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第9話 お茶は、こんなに温かいというのに。
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だが彼女の言う「寄りたい所」に着いた時、ワタシは思わずこめかみをひっかいていた。途中下車して、降りたのは、実に甘ったるい香りのする街だった。
―――いや、それは期間限定だ。
縁が無いので、忘れていた。二月も真ん中の、あの行事。
あふれかえる女子中高生大学生OLその他もろもろが、チョコレートを手にするあの日。
ワタシは今まで縁が無かった。
いや別に「縁があってはいけない」と思っていた訳ではない。幸か不幸か、それはワタシの興味の輪の外にあったのだ。
それが良いのか悪いのかは判らない。ただ、絵を描くことにとりつかれてからというもの、その方面に目が向かなくなってしまったのは事実だ。
そしてしまった、と思った。
確かにばりばりと自分の仕事をこなすひとではあるが、サエナが同類とは決まっていないのに。
だが内心の動揺はとりあえず横に置いて、ワタシは彼女に当たりさわりの無い言葉を投げる。そうだあくまでそれはお父さんとかにあげるものかもしれないじゃないか。
「何あんた、プレゼント?」
缶入りの輸入品のチョコを一つと、それにもう一つ、と彼女は雑貨の棚に目を走らす。
「うん。今度四月に、中等部から上がる子が居るんだけど」
「中三? 今」
彼女に弟は、いなかったはずだが。
「うん、幼なじみなんだけど。ヤナセ知ってるかもね。カナイフミオって言うんだけど」
弟じゃない。ワタシは首を横に振った。
「あ、そう。じゃ下の学年までやっぱりいちいち記憶したりはしない? まあ、あなただしね」
「幼なじみ――― って、そいつは内部組だろ?」
「うん、幼稚園からね。んー、でもだったら知っていてもおかしくないと思ったんだけど」
「弟分みたいなもん?」
「そういう感じだったけど」
サエナは語尾をにごす。あ、これいいかも、とつぶやきながら、ごくごく小さな目覚まし時計を手にした。黒い、シンプルな形のものだ。
「えらく地味だね」
「だって、私が上げたものなんて、きっとあの子絶対に外でなんか使わないわ。だったらいっそ家の中で使ってくれるもののほうがいいもの」
ワタシは思わず左手で顔の左半分を覆う。
何ってまあ。
レジへといそいそとそれを持っていく。
そんな後ろ姿を見ながら、ワタシは何やらひどく自分の頭から血が引いていく感触を覚えていた。
明らかに、自分はショックを受けているのだ。だが、何でショックを受けているのか、いまいちよく判らない。
お待たせ、とサエナはそんな内心には全く気付かない様子で、このラッピングいまいち、とか言っている。
「ありがと」
そしてにっこり笑って言うのだ。
「今日はつき合ってくれて。お茶してこ。クレープがいいかなあ。ああでも混んでいそう。あ、そうそう、常磐屋のスコーンが美味しいって、こないだミサエちゃんが言っていたわ」
ミサエちゃん、は会計の子だ。そうだね、とワタシは答える。ずいぶんと平板な声だ。だがきっと今の何か浮かれている彼女には気付かれないだろう。
「常磐屋」は、この街に結構前からある紅茶が多い喫茶店だ。見かけたことはあるが、入ったことはない。さすがに一人ではやや入りにくい雰囲気があるのだ。
焼き板に曲線形の色ガラスをはめ込んだ扉を開けると、ちょうど境の時間なのか、店内はわりあい空いていた。
それでも隅の席は埋まっていたので、ワタシ達は幾つか置かれた円形テーブルの一つについた。
紅茶にカレンズのスコーンのセットを二つ頼むと、ワタシは頬杖をつきながら辺りをざっと見渡した。いい趣味だ。高い天井といい、全体に使われている木の色といい、吊り下がっているランプ型の灯りといい、所々に置かれている観葉植物といい、ワタシの趣味には合っている。
