あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

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6.ドライブと洒落込みましょう。

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「ガソリンは、そうそう簡単に手に入るものじゃないんだぞ!」

 ハンドルを握る男は、苦虫を噛みつぶした様な顔で、うめく様な声を立てた。

「そんなこと判ってるもーん」

 あたしは助手席で、地図をひざに、のほほんと頭の上で腕を組む。窓は全開。ばんばんに入ってくる風が何って気持ちいいんでしょ。

「だいたいさつき、お前、何だって俺の居場所知ってたんだよ」
「それは秘密です」

 あたしは指を一本立てる。

「秘密秘密ってなあ、お前いつもそればかり」

と彼はぶつぶつ言いながら、それでもあちこちが割れたり盛り上がったりしているアスファルトの上を、「できるだけ速く」駆け抜ける努力をする。
 それもあたしのご要望だ。
 何だって俺が、と言うのが彼のあたしに対する口ぐせのようなものだった。
 実際、何だって彼に頼むのだろう、という気がしないでもない。手段は他にもありそうなものだが。
 ただ、あたしの知り合いの中で、自動車を動かせる立場にあるのは彼しかいない。それだけだ。

「あ、次の看板で降りてよ。豊川I・C…… 何って読むのこれ」
「あい・しー? じゃねえの? やだねえ高等生のくせに、アルファベットも読めないの」
「お勉強の学科には、入ってないもーん。必要ないしー」

 ちら、と横顔を見る。
 ったくこの野郎、とあたしではなく、でこぼこのアスファルトに向かって歯をむき出しにして悪態を吐く口は、人並みよりでかい。
 口だけじゃない。目も鼻も眉も、これでもかとばかりに自己主張している。
 黒くて太い髪は、朝櫛を入れたのかどうなのか、くせ毛の上に寝ぐせがついている。
 着てるものときたら、お仕着せの半袖の綿の開襟シャツだ。夏と言えば、無地の水色のこれが彼の職場の定番らしい。似合わないことはなはだしい。
 この人の顔と姿だったら、もっと濃い色の方が似合うと思うんだけど。もっとも当の本人は、何にも考えていないようだけど。
 せっかくあたし的には「恰好いい」部類に入るんだから、もー少し何とかして欲しいと思うんだけど。
 それに、だ。

「それよっか久野さん、あんた昨日風呂入ったの? 何か臭いよ。密室の悪臭はほとんど公害だってば」
「ぅるせぇなあ…… 俺は昨日徹夜だったんだぞ。お前が東海管区警察本部に連絡してくるまで寝てたんだぜ」
「仮眠室で?」
「そうだよ、悪いか?」
「いんや」
「管警なんてのはなぁ~ 俺達特警には優しくなんかないんだぞぉ~」
「へえ」
「しかも連中、皮肉たっぶりに俺に向かって言うんだぞぉ~『いいねえ若い者は仕事場まで彼女の連絡が来るのかい』って。お前のどこが彼女だって言うんだよ!」

 あたしは今朝も今朝でちゃんと毛抜きで細く整えた眉を両方上げる。
 そらそーだ。話が通りやすくするためには、そう言ったほうがいいに決まってる。
 ちょっと公衆電話口で泣き言言ったら、若い女が、やけにねちっこい声で、待ってておいでね、と言って、久野さんを呼びに行ってくれたようだ。だいたい言われるだろうことは想像もつく。やだねえ、大人ってのは。

「ああまた俺、管警に戻ったら言われるぞ。私用に貴重な自動車をガソリンを使ったって」
「私用じゃん」
「させてるのは誰だよ」
「何泣き言言ってんの、このおじさんが」
「誰がおじさんだ、俺はまだ二十七だ」
「あたしと十も違ってちゃ、じゅーぶんおじさんだよぉ」

 けけけ、とあたしは笑う。

「でもさ、そんな徹夜して調べ物せんといけないって仕事は、今何なのよ」
「守秘義務って奴が俺にはある。それに別にそんなことは、日常茶飯事だ」

 そう言って彼は胸を張る。

「ふーん、守秘義務。―――あたしに守ったためしなんか、ないくせに」
「お前が悪いんだろお前が! 俺だってお前以外には守ってるわ!」

 にやりと笑ってそれには答えなかった。

 彼、久野雅之くのまさゆきは、中央政府内務省に所属する特警――― 特別高等警察の刑事だった。
 十も年下のあたしと、馬鹿みたいな口聞いてるが、そういう立場なのだ。
 出会ってからもう一年ほどたっている。まあだいたい何らかの事件がらみだ。
 さすがに二度顔を合わせたら、あたしのことは記憶に焼き付いたらしい。
 さらにそれから三度ほど出会ってしまい、そのたびに、がっくりと肩を落とす彼の姿があった。
 まあこの髪じゃあ覚えない方がおかしいと思うけど。
 赤茶の髪は、風にふわふわとたなびく。腰も張りもない、柔らかな猫毛。若葉や生田とは全然違う。
 今の世の中で、髪の色を抜いたり染めたり、はたまた人工的に波打たせるなんてことはまずない。まっすぐな緑の黒髪が一番美しい、という考え方が当然ってことになってる。
 さすがにそう言われると、あまのじゃくのあたしとしては、てこでもふわふわの赤茶のままでいましょうか、と思ってしまったりして。
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