143 / 168
辺境伯令嬢の婚約者は早く事件を解決したい
40 詰める一歩手前
しおりを挟む
こちらです、と言われて俺とバルバラは「表」の一人と共にとある王宮の隙間に向かった。
「ここからだと死角になります」
「うん」
では、と案内した「表」の一人はまたあちこちに向かった。
ちょうどセイン王子とマリウラの逢い引きの現場を見つけた、ということで確認できる場所まで来たのだ。
――既にここにやってきてから三年近く経っていた。
その頃にはもうずいぶんと二人の仲は深まっている、とライドの報告もあった。
そして現場がちょうど見つかったので、俺達は出歯亀をしに行ったのだった。
じわじわと広げた網に様々なものが引っかかってきていた。
そこから次第に一つの結論も出ていた。
あとは決定的な「場面」だ。
それをいつにするか、なのだが。
死角から斜め向こうに見える二人の会話は、ぎりぎり聞こえる。
というより、全くこの二人、秘めていないのだ。
ただ俺達の前ではそうしない。
見せつけるというのは恥ずかしいと思うのか、それとも見たくない、というセイン王子の俺達に対する嫌悪感なのか。
嫌悪感。
そう、確かにセイン王子の言動には、確実に俺達に対するそれがあった。
「辺境伯『なんて』という言葉がちょいちょい吐かれました」
ライドはそう報告してきた。
友人同士の無意識の、無造作な言葉は大切だ。
「自分達の誰も辺境伯『なんて』という言葉は出ません。そんなこと言ったら、皇帝陛下の怒りを買うに決まってます。なのに、一国の、しかも帝国の属国である我が国の王子たる自覚があるのか、自分にも、友人達にも疑問が湧くのです」
そう言っているライドは、近々帝都のアカデミーへの出発が決まっていた。
「政治も勉強しますが、帝都で最新技術を学びたいんです。できれば、もっと速く移動できる手段とか……」
「夢を持つのはいいことだ」
バルバラは答えた。
「令嬢の夢は何ですか?」
「私か? 私の夢は、熊の嫁になることだ」
背後で聞いていた俺はぷっ、と吹き出した。
そのためにもとっととこの案件を綺麗に片付けなくてはならない。
皇帝陛下がこちらに預けたということは、元凶からの根絶を意味している。
そしてあの現実主義で倹約家の陛下は、帝国本土への被害が少なければ良い、とばっさりだ。
さてこの時点で、既に様々なことが明らかになっていた。
まずそこに居るマリウラ嬢の出自。
ランサム侯爵を名乗る男の正体。
デターム氏の麻薬ルート。
関与しているだろうセレジュ妃。
そして何と言っても、何処か狂わされているセイン王子。
「俺は決めているんだマリウラ、あの様な辺境伯などという低い身分の者ではなく、きちんとした侯爵家の令嬢である君を俺は妃にしたいんだ」
それまでも無論あちこちそれらしい言葉は吐かれていたのだろうが、今一つこれ、というものは無かった言葉。
明らかに、辺境伯を「低い身分」と誤認していること。
この国の侯爵家よりずっと低いと見なしていること。
そもそも帝国の一部であると思っていないことが、ようやくはっきりした。
「まあ、私のためにそんなにまで……」
「近々俺の誕生パーティがある。二十歳のそれは成人の祝いとして、殆どの貴族が集まる。そこであの田舎者との婚約の破棄を宣言し、君との仲を公にしよう」
「ああっありがとうございます」
マリウラ嬢の声は真に迫っていた。
迫ってはいたが、本気ではない。
客観的に聞けば。とても上手いお芝居だ、と俺もバルバラも感じていた。
「ここからだと死角になります」
「うん」
では、と案内した「表」の一人はまたあちこちに向かった。
ちょうどセイン王子とマリウラの逢い引きの現場を見つけた、ということで確認できる場所まで来たのだ。
――既にここにやってきてから三年近く経っていた。
その頃にはもうずいぶんと二人の仲は深まっている、とライドの報告もあった。
そして現場がちょうど見つかったので、俺達は出歯亀をしに行ったのだった。
じわじわと広げた網に様々なものが引っかかってきていた。
そこから次第に一つの結論も出ていた。
あとは決定的な「場面」だ。
それをいつにするか、なのだが。
死角から斜め向こうに見える二人の会話は、ぎりぎり聞こえる。
というより、全くこの二人、秘めていないのだ。
ただ俺達の前ではそうしない。
見せつけるというのは恥ずかしいと思うのか、それとも見たくない、というセイン王子の俺達に対する嫌悪感なのか。
嫌悪感。
そう、確かにセイン王子の言動には、確実に俺達に対するそれがあった。
「辺境伯『なんて』という言葉がちょいちょい吐かれました」
ライドはそう報告してきた。
友人同士の無意識の、無造作な言葉は大切だ。
「自分達の誰も辺境伯『なんて』という言葉は出ません。そんなこと言ったら、皇帝陛下の怒りを買うに決まってます。なのに、一国の、しかも帝国の属国である我が国の王子たる自覚があるのか、自分にも、友人達にも疑問が湧くのです」
そう言っているライドは、近々帝都のアカデミーへの出発が決まっていた。
「政治も勉強しますが、帝都で最新技術を学びたいんです。できれば、もっと速く移動できる手段とか……」
「夢を持つのはいいことだ」
バルバラは答えた。
「令嬢の夢は何ですか?」
「私か? 私の夢は、熊の嫁になることだ」