「ありがとヤナセ」
再びサエナは言う。
「何あらたまって」
「だってサエナは、あまりこういう所へ来るの好きじゃないでしょう?」
「ここ? や、ワタシの趣味だよ。ここは充分」
「そうじゃなくて、さっきの」
「ああ」
ワタシは言葉に詰まる。確かにそう好きではない。用事が無いのだ。
飾り物は嫌いじゃない。だが飾ることはそう好きではない。
飾ったところでワタシはきっと普段使うものでない限り忘れる。
例えば筆記用具にしたところで、どれだけ綺麗な細工がしてあろうが、使わないものだったら、それはいつかワタシの中では忘れられるのだ。
「いいよサエナ。別につき合うのは嫌いじゃない」
「本当?」
「本当。ワタシにそういうものを好きになれって言わなければ」
「あなたに何言ったって、それは無駄でしょう?」
くすくす、と彼女は笑う。店の人が紅茶とスコーンを運んでくる。サエナは二人分入っているだろうポットから、ワタシのほうへも紅茶を注ぎ分ける。スコーンはまだ充分に暖かい。
「そう見える?」
「うん。サエナはそういうひとじゃない? だから私はそういう所が好きだけど」
好き。はあ。彼女はワタシの方へティーカップを寄せる。
「私には絶対できない所だわ」
「何で?」
「何でって言われたって困るわよ。何か、できないの。私は好きなものを好きと言えても、嫌いなものに嫌いとは言えないわ」
「サエナはじゃあ、カナイ君は、好き? どういう意味でもいいけど」
「あらヤナセにしちゃ、言葉に気をつかうのね。好きよ」
そうやって、あっさりと好きなものに関しては。
「あの子は、どっか、そう、あなたとそういうとこは似てると思うな。結構好き嫌いがはっきりしているから」
「嫌いがはっきりしている、と違う?」
「まあね」
彼女は苦笑した。
「私のことを結構鬱陶しいと思ってるんじゃないかしら。判ってはいるのよ。だけど」
首の後ろが、何か寒い。
お茶は、こんなに温かいというのに。
―――いや、それは期間限定だ。
縁が無いので、忘れていた。二月も真ん中の、あの行事。
あふれかえる女子中高生大学生OLその他もろもろが、チョコレートを手にするあの日。
ワタシは今まで縁が無かった。
いや別に「縁があってはいけない」と思っていた訳ではない。幸か不幸か、それはワタシの興味の輪の外にあったのだ。
それが良いのか悪いのかは判らない。ただ、絵を描くことにとりつかれてからというもの、その方面に目が向かなくなってしまったのは事実だ。
そしてしまった、と思った。
確かにばりばりと自分の仕事をこなすひとではあるが、サエナが同類とは決まっていないのに。
だが内心の動揺はとりあえず横に置いて、ワタシは彼女に当たりさわりの無い言葉を投げる。そうだあくまでそれはお父さんとかにあげるものかもしれないじゃないか。
「何あんた、プレゼント?」
缶入りの輸入品のチョコを一つと、それにもう一つ、と彼女は雑貨の棚に目を走らす。
「うん。今度四月に、中等部から上がる子が居るんだけど」
「中三? 今」
彼女に弟は、いなかったはずだが。
「うん、幼なじみなんだけど。ヤナセ知ってるかもね。カナイフミオって言うんだけど」
弟じゃない。ワタシは首を横に振った。
「あ、そう。じゃ下の学年までやっぱりいちいち記憶したりはしない? まあ、あなただしね」
「幼なじみ――― って、そいつは内部組だろ?」
「うん、幼稚園からね。んー、でもだったら知っていてもおかしくないと思ったんだけど」
「弟分みたいなもん?」
「そういう感じだったけど」
サエナは語尾をにごす。あ、これいいかも、とつぶやきながら、ごくごく小さな目覚まし時計を手にした。黒い、シンプルな形のものだ。
