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魔王と勇者 編【L.A 2034】
がいするものは、ゆるさない
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「ベネット様は城内に隠れてください!」
「えっ!? は、はい……っ!」
窓から外の様子を見ようとするが、砂煙に遮られてしまっている。地震、ということも考えられたがあの爆発のような衝撃は外部からの、人為的なものだった。このまま籠城しても無意味。
鞘で扉を押し開き、目を凝らす。規則正しく揃えられた足音が近付いていた。
「……おいおい、ありゃぁ……」
ドレアスは目を見開いて、顎を震わせながら呟いた。その言葉の続きは、間もなく判明する。
「見たことがありますね」
「……魔族、討伐団」
チラリと見えたジェイソンの顔が、あまりにも見たことがない表情なものだったから。急襲されたことよりも、嫌悪と憎悪が激しく交錯した眼差しに肝が冷える。
「それだけじゃない、エンブレムの中心に書かれる名はその時のリーダーのもの……君たちには、どう見える?」
最前列の兵士が持つ旗はあまりに見慣れ過ぎていた。赤黒い色の中に滲む焦げ茶色の炎と剣。金糸で刺された名前すらも、目に焼き付いていたあの頃のまま。
「……どうしてなんですか」
「俺が勇者だからだ」
揺らめく旗はそのエンブレムと名前を歪めながら力なく落ちていく。その隣にいる男は見たことがないのに、彼らは知っていた。記憶の中の、輝かしくも目を焼くような威光を思い出すのに、その男にはまるでない。
ない、のに。彼が勇者だと分かるし、そしてその名前も知っていた。
「あのときの……冒険者さん」
「ベネット様! 隠れてろって……っ!」
ドレアスが一跳びして扉の影から顔を出したベネットをなんとか引っ込ませようとする。
ベネットは、彼の名前を知らないのに、彼の顔を知っていた。忘れていたわけではない、かといって探そうと思ったわけでもない。ベネットには探す術などなかったのだから。
「ごめんなさい……っ、でも、窓から見たら人がすごくいて……皆さんに、知らせなきゃって」
「……ありがと、ベネット。でも危ないから隠れてなきゃ、オレたちはだいじょうぶ」
振り向いたジェイソンはいつもと変わらない笑顔でベネットに微笑んだ。その顔が、目の前の部隊に向ける表情とのあまりの違いに隣にいたトーマは不気味さを覚える。
「随分なツラじゃねぇか、英雄の勇者様ってツラじゃねぇぞ」
「前世の彼は妹を失って意気消沈していましたからね。まだそれを引きずっているのでしょう」
「妹……妹なぁ」
ベネットにはささくれがあるのにそれが引っかかって気になるような感覚があった。
なぜ、あの冒険者の彼はトーマたちと自分を引き合わせたのだろう。子供の姿の彼らは転生者で、前世は仲間だった?……そんな偶然が、あり得るのだろうか。どうして、あのあと姿を消したまま消息を絶ってしまったのか。
そしてたった今、確信した。あの冒険者も、彼らも、かつては仲間だった。それならどうして?居場所を分かっていながら自分で助けなかったの。どうして私が助ける形で彼らを救おうとしたの。
「なぁ魔王、いや……メイドさん」
ハッと自分を差す呼び名に意識が引き戻される。トーマたちは、彼とベネットが顔見知りということに驚いたが途切れていた糸がようやく繋がったと確信した。
「トマトが美味くなったら食いに行くって言ってたのに……行けなくて悪かったな。俺の好物なんだよ」
「わ、私……私の、兄も」
「死ぬ前にトマトスープ飲みたかったな……まぁ、妹の作ったものが一番美味いんだけどな」
彼の話と、昔ベネットが話していた兄の話が重なり、胸が苦しい。信じたくないのに、思考は巡るばかりで止まらなかった。
「前世のことだが……妹は俺に、夕飯はトマトスープだからって、塩を買いに行ったまま戻らなかった」
吐き気と震えが止まらない。何度転生しても勇者になるしかない彼と、魔族に生まれ魔王になるしか道がなかったベネットと。ただ、敵対し、どちらかが討ち滅ぼされるまで戦うさだめにあるこの二人が。
