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第15話 女の子は、人殺しだったとしても、女の子だと思う。
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「どーしたんですか!」
滅多に物事に驚かないはずのマリコさんが目をまん丸くして出迎えた。
「あれ?マリコさん、コンサートは?」
「もう終わりましたよ…… 遅いから」
「え?」
壁に掛かった時計を見上げる。確かに、心配するような時間だ。すると、時間がやはりかかったのだなあ、とハルは思う。そしてマリコさんの視線が肩に掛かっている女の子に向いているのに気付くと、
「えーと、あれ? ユーキくんは」
「先輩に呼ばれたから、帰りは明日になるかも、ということですけどね…… 全く何拾ってきたんですか」
貸してごらんなさい、とマリコさんは手を出す。さすがのハルもかなり疲れていたので、素直に肩を自分からマリコさんへと移しかえる。その時、マリコさんがぎょっとした顔になった。
「何ですかこりゃ」
「あ」
それまで、月明かりしかない道を通ってきたので気付かなかった。白い服が汚れている。黒っぽい、ざらざらした砂。そして、もう赤黒く変色していた――― 血。
何処をケガしているのかしら、とマリコさんは砂だけ払ってから、女の子をベッドに横たえる。
てきぱきと服を脱がせる。気がつく様子はない。
コットンの白い服が幾重にも絡まっている。それを一枚一枚取るごとに、血の染みは消えていく。海水の染みだのはあっても、色のキツイ染みはペティコートにはついていない。
と、いうことは、血は身体にキズがあって出たものではない――― 強姦されたという訳でもない――― そう思いながら、身体の下に広がった服を取ろうと、彼女の身体をずらしたとき、それは見つかった。
「なにこれ」
白い腕に、赤の太い線が描かれていた。固まって、既に血は止まっている。
「手にケガしてたの?」
ハルはマリコさんの後ろからひょい、と顔をのぞかせる。マリコさんは無言で彼女の手を見せた。
は? とハルは顔を歪めた。両の手首に、ひどく太い線が走っていた。血の染みの原因はここだった。
「何それ、いったい」
「もう止まってますから、見かけほどひどくはありませんよ。それに、これ、自殺用のキズじゃないですよ」
「は? どういう意味?」
「ちょっとよく見てください」
彼女の手をベッドの上に戻して、手のひらを上に向ける。
「何か変だと思いません?」
「何かって何」
「向きですよ」
向き?
そう言われてみれば、そうである。左も右も、同じ方向に走っているのだ。
「例えば」
マリコさんは自分の手で示してみせる。
「たいてい自分からやるってときは、力加減の関係から、手のひらを上に向けた状態で、外側から内側に向かって走ってるはずです」
「逆だと力がうまく入らない?」
「それに、そんなところまで考える余裕がある人なら、もう少しましな方法とりますよ。手首なんてのは、首の頚動脈に比べて成功率高くないんですから」
ハルは顔を歪める。血の飛び散る様子。生々しい臭気が脳裏によみがえる。これ以上死体は見たくない。
「この子は大丈夫?」
「まあショックはずいぶん受けているし、何処かから落ちたのか…… 結構打撲はあるようですけど、命に別状はないようですよ。ただ、これが自分でしたものでない、というのが気にかかりますねえ」
「自分じゃなければ」
「他人しかないでしょう?」
あっさりとマリコさんは言った。
「誰かに、殺されそうになった、ということです。それも、この子にとって、結構大切な人だったんじゃないでしょうか?」
よそいきの、としか思えないブランドものの服。それも全身白でまとめるくらいの…… 自分自身のためだけに着る、という人もなくはないが、相手が居たことが事実なら。
「だとしたら、起きた時に厄介なことが起こらなければいいんですけど」
「ベッドが四つあってよかった」
ハルはとりあえずそう言うしかできなかった。
*
簡易キッチンがついているような「別荘」でも、洗濯機まではついていない。
「彼女」の擦り傷切り傷の手当や、打ち身で熱を持っているような所を冷やしたりしているマリコさんに代わって、ハルはバスルームでコットンの服の洗濯をする。ついでに自分のほこりに汚れた顔や手も洗う。
結構せっけんという奴は、血の染みをよく落としてくれる。だが、破れた所はどうにもならない。
後で繕うしかないだろうが、目を醒ますだろう「彼女」がそれを着たがるかどうか。
とりあえず、着替えは少し多めに持ってきていたので良かった、とハルは思う。「彼女」は自分よりやや小さい。マリコさんよりはやや大きい。ハル自身、どう考えたって「大柄な女」、身長175センチだったと記憶しているくらいなんだから、大抵の女の子は自分より小さいのだが。
だいたい妹と同じくらいだったな、と肩を貸した時の感触を思い出す。背の高さも、身体つきも、何となし似ている。顔は全く似ていないが、「女の子」の醸し出す雰囲気、というものは共通していた。何かふわふわした、掴み所のない、甘い空気。
