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第23話 路上のアクシデント
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ふらふらと、家路をたどるはずのワタシの足は、気がつくと、彼女の家の方向へと進んでいた。まだ一度も行ったことはない。
そういえば。確かに一度も行ったことがないのだ。
もっとも、ワタシも彼女を自分の家に招いたことはない。いつも、学校だけだった。あの準備室だけだった。
住所は、知っていた。アドレス帳には、電話番号と一緒に書き付けてある。
何の予告も無しで行ったら、彼女は怒るだろうか。だが、予告したら、彼女は何かと理由をつけて、ワタシを中へ入れないような…気がした。
つまりは、それだけの。
軽く頭を振ると、彼女の家の最寄りの駅で降りた。駅前の地図を見て、おおよその番地を見当つける。
電話は、しようと思った。何せそれ以上は道もへったくれも判らないのだ。ここまで来た、と言えば、とりあえず道を聞くことはできる。卑怯な手だが、有効だと思った。
そうだワタシは卑怯なのだ。自分が傷つかない方法ばかりを先回りして選んでいる。
それが良いかどうかということではない。ワタシは、そうなのだ。そうである限り、ワタシは。
足を進める。住宅街に入っていく。
そして誤算に気付く。携帯を持たないワタシには辛い。最近は、どんどん電話ボックスが減っている。
辺りは暗くなってきつつある。これはまずい。ワタシはさっと道を戻る。住宅街ではだめだ。商店街へ。
日の沈んだ空は、見る見る間に暗くなって行く。街灯が無い訳ではないが、それでも、足下は、所々心許なくなっていく。おまけに、この通りは、妙に人通りが無いのだ。
背中が薄ら寒い。辺りを見回しても、何か、人の通りがどんどん無くなっていく。―――道を間違えたのだろうか?
ふと、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。ランニングだろうか?こんな夕方に……
と。
足音が止んだ。
動けない。
ワタシは息を呑んだ。何が自分に起きているか理解した。
背中から抱きしめられている。
背後の手が、胸に回る。ぐっと掴まれる。
頭から、血が引く。
もがいた。
ひたすら、腕を、手を、振り解こうとした。
声を上げようとした。
だがそれができない。
声にならない。
ひぁ、という息だけが漏れて、悲鳴になろうとしているのに、ならない。
でも、嫌だ!
ワタシはひたすら暴れた。
下手にそれで刃物など出されたらもっと怖いことになる、という考えも何も、その時のワタシの頭には浮かばなかった。
とにかく、自分を掴まえているこの手から、逃げたかった。
そして何とか、抜けだした。
頭の中が真っ白になっていた。
ひたすら駆け出していた。何処がどうやらさっぱり判らない。
だが、向こうに、何か灯りが見える。とにかく、とにかく、とにかく…
心臓が爆発しそうだ。
背後から追いかけてくる音は無い。
だが、それでもワタシは足を止める訳にはいかなかった。身体が、とにかく逃げろと命令していた。
何も考えていなかった。
とにかくそこから、逃げたかった。
誰かが、そこに居てほしかった。
どうしようもなく。
情けなく。
それが今の自分の姿なのだ、と。
ようやく見えた商店街の、最初の店に飛び込んで、お願いです電話貸してください、と頼み込んだ。不携帯のツケが回ってきた。
スーパーとか立ち並ぶ商店街ではなく、個人経営の店ばかりが、点々と並ぶところだった。
夕方の買い物客が、そこには結構居た。だがそんなことは関係なかった。周囲の人達が何があったのだ、という顔で見る。それもどうでもよかった。
「とにかく、ちょっとあんた休みなさいよ――― ひどい汗だよ」
え、と声を掛けられた時、やっとそこが、肉屋の店頭であることに気付いた。そんな所に電話はない。ちょっと待ってよ、声をかけた店のおばさんは、奥に一度引っ込むと、奥に呼び寄せ、家電を示した。
「ありがとう…… ございます」
はあはあ、と肩で息をつきながら、もつれる手で手帳を開き、ボタンを押す。持ってはいない。だが掛けたことが無い訳ではない。周囲は皆持っているのだから。
コール三回。もしもし、と声がした。
「……もしもし…… サエナ……?」
『ヤナセ?』
一回で当てた。
声が耳に届く。
途端に、視界がぱあっ、と鮮明になる。
「近くまで…… 商店街まで、来てるの。迎えに来て」
『近くまでって』
数秒、間が空いた。
どうするだろう、とまだ耳の奥で響かせている心臓の音を聞きながら、ワタシは考えた。
『判った。で商店街の何処なの?』
「ここは……」
「フクハラさんちのサエナちゃんに掛けてんのかい?」
電話を貸してくれたおばさんが、声を掛けて、受話器を取り上げる。
「もしもしああやっぱりサエナちゃん? そうここだよ。ミート**。来れるんなら、すぐ来ておやりよ。何かひどくこの子、すごい様子だよ」
凄い様子。凄い様子なんだろうか。ふらり、とワタシはおばさんの方を見上げる。ぷつん、と彼女は回線を切る。
「すぐに来るよ。自転車使ってくるだろうから、あの子は」
「知ってるんですか?」
「そりゃあまあね。ちゃんとよく買いものに来るから」