「……お兄ちゃん、なの……?」
勇者は、笑っていた。勇者として魔王に向けるべきではない、いつくしむような微笑みで。
「ユゥリウス!! 何をごもごも喋っている!! 貴様が新たな魔王の根城を見つけたと報告したから、兵士の中から選りすぐりのものを選んできたのだぞ」
馬に乗ったその人物は兵士に見えずとも、華美な外套に刺繍されているのは王国のシンボル。王国直属の役職者の証だった。
「こんなの、ひどいよ」
ポタリと落ちた雫は涙でも汗でもなく、あまりに強く握りしめられた拳から滲んだ血だった。ジェイソンは、初めて葛藤というものを知る。これほど殴り倒したい相手がいるのに、それが大切なベネットの前の家族だなんて。
「おいユリウス……お前とパーティー組んで……王国直属までのし上がって、その旗の下で戦ってきたのはあたしらだったろ!! 死んだ時のことを思い出そうとしても何も思い出せねぇ……でもな、あたしらを殺せるようなやつは、お前だけなんだよ」
「私たちは同時期に転生し、転生局へ行きましたがミドラスより追放、財産と身分の剥奪、そして強制的に奴隷にまでなりました。なぜ……あなたも転生しているのに未だその立場にいるのですか」
あまりに出来過ぎたことだった。トーマとジェイソン、ドレアス、サイロン……記憶を照らし合わせてみれば、死亡した日は同じだった。転生を自覚した時期は違えど、転生局へ赴いたことで奴隷になったところまでも一致したのだ。
勇者パーティーはユリウスを含め七人。残りの三人も同様に奴隷となっていたならば疑うことなどなかった。けれど決定的な証拠でもない限り、この現状から導き出された答えが、自分たちの答えになる。
「これだけは言っておく。オレはお前たちを殺してない。殺す理由がない。それにオレも殺された側だ」
「はっ、まぁ、殺される理由はあったな……奴隷解放運動をおこしたからだろ。だがお前がその先導だった。なのにあたしらとこれだけ違う扱いはなんなんだ?」
ユリウスがなんと言おうと、たかが言葉だ。どうとでも言える。
前世のユリウスは、妹の話を毎日のように語る癖に、その妹を頑なに自分たちに見せることはなかった。両親を失った身の上で、家族はたった一人。過保護になっても仕方ないだろうと思っていたのだ。
ドレアスが抱く小さな細い肩はずっと震えていた。
「殺したとか殺してないとかもういいよ……ただ、ユリウスは、敵なの? ベネットが、お前のいもうとが、魔王になったからって……殺すの?」
大きく上下した肩からずっと伝わる震えにドレアスはベネットの顔色を窺う。初めて出会ったあの日のように、怯えきった目と青白くなった顔。穏やかに笑って過ごしてほしい、幸せになってほしいと願い続けてきた。運命が、たった一つの部分だけでも違っていればこんなことにならなかったんじゃないか。だけど、そうしたらきっと自分たちはベネットに出会うことはなかったかもしれない。
ジェイソンが言っていた言葉を思い出す。奴隷市場で救われたあの日、ベネットと共にいたかもしれない誰か。ユリウスがどうやって、姿が変わり奴隷となった自分たちを見つけたのか見当もつかないが、奴隷として陥れることは人為的に操作できる。であれば、売り飛ばされた行く先も目安がつけられるのではないか。
思考は既に、全ての思惑はユリウスが仕組んだものとして出来上がりすぎていた。
「ジェイソンくん……」
「だったら……ユリウスはオレたちの敵。一番強いお前にはオレ一人じゃ勝てない、でもトーマもドレアスも、サイロンもいる。それに後ろの兵士たちは……よわい」
ベネットは弱々しく手を伸ばした。届くはずもないのに。
「おいユリウス!!さっさとしろ!!」
「……俺は、お前たちなら分かってくれると信じているぞ」
「わらわせないで」
先攻はジェイソンだった。一瞬、姿が消えたことに後ろの兵士たちはどよめく。そして気付いた時には、その姿はユリウスの眼前にあった。ガンッ、と鈍い音が響き剣を盾で防いだのかと目をゆっくり開く。そこに、剣も盾もなかった。ジェイソンが繰り出した素手での攻撃を、ユリウスが鉄製の手甲で抑えている。その衝撃は時間差で砂煙を巻き上げた。
