未来史シリーズ②星間戦争末期に大規模遊園地を作ろうとした軌道会社の真面目な社長と不穏な技師のはなし。

江戸川ばた散歩

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第10話 「でも君はこの遊園地には自分自身を刻みつけたいのだろう?」

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「……社長! 社長さん! ……ナガノさんは何処ですか!」

 その時私は聞き覚えのある女性の声に呼び止められた。

「ヴィヴィエンヌ?」

 息を切らせ、幾つもの細かい三つ編みを一つに束ねた彼女は、その髪を揺らせながら、階段室で一休みしていた私を不意に呼び止めた。

「探しました。で私、ここを思い付いて……」

 私は踊り場から数段上に腰を降ろして、窓から降り注ぐ光にぼんやりとしていた。多少の疲れが出ると、私はここに来て、誰の目からも離れて僅かな休息を取っていた。
 それは身体の、というよりは、むしろ気分的なものだった。この場所は、ひどく私の心を落ち着かせてくれる。
 その場所へ、彼女があえて来るとは。

**

 遊園地コロニーの建設が始まって以来、それまでにも増して、私の仕事は忙しくなっていた。
 新しいプロジェクトのスタッフのスタッフの中に、ナガノとミンホウを加え、仕事は日々進んで行った。その間に、通常の物流や交通の手配も欠かさない。
 二人が新しいプロジェクトの重要な部分に置かれたことに、正直、反感を持つ者も居た。だが当初に置かれたポストで彼等がそれなりの功績を納めていたことが、彼等自身を救っていた。
 いずれにせよ、それまでのポストを捨ててまで、新しいプロジェクトに参加しようという気概は無い者が多いのである。無論彼等が、現在の事業を安定させようという力は認めた上で、だ。だから彼等は彼等に合ったことを。そしてナガノやミンホウ、それに、まだ若手の社員の中から、志願する者をそのスタッフに加えた。
 自然と、新しいプロジェクトは活気づいて行った。
 ところで、その若いスタッフ達は「遊園地」を知らなかった。
 まあ私にしたところで、実際に遊んだことがある訳ではない。文献で知っている程度である。
 遠い辺境の、戦争がさほどに降りかかってこなかった惑星にはあるにはあるのだが、視察に行った限りでは、そこは予想していた様な場所ではなかった。

「言い出しっぺだろ君。何か皆に上手く説明できる方法はないのかね?」

 スタッフが一同に揃った席で、私はナガノにその役を振ってみた。彼はほんの少しだけ肩をすくめて、承知致しました、とその場では答えた。
 だがその夜には、私達は一息ついてから、今度は同等の口をききながら、彼が知っている限りの「遊園地」の話をするのだ。
 彼の話はいつも、進めば進むほどに、熱が込められてくる。私は正直言って、彼と身体を触れ合わせることより、その話を聞くことのほうが楽しかった。
 私はともかく、彼にとっては、おそらく肉体の関係などは、挨拶に近い位のものなのだ。だが、こんな風に彼が熱を持って話をするのは、私の他にはいない。
 そう考えると、私はひどく心地よかった。この誰もつなぎ止めておけないような天使種の男を、そうやって独り占めしているという感覚は。
 私は、彼との仲を、別に隠しもしなかったが、案外誰かれの口に上るということはなかった。
 元々この星域では、異性間恋愛が主流であり、それ以外のものは想像をすることが少ない、ということもある。私達がやや必要以上に接近したり時間を過ごすようなことがあっても、それがそういうつながりには結びつきにくいらしい。
 もっとも、ミス・レンゲはうすうす感づいている様だった。そもそも彼女は私の性癖に関しては、この星域の慣習を踏んではいないと思っている。……それは仕方がない。私には、彼女にそう思われるだけのことは……確かにあったのだ。
 それはともかくとして、公的な場では、私は彼に対して、それまでの様に「社長」と「社員」の立場を明らかにした口調を心がけたし、そうでない時にはその様にした。
 とりあえずその時の「社長」としての私は、彼に過去の「遊園地」の資料を「出来る限り」集めさせたのだ。
 彼は手際よく、情報の網をくぐり抜け、ウェネイクのキャンバスに居る友人達とも連絡を取り、過去の文献を大量に用意した。それは文章としてでも、映像としてでも、結構な量になった。
 その行動の迅速さと、すぐに使える人脈の豊かさが、彼をこの若手スタッフ達の中で、またひときわ目立たせることになった。
 彼自身はと言えば、そう目立つということは好きではない様だった。
 一度何故か、と聞いたことはある。理由の予想はついていたが、彼の口から直接聞いてもみたかった。

「それはまあ、できるだけ僕は隠れていたいしね。当局からは」

 やはり、と思った。どういう方法で戸籍を偽造したのかは判らないが、その筋の者がきちんと調べれば、彼がアンジェラスの軍の脱走者であることは知られてしまうだろう。

「でも君はこの遊園地には自分自身を刻みつけたいのだろう?」
「そうだよ。ナガノ・ユヘイという僕をね」

 実際、「ナガノ・ユヘイ」の名は、社内だけではなく、この新しいコロニーに興味を持つ同業者、それにDグループの人間達の間にも、次第に広がりつつあった。
 ……そして、ドリンク・コート伯自身にも。