「えらく地味だね」
「だって、私が上げたものなんて、きっとあの子絶対に外でなんか使わないわ。だったらいっそ家の中で使ってくれるもののほうがいいもの」
ワタシは思わず左手で顔の左半分を覆う。
何ってまあ。
レジへといそいそとそれを持っていく。
そんな後ろ姿を見ながら、ワタシは何やらひどく自分の頭から血が引いていく感触を覚えていた。
明らかに、自分はショックを受けているのだ。だが、何でショックを受けているのか、いまいちよく判らない。
お待たせ、とサエナはそんな内心には全く気付かない様子で、このラッピングいまいち、とか言っている。
「ありがと」
そしてにっこり笑って言うのだ。
「今日はつき合ってくれて。お茶してこ。クレープがいいかなあ。ああでも混んでいそう。あ、そうそう、常磐屋のスコーンが美味しいって、こないだミサエちゃんが言っていたわ」
ミサエちゃん、は会計の子だ。そうだね、とワタシは答える。ずいぶんと平板な声だ。だがきっと今の何か浮かれている彼女には気付かれないだろう。
「常磐屋」は、この街に結構前からある紅茶が多い喫茶店だ。見かけたことはあるが、入ったことはない。さすがに一人ではやや入りにくい雰囲気があるのだ。
焼き板に曲線形の色ガラスをはめ込んだ扉を開けると、ちょうど境の時間なのか、店内はわりあい空いていた。
それでも隅の席は埋まっていたので、ワタシ達は幾つか置かれた円形テーブルの一つについた。
紅茶にカレンズのスコーンのセットを二つ頼むと、ワタシは頬杖をつきながら辺りをざっと見渡した。いい趣味だ。高い天井といい、全体に使われている木の色といい、吊り下がっているランプ型の灯りといい、所々に置かれている観葉植物といい、ワタシの趣味には合っている。
「ありがとヤナセ」
再びサエナは言う。
「何あらたまって」
「だってサエナは、あまりこういう所へ来るの好きじゃないでしょう?」
「ここ? や、ワタシの趣味だよ。ここは充分」
「そうじゃなくて、さっきの」
「ああ」
ワタシは言葉に詰まる。確かにそう好きではない。用事が無いのだ。
飾り物は嫌いじゃない。だが飾ることはそう好きではない。
飾ったところでワタシはきっと普段使うものでない限り忘れる。
例えば筆記用具にしたところで、どれだけ綺麗な細工がしてあろうが、使わないものだったら、それはいつかワタシの中では忘れられるのだ。
「いいよサエナ。別につき合うのは嫌いじゃない」
「本当?」
「本当。ワタシにそういうものを好きになれって言わなければ」
「あなたに何言ったって、それは無駄でしょう?」
くすくす、と彼女は笑う。店の人が紅茶とスコーンを運んでくる。サエナは二人分入っているだろうポットから、ワタシのほうへも紅茶を注ぎ分ける。スコーンはまだ充分に暖かい。
「そう見える?」
「うん。サエナはそういうひとじゃない? だから私はそういう所が好きだけど」
好き。はあ。彼女はワタシの方へティーカップを寄せる。
「私には絶対できない所だわ」
「何で?」
「何でって言われたって困るわよ。何か、できないの。私は好きなものを好きと言えても、嫌いなものに嫌いとは言えないわ」
「サエナはじゃあ、カナイ君は、好き? どういう意味でもいいけど」
「あらヤナセにしちゃ、言葉に気をつかうのね。好きよ」
そうやって、あっさりと好きなものに関しては。
「あの子は、どっか、そう、あなたとそういうとこは似てると思うな。結構好き嫌いがはっきりしているから」
「嫌いがはっきりしている、と違う?」
「まあね」
彼女は苦笑した。
「私のことを結構鬱陶しいと思ってるんじゃないかしら。判ってはいるのよ。だけど」
首の後ろが、何か寒い。
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