あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

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4.数十年前から、この国は鎖国している。

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「小さい村なんです。私達の東永とうえい村は。広いんですけど」

 彼女はそう話し出した。
 保健室の、丸い木の椅子にちょこんと座った彼女は、「規ちゃん」に会って気がゆるんだのだろう。さっきまでのかみつきそうな子犬の様な気配は消えて、大人しくなっている。
 実はちょっと前まで、わんわん泣いてた。
 保健医の伊庭が「特別だからね」と渡した冷えた茶を口にして、ようやく落ち着いたところだ。どうやら保健医は、薬品用の特別な冷蔵庫に茶を入れてるらしい。
 休憩時間になって、生田もやってきた。次の時間は彼女の授業は入っていないようだ。

「そうなのか?」

と生田は松崎に訊ねる。ええ、と彼はうなづく。

「昔、まだ東永町と言って、人が多かった頃でも、五千人くらいだった、と聞きます。山の方ですし」
「そういえばこの地区で、あの村出身なのは全校でもお前一人だものな」
「そうなんですか?」

 あたしは聞いてみる。腰に手を当てた生田はああ、と答える。

「森岡がどういう学校を今まで見てきたか、私は知らんが、まあだいたいあのあたりの…… 山側の地域の連中はいいとこ、村から一人、というところだな」
「じゃあ、どちらかというと、ここいらの…… 海側から来てる人が多いんですか?」
「まあな」
「そりゃあ昔は、全国第三の都市、と呼ばれたところだ。君ら知ってたか? 尾張名古屋はなあ」

 伊庭もけけけ、と笑いながら口をはさむ。

「そう。まあだから規模は小さいが、ここいらも、わりあい関東管区や関西管区と同じような構図にはなっているな…… 中心のここだけが、でかいんだよ」
「それは思いました」

 そう、それは思った。

「お前はどこから来たんだっけ? 森岡」
「つい前までは関東管区に」
「だったら余計にそう思わないか? もっとも私等はここ以外の場所を知らないんだが」

 どうでしょうねえ、とあたしは少しあいまいにぼかす。
 生田の言うことは間違ってはいない。数日前、自転車で関東管区の、旧都きゅうと地区にある「自宅」からあたしは出発した。
 長い道のり、はじめは人も家もあきれるくらい多かった。
 けどそれは、進むうちにどんどん消えていく。やがて緑と畑と田んぼばかりになっていった。
 山中すぎて、泊まる場所もなくなった時にはさすがに参ったけれど、それは仕方ない。あいにく野営も慣れてるのだ。今が真夏という季節だからできることだけど。
 太平洋を左手に見て、箱根の関所をだらだらと越えて、富士山を右手に見て、茶畑とみかん畑を越えて、そして再び太平洋を左手に見ながら走ってきた。
 今の時代、管区を越える鉄道は、輸送目的以外には走らない。自動車は特殊なお仕事についてる人々以外使えない。
 だから一週間くらいかかったのかな。
 ようやくこの地区あたりにたどりついたけど、それでも相変わらず緑と畑と田んぼばかり。ところがこの名古屋付近に来たら、急に家がどっと増えて、昔からある鉄筋コンクリートの建物が目に飛び込んできたから驚いた。
 壊さないから残っている、というだけだけど、やっぱり高い建物があるとないではずいぶん違う。

「で、その小さな村で、何が起こったというんだ?」

 生田は訊ねる。

「一週間くらい前のことです」

 一週間。同じ地区なのに迷ったな。

「別にその日も何かあった訳じゃないんです。少なくとも、私にとっては」

 若葉は少し首をかしげる。

「ただ、ここしばらく、村中…… というか、私の父の周囲は少し騒がしいな、という感じはしてました」
「若葉の親父は、今の村長なんだ」

 松崎が付け足す。
 ほう、と女教師と保健医はそろってうなづいた。

「私はでも、父の仕事には口を出すな、と言われていましたし、私には私の仕事がありましたから、忙しくて、それに気を止めてもいなかったんです」
「仕事?」
「私も村の田畑に出てますから」

 ああそうだったよな、と松崎はうなづく。あたしも、どういう生活なのかは、彼女の手を握った時の、その堅さから想像はできた。
 今の時代、村という一つの生活する集団は、基本的に農業が中心なのだ。
 村ぐるみで田畑の管理をし、村の人々が皆それに従事する。
 一種の生活共同体だ。その中で怠け者が出るか出ないか、はまた別の問題で……
 なかなかあたしには馴染めないのだけど、それが今の日本だった。

 子供達は、初等四年中等四年、計八年の義務教育を終えると、まず自分の村で管理する田畑に出る。
 人手はいつも足りない。
 子供の頃からちょっとした手伝いはしている彼らは、すぐに実作業に出ても戦力になる。
 だが中には、農作業そのものより、それを支援する機械や、農作物の品種改良に興味関心を持つ者がいる。
 そんな子が成績優秀だった場合、村が支援して、このような都市部にある高等学校へと進ませる場合がある。
 あくまで、村のために。この時代、機械は貴重だったりするのだ。
 自分の土地を持って、好きなものを作って売って生活する時代は終わっていた。それではやっていけないのが、今の日本だった。
 好きなものを作って売って行くという農業では、この人口の多い国の人々の胃袋を満たすことはできない。
 何せ、農作物を輸入することができないのだから。

 数十年前から、この国は鎖国している。
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