5 / 38
第5話 日曜の朝。
しおりを挟む
「そう」
オフィスで彼女はコーヒーを呑みながら、命令は果たしました、と告げる彼にあっさりと返事をした。
「こちらに証拠のものもあります」
「捨てちゃいなさい。そんなもの」
「……」
「どうせ見つかったところで、何にもならないでしょう? 私にも、君にも」
ああ、良く似ている。彼は思う。コトバ一つ一つが空気を切り裂くような強さを持っている。よく通る、あの彼女に似た。
「ところで君、ちょっと私の使いを頼まれてくれないかしら」
「何でしょう」
「―――国まで、荷物を持っていってほしいのよ」
「―――国、ですか?」
いきなり言われる単語に、彼は拍子抜けする。
「知っているでしょう? 今度うちの党の中から、何人か、向こうの産業に援助をするとかしないとかの問題で、視察という形が取られること」
「いえ、父は仕事のことは家庭では喋らないものですから」
「悪いお父様ね。まあいいわ。私が行く前に、荷物だけでも運んでおいてほしいの。判りましたね?」
有無を言わせぬ口調で、そのひとは言う。彼はもちろん、「YES」としか答えられない。仕方がない。
あの時も、そうだった。父親の失敗のせいで、様々な人々が手のひらを返したように冷淡になった。母親はその中で心労から倒れてしまった。それまで住んでいた家から引っ越さなくてはならなかった。生活のこともあるが、世間の目が怖かった。
その家庭を救ってくれたのがこのひとだった。
「ところで『サカイ』君」
彼は考えからふっと醒める。
「まさかあれに下手な同情なとしていないだろうね」
「いえ、別に」
「ならいい」
下手な同情? している。しまくっている。「サカイ」は、はっきり言えば、彼女のことはかなり好きだった。ただ、恋愛ではない。むしろ、妹のように思っていた。
彼女がそうでなく自分を見ていたことも知ってはいた。そして、だからと言って、どうにもならないことも知っていた。
堂々巡りだ。
彼は思う。
そもそも、本当の名すら言えなかったのだ。関心のない子供でも、自分の血を引いている以上、油断はならないとでも思ったのか。このひとは。
時間制限があった、ゲームとすら言えない、つきあい。でも、時間制限の間は、せめて、楽しく――― 結末が判っているだけに、余計、彼は彼女が可哀そうだった。
「また連絡をするから。それまでは待機していなさい」
「はい」
「さっさとその邪魔なものは捨てるのよ」
「はい」
捨てられるだろうか?
彼は思う。淡い黄色の、カーディガンは、黒い染みが、消えない。
日曜の朝。
オフィスで彼女はコーヒーを呑みながら、命令は果たしました、と告げる彼にあっさりと返事をした。
「こちらに証拠のものもあります」
「捨てちゃいなさい。そんなもの」
「……」
「どうせ見つかったところで、何にもならないでしょう? 私にも、君にも」
ああ、良く似ている。彼は思う。コトバ一つ一つが空気を切り裂くような強さを持っている。よく通る、あの彼女に似た。
「ところで君、ちょっと私の使いを頼まれてくれないかしら」
「何でしょう」
「―――国まで、荷物を持っていってほしいのよ」
「―――国、ですか?」
いきなり言われる単語に、彼は拍子抜けする。
「知っているでしょう? 今度うちの党の中から、何人か、向こうの産業に援助をするとかしないとかの問題で、視察という形が取られること」
「いえ、父は仕事のことは家庭では喋らないものですから」
「悪いお父様ね。まあいいわ。私が行く前に、荷物だけでも運んでおいてほしいの。判りましたね?」
有無を言わせぬ口調で、そのひとは言う。彼はもちろん、「YES」としか答えられない。仕方がない。
あの時も、そうだった。父親の失敗のせいで、様々な人々が手のひらを返したように冷淡になった。母親はその中で心労から倒れてしまった。それまで住んでいた家から引っ越さなくてはならなかった。生活のこともあるが、世間の目が怖かった。
その家庭を救ってくれたのがこのひとだった。
「ところで『サカイ』君」
彼は考えからふっと醒める。
「まさかあれに下手な同情なとしていないだろうね」
「いえ、別に」
「ならいい」
下手な同情? している。しまくっている。「サカイ」は、はっきり言えば、彼女のことはかなり好きだった。ただ、恋愛ではない。むしろ、妹のように思っていた。
彼女がそうでなく自分を見ていたことも知ってはいた。そして、だからと言って、どうにもならないことも知っていた。
堂々巡りだ。
彼は思う。
そもそも、本当の名すら言えなかったのだ。関心のない子供でも、自分の血を引いている以上、油断はならないとでも思ったのか。このひとは。
時間制限があった、ゲームとすら言えない、つきあい。でも、時間制限の間は、せめて、楽しく――― 結末が判っているだけに、余計、彼は彼女が可哀そうだった。
「また連絡をするから。それまでは待機していなさい」
「はい」
「さっさとその邪魔なものは捨てるのよ」
「はい」
捨てられるだろうか?
彼は思う。淡い黄色の、カーディガンは、黒い染みが、消えない。
日曜の朝。
0
あなたにおすすめの小説
放課後の約束と秘密 ~温もり重ねる二人の時間~
楠富 つかさ
恋愛
中学二年生の佑奈は、母子家庭で家事をこなしながら日々を過ごしていた。友達はいるが、特別に誰かと深く関わることはなく、学校と家を行き来するだけの平凡な毎日。そんな佑奈に、同じクラスの大波多佳子が積極的に距離を縮めてくる。
佳子は華やかで、成績も良く、家は裕福。けれど両親は海外赴任中で、一人暮らしをしている。人懐っこい笑顔の裏で、彼女が抱えているのは、誰にも言えない「寂しさ」だった。
「ねぇ、明日から私の部屋で勉強しない?」
放課後、二人は図書室ではなく、佳子の部屋で過ごすようになる。最初は勉強のためだったはずが、いつの間にか、それはただ一緒にいる時間になり、互いにとってかけがえのないものになっていく。
――けれど、佑奈は思う。
「私なんかが、佳子ちゃんの隣にいていいの?」
特別になりたい。でも、特別になるのが怖い。
放課後、少しずつ距離を縮める二人の、静かであたたかな日々の物語。
4/6以降、8/31の完結まで毎週日曜日更新です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけたたった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届かくはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前ににいる。
奇跡的な出会いを果たしてしまった私の人生は、大きく動き出す……
身体だけの関係です‐原田巴について‐
みのりすい
恋愛
原田巴は高校一年生。(ボクっ子)
彼女には昔から尊敬している10歳年上の従姉がいた。
ある日巴は酒に酔ったお姉ちゃんに身体を奪われる。
その日から、仲の良かった二人の秒針は狂っていく。
毎日19時ごろ更新予定
「身体だけの関係です 三崎早月について」と同一世界観です。また、1~2話はそちらにも投稿しています。今回分けることにしましたため重複しています。ご迷惑をおかけします。
良ければそちらもお読みください。
身体だけの関係です‐三崎早月について‐
https://www.alphapolis.co.jp/novel/711270795/500699060
せんせいとおばさん
悠生ゆう
恋愛
創作百合
樹梨は小学校の教師をしている。今年になりはじめてクラス担任を持つことになった。毎日張り詰めている中、クラスの児童の流里が怪我をした。母親に連絡をしたところ、引き取りに現れたのは流里の叔母のすみ枝だった。樹梨は、飄々としたすみ枝に惹かれていく。
※学校の先生のお仕事の実情は知りませんので、間違っている部分がっあたらすみません。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる