で可愛らしい……やや女性めいた顔つきをしている一人がそう言いながら、はたかれたサンドの背中をさすった。

「ありがとう、えーと……」
「ユーリだよ。ちゃんと覚えてよ」
「全くだ。サンド君、僕の名を覚えているかい?」

 タイを緩く結んで、やや斜に構えた一人が口元には笑いを、目には好戦的な光を浮かべて腕組みをして眺めている。

「覚えていますよ、セバスチャン。君だけじゃない、マーティン、ジョナサン、ユーリ、それにマーチャス?」
「おおっ、ちゃんと覚えていたな」

 マーティン以上に豪快な声が、笑いと共に、彼の頭上から降り注いだ。それにつられて、他の青年達も笑い出す。
 週末の午後のサンルームは、平和だった。
 不意の扉の開く音が、来訪者の存在を知らせる。ゆったりと室内に入ってくる人物は、穏やかな笑顔を浮かべながら、それにふさわしい声音で彼らに話しかける。

「何だね君達、私を差し置いて君達だけで楽しむつもりかね?」
「伯爵!」

 彼らの視線は、反射的にその場の提供者の元に注がれる。

「伯爵ひどいですよ、彼がこんな特技の持ち主だと僕らには説明もせずに」
「ああそれは済まなかった」

 ははは、と伯爵は軽く笑いながら、非難の目で自分を見るマーティンの肩を叩いた。

「別にわざと言わなかった訳じゃないんだ。ただちょっと言い忘れただけなんだよ」
「伯爵のその言い方って結構含みがあるんですよねえ」

 セバスチャンはよく通る声でそう言うと、ピアノの上に組んだ腕を置いて、自分自身もまたにやにやと含みのある笑いを浮かべていた。

「いや、他の時はともかく」

 周囲がどっと湧く。

「今回は、本当に言い忘れていのだよ。ちょっとばかりごたごたしていたからな」
「そうですか。でも本当に、彼は素晴らしいピアニストだ。もうその道に足をかけているのですか?」
「そういうことは彼に訊きたまえ。サンド、どうなんだ?」
「ああ、まだまだですから。まだ学生の身ではどうにもなりませんよ」
「学生! とてもそんな風には見えないよ」

 ユーリがあからさまに驚いて声を立てる。サンドは肩をすくめて少女めいたこのクラブの一員に視線を流す。

「見えないかな?」
「うーん…… 何って言うんだろ?普通の学生よりはずいぶんしっかりしているように見えるもん」
「つまり彼は、普通以上に優秀な学生ってことだろ?そうですよね、伯爵」

 興味深げな丸い目を眼鏡の奥にくるくるさせてジョナサンは自分の考えを述べた。そうだね、と伯爵はうなづいた。

「さあ皆、お茶の用意ができている。そっちへ移らないか?」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

そんなに義妹が大事なら、番は解消してあげます。さようなら。

雪葉
恋愛
貧しい子爵家の娘であるセルマは、ある日突然王国の使者から「あなたは我が国の竜人の番だ」と宣言され、竜人族の住まう国、ズーグへと連れて行かれることになる。しかし、連れて行かれた先でのセルマの扱いは散々なものだった。番であるはずのウィルフレッドには既に好きな相手がおり、終始冷たい態度を取られるのだ。セルマはそれでも頑張って彼と仲良くなろうとしたが、何もかもを否定されて終わってしまった。 その内、セルマはウィルフレッドとの番解消を考えるようになる。しかし、「竜人族からしか番関係は解消できない」と言われ、また絶望の中に叩き落とされそうになったその時──、セルマの前に、一人の手が差し伸べられるのであった。 *相手を大事にしなければ、そりゃあ見捨てられてもしょうがないよね。っていう当然の話。

ネグレクトされていた四歳の末娘は、前世の経理知識で実家の横領を見抜き追放されました。これからはもふもふ聖獣と美食巡りの旅に出ます。

☆ほしい
ファンタジー
アークライト子爵家の四歳の末娘リリアは、家族から存在しないものとして扱われていた。食事は厨房の残飯、衣服は兄姉のお下がりを更に継ぎ接ぎしたもの。冷たい床で眠る日々の中、彼女は高熱を出したことをきっかけに前世の記憶を取り戻す。 前世の彼女は、ブラック企業で過労死した経理担当のOLだった。 ある日、父の書斎に忍び込んだリリアは、ずさんな管理の家計簿を発見する。前世の知識でそれを読み解くと、父による悪質な横領と、家の財産がすでに破綻寸前であることが判明した。 「この家は、もうすぐ潰れます」 家族会議の場で、リリアはたった四歳とは思えぬ明瞭な口調で破産の事実を突きつける。激昂した父に「疫病神め!」と罵られ家を追い出されたリリアだったが、それは彼女の望むところだった。 手切れ金代わりの銅貨数枚を握りしめ、自由を手に入れたリリア。これからは誰にも縛られず、前世で夢見た美味しいものをたくさん食べる生活を目指す。

私はもう必要ないらしいので、国を護る秘術を解くことにした〜気づいた頃には、もう遅いですよ?〜

AK
ファンタジー
ランドロール公爵家は、数百年前に王国を大地震の脅威から護った『要の巫女』の子孫として王国に名を残している。 そして15歳になったリシア・ランドロールも一族の慣しに従って『要の巫女』の座を受け継ぐこととなる。 さらに王太子がリシアを婚約者に選んだことで二人は婚約を結ぶことが決定した。 しかし本物の巫女としての力を持っていたのは初代のみで、それ以降はただ形式上の祈りを捧げる名ばかりの巫女ばかりであった。 それ故に時代とともにランドロール公爵家を敬う者は減っていき、遂に王太子アストラはリシアとの婚約破棄を宣言すると共にランドロール家の爵位を剥奪する事を決定してしまう。 だが彼らは知らなかった。リシアこそが初代『要の巫女』の生まれ変わりであり、これから王国で発生する大地震を予兆し鎮めていたと言う事実を。 そして「もう私は必要ないんですよね?」と、そっと術を解き、リシアは国を後にする決意をするのだった。 ※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

処理中です...