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9.天上に向かって突き抜けようとする黄金のトランペットのような声
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「元気なさそうだな」
やや高いよく通る声が、再び彼を呼んだ。
サンルームから参加メンバーが引き上げた後も、Gはその場に残り、やがてピアノの前に座っていた。何となく、考えるべきことがどんどん増えていくような気がする。厄介だ。
「セバスチャン、またあなたか」
「そういう言い方はないだろ?」
彼はそう言うと、軽くGに向かってウインクした。
時間の関係か、陽に透ける彼の髪の毛は、ライオンのたてがみのようにきらきら光輝いている。セバスチャンはGに近付くと、くい、と顎を持ち上げ、視線を合わさせた。
「あまり顔色が良くない」
「そうですかね」
「そうだよ。寝不足は良くない」
よして下さいよ、と彼はセバスチャンの手を軽く払った。
「そう言えば、あなたに聞きたいことがあったんでした」
「何?」
「何でお祭り騒ぎをしようと思ったんですか?」
「ああ、そんなことか。言ったのはお喋りなユーリあたりだな?」
「初めに言ったのはジョナサンでしたよ」
またも拍子抜けする自分に彼は気付く。セバスチャンは左の腕をピアノの上に立てると、伸びかけの髪の毛をやや引っかき回した。
「何だか奴はずいぶんとはりきっていたな。何かあったか?」
「そんなこと僕は知りませんよ」
くっくっ、とセバスチャンは笑った。
「そんなに意味はないさ。ただ、祭りのエネルギーを何か他のことに使えないか、と連中に切り出しただけのこと」
「祭りのエネルギーを?」
「そう。ほら文化人類学か何かで習わなかったかい? 社会にはハレとケがあって……」
「すみませんそんなに詳しくないんですよ」
Gは話を遮る。そこから先をだらだらと話されるのはなかなか効率が悪い。少なくとも今は休暇ではないのだ。
「じゃあいい。とにかく、祭りの時の人間ってのは、普段では考えられないような力を出すものだって俺は言いたかったんだよ」
「あ、そういう意味ですか」
「俺はそれをほのめかしただけ。それを行動に移そうとしたのはあの二人」
「マーティンとジョナサン?」
「そう」
セバスチャンはにっこりと笑った。
「で、言い出しっぺの俺としては、好きな役何でもいいと言われたからさ」
「何なんですか?」
「『歌うたい』だよ。君と一緒。おや、不服そうな顔してるな」
「あなた歌えるんですか?」
「おや言ったな」
そして彼はGの横に回ると、右手であるメロディを弾いた。それはGもよく知っている声楽の小曲だった。
「知ってる?」
Gはうなづく。じゃあ伴奏を頼む、と彼は言った。何だろう、と思いつつ、Gはこんな感じだったかな、とメロディに和音をかぶせた。
期待はしていなかった。はったりだろうと。
だが。
その瞬間、頭から水をかぶせられたような感触がGを襲った。
いや、水ではない。
だが、水のように光輝くものが頭上から降り注いでくるのを、明らかにそこに感じたのだ。
彼は、自分がいちいち考えなくてもピアノのキーを叩ける人間であることを、その時確かに、何かに感謝した。
音楽科に居たのはもうずいぶんと昔のような気がするのだが、それでも、あの頃でもこんな声は、いなかった。
いや、あの学校だからこそ、いなかったのかもしれない。
その位、今目の前に居る、音楽科とは縁もゆかりもなかったと主張する男は、特別な声をしていた。
たとえるならば、天上に向かって突き抜けようとする黄金のトランペットのような。
そこがサンルームで、陽の光に満ちていたということも相乗効果となったのかもしれないが――― それでもその声は、彼にとって久しぶりの衝撃だった。
そしてそんな声を出しておきなから、また全く何事もなかったような顔になって、どお?なんて訊ねてくるものだから。
Gは不覚にも、相手をじっと見つめていてしまったことに気が付いた。
「何か、凄い声ですね」
指を止め、はあ、と軽くため息をついて感想を述べた。
「別に………… と言ったら怒られるかもな。変わった声だろ?」
「ええ。でも凄い声ですよ」
「君もいい声じゃないか?甘くて。最も音域はずいぶんと違うようだけど」
それは確かにそうだった。セバスチャンの声は、明らかにハイトーンの部類に属し、G自身の声は、ミディアムから、やや低めのものに位置する。
「だからさ、ちょうど面白い効果になるだろ? 俺と君が組めば」
Gは苦笑した。結局自分はそれを実現させないために動いていると言うのに。
そうですね、と口では言いながら、何となく残念に感じている自分にもGは気付いていた。
何となく苦々しく思う。捨てたと思った世界は、それでも時々彼を誘惑する。
彼はそれを振り払うように、セバスチャンの方へ向き直った。目線を合わせる。とびきりの上等な笑顔で。
「でもあなたは僕の本当の声なんて知らないでしょう?」
セバスチャンはおや、と言いたげな表情になる。
「聞けるものなら聞いてみたいものだね」
