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20.(あれは何処の戦場だったろう?)
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斜めに見上げる視界の中では、コンクリートの灰色の道がどす黒く染められつつあった。
だらだら、とユーリと名乗っていた戦闘隊長の身体から流れ出る液体は、次第にその面積を広げつつあった。
そして自分自身も。
熱い液体が流れているのが判る。
さすがにここで終わりなんだろうか。
Gはごろり、と仰向けになる。
ビルの上に、果てしなく空が、広がっている。
青い空に、薄い雲がヴェールの様に広がっていて、ひどく綺麗だった。最高の季節。秋の祝祭の日の空だ。
彼はぼんやりとその空を見上げていた。頭の中は、それまでに感じたことのない程穏やかだった。
―――と、広げた手に、何やら生温いものが当たるのを感じる。
流れだしたユーリの血が、とうとうここまで広がってきたのだ。そうだろうな、と彼は思う。そのくらい時間は経っているのだ。
そこまで考えて彼は、ふと奇妙なことに気が付いた。
……俺は?
ふと彼は、手を、自分の回りに動かしてみる。
だがそこには水溜まりはできていない。
ざら、と何処からか飛んできて、コンクリートの上でさらさらと動き回る砂、それが乾いたものしか、彼の手には当たらないのだ。
彼はそっと、自分の身体に触れてみる。確かに服は血で濡れている。だが、そこから吹き出るという感触ではない。
まさか。
彼は、まだ痛みが重苦しく続く身体を、ゆっくりとひきずり、近くのビルの壁にもたれかけさせた。そして自分のたどってきた道を、目を開けて見据える。
そこには確かに血の跡があった。だがそれは、その数メートル先で死体になっている敵から溢れているものとは量がまるで異なっている。今こうやって身体を引きずるという無茶をしているというのに、そこには、血の跡はついていない。
止まっている。
彼は愕然とした。
ぐらり、と彼は思わず目眩がするのを感じた。抜けた血のせいだけではない。空を見上げる。ヴェールのかかった青の空。
そうだ、こんなことが以前にもあった。
(あれは何処の戦場だったろう?)
戦場?
彼は長い前髪をかき上げた。自分の中から湧き上がる疑問に目眩がする。
俺は戦場に出たことはないはずだ!
あの、記憶の二重化がまた起こっていた。自分の記憶としているものに、確かにその事実はなかった。だが、こんなことは、確かにあった。身体が記憶している。
こんな風に、大きく身体を切り裂かれて、そして。
「G!」
耳に、金色のトランペットのような声が飛び込んできた。
彼は壁に頭をもたれさせたまま、ゆるり、と声の主の方を向く。黒い戦闘服姿の内調局員が駆けつけてくる。
「……あんたか」
「あんたか、じゃないぞ、おいG、大丈夫か!」
「……この状態で大丈夫だったら南島星域でカレーをおごって……」
「こんな時にまで冗談を言っているなよ!」
鷹はそう言いながら、血の飛んだ切り裂かれた服の中をのぞき込んだ。
「ああ、傷は大丈夫だ、血は止まっている。塞がりつつあるな。身体はそれでもやっぱり思い出しているんだな」
え、と彼は深呼吸をしながら鷹を見上げた。
奇妙なバランスで整ったその顔が、安堵の色に染まっているのが判る。ああそうか、とGはうなづいた。あんたは俺が何なのか知っていたんだものね。
「いくら君が君であったにせよ、この傷を回復させるのには時間がかかる。しばらくここでじっとしてろ」
鷹は彼の首に飛び散った血をぬぐいながら言う。彼はぬぐわれた首を軽く振って反論を試みる。
「……だけど市街劇が」
「そっちは俺に任せろ。内調の工作員も入り込んでいる。あの参加員の1/3はうちの関係者だ」
「1/3も……!」
「うちの連中は、気配を殺す訓練だけは上手いんだ。自然にとけ込む、と言うのかな」
「そっちの方が数枚上手だったって訳だな。あんたの部下を殺してなければいいけど」
「はん、そんな目立つ役につくような馬鹿はいない。それに情報が早かっただけだ。そのための内調なんだからな」
ふうん、とGは目を伏せた。
「鎮圧が成功したら、次の時報の鐘と同時に、花火を上げる。それまではそこでじっとしてろ。奴らは自分達の戦闘隊長がまさか死んだとは思っていないだろうから」
そうだな、と彼は思う。確かに奴は強かった。自分がただの人間だったら、確実に殺されていた。奴を倒せたのは運の良さだし、生きているのは……
「……」
「どうした?」
「リボンが解けちまったんだ」
鷹は軽く辺りを見回す。確かにそうだった。
移動した時、何かの拍子で髪を束ねていたリボンが解けたのだろう。Gの長い髪は、後ろで解けたままになっていた。
「ほら」
リボンを差し出す。
「まだ腕が痛いんだ」
彼はじっと、内調局員の顔を見据える。
「結んでくれないかな」
鷹は黙って、再びその場にひざを曲げた。
そして彼の首の向こう側に手を回す。前髪だけを残して、きゅ、と音がする程に強く、その長い髪を束ねた。
次の瞬間、「痛い」はずの彼の腕が、真正面の相手の首を抱え込んだ。
彼は強く、唇を相手のそれと重ねた。相手は一瞬驚いたようだったが、それを止めることはしなかった。
背後では、まだ死体がだらだらと血を流し続けていた。それだけが、時間の経過を告げているかのようだった。
だらだら、とユーリと名乗っていた戦闘隊長の身体から流れ出る液体は、次第にその面積を広げつつあった。
そして自分自身も。
熱い液体が流れているのが判る。
さすがにここで終わりなんだろうか。
Gはごろり、と仰向けになる。
ビルの上に、果てしなく空が、広がっている。
青い空に、薄い雲がヴェールの様に広がっていて、ひどく綺麗だった。最高の季節。秋の祝祭の日の空だ。
彼はぼんやりとその空を見上げていた。頭の中は、それまでに感じたことのない程穏やかだった。
―――と、広げた手に、何やら生温いものが当たるのを感じる。
流れだしたユーリの血が、とうとうここまで広がってきたのだ。そうだろうな、と彼は思う。そのくらい時間は経っているのだ。
そこまで考えて彼は、ふと奇妙なことに気が付いた。
……俺は?
