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第16話 マリコさんの期待
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結局、翌朝ハルは昨夜の疲労から、昼近くまで寝過ごしてしまった。
ホテルのフロントには連泊する旨を伝えた、とブランチを用意するマリコさんは言った。
マリコさんは一晩中起きて「彼女」の様子を見ていたらしいが、どういう体力をしているのか、疲れた顔一つ見せない。
「ユーキくんは?」
「まだ来ませんけど」
「どうしよう? あの子がいるけど」
「あの子と同じ部屋にする訳にはいきませんね…… ハルさん彼と同じ部屋でもいいですか?」
「別にあたしはいいけど…… ベッドを動かすとか、毛布だけ持ってきて床で雑魚寝、でもいいけど」
少なくとも、マリコさんや「彼女」がユーキと同室になるよりはましだろう、とハルも思うことは思う。だが。
「どっちでもいいですよ? あなたの好きなほうで。ところでハルさん一度聞きたかったんですけど」
「はい?」
「ユーキくんってのは、あなたにとって何なんですか?」
「友達」
「それだけですか?」
ハルはうなづく。そしてきっぱりと、
「それだけ。どうしようもない。とても好きな友達だし、別に寝たっていいけど、友達以上にはなれない」
「矛盾してません? 寝られるけれど友達?」
「矛盾してるかなあ?」
マリコさんは黙ってポットのお茶を注ぐ。
「だとしたらメイトウさんの時のことも理解できますね」
「はて」
「ものすごく、疑問だったんですけど」
そういえば。ハルは思い出す。家にやってくるメイトウに、その時はまだ引っ越してきてなかったマリコさんが奇妙なほど不機嫌そうな顔で挨拶したことを。
「あのひとはただのそういうお相手だった、ということですか」
「結論から言えばね」
錯覚は、していた、と思う。その時は本当に好きだったんじゃなかろうか、と思う。
だが、終わってみたら、やっぱり自分が自分に対してかけていた冗談だったようだ。
「あの男が当初、結構無防備に賛美するから、そんな気になっちゃったんだと思うけど」
「それだけですか?」
「うん。あれは勘違い」
「可哀そうに」
「本気で言ってる? ただ言えるのは…… メイトウは、『勘違いした恋人もどき』にはなれても、『友達』にはなれないってことだろーね」
くすくすと、苦笑を浮かべながらハルは言う。
「それでその『もどき』とはやめたんですね」
「違ったことが判ったし」
それに先に気付いたのは奴のほうだったかもしれないけれど。マリコさんは妙に安心した顔つきになる。
「私はあのひとは嫌いでしたね」
「へ?」
珍しい。マリコさんが人を嫌いと言うことは滅多にない。たいていは、「好き」か「無関心」の人なのに。
「何で」
「お馬鹿ですよ」
あっさりと言った。
「前時代の日本の男の遺物。それも悪いところばかり勘違いして真似してる、ただの甘やかされたガキですよ。全ての女を一つの生物としか見なしてない」
「はあ」
何というか。
ハルはとりあえず何と言っていいのか判らなかったので、とにかくお茶をすする。こんな所に来ても、マリコさんのお茶は美味しかった。だが、なかなかコトバの与えるショックというものは大きく、ブランチを終えるまで、ハルは次の話題が見つからなかった。
ナプキンで口をぬぐってから、ふと気がつく。
「じゃユーキくんは? 結構マリコさん気にいってるじゃない」
「彼はいい子ですよ。少なくとも、女性にはいろいろなタイプがあるということを判ってますからね」
「そう見える?」
「少なくとも、あのメイトウさんよりは、見えますね」
「珍しい」
ふう、とハルはため息をつく。何が、とマリコさんは訊ねた。
「マリコさんがそういう言い方するのって」
「別に隠していた訳ではないですよ。言う必要がなかったから言わなかっただけです」
そうだろうな、とハルは思う。理系頭の彼女は、そのあたりをきちんと区別するのだろう。ハルはマリコさんが感情に走ったのを見たことはない。もう結構長い付き合いだというのに。
