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11.「本当に、変わらない」
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「君達の衣装も、用意してあるって、キャプテン・マーティンが言っていたよ。合わせに行けば? 『歌うたい』さん達」
「いいな。どんなのか、もう見たのか? ユーリ」
セバスチャンは腕組みをして、ピアノにもたれかかる。
「見たよ。見事な程の鳥だった」
「鳥?」
思わずGは問い返していた。
「そう。白いのと黒いのと。その日だったら、全然違和感ないよ。きっと似合うだろうねえ」
「お前同様にな」
「お褒めに預かって恐縮」
Gは双方の目が笑っていないのに気付いて、思わずため息をついた。
それに気付いたのか気付かなかったのか、ユーリは黄緑のスカートを翻し、扉へと歩いていこうとする。
「それじゃあ、またね」
「おいお前一体何しに来たんだ。サンルームに用があったんじゃなかったのか?」
違うよ、とユーリはひらひらと手を振った。
「僕はマーチャスを捜していただけ。いないんなら長居する必要はないでしょ?何も好きこのんで馬になんて蹴られたくないしさあ」
「ああ全くだ。蹴られる前に出て行っちまえ」
あはは、とセバスチャンは声を立てて笑った。
ユーリはその様子を見ると、手でばん、と銃を撃つまねをした。
「今ので君は死んだんだよ」
「じゃあ魔物に生き返らせてもらおうかな?」
軽く眉を片方上げると、じゃあね、一言投げてユーリは扉を閉めた。セバスチャンはピアノに背をもたれさせると、全く、とつぶやいた。
「気が削がれちまったじゃないか」
「でも似合ってましたね」
「ほらそうやって話をそらす」
「あの距離じゃ、天使だって墜ちますよ。あなたの声じゃ」
ふふん、とセバスチャンは笑った。
「天使だったら、昔一度墜としたことがあるさ」
「はい?」
何を言い出すのだろう、とGは思った。
「天使種のことは知ってるだろ?」
「ああ、現在の皇室の遠い祖先だっていう、あれですか?」
「まあね。表向きはそうなっている」
「表向き」
Gは同じ言葉を繰り返す。
「現在のあのやんごとない方々は、アンジェラス星域の進化種を祖としている、ということは、一応君も知ってるだろう? その位は聞いているはずだ。文化人類学をかじっていようといなくともね」
彼はうなづいた。文化人類学は、帝立大学で音楽科に変わる前に受講している。ごまかせる雰囲気ではない。
「もともとは彼らも、ただの人間のはずだった。だがそれがアンジェラス星域に移民した際に、何が原因だか、それは今でも全く判っていないんだが、何かが変わったんだよ」
「何か」
「その星域に適応したせいで、彼らは何らかの力を持った。それは他の星域に移住した人間、元々の人間に比べ、圧倒的な力だった。それがかの大戦だったかな。その結果、彼らはほんの少数だったに関わらず、現在の帝国を立ち上げ、そして存続させている」
「で、それとあなたが墜とした天使とはどう関係があるんですか?」
Gは軽く眉をひそめる。
「まあもう少し聞けよ。ところが結局、連中にも誤算があってね。帝国を建てた天使種は、その地位についた後、帝国を帝国たらしめるために、天使種以外の者と婚姻を結ばなくてはならなくなってしまった」
「ああ――― そうすると」
「そう、血が次第に薄くなる。偉大なる力を持つ天使族の最大の特徴である、不老不死性が、どんどん薄れて行ってしまった、と言われている」
何かがGの中で、響いた。セバスチャンの声のせいではない。そこで感じたものとは全く別のものだった。
「おかげで現在では殆ど普通の人間と変わり無いらしい」
「そうでしょうね」
「ところがたまに例外が出るという説もある。先祖返り、という奴かな」
「先祖返り?」