ふと彼は、手を、自分の回りに動かしてみる。
だがそこには水溜まりはできていない。
ざら、と何処からか飛んできて、コンクリートの上でさらさらと動き回る砂、それが乾いたものしか、彼の手には当たらないのだ。
彼はそっと、自分の身体に触れてみる。確かに服は血で濡れている。だが、そこから吹き出るという感触ではない。
まさか。
彼は、まだ痛みが重苦しく続く身体を、ゆっくりとひきずり、近くのビルの壁にもたれかけさせた。そして自分のたどってきた道を、目を開けて見据える。
そこには確かに血の跡があった。だがそれは、その数メートル先で死体になっている敵から溢れているものとは量がまるで異なっている。今こうやって身体を引きずるという無茶をしているというのに、そこには、血の跡はついていない。
止まっている。
彼は愕然とした。
ぐらり、と彼は思わず目眩がするのを感じた。抜けた血のせいだけではない。空を見上げる。ヴェールのかかった青の空。
そうだ、こんなことが以前にもあった。
(あれは何処の戦場だったろう?)
戦場?
彼は長い前髪をかき上げた。自分の中から湧き上がる疑問に目眩がする。
俺は戦場に出たことはないはずだ!
あの、記憶の二重化がまた起こっていた。自分の記憶としているものに、確かにその事実はなかった。だが、こんなことは、確かにあった。身体が記憶している。
こんな風に、大きく身体を切り裂かれて、そして。
「G!」
耳に、金色のトランペットのような声が飛び込んできた。
彼は壁に頭をもたれさせたまま、ゆるり、と声の主の方を向く。黒い戦闘服姿の内調局員が駆けつけてくる。
「……あんたか」
「あんたか、じゃないぞ、おいG、大丈夫か!」
「……この状態で大丈夫だったら南島星域でカレーをおごって……」
「こんな時にまで冗談を言っているなよ!」
鷹はそう言いながら、血の飛んだ切り裂かれた服の中をのぞき込んだ。
「ああ、傷は大丈夫だ、血は止まっている。塞がりつつあるな。身体はそれでもやっぱり思い出しているんだな」
え、と彼は深呼吸をしながら鷹を見上げた。
奇妙なバランスで整ったその顔が、安堵の色に染まっているのが判る。ああそうか、とGはうなづいた。あんたは俺が何なのか知っていたんだものね。
「いくら君が君であったにせよ、この傷を回復させるのには時間がかかる。しばらくここでじっとしてろ」
鷹は彼の首に飛び散った血をぬぐいながら言う。彼はぬぐわれた首を軽く振って反論を試みる。
「……だけど市街劇が」
「そっちは俺に任せろ。内調の工作員も入り込んでいる。あの参加員の1/3はうちの関係者だ」
「1/3も……!」
「うちの連中は、気配を殺す訓練だけは上手いんだ。自然にとけ込む、と言うのかな」
「そっちの方が数枚上手だったって訳だな。あんたの部下を殺してなければいいけど」
「はん、そんな目立つ役につくような馬鹿はいない。それに情報が早かっただけだ。そのための内調なんだからな」
ふうん、とGは目を伏せた。
「鎮圧が成功したら、次の時報の鐘と同時に、花火を上げる。それまではそこでじっとしてろ。奴らは自分達の戦闘隊長がまさか死んだとは思っていないだろうから」
そうだな、と彼は思う。確かに奴は強かった。自分がただの人間だったら、確実に殺されていた。奴を倒せたのは運の良さだし、生きているのは……
「……」
「どうした?」
「リボンが解けちまったんだ」
鷹は軽く辺りを見回す。確かにそうだった。
移動した時、何かの拍子で髪を束ねていたリボンが解けたのだろう。Gの長い髪は、後ろで解けたままになっていた。
「ほら」
リボンを差し出す。
「まだ腕が痛いんだ」
彼はじっと、内調局員の顔を見据える。
「結んでくれないかな」
鷹は黙って、再びその場にひざを曲げた。
そして彼の首の向こう側に手を回す。前髪だけを残して、きゅ、と音がする程に強く、その長い髪を束ねた。
次の瞬間、「痛い」はずの彼の腕が、真正面の相手の首を抱え込んだ。
彼は強く、唇を相手のそれと重ねた。相手は一瞬驚いたようだったが、それを止めることはしなかった。
背後では、まだ死体がだらだらと血を流し続けていた。それだけが、時間の経過を告げているかのようだった。
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