「ここで? 誰かが見ますよ」
「見やしないさ」
よく通る声が、耳元から直接、彼の中に響いた。
やや高いよく通る声が、再び彼を呼んだ。
サンルームから参加メンバーが引き上げた後も、Gはその場に残り、やがてピアノの前に座っていた。何となく、考えるべきことがどんどん増えていくような気がする。厄介だ。
「セバスチャン、またあなたか」
「そういう言い方はないだろ?」
彼はそう言うと、軽くGに向かってウインクした。
時間の関係か、陽に透ける彼の髪の毛は、ライオンのたてがみのようにきらきら光輝いている。セバスチャンはGに近付くと、くい、と顎を持ち上げ、視線を合わさせた。
「あまり顔色が良くない」
「そうですかね」
「そうだよ。寝不足は良くない」
よして下さいよ、と彼はセバスチャンの手を軽く払った。
「そう言えば、あなたに聞きたいことがあったんでした」
「何?」
「何でお祭り騒ぎをしようと思ったんですか?」
「ああ、そんなことか。言ったのはお喋りなユーリあたりだな?」
「初めに言ったのはジョナサンでしたよ」
またも拍子抜けする自分に彼は気付く。セバスチャンは左の腕をピアノの上に立てると、伸びかけの髪の毛をやや引っかき回した。
「何だか奴はずいぶんとはりきっていたな。何かあったか?」
「そんなこと僕は知りませんよ」
くっくっ、とセバスチャンは笑った。
「そんなに意味はないさ。ただ、祭りのエネルギーを何か他のことに使えないか、と連中に切り出しただけのこと」
「祭りのエネルギーを?」
「そう。ほら文化人類学か何かで習わなかったかい? 社会にはハレとケがあって……」
「すみませんそんなに詳しくないんですよ」
Gは話を遮る。そこから先をだらだらと話されるのはなかなか効率が悪い。少なくとも今は休暇ではないのだ。
「じゃあいい。とにかく、祭りの時の人間ってのは、普段では考えられないような力を出すものだって俺は言いたかったんだよ」
「あ、そういう意味ですか」
「俺はそれをほのめかしただけ。それを行動に移そうとしたのはあの二人」
「マーティンとジョナサン?」
「そう」
セバスチャンはにっこりと笑った。
「で、言い出しっぺの俺としては、好きな役何でもいいと言われたからさ」
「何なんですか?」
「『歌うたい』だよ。君と一緒。おや、不服そうな顔してるな」
「あなた歌えるんですか?」
「おや言ったな」
そして彼はGの横に回ると、右手であるメロディを弾いた。それはGもよく知っている声楽の小曲だった。
「知ってる?」
Gはうなづく。じゃあ伴奏を頼む、と彼は言った。何だろう、と思いつつ、Gはこんな感じだったかな、とメロディに和音をかぶせた。
期待はしていなかった。はったりだろうと。
だが。
その瞬間、頭から水をかぶせられたような感触がGを襲った。
いや、水ではない。
だが、水のように光輝くものが頭上から降り注いでくるのを、明らかにそこに感じたのだ。
彼は、自分がいちいち考えなくてもピアノのキーを叩ける人間であることを、その時確かに、何かに感謝した。
音楽科に居たのはもうずいぶんと昔のような気がするのだが、それでも、あの頃でもこんな声は、いなかった。
いや、あの学校だからこそ、いなかったのかもしれない。
その位、今目の前に居る、音楽科とは縁もゆかりもなかったと主張する男は、特別な声をしていた。
たとえるならば、天上に向かって突き抜けようとする黄金のトランペットのような。
そこがサンルームで、陽の光に満ちていたということも相乗効果となったのかもしれないが――― それでもその声は、彼にとって久しぶりの衝撃だった。
そしてそんな声を出しておきなから、また全く何事もなかったような顔になって、どお?なんて訊ねてくるものだから。
Gは不覚にも、相手をじっと見つめていてしまったことに気が付いた。
「何か、凄い声ですね」
指を止め、はあ、と軽くため息をついて感想を述べた。
「別に………… と言ったら怒られるかもな。変わった声だろ?」
「ええ。でも凄い声ですよ」
「君もいい声じゃないか?甘くて。最も音域はずいぶんと違うようだけど」
それは確かにそうだった。セバスチャンの声は、明らかにハイトーンの部類に属し、G自身の声は、ミディアムから、やや低めのものに位置する。
「だからさ、ちょうど面白い効果になるだろ? 俺と君が組めば」
Gは苦笑した。結局自分はそれを実現させないために動いていると言うのに。
そうですね、と口では言いながら、何となく残念に感じている自分にもGは気付いていた。
何となく苦々しく思う。捨てたと思った世界は、それでも時々彼を誘惑する。
彼はそれを振り払うように、セバスチャンの方へ向き直った。目線を合わせる。とびきりの上等な笑顔で。
「でもあなたは僕の本当の声なんて知らないでしょう?」
セバスチャンはおや、と言いたげな表情になる。
「聞けるものなら聞いてみたいものだね」
「ここで? 誰かが見ますよ」
「見やしないさ」
よく通る声が、耳元から直接、彼の中に響いた。
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