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辺境伯令嬢の婚約者は早く事件を解決したい
2 何故「婚約者」なのか
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資料を俺に持たせたまま、バルバラは私室へと向かった。
どさっとテーブルに資料を置くと、俺は中身をどんどん分類し始めた。
「父上め、中を見れば判るってなあ……」
ぶつぶつ言いつつも、俺と共に彼女は資料を広げる。
一応陛下は分かり易く章分けはしておいてくださった様だ。
広げた資料をざっと見て、彼女は表情を引き締める。
元々皇帝陛下はあちこちの部族や属国に対し、何かしらの間者を送り込んでいる。
その間者達から情報をまとめたものがこれだ。
辺境伯から送られる「婚約者」は間者では入りにくい宮中を更に探って、王室に居るだろう元凶を突き止めることが目的だった。
何故そこで「婚約者」なのかというと、非常にうすぼんやりとしている問題に対しては、ただ単なる情報や審問では得られない「雰囲気」と「内部権力の空気の流れ」を掴むべく、長期戦で臨まなくてはならないからだ。
それがあまりに長いと、本当に結婚しなくてはならない。
過去には実際その「問題」が掴めないまま、結婚した令嬢令息が居たそうだ。
ちなみに、辺境伯領というのは、俺達の住む北東の地と、帝都を挟んだ真逆の北西の地、そして南の、大陸からやや離れた島々を治める三家にその地位が与えられている。
そしてそれらには、独立して一つの国となってもおかしくない領土と武力を持つことが必要とされている。
わざわざ独立しないのは、その方がお互いにとって実利的であるからだ。
帝国はその価値を認めている。
従って、帝国の中でも一目置かれた存在ということで、属国よりもその社会的地位は高い。
……たぶん。
そういうことをきっちりとよく知っているのはバルバラの方で、俺はそこまでは深く詳しくは無い。
ただ、彼女には見えないものが俺には見えたりするので、助言はする。
そして彼女が考える。
それに何と言っても俺は彼女の専属の護衛騎士だ。
一応、この辺境伯に仕える中では三本の指に入る腕を持っている。
そうしなくては、彼女を守る資格は無い。
少なくとも彼女が俺を選んだのだから。
*
出会った時どうだったか、正直記憶がはっきりしない。
何と言っても、もうお互い命からがら、だったのだから。
あれは春だった。
俺は十歳。両親が流刑地で結婚して生まれた子供だ。
辺境伯はこの流刑地に、様々な暮らしに役立つものを作った。
例えば図書館、例えば俺の育った様な、託児所。
旦那様曰く。
「流刑の罪人同士のもとに生まれたとは言え、子に何の罪があるのか。むしろここの冷たい大地で生まれた子は、親が亡くなったなら皆の手で大事に育てねばなるまい」
ということで、俺は母親が死んだ五歳の時からそこに居た。
父親は俺を育てることを放棄したのだ。
満十二歳までは教育を受けつつ、作業も覚えつつ、そこに居られる。
後は仕事に就く。
そう決まっていた。
だがその後どうしよう?
十歳を過ぎると、俺はもう色々考える様になっていた。
どさっとテーブルに資料を置くと、俺は中身をどんどん分類し始めた。
「父上め、中を見れば判るってなあ……」
ぶつぶつ言いつつも、俺と共に彼女は資料を広げる。
一応陛下は分かり易く章分けはしておいてくださった様だ。
広げた資料をざっと見て、彼女は表情を引き締める。
元々皇帝陛下はあちこちの部族や属国に対し、何かしらの間者を送り込んでいる。
その間者達から情報をまとめたものがこれだ。
辺境伯から送られる「婚約者」は間者では入りにくい宮中を更に探って、王室に居るだろう元凶を突き止めることが目的だった。
何故そこで「婚約者」なのかというと、非常にうすぼんやりとしている問題に対しては、ただ単なる情報や審問では得られない「雰囲気」と「内部権力の空気の流れ」を掴むべく、長期戦で臨まなくてはならないからだ。
それがあまりに長いと、本当に結婚しなくてはならない。
過去には実際その「問題」が掴めないまま、結婚した令嬢令息が居たそうだ。
ちなみに、辺境伯領というのは、俺達の住む北東の地と、帝都を挟んだ真逆の北西の地、そして南の、大陸からやや離れた島々を治める三家にその地位が与えられている。
そしてそれらには、独立して一つの国となってもおかしくない領土と武力を持つことが必要とされている。
わざわざ独立しないのは、その方がお互いにとって実利的であるからだ。
帝国はその価値を認めている。
従って、帝国の中でも一目置かれた存在ということで、属国よりもその社会的地位は高い。
……たぶん。
そういうことをきっちりとよく知っているのはバルバラの方で、俺はそこまでは深く詳しくは無い。
ただ、彼女には見えないものが俺には見えたりするので、助言はする。
そして彼女が考える。
それに何と言っても俺は彼女の専属の護衛騎士だ。
一応、この辺境伯に仕える中では三本の指に入る腕を持っている。
そうしなくては、彼女を守る資格は無い。
少なくとも彼女が俺を選んだのだから。
*
出会った時どうだったか、正直記憶がはっきりしない。
何と言っても、もうお互い命からがら、だったのだから。
あれは春だった。
俺は十歳。両親が流刑地で結婚して生まれた子供だ。
辺境伯はこの流刑地に、様々な暮らしに役立つものを作った。
例えば図書館、例えば俺の育った様な、託児所。
旦那様曰く。
「流刑の罪人同士のもとに生まれたとは言え、子に何の罪があるのか。むしろここの冷たい大地で生まれた子は、親が亡くなったなら皆の手で大事に育てねばなるまい」
ということで、俺は母親が死んだ五歳の時からそこに居た。
父親は俺を育てることを放棄したのだ。
満十二歳までは教育を受けつつ、作業も覚えつつ、そこに居られる。
後は仕事に就く。
そう決まっていた。
だがその後どうしよう?
十歳を過ぎると、俺はもう色々考える様になっていた。
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※小説家になろう・カクヨムにも同タイトルで投稿しています。
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