もう転生しませんから!

さかなの

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魔王と勇者 編【L.A 2034】

えられたものは、なにもなくて

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「……――えっ」

 閉じた瞼の裏に、景色が見えた。空腹からの幻覚だろうか、いやでもあまりお腹は空いていない。ごくりと唾を飲み込み、本をじっと見つめる。このページは、近くにいる動物の目線になれる魔術。まさか、と模様をもう一度なぞって瞼を閉じた。

「……見えた……」

 ゆらゆらと揺蕩う景色。砂ばかりを見ていたばかりに、久しく感じる木々の緑。あぁ、川も見える、他の鳥も。夢じゃありませんように、とゆっくり目を開いた。指先が、光っている。本と同じ模様が、浮かんでいる。急いで遠くを視る魔術のページを開いた。もう一度なぞれば、空間がそこだけ切り取られたように別の景色が浮かぶ。さっき見ていた森と川だ。視点の移動はできないけれど、はっきりと見えている。手を伸ばせば、触れた場所から波紋を広げて消えてしまった。
 ならば、と移動する魔術のページを開いた。模様を指でなぞり、唇をかむ。ふと、体が軽くなった気がした。いや、気がするのではない、浮いている、というか落ちている。

「キャアアァァアア!?」

 どんどん近付く木々に思わず両腕で視界を遮る。葉っぱに埋もれた衝撃と小枝が次々と折れていく感触、次は地面に体が叩き付けられる、と閉じた目から涙が滲んだ。グン、と引っ張られたような感触の次は……何も来なかった。おそるおそる、目を開ければ視界一面の葉っぱ、それを避けると……ぷらりとぶら下がる自分の足と少し距離のある地面。自分はちょっと太い木の枝にちょうど引っかかったのだと理解できた。
 こわかった、ものすごくこわかった、転生してすぐにまた死んじゃうかと思った。おそらく、最初は鳥の視点、次は鳥の視点を固定して遠くを視た、そしてその位置に移動してしまい、鳥が飛んでいる高さから落ちたのだ。考えなしすぎた、と反省する。怪我がなくてよかった。珍しく運がいいことにほっとするが、自分が立てている音以外に、木を揺らす別の何かがいる。そうだ、森には獣や……魔獣がいるって言ってた。魔獣を見たことはないけれど、兵士が数人がかりで討伐するのだと聞いたことがある。ここからお城に戻る?でも……本が、ない。
 音は大きくなり、近付いてきている。息を殺して、体を硬直させ視線を必死に動かした。涙ばかりが溜まっていき、瞬きすらしていないと思う。ガサッ、と大きく揺れた低木を見ると……そこには兎が、いた。自分に、気付いていない。そろりと、一番近くにあった折れた枝を落とす。兎は驚いて一目散に逃げていった。他の動物が出てくるわけでもない、ゆっくりと頑丈そうな枝に足と腕を伸ばし、しがみつく。やっと踏みしめた土はふかふかと柔らかくて、鼻から流れてくるかおりは自然の、緑のにおいだ。
 たしか、川があったはずだと思い出す。しかし方向が分からない。これは、もしかしたら……遭難というものになってしまうのかも……と恐怖がよぎった。ちゃんと思い出そう、動物の視点から見る魔術。指の動きを思い出して。いっぱいに吸い込んだ息を、ゆっくり吐き出して模様を空間に描く。ポゥ、と指先が光り目を閉じた。瞼の裏には、やけに低い目線からの光景。キョロキョロと素早く動く視界には、花がちらりとうつる。生い茂る草に視線を止め、近付き……これは……食べている……?また走り始めたと思えば、川が見えた。水を、飲んでいる。ここだ、と目を開き遠くを見る魔術の模様を描いた。先ほどと同じ光景が浮かび上がり、切り取られた景色の中に写り込んだのは先ほどの兎だった。急いで移動する魔術を思い出しながら模様を描く。ふわ、と体が浮かんだと思えば着地ではなく地べたに座り込んでいた。膝のすぐ先には、川がある。できた、成功した。こみ上げる感情が溢れて、拳を握りしめた両腕を空へ伸ばした。大声を出せば他の動物に見つかってしまうかな、と思って。
 あれ、でも。今、自分は手ぶらだった。土も水も見つけたってこれでは持ち帰ることが出来ない。けれども。かなり前へ進めたのではないだろうか。これなら……ヒトのいる街を見つけることだって難しいことではなくなった。
 早速城へ戻って、たぶん鉢みたいな見た目のもので一番壊れていない物を選んだ。一度行った場所なら動物の目も、遠くを映し出す魔術も必要なく、移動する魔術が使えるようだった。さっきの川と城を往復して土と水を持ち帰る。種は街で探してこよう。
 ――しかし、ここまできても、少女には『ヒトの住む街に住む』という発想が湧かなかったのだ。それが、ただのうっかりなのか、無意識によるものなのか……。

 動物の目を渡りに渡って、二〇回ほど繰り返したあたりでようやく街が見えた。あぁ、ヒトがたくさんいる。それにあれは市場だろうか。あっ、あっ、ゴミを漁るなんて、そんな……。パッと目を開いて遠くを視る魔術を使う。ちょうどよかった、ここは路地裏だ。魔術をあまり使ったことのないヒトが多いところで、突然なにもないところから自分が出てくれば驚かせてしまうだろう。
 胸の鼓動が強く、速くなる。嬉しさと、緊張と、すこしの不安。どうしよう、お金ないけど……。突然思い出してしまった。物々交換をすればなんとか……でも、この城のものが誰のものかは分からないし……何か、壊れてるけど使えそうなもの。たとえば金属とか。調理場みたいなところにスプーンやフォークなんかあった気がする。ごめんなさい、一本ずつだけ……。胸の痛みを抑え込んで、移動する魔術を発動する。この時までは、確かに不安よりも嬉しさが勝っていたのだ。……この時までは。