「それにあの子はいい子だよ。いつもねえ」
そうそう、と辺りでうなづきあいが起こる。なるほどこういう環境だったのか。
数分して、店の前で自転車が止まった。
そういえば。確かに一度も行ったことがないのだ。
もっとも、ワタシも彼女を自分の家に招いたことはない。いつも、学校だけだった。あの準備室だけだった。
住所は、知っていた。アドレス帳には、電話番号と一緒に書き付けてある。
何の予告も無しで行ったら、彼女は怒るだろうか。だが、予告したら、彼女は何かと理由をつけて、ワタシを中へ入れないような…気がした。
つまりは、それだけの。
軽く頭を振ると、彼女の家の最寄りの駅で降りた。駅前の地図を見て、おおよその番地を見当つける。
電話は、しようと思った。何せそれ以上は道もへったくれも判らないのだ。ここまで来た、と言えば、とりあえず道を聞くことはできる。卑怯な手だが、有効だと思った。
そうだワタシは卑怯なのだ。自分が傷つかない方法ばかりを先回りして選んでいる。
それが良いかどうかということではない。ワタシは、そうなのだ。そうである限り、ワタシは。
足を進める。住宅街に入っていく。
そして誤算に気付く。携帯を持たないワタシには辛い。最近は、どんどん電話ボックスが減っている。
辺りは暗くなってきつつある。これはまずい。ワタシはさっと道を戻る。住宅街ではだめだ。商店街へ。
日の沈んだ空は、見る見る間に暗くなって行く。街灯が無い訳ではないが、それでも、足下は、所々心許なくなっていく。おまけに、この通りは、妙に人通りが無いのだ。
背中が薄ら寒い。辺りを見回しても、何か、人の通りがどんどん無くなっていく。―――道を間違えたのだろうか?
ふと、後ろから誰かが走ってくる足音が聞こえた。ランニングだろうか?こんな夕方に……
と。
足音が止んだ。
動けない。
ワタシは息を呑んだ。何が自分に起きているか理解した。
背中から抱きしめられている。
背後の手が、胸に回る。ぐっと掴まれる。
頭から、血が引く。
もがいた。
ひたすら、腕を、手を、振り解こうとした。
声を上げようとした。
だがそれができない。
声にならない。
ひぁ、という息だけが漏れて、悲鳴になろうとしているのに、ならない。
でも、嫌だ!
ワタシはひたすら暴れた。
下手にそれで刃物など出されたらもっと怖いことになる、という考えも何も、その時のワタシの頭には浮かばなかった。
とにかく、自分を掴まえているこの手から、逃げたかった。
そして何とか、抜けだした。
頭の中が真っ白になっていた。
ひたすら駆け出していた。何処がどうやらさっぱり判らない。
だが、向こうに、何か灯りが見える。とにかく、とにかく、とにかく…
心臓が爆発しそうだ。
背後から追いかけてくる音は無い。
だが、それでもワタシは足を止める訳にはいかなかった。身体が、とにかく逃げろと命令していた。
何も考えていなかった。
とにかくそこから、逃げたかった。
誰かが、そこに居てほしかった。
どうしようもなく。
情けなく。
それが今の自分の姿なのだ、と。
ようやく見えた商店街の、最初の店に飛び込んで、お願いです電話貸してください、と頼み込んだ。不携帯のツケが回ってきた。
スーパーとか立ち並ぶ商店街ではなく、個人経営の店ばかりが、点々と並ぶところだった。
夕方の買い物客が、そこには結構居た。だがそんなことは関係なかった。周囲の人達が何があったのだ、という顔で見る。それもどうでもよかった。
「とにかく、ちょっとあんた休みなさいよ――― ひどい汗だよ」
え、と声を掛けられた時、やっとそこが、肉屋の店頭であることに気付いた。そんな所に電話はない。ちょっと待ってよ、声をかけた店のおばさんは、奥に一度引っ込むと、奥に呼び寄せ、家電を示した。
「ありがとう…… ございます」
はあはあ、と肩で息をつきながら、もつれる手で手帳を開き、ボタンを押す。持ってはいない。だが掛けたことが無い訳ではない。周囲は皆持っているのだから。
コール三回。もしもし、と声がした。
「……もしもし…… サエナ……?」
『ヤナセ?』
一回で当てた。
声が耳に届く。
途端に、視界がぱあっ、と鮮明になる。
「近くまで…… 商店街まで、来てるの。迎えに来て」
『近くまでって』
数秒、間が空いた。
どうするだろう、とまだ耳の奥で響かせている心臓の音を聞きながら、ワタシは考えた。
『判った。で商店街の何処なの?』
「ここは……」
「フクハラさんちのサエナちゃんに掛けてんのかい?」
電話を貸してくれたおばさんが、声を掛けて、受話器を取り上げる。
「もしもしああやっぱりサエナちゃん? そうここだよ。ミート**。来れるんなら、すぐ来ておやりよ。何かひどくこの子、すごい様子だよ」
凄い様子。凄い様子なんだろうか。ふらり、とワタシはおばさんの方を見上げる。ぷつん、と彼女は回線を切る。
「すぐに来るよ。自転車使ってくるだろうから、あの子は」
「知ってるんですか?」
「そりゃあまあね。ちゃんとよく買いものに来るから」
「それにあの子はいい子だよ。いつもねえ」
そうそう、と辺りでうなづきあいが起こる。なるほどこういう環境だったのか。
数分して、店の前で自転車が止まった。
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