背後で聞いていた俺はぷっ、と吹き出した。
そのためにもとっととこの案件を綺麗に片付けなくてはならない。
皇帝陛下がこちらに預けたということは、元凶からの根絶を意味している。
そしてあの現実主義で倹約家の陛下は、帝国本土への被害が少なければ良い、とばっさりだ。
さてこの時点で、既に様々なことが明らかになっていた。
まずそこに居るマリウラ嬢の出自。
ランサム侯爵を名乗る男の正体。
デターム氏の麻薬ルート。
関与しているだろうセレジュ妃。
そして何と言っても、何処か狂わされているセイン王子。
「俺は決めているんだマリウラ、あの様な辺境伯などという低い身分の者ではなく、きちんとした侯爵家の令嬢である君を俺は妃にしたいんだ」
それまでも無論あちこちそれらしい言葉は吐かれていたのだろうが、今一つこれ、というものは無かった言葉。
明らかに、辺境伯を「低い身分」と誤認していること。
この国の侯爵家よりずっと低いと見なしていること。
そもそも帝国の一部であると思っていないことが、ようやくはっきりした。
「まあ、私のためにそんなにまで……」
「近々俺の誕生パーティがある。二十歳のそれは成人の祝いとして、殆どの貴族が集まる。そこであの田舎者との婚約の破棄を宣言し、君との仲を公にしよう」
「ああっありがとうございます」
マリウラ嬢の声は真に迫っていた。
迫ってはいたが、本気ではない。
客観的に聞けば。とても上手いお芝居だ、と俺もバルバラも感じていた。
2
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます
綾月百花
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。
タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から『破壊神』と怖れられています。
渡里あずま
ファンタジー
出来損ないの聖女・アガタ。
しかし、精霊の加護を持つ新たな聖女が現れて、王子から婚約破棄された時――彼女は、前世(現代)の記憶を取り戻した。
「それなら、今までの報酬を払って貰えますか?」
※※※
虐げられていた子が、モフモフしながらやりたいことを探す旅に出る話です。
※重複投稿作品※
表紙の使用画像は、AdobeStockのものです。
【完結】悪役令嬢ですが、元官僚スキルで断罪も陰謀も処理します。
かおり
ファンタジー
異世界で悪役令嬢に転生した元官僚。婚約破棄? 断罪? 全部ルールと書類で処理します。
謝罪してないのに謝ったことになる“限定謝罪”で、婚約者も貴族も黙らせる――バリキャリ令嬢の逆転劇!
※読んでいただき、ありがとうございます。ささやかな物語ですが、どこか少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】追放された子爵令嬢は実力で這い上がる〜家に帰ってこい?いえ、そんなのお断りです〜
Nekoyama
ファンタジー
魔法が優れた強い者が家督を継ぐ。そんな実力主義の子爵家の養女に入って4年、マリーナは魔法もマナーも勉学も頑張り、貴族令嬢にふさわしい教養を身に付けた。来年に魔法学園への入学をひかえ、期待に胸を膨らませていた矢先、家を追放されてしまう。放り出されたマリーナは怒りを胸に立ち上がり、幸せを掴んでいく。
【完結】あなたに知られたくなかった
ここ
ファンタジー
セレナの幸せな生活はあっという間に消え去った。新しい継母と異母妹によって。
5歳まで令嬢として生きてきたセレナは6歳の今は、小さな手足で必死に下女見習いをしている。もう自分が令嬢だということは忘れていた。
そんなセレナに起きた奇跡とは?
追放された私の代わりに入った女、三日で国を滅ぼしたらしいですよ?
タマ マコト
ファンタジー
王国直属の宮廷魔導師・セレス・アルトレイン。
白銀の髪に琥珀の瞳を持つ、稀代の天才。
しかし、その才能はあまりに“美しすぎた”。
王妃リディアの嫉妬。
王太子レオンの盲信。
そして、セレスを庇うはずだった上官の沈黙。
「あなたの魔法は冷たい。心がこもっていないわ」
そう言われ、セレスは**『無能』の烙印**を押され、王国から追放される。
彼女はただ一言だけ残した。
「――この国の炎は、三日で尽きるでしょう。」
誰もそれを脅しとは受け取らなかった。
だがそれは、彼女が未来を見通す“預言魔法”の言葉だったのだ。
【完結】英雄様、婚約破棄なさるなら我々もこれにて失礼いたします。
紺
ファンタジー
「婚約者であるニーナと誓いの破棄を望みます。あの女は何もせずのうのうと暮らしていた役立たずだ」
実力主義者のホリックは魔王討伐戦を終結させた褒美として国王に直談判する。どうやら戦争中も優雅に暮らしていたニーナを嫌っており、しかも戦地で出会った聖女との結婚を望んでいた。英雄となった自分に酔いしれる彼の元に、それまで苦楽を共にした仲間たちが寄ってきて……
「「「ならば我々も失礼させてもらいましょう」」」
信頼していた部下たちは唐突にホリックの元を去っていった。
微ざまぁあり。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる