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第13話 それは本当に偶然だ、と後になってハルは思った。
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出会いは偶然である。それはどんなものでも同等に。
もしもその日その時、その場所で、その人がその行動を起こさない限り、それ以外のファクターが全て揃っていたとしても、それは起こり得ない。
そういう意味だったら、それは本当に偶然だ、と後になってハルは思った。
*
「たまたま」ハルとマリコさんは県内のリゾート地へやってきていた。
ハルもマリコさんも、基本的に「リゾート地」と名がつくところは避けて通るような人間である。
その日そこへやってきていたのは、その近くで、ジャズ・フェスティバルがあったからである。
何となく毎日をふらふらしているようなハルの退屈しのぎに、と誘ったのはユーキだった。音大のジャズ・サークルも出るから、ただ券があるんだ、と。
「ジャズねえ」
当初渋っていたハルも、マリコさんもどうぞ、と言われて喜んだ従姉の様子を見ては行かざるを得まい。もっとも、マリコさんは自分がそういう態度を取ると、ハルも乗ってくるだろうと思ってもいたのだが。
それで、久しぶりに「旅行」という奴に出た。
ハルは「旅行」というのがあまり得意ではない。こういうものに得意も何もない、と思うだろう。だが、得意でない人間というのもいるのだ。とくに、そこが「リゾート地」という、休むか遊ぶしか時間を潰すことができないような所は。
目的がないと、旅行という奴は退屈だった。
こういう時、歴史マニアとかは便利だろうな、と彼女は思う。とにかくどんなところでも、歴史的価値を見いだせば、退屈はしないだろう。とりあえず、自分はキョーミのあるもの以外に冷淡だ、ということを知っているハルにとって、音楽以外のために「旅行」するのははなはだ不本意であったといえる。
行きの列車は昼間の鈍行。ひどく混むこともないが、夜更けの地方線のようにがらがらになるようなこともない。一応関東圏というのは。マリコさんはここぞとばかりにバスケットにお弁当を作った。
「ピクニックじゃないんだけど」
「いいじゃないですか。私の趣味なんですから」
そういうものらしい。まあいいや。ハルは黙る。いずれにせよ、美味しい食事が食べられるのは嬉しいことである。
「ユーキ君もどうぞ。その時には」
「あ、うれしーなあ」
マリコさんは、この従妹の友達とも、ドラムの先生と化している「僕」と「オレ」をランダムに使う年下の彼を結構気にいっている。
ちょくちょくやってくる彼は、時々、マリコさんに誘われて夕食をとっていくこともある。
かといって、ハルとの仲が親密になったという訳でもない。あいも変わらず、「女友達の延長」の友人のままである。
ユーキは一度、それらしいことはほのめかした。ハルも知っていた。だが、それに何らかの決着をつけようという気は起きなかった。ユーキがどう思っているかは知らない。
*
泊まったホテルは、海に近いところにあった。
ホテル、というよりも、別荘に近い感覚がある。幾つかの小さな「別荘」が、点々とその広い敷地内に建てられていた。
もちろん、いわゆる巨大建物の「ホテル」もあることはあった。だが、ちょうどそのジャズ・フェスティバルに来る人々で一杯だということで。
まあ良い気候の頃である。カップルがちょうどいいデート・コースにするだろう、ということで、ホテル側も、その期間内だけ、その「別荘」を解放したのである。カギを渡され、あとは自由。自炊もできるように小さなキッチンがついている。ベッドが4つあった。このメンバーは3人だが、小さなことにはこだわるまい。
それを事前に聞いていたからこそ、マリコさんは「バスケットに詰められたお弁当」なる古い映画にも出てきそうな代物をこしらえたのである。
夕方から始まったジャズ・フェスティバルは野外だった。ハルは割合近い席をもらっていたので、真正面からその音を受けとめることができた。捉えていたのは、やはりドラムだった。
聴き方までが違ってきている。聴き方、というより、それは「感じ方」に近かった。音が真っ向から、突き刺さってくる。それほど速くもないのに、重い太鼓の音、振動が、心臓を掴む。
客は、ジャズ好きとそうでない者が半々、という所だった。そしてその区別は簡単だった。知っている者は、湧くところを知っていて、その直前に、身体が浮き上がる。知らない者は、スタンダード・ナンバー、CFの後ろで流されたり、ニュース番組のテーマだの、TVで耳にしたことがある曲の時、おっ、という顔をしている。そうでなければ、いったい何しにきたんだ、と言いたくなるくらいに、カップルはくっついて二人の世界を作り上げている。
ハルはユーキとマリコさんに挟まれた恰好になっていたが、そういった類の「べたべた」とは無縁な人だったから、ただただ音に身体を任せていた。
やはり久しぶりに感じる生の音は、心地よかった。
でも、何か違う。軽く汗ばむ身体とは裏腹なコトバがひらめく。
これは本当には熱くなれない。圧倒的だけど、だからといって、何かをかきむしりたいような衝動を、静めてくれるとも、弾けさせてくれるとも、思えない。
ユーキは熱っぽくステージを見つめ、手も足も、ドラマーの動きを写し取っている。
マリコさんは腕を組んで何となく身体を揺らしている。気持ちは良さそうだ。
―――背中に、冷たいものが走った。
あの「からっぽ感」が、じわじわとやってくる。最近ずっと忘れていたのに。気付いてしまうと、それ以上集中することができない。
ちょっとごめんね、と言うと、マリコさんの側からハルはその席から離れようとした。ハルさん? と小声で問うマリコさんに、先に戻っているから、と言って。カギは全員が持っている。マリコさんは、追いかけようか、と思ったがやめた。