 先ほど見ていた景色と同じ場所に出る。ゴミは散らかっていて、荒らしたものは姿を消していた。ひょこ、と通りを覗きこむ。森よりずっと分かりやすい。右にまっすぐ進めば市場があったはず。ぎゅっと握りしめたスプーンとフォークはぬるくなっていた。
 ゆっくり足を進めて通りに出る。久々に聞く人々の暮らす声、荷車の音、食べ物や、木を燃やすにおい。けれど、声が突然途切れた。

「……ぞく、だ」

 私の方を、誰かが見ている?違う……みんなが、見ている。

「魔族だ!!」

 えっ、魔族!?魔族……魔族って……え、なに?周囲を見回しても周りのヒトたちと目が合うだけだった。その目は、怯え、怒り、畏怖に満ちている。

「いたっ!」

 痛い、なにか、当たった。

「この町から出ていけ!」
「うちの子をさらいに来たんだわ……!」
「疫病を撒かれる前に追い返してやる!!」

 魔族は、子供をさらう?病気を撒く?石を投げられてる……私が、魔族?

「出ていけ!!」

 怖い、怖くてたまらない。足は震えていたけど走った。ちゃんと、息してるっけ?あの人たちの言葉が胸に刺さって痛い、ぶつけられた石が当たった背中が痛い、泣き出したいのに、叫びたくてたまらないのに声が出せない喉が痛い。魔族ってなに?魔獣は、聞いたことがあるけど魔族はそんなに悪いものだったの?私が見た目で分かるくらいに魔族っぽかったの?
 どうやって戻ってきたかなんて覚えてない。城だ。城に戻って来られた。
 震える足から力が抜けて、ぺたりと冷たい床に座り込む。ずっと涙が止まらない。おでこと、背中と腰と、腕にも石が当たった。おでこから血は出てない。でも、痛い。すごく痛い。
 分からなくて当然だった。だって私は、今までの人生で、前世で、魔族というものを見たことが無かった。噂で魔族という言葉を聞いたかもしれないけれど、自分には関わり合いがないことだろうと耳を傾けることもしなかった。それがその罰というか、ツケだとしたら、あまりに重すぎないだろうか。
 どうしよう、スプーンとフォークをどこかに落としちゃった。土と水があるのに肝心の種もない。全部全部、なにもかもうまくいかなかった。魔族として生まれてしまった私は、ヒトと関われずに生きていくしかないのだろう。

 一晩泣き明かして、のろのろと動く体は森へ向かった。また、入れ物を忘れてきた……。
 スカートの裾を持ち上げて、木になっている果実を採っていく。食べれそうな山菜と、鉢で育てられそうなものの苗と。ガサッ、と背後から上がった音に肩を大きく揺らして振り返る。兎だ。ヒトじゃ、なかった。
 今は、獣より、魔獣より、ヒトが一番怖い。
 カフェで働くのが夢だった。ヒトと接するのは楽しかったし、兄がおいしいと言って食べてくれる料理を作るのも好きだった。でも、もう叶えられない。
 森で動物たちのカフェでも開こうか。好物を採ってあげて、撫でて、遊んで。きっと楽しい。……きっと、楽しい。ひとりだけど、独りじゃないから。足元にいた兎に零れた涙が当たって、兎は逃げ出してしまった。

 ずっと泣いてばかりだ。だめだめ、お兄ちゃんは泣いてばかりの私をいつも叱っていたじゃない。悲しくて泣くともっと悲しくなるって、見てるお兄ちゃんの方が悲しくなるって。だからいっぱい笑って、笑いすぎて泣くならいいって。でも……今、叱ってくれるお兄ちゃんはいないもの。

 毎日森へ通って、リスや兎や鳥の友達が増えた。植木鉢の植物もすくすく育っている。トマトに、豆に、あと食べられそうな葉っぱ。見た目がレタスみたいだったけどまだ食べていない。湖も見つけたし水浴びや洗濯はそこを使っている。寒くなってきたらどうしよう……。
 さぁ、今日はなにをしようか。掃除……いや、森にきのこ採りに出かけようか、でもどうせあまり食べないし……干して保管する?保管したあとの調理は……やっぱり掃除をしよう。枯草を集めてほうきを作って、千切れた布をはたきと雑巾にして……。

――――ドンドン、ドンッ

 えっ?なに?下の階で……物が落ちた?何か壊れた……とか。
 しかし物が落ちた音ではなかった。あれは、扉を叩く音。そして今聞こえるのは……扉が開く、音だ。
 鍵を締め忘れてしまった。元々誰も寄り付かないというか、見つけられないというか、そんな場所にあるからここに立ち寄るヒトなんかいないと思って。

 どうしよう、どうしよう。たぶん、ツノがあるから魔族だって言われたのかもしれない。水面に映った自分の顔を見たけれど、目つきが鋭すぎるわけでもない、顔はふつうのヒトと同じだった。ツノ以外は。
 隠さなきゃ、はやく、はやく!
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