「で、マリコさんは、そのユーキくんならあたしの『恋人』になっても構わない、と思った訳?」
「そうですね」
簡潔な答だった。
「でも、たぶん、ユーキくんはあたしをセックスの相手としては見ていないと思うけど」
「そうですか?」
「そういうチャンスはいくらだってあったわよ。いままで。でもむそうしないってのは、よっぽど自制が強いか…… じゃなかったら、そういう相手とは初めっから見てないってこどじゃない?そうしたら、結局、いくら好きな相手て、大切な人間でも、『友達』にしかなりえないんじゃない?」
「セックスの相手イコール恋人』ですか?」
「んーと…… いい方が悪いかもしれないけれど、『友達』と『恋人』の差はそこじゃないの? まあつまりそっちじゃなくとも、キスでも触れるだけでもいいんだけど、とにかく『大好きな相手の身体』とコミュニケートしたいって感情があるかどうか」
「寝るだけの友達、という言葉もなくはないんですがね」
「そうゆうのはまた別……」
ハルは彼に関しては、寝るかどうか、ということは、『どっちだっていい』のだ。
大切な友達だし、別に恋人にしたっていい。だが、だからと言って、自分の全部をあげようとは絶対に思わない。それが、いくら友達として最高の奴であったとしてもだ。
ユーキだけではない。ハルは、それが誰であってもそうだろう、と思う。「あげよう」とは思わない。だが、「共有したい」とは思う。ただ、「共有した」かった相手が、今は欠けている。
ハルはその相手に対しては、自分自身もごまかしている部分があるのを気付いてはいなかったが。
そのごまかしている部分に気付くまでは、この命題は解けないのだ。だが近いうち、その全てを飛び越える回答は出るような気はしていた。
今のところ、はっきりした形を取ってはいない。やや雨の近い、白い空をした日の海岸で見る遠景のように、ほんのわずかなアウトラインだけを見せて、後はただ、薄い青がかっている。
それは、学校を辞めて、ピアノを放り出して、ドラムにはまり始めてから、ゆっくりとハルの中に積もり始めていた。そして昨夜、「彼女」のコットンのワンピースを洗いながら、それが細いながらもアウトラインを描いていくのを感じていた。
「彼女」がきっと何かのきっかけになる。
それは全く根拠もないが、確信だった。
ホテルのフロントには連泊する旨を伝えた、とブランチを用意するマリコさんは言った。
マリコさんは一晩中起きて「彼女」の様子を見ていたらしいが、どういう体力をしているのか、疲れた顔一つ見せない。
「ユーキくんは?」
「まだ来ませんけど」
「どうしよう? あの子がいるけど」
「あの子と同じ部屋にする訳にはいきませんね…… ハルさん彼と同じ部屋でもいいですか?」
「別にあたしはいいけど…… ベッドを動かすとか、毛布だけ持ってきて床で雑魚寝、でもいいけど」
少なくとも、マリコさんや「彼女」がユーキと同室になるよりはましだろう、とハルも思うことは思う。だが。
「どっちでもいいですよ? あなたの好きなほうで。ところでハルさん一度聞きたかったんですけど」
「はい?」
「ユーキくんってのは、あなたにとって何なんですか?」
「友達」
「それだけですか?」
ハルはうなづく。そしてきっぱりと、
「それだけ。どうしようもない。とても好きな友達だし、別に寝たっていいけど、友達以上にはなれない」
「矛盾してません? 寝られるけれど友達?」
「矛盾してるかなあ?」
マリコさんは黙ってポットのお茶を注ぐ。
「だとしたらメイトウさんの時のことも理解できますね」
「はて」
「ものすごく、疑問だったんですけど」
そういえば。ハルは思い出す。家にやってくるメイトウに、その時はまだ引っ越してきてなかったマリコさんが奇妙なほど不機嫌そうな顔で挨拶したことを。
「あのひとはただのそういうお相手だった、ということですか」
「結論から言えばね」
錯覚は、していた、と思う。その時は本当に好きだったんじゃなかろうか、と思う。
だが、終わってみたら、やっぱり自分が自分に対してかけていた冗談だったようだ。
「あの男が当初、結構無防備に賛美するから、そんな気になっちゃったんだと思うけど」
「それだけですか?」
「うん。あれは勘違い」
「可哀そうに」
