反帝国組織MM④記憶と空~自分が自分で無かったことを教えてくれた相手へ。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
10 / 23

9.天上に向かって突き抜けようとする黄金のトランペットのような声

しおりを挟む
「元気なさそうだな」

 やや高いよく通る声が、再び彼を呼んだ。
 サンルームから参加メンバーが引き上げた後も、Gはその場に残り、やがてピアノの前に座っていた。何となく、考えるべきことがどんどん増えていくような気がする。厄介だ。

「セバスチャン、またあなたか」
「そういう言い方はないだろ?」

 彼はそう言うと、軽くGに向かってウインクした。
 時間の関係か、陽に透ける彼の髪の毛は、ライオンのたてがみのようにきらきら光輝いている。セバスチャンはGに近付くと、くい、と顎を持ち上げ、視線を合わさせた。

「あまり顔色が良くない」
「そうですかね」
「そうだよ。寝不足は良くない」

 よして下さいよ、と彼はセバスチャンの手を軽く払った。

「そう言えば、あなたに聞きたいことがあったんでした」
「何?」
「何でお祭り騒ぎをしようと思ったんですか?」
「ああ、そんなことか。言ったのはお喋りなユーリあたりだな?」
「初めに言ったのはジョナサンでしたよ」

 またも拍子抜けする自分に彼は気付く。セバスチャンは左の腕をピアノの上に立てると、伸びかけの髪の毛をやや引っかき回した。 

「何だか奴はずいぶんとはりきっていたな。何かあったか?」
「そんなこと僕は知りませんよ」

 くっくっ、とセバスチャンは笑った。

「そんなに意味はないさ。ただ、祭りのエネルギーを何か他のことに使えないか、と連中に切り出しただけのこと」
「祭りのエネルギーを?」
「そう。ほら文化人類学か何かで習わなかったかい? 社会にはハレとケがあって……」
「すみませんそんなに詳しくないんですよ」

 Gは話を遮る。そこから先をだらだらと話されるのはなかなか効率が悪い。少なくとも今は休暇ではないのだ。

「じゃあいい。とにかく、祭りの時の人間ってのは、普段では考えられないような力を出すものだって俺は言いたかったんだよ」
「あ、そういう意味ですか」
「俺はそれをほのめかしただけ。それを行動に移そうとしたのはあの二人」
「マーティンとジョナサン?」
「そう」

 セバスチャンはにっこりと笑った。

「で、言い出しっぺの俺としては、好きな役何でもいいと言われたからさ」
「何なんですか?」
「『歌うたい』だよ。君と一緒。おや、不服そうな顔してるな」
「あなた歌えるんですか?」
「おや言ったな」

 そして彼はGの横に回ると、右手であるメロディを弾いた。それはGもよく知っている声楽の小曲だった。

「知ってる?」

 Gはうなづく。じゃあ伴奏を頼む、と彼は言った。何だろう、と思いつつ、Gはこんな感じだったかな、とメロディに和音をかぶせた。
 期待はしていなかった。はったりだろうと。
 だが。
 その瞬間、頭から水をかぶせられたような感触がGを襲った。
 いや、水ではない。
 だが、水のように光輝くものが頭上から降り注いでくるのを、明らかにそこに感じたのだ。
 彼は、自分がいちいち考えなくてもピアノのキーを叩ける人間であることを、その時確かに、何かに感謝した。
 音楽科に居たのはもうずいぶんと昔のような気がするのだが、それでも、あの頃でもこんな声は、いなかった。
 いや、あの学校だからこそ、いなかったのかもしれない。
 その位、今目の前に居る、音楽科とは縁もゆかりもなかったと主張する男は、特別な声をしていた。
 たとえるならば、天上に向かって突き抜けようとする黄金のトランペットのような。
 そこがサンルームで、陽の光に満ちていたということも相乗効果となったのかもしれないが――― それでもその声は、彼にとって久しぶりの衝撃だった。
 そしてそんな声を出しておきなから、また全く何事もなかったような顔になって、どお?なんて訊ねてくるものだから。
 Gは不覚にも、相手をじっと見つめていてしまったことに気が付いた。

「何か、凄い声ですね」

 指を止め、はあ、と軽くため息をついて感想を述べた。

「別に………… と言ったら怒られるかもな。変わった声だろ?」
「ええ。でも凄い声ですよ」
「君もいい声じゃないか?甘くて。最も音域はずいぶんと違うようだけど」

 それは確かにそうだった。セバスチャンの声は、明らかにハイトーンの部類に属し、G自身の声は、ミディアムから、やや低めのものに位置する。

「だからさ、ちょうど面白い効果になるだろ? 俺と君が組めば」

 Gは苦笑した。結局自分はそれを実現させないために動いていると言うのに。
 そうですね、と口では言いながら、何となく残念に感じている自分にもGは気付いていた。
 何となく苦々しく思う。捨てたと思った世界は、それでも時々彼を誘惑する。
 彼はそれを振り払うように、セバスチャンの方へ向き直った。目線を合わせる。とびきりの上等な笑顔で。

「でもあなたは僕の本当の声なんて知らないでしょう?」

 セバスチャンはおや、と言いたげな表情になる。

「聞けるものなら聞いてみたいものだね」
「ここで? 誰かが見ますよ」
「見やしないさ」

 よく通る声が、耳元から直接、彼の中に響いた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結保証】

星森 永羽
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。 だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。 しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。 王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。 そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。 地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。 ⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愚かな者たちは国を滅ぼす【完結】

春の小径
ファンタジー
婚約破棄から始まる国の崩壊 『知らなかったから許される』なんて思わないでください。 それ自体、罪ですよ。 ⭐︎他社でも公開します

私が消えたその後で(完結)

毛蟹
恋愛
シビルは、代々聖女を輩出しているヘンウッド家の娘だ。 シビルは生まれながらに不吉な外見をしていたために、幼少期は辺境で生活することになる。 皇太子との婚約のために家族から呼び戻されることになる。 シビルの王都での生活は地獄そのものだった。 なぜなら、ヘンウッド家の血縁そのものの外見をした異母妹のルシンダが、家族としてそこに溶け込んでいたから。 家族はルシンダ可愛さに、シビルを身代わりにしたのだ。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

処理中です...