「……つまり、この計画では、全体のコロニーを五つのエリアに分けることになります」
 会議のテーブルでは、ナガノの直接の上司に当たる設計担当リーダーのイーストベアが、説明をしていた。
 他には、今回の計画の各担当部署の代表格、MA電気軌道の中の住宅課・観光課の長など、十名程がぐるりとテーブルを囲む形となっていた。

「四つ」

 私は繰り返す。無論この計画がどういう形になっているのかは、私が知らないはずがない。ナガノの口から、この上司に当てている男よりずっと詳しくは聞いている。
 そして周囲の皆が、それをよく知っている。だがあえてこの男に発表をさせるのは、ここに私の上司が居たからだ。
 何はともあれ、彼は私の直接の、そして唯一の上司だった。今度のプランが大きければ大きいだけ、彼の興味を惹いてしまうのは仕方の無いことだった。できれば彼の目の届かないところで進めたい、という子供っぽい気持ちも私の中にはある。だがあいにく私は子供でもなければ、フリーの建築家でもないので、この上司を利用できる所はしなくてはならない。
 とりあえずは、この計画が採算の取れるものであることを知らしめることが必要だった。

「中央に塔を置きます。これはコロニーの空を貫く形となります。その中心における無重力地帯を利用して、そこから各エリアへと降りる昇降機を置きます」
「つまり、それを一つの観光名所ともすると」
「はい」

 D伯は大きく椅子を引いた形で足と腕を組み、何も言わずにこの会議を見物していた。

「各エリアの説明を」
「はい。各エリアはそれぞれ、空・水・大地・宇宙をテーマとした遊園施設と、それに関連したパビリオンを建設することになっています。やがてはそのパビリオンの中で、それぞれのアトラクションが計画されるはずです」
「アトラクションを想定した設計になっているのか?」
「その点は現在、設計に携わっているスタッフと、企画スタッフ、それに建設スタッフが話し合っている状況です」
「できるだけ様々なものに対応できる様にできるか?」
「と、申しますと?」

 イーストベアは、初めて聞かれた質問の様に、私に問いかける。

「ここにはこれ、というものを建ててしまうと、場合によっては動きが取れなくなることがあるのではないかな」
「はい。その点は考慮しております」
「ふうん」

 よく響く声が、静かなその部屋に響きわたった。

「なるほど、ずいぶんと計画は奥で煮詰められているようだな」

 ドリンク・コート伯は、組んでいた手をポケットの中に入れると、つと立ち上がり、説明する男に近づくと、資料を手にした。
 私はつとめてさりげなく、ばらばらと資料を繰るD伯に声をかける。

「それは当然でしょう。今回の計画は、失敗は許されませんから」
「ふうん」

 そして興味なさそうな声を上げると、見たのか見ないのか判らない資料をばさりとその場に置いた。

「ま、いいさ。利益を上げてくれるというなら、俺は別に何の干渉もするつもりはない」
「ええもちろんそのつもりです」

 私は反射的にそう答えていた。ふうん、とD伯は片方の眉だけを上げて、微かに肩をすくめ、やがてふらりと会議室の扉を開けて出て行ってしまった。途端に、イーストベアは、ふう、と大きく息をついた。
 私は彼のほうを注意する様に見る。失礼致しました、とイーストベアはすぐに小声で返した。

「しかし、これで大丈夫ということなのでしょうか」

 その場に居た、建設担当リーダーは両手の指を組み合わせながら私に訊ねた。私は顔をやや歪める。

「大丈夫という保証はないな」
「社長」

 その場に居た者は、やや不安げな声を立てる。

「だが、結果を出してしまえば、上がこちらに対して実力行使をすることはないだろうね。まあ実力行使をされたところで、君達に大した被害はないだろう」
「その、実力行使というのは……」

 誰ともなく、そんな疑問が口に上がった。私はふっと自分の口には薄い笑いが浮かぶのが判る。

「それはまあ、私に責任を取らせるということじゃないか?」

 社長、とやや非難めいた声が、会議室の中に幾つも響いた。

「それで済めば、それでいいのさ。私がそれを怖れていると思っては困る」

 それは嘘だ。私はひどく怖れている。

「だがかと言って、簡単にそうされても困る。……失敗した時には、確かにその責任そのものは、単純に私の上に降りかけて終わるかもしれない。おそらくその時には、上が、この社の負債を助けることはあるだろう。だが、その時には、おそらくこの社全体のスタッフが総入れ替えを迫られるだろうね」
「それは確定ですか?」

 代表の中でも若手のスタッフが、おそるおそる訊ねる。私は頭を横に振った。

「確定であるものか。だから、我々はこの計画を成功させるんだよ。成功させてしまえば、そんな危惧は無くなる」

 殊更に、私は晴れやかな声を上げてみる。決して内心の不安を気取られてはいけないのだ。

「私達は、今回の計画を成功させるために、動いてるんだ」

 自分に言い聞かす様に、私はその場に断言した。
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