「いけェ!! 進め!!」
「えっ!? は、はい……っ!」
窓から外の様子を見ようとするが、砂煙に遮られてしまっている。地震、ということも考えられたがあの爆発のような衝撃は外部からの、人為的なものだった。このまま籠城しても無意味。
鞘で扉を押し開き、目を凝らす。規則正しく揃えられた足音が近付いていた。
「……おいおい、ありゃぁ……」
ドレアスは目を見開いて、顎を震わせながら呟いた。その言葉の続きは、間もなく判明する。
「見たことがありますね」
「……魔族、討伐団」
チラリと見えたジェイソンの顔が、あまりにも見たことがない表情なものだったから。急襲されたことよりも、嫌悪と憎悪が激しく交錯した眼差しに肝が冷える。
「それだけじゃない、エンブレムの中心に書かれる名はその時のリーダーのもの……君たちには、どう見える?」
最前列の兵士が持つ旗はあまりに見慣れ過ぎていた。赤黒い色の中に滲む焦げ茶色の炎と剣。金糸で刺された名前すらも、目に焼き付いていたあの頃のまま。
「……どうしてなんですか」
「俺が勇者だからだ」
揺らめく旗はそのエンブレムと名前を歪めながら力なく落ちていく。その隣にいる男は見たことがないのに、彼らは知っていた。記憶の中の、輝かしくも目を焼くような威光を思い出すのに、その男にはまるでない。
ない、のに。彼が勇者だと分かるし、そしてその名前も知っていた。
「あのときの……冒険者さん」
「ベネット様! 隠れてろって……っ!」
ドレアスが一跳びして扉の影から顔を出したベネットをなんとか引っ込ませようとする。
ベネットは、彼の名前を知らないのに、彼の顔を知っていた。忘れていたわけではない、かといって探そうと思ったわけでもない。ベネットには探す術などなかったのだから。
「ごめんなさい……っ、でも、窓から見たら人がすごくいて……皆さんに、知らせなきゃって」
「……ありがと、ベネット。でも危ないから隠れてなきゃ、オレたちはだいじょうぶ」
振り向いたジェイソンはいつもと変わらない笑顔でベネットに微笑んだ。その顔が、目の前の部隊に向ける表情とのあまりの違いに隣にいたトーマは不気味さを覚える。
「随分なツラじゃねぇか、英雄の勇者様ってツラじゃねぇぞ」
「前世の彼は妹を失って意気消沈していましたからね。まだそれを引きずっているのでしょう」
「妹……妹なぁ」
ベネットにはささくれがあるのにそれが引っかかって気になるような感覚があった。
なぜ、あの冒険者の彼はトーマたちと自分を引き合わせたのだろう。子供の姿の彼らは転生者で、前世は仲間だった?……そんな偶然が、あり得るのだろうか。どうして、あのあと姿を消したまま消息を絶ってしまったのか。
そしてたった今、確信した。あの冒険者も、彼らも、かつては仲間だった。それならどうして?居場所を分かっていながら自分で助けなかったの。どうして私が助ける形で彼らを救おうとしたの。
「なぁ魔王、いや……メイドさん」
ハッと自分を差す呼び名に意識が引き戻される。トーマたちは、彼とベネットが顔見知りということに驚いたが途切れていた糸がようやく繋がったと確信した。
「トマトが美味くなったら食いに行くって言ってたのに……行けなくて悪かったな。俺の好物なんだよ」
「わ、私……私の、兄も」
「死ぬ前にトマトスープ飲みたかったな……まぁ、妹の作ったものが一番美味いんだけどな」
彼の話と、昔ベネットが話していた兄の話が重なり、胸が苦しい。信じたくないのに、思考は巡るばかりで止まらなかった。
「前世のことだが……妹は俺に、夕飯はトマトスープだからって、塩を買いに行ったまま戻らなかった」
吐き気と震えが止まらない。何度転生しても勇者になるしかない彼と、魔族に生まれ魔王になるしか道がなかったベネットと。ただ、敵対し、どちらかが討ち滅ぼされるまで戦うさだめにあるこの二人が。
「……お兄ちゃん、なの……?」
勇者は、笑っていた。勇者として魔王に向けるべきではない、いつくしむような微笑みで。
