未来史シリーズ②星間戦争末期に大規模遊園地を作ろうとした軌道会社の真面目な社長と不穏な技師のはなし。

江戸川ばた散歩

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第3話 「僕は僕に興味のある人には、興味があるんです」

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 それからの短い滞在期間を、私は彼と毎日の様に過ごしていた。
 正直言えば、最初の会話の段階から、私は彼をスタッフに引き入れようと考えていたのだ。
 何がどう、という訳ではない。この建築馬鹿が果たして、電気軌道の会社で一体何を、という気持ちもなくはない。
 まあ有能であるのは各教授のお墨付きである。だいたいあのコンデンス教授が「私に」推薦するような学生は、ただの学問馬鹿じゃない。おそらくは応用が利く。
 話していてもそう思った。応用、というより、何かひどく、底辺の知識が幅広いのである。
 私の専門に関しては果たしてどうなのか判らないが、私のあまり興味の無い分野に関しては、ナガノという青年の知識が広いのは確かだった。
 もっとも、私も彼だけを考えていた訳ではない。他の推薦された学生とも、私はそれなりに順番に会っていた。
 だがぴんと来るのはやはり少ない。
 結局工学部土木学科の聴講生のミンホウ・サイドリバーくらいしか、その中では残らなかった。
 どんなに知識があって、破天荒な学生でも、この場合、私と波長が合わないことには意味が無いのだ。
 そしてその珍しく波長の合う学生のミンホウ・サイドリバーは私の申し出を一も二もなく受け入れた。
 彼は元々、工科学校《ポリテク》出身で、この学校に直接に入る資格は無い。ウェネイク星域では、総合大学に入るには、その下の五年制の中等学校に通っていたことが条件であり、彼の様に、初等教育を受けたあとに実業教育を受けた者には、聴講生という立場しか与えられないというのが現実である。
 ひっくり返して考えれば、そうまでしてもこの学校に来られるということ自体、この私とそう変わらない年齢に見える彼が優秀であるということであるが……
 そしてナガノは、というと。

「ああ、いいですよ」

 意外にもあっさりと彼は私に答えた。実は断られるんではないか、と思っていた。

「そういえば、ミンホウにも声掛けたんですよね。奴、かなり喜んでましたよ」
「あ、知り合いなのかい? 学部学科は違う様だけど」

 すると彼はあはは、と笑った。

「奴を知らない建築・土木の学生は居ませんよ。まず奴が聴講生なんて立場だなんて、誰も信じませんね。最近だったら…… そうですね、ほら、学生会館の中に展示してある、都市計画モデル」
「ああ、あれか」

 それは、私の経営している軌道の形に近いものだった。ただ、それを更に発展させた形をとっている。
 私の経営しているMA電気軌道の「軌道」は、宇宙空間に浮かぶコロニーや小惑星を、チューブと呼ばれる、円筒の中に軌道を作ったもののことを指している。だから簡単に「チューブ」とその全体のことを呼び表してしまうことも多い。
 建設自体に確かに手間と資金はかかるのだが、できてしまえば、船による輸送よりも、「普通の」住民にとっては手の届く、楽なものになる。船は決して本数が多い訳ではないし、路線も多くはない。しかも時間がよく狂う。
 だがチューブの場合は、時間の狂いが少ないし、線自体を分ければ、短距離の輸送も長距離の高速輸送も可能なのである。そういった多様性がある。
 私が社長の役についたばかりの頃は、MA電気軌道はその特性を生かした展開を呆れるほどにしていなかったので、殆ど初期資本を食いつぶしてしまっていた状態だった。
 私は都市計画関係にはそう詳しくは無かったのだが、その時ばかりは、かなり必死になって過去の資料を分析した。そしてその上で、その時に元々あるものを生かして、何とかする方法を模索した。
 まあ元々、間違ったことをやってことでおかしくなっていた様な部分もあるので、そのあたりを修正するだけでも結構効果はある。あとはプラスαだ。
 おかげで、何とか会社は持ち直し、こうやってスタッフを自分で探しに来る程度の余裕ができた。
 そしてその「多少」勉強した目から見ても、サイドリバーの「作品」だというその都市計画は面白いものがあった。

「なるほど、あれは彼の作品だったのか」
「御存知なかったんですか?」

 くすくす、と彼は笑う。私もそれにつられて笑った。
 ナガノはよく表情が変わる。出会ったばかりの私でもよく判るほどに、彼の表情は出会うごとにくるくると変わっていた。
 特に、それこそ建築物の話をしだすと、もうその表情は百面相の様だ。真剣になればなるほど、その振り幅は大きくなる。そして私は思わず目を離せなくなっている自分に気付く。

「彼はいいですよ。絶対、あなたの会社に役に立つ」

 ぬけぬけと。だが決して嫌味ではない。

「しかし君、君自身は本当にいいのか? もっと君はここで研究を続けていたいんじゃないのかい?」
「そりゃまあ、研究は好きですからね。続けて居られればいいですがね」

 彼はそう言いながら目の前のスープをぐっと呑んだ。細身のわりには、彼はいつも実に旺盛な食欲を示した。それは見ていて気持ちがいい程だった。

「君はいつも、美味しそうに食べるね。好き嫌いは無い?」
「ああ、僕は嫌いなものは無いですね。好きなものは…… そうですね、最近食べたものはだいたい好きになってますよ」
「ふうん?」
「この惑星の食事はだいたい何処に行っても美味しいですからね。リルブッスさんはそう思いませんか?」
「そうなのかな?」
「そうですよ。僕の居た所ってのはどうもそのあたりがいまいちで」
「味が合わなかった?」
「というか、味を重視するという概念が無かった」