「本気で言ってる? ただ言えるのは…… メイトウは、『勘違いした恋人もどき』にはなれても、『友達』にはなれないってことだろーね」
くすくすと、苦笑を浮かべながらハルは言う。
「それでその『もどき』とはやめたんですね」
「違ったことが判ったし」
それに先に気付いたのは奴のほうだったかもしれないけれど。マリコさんは妙に安心した顔つきになる。
「私はあのひとは嫌いでしたね」
「へ?」
珍しい。マリコさんが人を嫌いと言うことは滅多にない。たいていは、「好き」か「無関心」の人なのに。
「何で」
「お馬鹿ですよ」
あっさりと言った。
「前時代の日本の男の遺物。それも悪いところばかり勘違いして真似してる、ただの甘やかされたガキですよ。全ての女を一つの生物としか見なしてない」
「はあ」
何というか。
ハルはとりあえず何と言っていいのか判らなかったので、とにかくお茶をすする。こんな所に来ても、マリコさんのお茶は美味しかった。だが、なかなかコトバの与えるショックというものは大きく、ブランチを終えるまで、ハルは次の話題が見つからなかった。
ナプキンで口をぬぐってから、ふと気がつく。
「じゃユーキくんは? 結構マリコさん気にいってるじゃない」
「彼はいい子ですよ。少なくとも、女性にはいろいろなタイプがあるということを判ってますからね」
「そう見える?」
「少なくとも、あのメイトウさんよりは、見えますね」
「珍しい」
ふう、とハルはため息をつく。何が、とマリコさんは訊ねた。
「マリコさんがそういう言い方するのって」
「別に隠していた訳ではないですよ。言う必要がなかったから言わなかっただけです」
そうだろうな、とハルは思う。理系頭の彼女は、そのあたりをきちんと区別するのだろう。ハルはマリコさんが感情に走ったのを見たことはない。もう結構長い付き合いだというのに。
「で、マリコさんは、そのユーキくんならあたしの『恋人』になっても構わない、と思った訳?」
「そうですね」
簡潔な答だった。
「でも、たぶん、ユーキくんはあたしをセックスの相手としては見ていないと思うけど」
「そうですか?」
「そういうチャンスはいくらだってあったわよ。いままで。でもむそうしないってのは、よっぽど自制が強いか…… じゃなかったら、そういう相手とは初めっから見てないってこどじゃない?そうしたら、結局、いくら好きな相手て、大切な人間でも、『友達』にしかなりえないんじゃない?」
「セックスの相手イコール恋人』ですか?」
「んーと…… いい方が悪いかもしれないけれど、『友達』と『恋人』の差はそこじゃないの? まあつまりそっちじゃなくとも、キスでも触れるだけでもいいんだけど、とにかく『大好きな相手の身体』とコミュニケートしたいって感情があるかどうか」
「寝るだけの友達、という言葉もなくはないんですがね」
「そうゆうのはまた別……」
ハルは彼に関しては、寝るかどうか、ということは、『どっちだっていい』のだ。
大切な友達だし、別に恋人にしたっていい。だが、だからと言って、自分の全部をあげようとは絶対に思わない。それが、いくら友達として最高の奴であったとしてもだ。
ユーキだけではない。ハルは、それが誰であってもそうだろう、と思う。「あげよう」とは思わない。だが、「共有したい」とは思う。ただ、「共有した」かった相手が、今は欠けている。
ハルはその相手に対しては、自分自身もごまかしている部分があるのを気付いてはいなかったが。
そのごまかしている部分に気付くまでは、この命題は解けないのだ。だが近いうち、その全てを飛び越える回答は出るような気はしていた。
今のところ、はっきりした形を取ってはいない。やや雨の近い、白い空をした日の海岸で見る遠景のように、ほんのわずかなアウトラインだけを見せて、後はただ、薄い青がかっている。
それは、学校を辞めて、ピアノを放り出して、ドラムにはまり始めてから、ゆっくりとハルの中に積もり始めていた。そして昨夜、「彼女」のコットンのワンピースを洗いながら、それが細いながらもアウトラインを描いていくのを感じていた。
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