あたしがいるのは深い森~鎖国日本の学生エージェント

江戸川ばた散歩

文字の大きさ
36 / 36

終わったからチョコパフェ。

しおりを挟む
「……で、これは何だ」

 彼はあたしに問いかけた。
 目の前のテーブルには、巨大なパフェ・グラス。

「何って…… チョコレート・パフェだよ。知らない?」
「いや、名前くらいは…… じゃなくて! どうしてこんなものが、俺の前に、あるんだ?」

 掘り起こした事件が解決を見たので、あたしはしばしの休息と、ケガの治療もかねて、関東管区にある「自宅」に戻っていた。
 そこは決して広くはないけれど、女の子一人が住むには充分すぎるところだった。
 久野さん――― 雅之に言わせると、ここは「綺麗すぎる」そうだが、普段めったに足を踏み入れないのだから仕方がない。いない時には、「越境生」のための管理人が掃除してくれているのだし。
 そして今は夜である。夜も夜。午後九時。きっとあの村で、若葉あたりはもう眠ってるだろう。
 大きな窓。昔むかしに建てられた「マンション」のなごり。その窓からのきらきらと輝く夜景が「売り」だったらしい。
 今は夜景はない。目の前に広がるのは、黒々とした、夜の旧都地区だった。
 関東管区に戻ってきてから、事件を「掘り起こす」だけが仕事なあたしは既に休暇だったが、彼には特警への報告だの何だのの仕事が山とあった。
 今もその真っ最中である。そんな彼をいつもの様に強引に呼び出したのだ。例のごとく、「恋人ですけど」と言って。

 でもまあ、まんざら間違いでもないしー。

 案の定彼は、ちゃんとやってきた。さすがに関東管区の旧都地区だったから、車ではなく自転車で、蒸し暑いこの地方の夜、汗だくになっていたけど。

「こないだの『ごほうび』」
「『ごほうび』?」
「早くスプーンつけないと、溶けるよ。暑いんだから」

 エアコンなどという気の利いたものはこの管区にもまずないのだ。差し向かいになったあたしは、お気に入りの綺麗な藍の和紙のうちわをぱたぱたとやっている。

「や、その」

 ふうん? もしかして甘いもの嫌いだったかな? でもまあいいや。

「あのおっさんはねー、こーやってあたし達が事件一つ掘り起こすたびに、普通の生活費の他に、何かしら一つ『ごほうび』くれるの」
「そう首相のことをおっさんおっさん呼ぶなよ…… パフェなのか? それが」

 いまいましそうな顔をしつつ、それでも彼はおそるおそるスプーンを口に運ぶ。

「お?」

 にやり、とあたしは笑う。

「わざわざラムレーズンを選んだんだよー。あたしの好みだったらとろーり甘いバニラだもん」

 そうなのだ。今回のリクエストは、500ccの入れ物に入った三種類のアイスクリームなのだ。バニラとチョコチップとラムレーズン。
 夏だし。暑いし。アイスクリームはどうやらあたしは大好きのようだし。

「アイスなんてさー、今じゃあ高級洋風料理店にしかないじゃない。冷凍庫が普通の家にないから、そうそう買い置きもできないからって。おっさんのコネで、…じゃなく、口ききで、銀座の『煉瓦街』の料理長に三種類作ってもらったんだよ」
「『煉瓦街』! 俺の安給料じゃ絶対行けねーぞ…」
「だから味わって食べてよ! 今日中でないと保冷箱の氷が溶けてしまうんだから。ラムレーズン!」

 もっともさすがに、あたしの舌が知ってる「ラムレーズン」より大人な味になってたけどね。ラム酒が多い多い。
 だから彼を誘ったのだ。

「だけどまだ三種類ってことは」
「あ、あとの二種類は、東海管区へ送ってもらった」

 どうせ一度になんて、食べられやしないし。

「送ったぁ?」
「あの村にもさあ、アイスクリームを冷やすくらいの場所は増えてもいいと思うのよ」

 彼は肩をすくめる。確かあのあと、松崎兄にも今回の事件の事情を聞いていたはずだ。

「じゃあせいぜい、味わわせてもらおっか」
「そうそう」

 あたしもパフェに手をつける。
 このデコレーションは自分でやったのだ。何となく、できるような気がしたので試したら、できた。
 なかなか手つきがいいじゃん、と自画自賛したりして。料理はできないくせに。

「ところでさつき、お前次はどこ行くの?」

 突然何を聞くのよ!

「やだー。無粋ーっ」
「無粋ってなあ」
「それは秘密なのだ! 何たってお仕事だもんね」
「お前なあ」

 くす、と笑って立ち上がると、あたしはテーブル越しの彼に身体を伸ばした。

 ぺろ。

 アイスがついた唇を、舌でなめる。

「おい」
「ちゃんと、助けが欲しい時には、呼ぶから」

 だから、心配しないで。あたしはあんたを頼りにしてる。
 仕方ないな、と今度は苦笑した彼があたしのあごを持ち上げた。



 今でも深い森はあたしの中にある。
 気がつくと足を踏み入れてしまうことも多い、どうしようもない深い闇の。
 それは消えることはないのだ。あたしがあたしである以上。
 だけど今は、出ようと思えば、いつでも出られる。
 出口は、すぐそばにあったのだから。
 道を探しても出られなかったはずだ。
 光が見えたら、そのままその手を上に伸ばして。
 誰かがいる、その胸が天国。
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

七日後に神罰が落ちる。上層部は「下を切り捨てろ」と言った——私は全員を逃がす

蒼月よる
ファンタジー
七日後、この港に神罰が落ちる。 追放された元観測士イオナだけが、その事実を知っていた。 しかも災害は自然現象ではない——誰かが、意図的に引き起こそうとしている。 港の上層部はすでに手を打っていた。「下層区画を緩衝被害区として切り捨てる」秘密契約。被害を最小限に見せかけ、体制を守る冷徹な計画だ。 イオナは元護送隊長ガルム、荷運び組合長メラとともに動き出す。 犯人を暴き、証拠を公開し、住民を逃がし、工廠を止める——すべてを七日で。 被害を「選ぶ」管理か、全員を「残す」運用か。 追放観測士の、七日間の港湾カウントダウン・サスペンス。 この作品は以下の箇所にAI(Claude Code)を利用しています。 ・世界観・設定の管理補助 ・プロット段階の壁打ち ・作者による執筆後の校正

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

断罪まであと10分、私は処刑台の上で「ライブ配信」を開始した〜前世インフルエンサーの悪役令嬢、支持率100%でクズ王子を逆処刑する〜

深渡 ケイ
ファンタジー
断罪まで、あと10分。 処刑台の上で跪く悪役令嬢スカーレットは、笑っていた。 なぜなら彼女は―― 前世で“トップインフルエンサー”だったから。 処刑の瞬間、彼女が起動したのは禁忌の精霊石。 空に展開された巨大モニターが、全世界同時ライブ配信を開始する。 タイトルは―― 『断罪なう』。 王子の不貞、聖女の偽善、王家の腐敗。 すべてを“証拠付き・リアルタイム”で暴露する配信に、 国民の「いいね(=精霊力)」が集まり始める。 そして宣言される、前代未聞のルール。 支持率が上がるほど、処刑は不可能になる。 処刑台は舞台へ。 断罪はエンタメへ。 悪役令嬢は、世界をひっくり返す配信者となった。 これは、 処刑されるはずだった悪役令嬢が、 “ライブ配信”で王子と王国を公開処刑する物語。 支持率100%の先に待つのは、復讐か、革命か、 それとも――自由か。

処理中です...