「それこそ、当時の天使種のように、偉大なる力を持ち、不死――― とまではいかずとも、長く生きる者、老いることを知らない者が、ほんの時折出現するんだと」
「そういうものなんですか?」
「さあ。本当にそうかもしれないし、実は当時の生き残りがそう偽っているのかもしれないし。結局は上つ方以外、真実は隠れたまま」
「それでも周辺情報にしても、良く知ってますね」
「うーん、何でだろうな」
ごまかしにもなっていない、とGは思う。ある程度はG自身、それに関する知識はあった。だがその知識の出元は。
「それじゃセバスチャン、あなたまさかその――― それを?」
墜として―――? Gは一歩、彼の方へ踏み出す。くっ、と彼は笑った。
「―――と俺が思いこんでしまっただけかも知れないけどさ。可愛い奴だったよ」
途端にGの顔は露骨に不機嫌になる。声のトーンが微妙に上がった。
「からかってるんですか? 僕を」
「そんなことないさ」
そして不意に、セバスチャンは手を伸ばした。
有効距離に入っていたGの身体は、簡単にセバスチャンの腕に引き寄せられていた。大きな手が、その細い腰を抱え込んでいた。
「少なくとも当時、俺はそう思ったってこと」
「だからそれと今何の関係があるんです!」
Gは意識的に語調を強くする。にらみつける。
そうでなくては、どうしても彼には簡単に押さえ込まれてしまいそうな気がするのだ。
それは困る。
不愉快じゃあない。だから余計に困るのだ。
するとセバスチャンは、仕方ないね、という顔になり、軽く唇を合わせると、彼から手を離した。
急に失われる体温に、Gは軽い物足りなさを感じながらも、ややほっとする。そのまま相手から離れて、彼はピアノの向こう側に回り込んだ。
「そこまで警戒しなくてもいいだろ? せっかく仲良くなったのに」
「誰のせいだと思ってるんですか」
ふふん、とセバスチャンは意味ありげに笑った。
「本当に、変わらない」
「え?」
何って言ったんだろう? Gは思わず問い返していた。
だが相手はそれには答えず、衣装合わせにでも行くか、と足どりも大きく、サンルームを横切って行った。
Gは力が抜けたように、ピアノの椅子に座り込んだ。
「いいな。どんなのか、もう見たのか? ユーリ」
セバスチャンは腕組みをして、ピアノにもたれかかる。
「見たよ。見事な程の鳥だった」
「鳥?」
思わずGは問い返していた。
「そう。白いのと黒いのと。その日だったら、全然違和感ないよ。きっと似合うだろうねえ」
「お前同様にな」
「お褒めに預かって恐縮」
Gは双方の目が笑っていないのに気付いて、思わずため息をついた。
それに気付いたのか気付かなかったのか、ユーリは黄緑のスカートを翻し、扉へと歩いていこうとする。
「それじゃあ、またね」
「おいお前一体何しに来たんだ。サンルームに用があったんじゃなかったのか?」
違うよ、とユーリはひらひらと手を振った。
「僕はマーチャスを捜していただけ。いないんなら長居する必要はないでしょ?何も好きこのんで馬になんて蹴られたくないしさあ」
「ああ全くだ。蹴られる前に出て行っちまえ」
あはは、とセバスチャンは声を立てて笑った。
ユーリはその様子を見ると、手でばん、と銃を撃つまねをした。
「今ので君は死んだんだよ」
「じゃあ魔物に生き返らせてもらおうかな?」
軽く眉を片方上げると、じゃあね、一言投げてユーリは扉を閉めた。セバスチャンはピアノに背をもたれさせると、全く、とつぶやいた。
「気が削がれちまったじゃないか」
「でも似合ってましたね」
「ほらそうやって話をそらす」
「あの距離じゃ、天使だって墜ちますよ。あなたの声じゃ」
ふふん、とセバスチャンは笑った。
「天使だったら、昔一度墜としたことがあるさ」
「はい?」
何を言い出すのだろう、とGは思った。
「天使種のことは知ってるだろ?」
「ああ、現在の皇室の遠い祖先だっていう、あれですか?」