「ユゥリウス!! 何をごもごも喋っている!! 貴様が新たな魔王の根城を見つけたと報告したから、兵士の中から選りすぐりのものを選んできたのだぞ」
馬に乗ったその人物は兵士に見えずとも、華美な外套に刺繍されているのは王国のシンボル。王国直属の役職者の証だった。
「こんなの、ひどいよ」
ポタリと落ちた雫は涙でも汗でもなく、あまりに強く握りしめられた拳から滲んだ血だった。ジェイソンは、初めて葛藤というものを知る。これほど殴り倒したい相手がいるのに、それが大切なベネットの前の家族だなんて。
「おいユリウス……お前とパーティー組んで……王国直属までのし上がって、その旗の下で戦ってきたのはあたしらだったろ!! 死んだ時のことを思い出そうとしても何も思い出せねぇ……でもな、あたしらを殺せるようなやつは、お前だけなんだよ」
「私たちは同時期に転生し、転生局へ行きましたがミドラスより追放、財産と身分の剥奪、そして強制的に奴隷にまでなりました。なぜ……あなたも転生しているのに未だその立場にいるのですか」
あまりに出来過ぎたことだった。トーマとジェイソン、ドレアス、サイロン……記憶を照らし合わせてみれば、死亡した日は同じだった。転生を自覚した時期は違えど、転生局へ赴いたことで奴隷になったところまでも一致したのだ。
勇者パーティーはユリウスを含め七人。残りの三人も同様に奴隷となっていたならば疑うことなどなかった。けれど決定的な証拠でもない限り、この現状から導き出された答えが、自分たちの答えになる。
「これだけは言っておく。オレはお前たちを殺してない。殺す理由がない。それにオレも殺された側だ」
「はっ、まぁ、殺される理由はあったな……奴隷解放運動をおこしたからだろ。だがお前がその先導だった。なのにあたしらとこれだけ違う扱いはなんなんだ?」
ユリウスがなんと言おうと、たかが言葉だ。どうとでも言える。
前世のユリウスは、妹の話を毎日のように語る癖に、その妹を頑なに自分たちに見せることはなかった。両親を失った身の上で、家族はたった一人。過保護になっても仕方ないだろうと思っていたのだ。
ドレアスが抱く小さな細い肩はずっと震えていた。
「殺したとか殺してないとかもういいよ……ただ、ユリウスは、敵なの? ベネットが、お前のいもうとが、魔王になったからって……殺すの?」
大きく上下した肩からずっと伝わる震えにドレアスはベネットの顔色を窺う。初めて出会ったあの日のように、怯えきった目と青白くなった顔。穏やかに笑って過ごしてほしい、幸せになってほしいと願い続けてきた。運命が、たった一つの部分だけでも違っていればこんなことにならなかったんじゃないか。だけど、そうしたらきっと自分たちはベネットに出会うことはなかったかもしれない。
ジェイソンが言っていた言葉を思い出す。奴隷市場で救われたあの日、ベネットと共にいたかもしれない誰か。ユリウスがどうやって、姿が変わり奴隷となった自分たちを見つけたのか見当もつかないが、奴隷として陥れることは人為的に操作できる。であれば、売り飛ばされた行く先も目安がつけられるのではないか。
思考は既に、全ての思惑はユリウスが仕組んだものとして出来上がりすぎていた。
「ジェイソンくん……」
「だったら……ユリウスはオレたちの敵。一番強いお前にはオレ一人じゃ勝てない、でもトーマもドレアスも、サイロンもいる。それに後ろの兵士たちは……よわい」
ベネットは弱々しく手を伸ばした。届くはずもないのに。
「おいユリウス!!さっさとしろ!!」
「……俺は、お前たちなら分かってくれると信じているぞ」
「わらわせないで」
先攻はジェイソンだった。一瞬、姿が消えたことに後ろの兵士たちはどよめく。そして気付いた時には、その姿はユリウスの眼前にあった。ガンッ、と鈍い音が響き剣を盾で防いだのかと目をゆっくり開く。そこに、剣も盾もなかった。ジェイソンが繰り出した素手での攻撃を、ユリウスが鉄製の手甲で抑えている。その衝撃は時間差で砂煙を巻き上げた。
「いけェ!! 進め!!」
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