もしもその日その時、その場所で、その人がその行動を起こさない限り、それ以外のファクターが全て揃っていたとしても、それは起こり得ない。
そういう意味だったら、それは本当に偶然だ、と後になってハルは思った。
*
「たまたま」ハルとマリコさんは県内のリゾート地へやってきていた。
ハルもマリコさんも、基本的に「リゾート地」と名がつくところは避けて通るような人間である。
その日そこへやってきていたのは、その近くで、ジャズ・フェスティバルがあったからである。
何となく毎日をふらふらしているようなハルの退屈しのぎに、と誘ったのはユーキだった。音大のジャズ・サークルも出るから、ただ券があるんだ、と。
「ジャズねえ」
当初渋っていたハルも、マリコさんもどうぞ、と言われて喜んだ従姉の様子を見ては行かざるを得まい。もっとも、マリコさんは自分がそういう態度を取ると、ハルも乗ってくるだろうと思ってもいたのだが。
それで、久しぶりに「旅行」という奴に出た。
ハルは「旅行」というのがあまり得意ではない。こういうものに得意も何もない、と思うだろう。だが、得意でない人間というのもいるのだ。とくに、そこが「リゾート地」という、休むか遊ぶしか時間を潰すことができないような所は。
目的がないと、旅行という奴は退屈だった。
こういう時、歴史マニアとかは便利だろうな、と彼女は思う。とにかくどんなところでも、歴史的価値を見いだせば、退屈はしないだろう。とりあえず、自分はキョーミのあるもの以外に冷淡だ、ということを知っているハルにとって、音楽以外のために「旅行」するのははなはだ不本意であったといえる。
行きの列車は昼間の鈍行。ひどく混むこともないが、夜更けの地方線のようにがらがらになるようなこともない。一応関東圏というのは。マリコさんはここぞとばかりにバスケットにお弁当を作った。
「ピクニックじゃないんだけど」
「いいじゃないですか。私の趣味なんですから」
そういうものらしい。まあいいや。ハルは黙る。いずれにせよ、美味しい食事が食べられるのは嬉しいことである。
「ユーキ君もどうぞ。その時には」
「あ、うれしーなあ」
マリコさんは、この従妹の友達とも、ドラムの先生と化している「僕」と「オレ」をランダムに使う年下の彼を結構気にいっている。
ちょくちょくやってくる彼は、時々、マリコさんに誘われて夕食をとっていくこともある。
かといって、ハルとの仲が親密になったという訳でもない。あいも変わらず、「女友達の延長」の友人のままである。
ユーキは一度、それらしいことはほのめかした。ハルも知っていた。だが、それに何らかの決着をつけようという気は起きなかった。ユーキがどう思っているかは知らない。
*
泊まったホテルは、海に近いところにあった。
ホテル、というよりも、別荘に近い感覚がある。幾つかの小さな「別荘」が、点々とその広い敷地内に建てられていた。
もちろん、いわゆる巨大建物の「ホテル」もあることはあった。だが、ちょうどそのジャズ・フェスティバルに来る人々で一杯だということで。
まあ良い気候の頃である。カップルがちょうどいいデート・コースにするだろう、ということで、ホテル側も、その期間内だけ、その「別荘」を解放したのである。カギを渡され、あとは自由。自炊もできるように小さなキッチンがついている。ベッドが4つあった。このメンバーは3人だが、小さなことにはこだわるまい。
それを事前に聞いていたからこそ、マリコさんは「バスケットに詰められたお弁当」なる古い映画にも出てきそうな代物をこしらえたのである。
夕方から始まったジャズ・フェスティバルは野外だった。ハルは割合近い席をもらっていたので、真正面からその音を受けとめることができた。捉えていたのは、やはりドラムだった。
聴き方までが違ってきている。聴き方、というより、それは「感じ方」に近かった。音が真っ向から、突き刺さってくる。それほど速くもないのに、重い太鼓の音、振動が、心臓を掴む。
客は、ジャズ好きとそうでない者が半々、という所だった。そしてその区別は簡単だった。知っている者は、湧くところを知っていて、その直前に、身体が浮き上がる。知らない者は、スタンダード・ナンバー、CFの後ろで流されたり、ニュース番組のテーマだの、TVで耳にしたことがある曲の時、おっ、という顔をしている。そうでなければ、いったい何しにきたんだ、と言いたくなるくらいに、カップルはくっついて二人の世界を作り上げている。
ハルはユーキとマリコさんに挟まれた恰好になっていたが、そういった類の「べたべた」とは無縁な人だったから、ただただ音に身体を任せていた。
やはり久しぶりに感じる生の音は、心地よかった。
でも、何か違う。軽く汗ばむ身体とは裏腹なコトバがひらめく。
これは本当には熱くなれない。圧倒的だけど、だからといって、何かをかきむしりたいような衝動を、静めてくれるとも、弾けさせてくれるとも、思えない。
ユーキは熱っぽくステージを見つめ、手も足も、ドラマーの動きを写し取っている。
マリコさんは腕を組んで何となく身体を揺らしている。気持ちは良さそうだ。
―――背中に、冷たいものが走った。
あの「からっぽ感」が、じわじわとやってくる。最近ずっと忘れていたのに。気付いてしまうと、それ以上集中することができない。
ちょっとごめんね、と言うと、マリコさんの側からハルはその席から離れようとした。ハルさん? と小声で問うマリコさんに、先に戻っているから、と言って。カギは全員が持っている。マリコさんは、追いかけようか、と思ったがやめた。
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