たとえ「彼女」が血染めの服を着ていたとしても、だ。
女の子は、人殺しだったとしても、女の子だと思う。
滅多に物事に驚かないはずのマリコさんが目をまん丸くして出迎えた。
「あれ?マリコさん、コンサートは?」
「もう終わりましたよ…… 遅いから」
「え?」
壁に掛かった時計を見上げる。確かに、心配するような時間だ。すると、時間がやはりかかったのだなあ、とハルは思う。そしてマリコさんの視線が肩に掛かっている女の子に向いているのに気付くと、
「えーと、あれ? ユーキくんは」
「先輩に呼ばれたから、帰りは明日になるかも、ということですけどね…… 全く何拾ってきたんですか」
貸してごらんなさい、とマリコさんは手を出す。さすがのハルもかなり疲れていたので、素直に肩を自分からマリコさんへと移しかえる。その時、マリコさんがぎょっとした顔になった。
「何ですかこりゃ」
「あ」
それまで、月明かりしかない道を通ってきたので気付かなかった。白い服が汚れている。黒っぽい、ざらざらした砂。そして、もう赤黒く変色していた――― 血。
何処をケガしているのかしら、とマリコさんは砂だけ払ってから、女の子をベッドに横たえる。
てきぱきと服を脱がせる。気がつく様子はない。
コットンの白い服が幾重にも絡まっている。それを一枚一枚取るごとに、血の染みは消えていく。海水の染みだのはあっても、色のキツイ染みはペティコートにはついていない。
と、いうことは、血は身体にキズがあって出たものではない――― 強姦されたという訳でもない――― そう思いながら、身体の下に広がった服を取ろうと、彼女の身体をずらしたとき、それは見つかった。
「なにこれ」
白い腕に、赤の太い線が描かれていた。固まって、既に血は止まっている。
「手にケガしてたの?」
ハルはマリコさんの後ろからひょい、と顔をのぞかせる。マリコさんは無言で彼女の手を見せた。
は? とハルは顔を歪めた。両の手首に、ひどく太い線が走っていた。血の染みの原因はここだった。
「何それ、いったい」
「もう止まってますから、見かけほどひどくはありませんよ。それに、これ、自殺用のキズじゃないですよ」
「は? どういう意味?」
「ちょっとよく見てください」
彼女の手をベッドの上に戻して、手のひらを上に向ける。
「何か変だと思いません?」
「何かって何」
「向きですよ」
向き?
そう言われてみれば、そうである。左も右も、同じ方向に走っているのだ。
「例えば」
マリコさんは自分の手で示してみせる。
「たいてい自分からやるってときは、力加減の関係から、手のひらを上に向けた状態で、外側から内側に向かって走ってるはずです」
「逆だと力がうまく入らない?」
「それに、そんなところまで考える余裕がある人なら、もう少しましな方法とりますよ。手首なんてのは、首の頚動脈に比べて成功率高くないんですから」
ハルは顔を歪める。血の飛び散る様子。生々しい臭気が脳裏によみがえる。これ以上死体は見たくない。
「この子は大丈夫?」
「まあショックはずいぶん受けているし、何処かから落ちたのか…… 結構打撲はあるようですけど、命に別状はないようですよ。ただ、これが自分でしたものでない、というのが気にかかりますねえ」
「自分じゃなければ」
「他人しかないでしょう?」
あっさりとマリコさんは言った。
「誰かに、殺されそうになった、ということです。それも、この子にとって、結構大切な人だったんじゃないでしょうか?」
よそいきの、としか思えないブランドものの服。それも全身白でまとめるくらいの…… 自分自身のためだけに着る、という人もなくはないが、相手が居たことが事実なら。
「だとしたら、起きた時に厄介なことが起こらなければいいんですけど」
「ベッドが四つあってよかった」
ハルはとりあえずそう言うしかできなかった。
*
簡易キッチンがついているような「別荘」でも、洗濯機まではついていない。
「彼女」の擦り傷切り傷の手当や、打ち身で熱を持っているような所を冷やしたりしているマリコさんに代わって、ハルはバスルームでコットンの服の洗濯をする。ついでに自分のほこりに汚れた顔や手も洗う。
結構せっけんという奴は、血の染みをよく落としてくれる。だが、破れた所はどうにもならない。
後で繕うしかないだろうが、目を醒ますだろう「彼女」がそれを着たがるかどうか。
とりあえず、着替えは少し多めに持ってきていたので良かった、とハルは思う。「彼女」は自分よりやや小さい。マリコさんよりはやや大きい。ハル自身、どう考えたって「大柄な女」、身長175センチだったと記憶しているくらいなんだから、大抵の女の子は自分より小さいのだが。
だいたい妹と同じくらいだったな、と肩を貸した時の感触を思い出す。背の高さも、身体つきも、何となし似ている。顔は全く似ていないが、「女の子」の醸し出す雰囲気、というものは共通していた。何かふわふわした、掴み所のない、甘い空気。
たとえ「彼女」が血染めの服を着ていたとしても、だ。
女の子は、人殺しだったとしても、女の子だと思う。
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