 そしてまたあはは、と笑う。
 そんな他愛の無い話を私達がしているのはたいがい食事中だった。その他の時間ではこんな悠長な話はできない。学内のカフェテリアの時もあるし、外のレストランの時もあった。
 この期間内の行動を何かと一緒にしていたから、ということもあるのだが、それが異なっていた時でも、私が呼び出すこともあった。ちょうど今日は、そうやって彼を外のレストランに呼び出していたところだった。
 不思議と、この結構言いたいことをずけずけ言う学生は、食事の誘いは断ることはなかった。
 おごりだから、ということはない。彼は自分の分は必ず自分で払っていた。だから私もそう高い所に誘ったことはない。私自身、わざわざこの街でそんな堅苦しいものを食べるのも嫌だったのでちょうど良かった。
 彼はフォークを振り回しながら熱弁する。

「研究ってのは、結局キリが無いんですよ。リルブッスさんもここの卒業生ならお解りでしょ?」
「まあ、そうだね」

 私はそう言いながら、キャベツの酢漬けにフォークを刺した。
 一つ問題が解決したら、また次が次が、と疑問が出てくるのは、学問や研究を専門にやっている人間には当たり前のことだ。特に彼の様に、果たして現実の生活に役に立つのだろうか、という類の研究をやっている場合。

「だとしたら、ある程度は気持ちや場所の区切りがいるんですよ。僕はそれだけでここにずっといる訳にはいかないから」
「それは、学資とかそういう問題なのか?」
「まあそれもありますね。こないだも言ったかもしれませんが、僕としての蓄えもそろそろ底をつくところでしたし」
「実家から?」

 彼は手と頭を同時に振る。

「いや、家族は居ません。僕は今は一人です」
「ああ、じゃあ以前は働いていた?」
「ええまあ。期間限定の、報酬のいい仕事ってのに時々つくんですよ。それで多少貯め込んでから来たんです。でもさすがに、こうちょくちょくとあちこちに飛んでいたら」

 彼はそう言うと、苦笑した。うんちょっと飛びすぎだ、と言って、ソーセージをかじる。

「しかし一人じゃ大変だったろう?」

 彼は再び手と頭を同時に振った。

「いや、大変ってことは無いんですよ。僕らの惑星では、皆子供の時に、基本的に一人で生きることを叩き込まれますからね。他の惑星と違って、個別の家族ってものも無いし。皆家族です。いや、家族でした」
「それは…… 変わった習慣だね」

 私は記憶をたどる。何だっけ。その習慣は何処かで聞いたことがあるのだが、いまいち思い出せない。 

「まあ世界は広いですからね」

 ナガノはそう言って野菜を噛むことで、さらりとかわした。

「でもまあ、そこから独立して生きてくってのは結構手間がかかるものでして」
「確かにそうだよなあ」

 私は思わず納得する。

「私もそうだった」

 つい、今までそう口にしたことのない言葉がこぼれた。言ってから、しまった、と思った。

「リルブッスさんもそうだったんですか?」
「まあ、そうだな」
「差し支えなければ、話していただけませんか?」
「つまらない話だよ」
「いや、僕は興味ありますね」

 え、と私はふと目の前の彼に視線を移した。薄い青の瞳が、穏やかに、だけどじっとこちらを見据えている。

「興味?」

 私はその真っ直ぐな視線から、思わず目を逸らしていた。それに気付いたのかどうなのか、ナガノは口の端を軽く上げた。

「ええ興味です。僕は僕に興味のある人には、興味があるんです」
「君に興味が?」
「リルブッスさんは僕に興味を持った。それは当たってるでしょう?」
「まあそれは」

 それは事実だ。私にとって、波長の合う人間は貴重だから、なるべく多くのことを知ってみたい、と思うのは当然だろう。

「それが仕事のためかどうか、はさして問題じゃないんですよ。僕としては。そういう人自体珍しいから、ひどく興味がわくんです」
「ふうん? すると、君は今まであまりそういうことが無かったのかい?」
「あんまり、どころじゃあないですよ。そう、少なくとも故郷に居た頃は全く無かった」
「へえ?」
「故郷を離れてからですよ。僕に関心持ってくれる人が出てきたのは。楽しいことだなあ、と思います」
「楽しい」
「まあ色々と。それにごはんも美味しいし」
「本当に。君は一体身体の何処にそれだけ入るんだ?」
「本当に、何処なんでしょうね」

 彼は声を立てて笑った。

「それより、僕はあなたのことの方に興味がある」
「その聞き方はちょっと傲慢じゃあないかい?」
「だってあなたはそうやって聞かれたいでしょう?」

 痛いところを突かれた、と私は思った。

「でも、今日はよしときます」

 そして彼は、やや傲慢な笑みを浮かべた。
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