「まあね。表向きはそうなっている」
「表向き」
Gは同じ言葉を繰り返す。
「現在のあのやんごとない方々は、アンジェラス星域の進化種を祖としている、ということは、一応君も知ってるだろう? その位は聞いているはずだ。文化人類学をかじっていようといなくともね」
彼はうなづいた。文化人類学は、帝立大学で音楽科に変わる前に受講している。ごまかせる雰囲気ではない。
「もともとは彼らも、ただの人間のはずだった。だがそれがアンジェラス星域に移民した際に、何が原因だか、それは今でも全く判っていないんだが、何かが変わったんだよ」
「何か」
「その星域に適応したせいで、彼らは何らかの力を持った。それは他の星域に移住した人間、元々の人間に比べ、圧倒的な力だった。それがかの大戦だったかな。その結果、彼らはほんの少数だったに関わらず、現在の帝国を立ち上げ、そして存続させている」
「で、それとあなたが墜とした天使とはどう関係があるんですか?」
Gは軽く眉をひそめる。
「まあもう少し聞けよ。ところが結局、連中にも誤算があってね。帝国を建てた天使種は、その地位についた後、帝国を帝国たらしめるために、天使種以外の者と婚姻を結ばなくてはならなくなってしまった」
「ああ――― そうすると」
「そう、血が次第に薄くなる。偉大なる力を持つ天使族の最大の特徴である、不老不死性が、どんどん薄れて行ってしまった、と言われている」
何かがGの中で、響いた。セバスチャンの声のせいではない。そこで感じたものとは全く別のものだった。
「おかげで現在では殆ど普通の人間と変わり無いらしい」
「そうでしょうね」
「ところがたまに例外が出るという説もある。先祖返り、という奴かな」
「先祖返り?」
「それこそ、当時の天使種のように、偉大なる力を持ち、不死――― とまではいかずとも、長く生きる者、老いることを知らない者が、ほんの時折出現するんだと」
「そういうものなんですか?」
「さあ。本当にそうかもしれないし、実は当時の生き残りがそう偽っているのかもしれないし。結局は上つ方以外、真実は隠れたまま」
「それでも周辺情報にしても、良く知ってますね」
「うーん、何でだろうな」
ごまかしにもなっていない、とGは思う。ある程度はG自身、それに関する知識はあった。だがその知識の出元は。
「それじゃセバスチャン、あなたまさかその――― それを?」
墜として―――? Gは一歩、彼の方へ踏み出す。くっ、と彼は笑った。
「―――と俺が思いこんでしまっただけかも知れないけどさ。可愛い奴だったよ」
途端にGの顔は露骨に不機嫌になる。声のトーンが微妙に上がった。
「からかってるんですか? 僕を」
「そんなことないさ」
そして不意に、セバスチャンは手を伸ばした。
有効距離に入っていたGの身体は、簡単にセバスチャンの腕に引き寄せられていた。大きな手が、その細い腰を抱え込んでいた。
「少なくとも当時、俺はそう思ったってこと」
「だからそれと今何の関係があるんです!」
Gは意識的に語調を強くする。にらみつける。
そうでなくては、どうしても彼には簡単に押さえ込まれてしまいそうな気がするのだ。
それは困る。
不愉快じゃあない。だから余計に困るのだ。
するとセバスチャンは、仕方ないね、という顔になり、軽く唇を合わせると、彼から手を離した。
急に失われる体温に、Gは軽い物足りなさを感じながらも、ややほっとする。そのまま相手から離れて、彼はピアノの向こう側に回り込んだ。
「そこまで警戒しなくてもいいだろ? せっかく仲良くなったのに」
「誰のせいだと思ってるんですか」
ふふん、とセバスチャンは意味ありげに笑った。
「本当に、変わらない」
「え?」
何って言ったんだろう? Gは思わず問い返していた。
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