〈とりあえずまた〆〉婚約破棄? ちょうどいいですわ、断罪の場には。

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
21 / 168

21 テルガ男爵医師夫妻の発見、そして対処

しおりを挟む
 それに気付いたのは、もう一人居た。

「……貴方」

 テルガ男爵夫人ホルテは不安げな顔を、彼女は夫に向けた。

「うん。一度部屋に戻ろう」

 夫のテルガ男爵レヒトは次第に濃くなってくるこの匂いに覚えがあった。
 彼等は医師と看護婦の夫婦である。
 領地を持たない男爵は、何かしら自身の手に職を持つのが普通だった。
 それが彼にとっては医師であり、妻である彼女は爵位の無い平民の出である。
 彼等は元々華美な装いを多く持たず、慣れもしないことから、この日は下着の上に借りた上着を着けている状態だった。
 そのせいか、足どりも軽く、男爵位の者が集められている一画へのやや長い廊下を足早に進むことができた。
 男爵位となると、大広間から遠い部屋の、区切られた一画に背もたれの無い椅子を並べた簡易寝床を作られているだけである。
 彼等はそれに対し何の文句も無い。
 そもそも普段がそう変わらない環境で生きているからだ。
 とは言え、中には男爵と言っても成功した実業家も居り、ぶつぶつと狭い空間に寝かされたことに文句を言っている者も居るが。
 テルガ男爵夫妻は仕事用の鞄の中身を確認し、再び大広間へととって返す。
 そして再び中に入ると。

「あ、テルガ先生!」

 巨体が彼の元に突進してきた。
 慌ててテルガ医師は身体をかわしたら、そのまま扉にぶつかってしまったのは仕方がなかろう。

「すまない。どうしましたか」

 とりあえず夫人の方が助け起こす。

「いーえ、実は、友達のナルーシャ…… スルゲン夫妻から、先生を探そう、と言われているんですぅ」
「私達を?」
「はい~。何か甘い匂いがするけど何なのか判らないから、と。何なんですかねえいったい」

 テルガ医師は妻とうなづき合う。
 彼はこの匂いの正体を知っていた。
 このまま放っておくと、おそらくは。

「ああああああああ!」

 それまで椅子で頭を抱えてうずくまっていた女性が、唐突に金切り声を上げた。

「いかん、発作だ」
「はいっ」

 二人は声の方へと駆けて行く。
 だが、人混み、しかも自分より身分の高い爵位の者ばかりで、なかなか上手く通ることができない。

「通して下さい!」

 声を張り上げるが、借り上着のまま鞄を持つ男爵に、なかなか高位の貴族達は道を空けようとしない。

「私は男爵である前に医師だ! そこの方は麻薬中毒の発作だ! そのままだと大変なことになるぞ!」
「何だって」

 その声を王は聞きつけ、こう言い放った。

「すぐにその医師を通すがいい!」

 さすがに王の声にはしぶしぶながらも道が開いた。
 夫妻は天井に向かって叫んでいる女性が振り回す腕を掴むと、手早く注射をした。

「今は何を注射したのかね」

 王は近づき、医師に問う。

「眠らせました。それ以上のことはしておりません」
「麻薬の禁断症状の発作というのは確かか?」
「はい。自分はかつて内乱の際に従軍した時に患者の対応の経験をしております」

 戦場の痛み止めに使った麻薬の虜になってそのまま中毒になってしまう兵士というものを彼はよく見てきたのだ。

「先生!」

 そこにティミド・スルゲンとナルーシャもやってきた。
 王の存在に一礼をすると、彼等は先ほど赤い印をつけた座席表をテルガ男爵に見せる。
しおりを挟む
感想 47

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。

かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。 謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇! ※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。

渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。 しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。 「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」 ※※※ 虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。 ※重複投稿作品※ 表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

巻き込まれて異世界召喚? よくわからないけど頑張ります。  〜JKヒロインにおばさん呼ばわりされたけど、28才はお姉さんです〜

トイダノリコ
ファンタジー
会社帰りにJKと一緒に異世界へ――!? 婚活のために「料理の基本」本を買った帰り道、28歳の篠原亜子は、通りすがりの女子高生・星野美咲とともに突然まぶしい光に包まれる。 気がつけばそこは、海と神殿の国〈アズーリア王国〉。 美咲は「聖乙女」として大歓迎される一方、亜子は「予定外に混ざった人」として放置されてしまう。 けれど世界意識(※神?)からのお詫びとして特殊能力を授かった。 食材や魔物の食用可否、毒の有無、調理法までわかるスキル――〈料理眼〉! 「よし、こうなったら食堂でも開いて生きていくしかない!」 港町の小さな店〈潮風亭〉を拠点に、亜子は料理修行と新生活をスタート。 気のいい夫婦、誠実な騎士、皮肉屋の魔法使い、王子様や留学生、眼帯の怪しい男……そして、彼女を慕う男爵令嬢など個性豊かな仲間たちに囲まれて、"聖乙女イベントの裏側”で、静かに、そしてたくましく人生を切り拓く異世界スローライフ開幕。 ――はい。静かに、ひっそり生きていこうと思っていたんです。私も.....(アコ談) *AIと一緒に書いています*

処理中です...