もう転生しませんから!

さかなの

文字の大きさ
20 / 49
建国 編【L.A 2064】

いつかの あのひ

しおりを挟む

『わ、たし……どうしたんだろう?』

 視界がぐらぐらと回る。車輪も、回っている。

――痛い、体中が痛い、痛いよ

 色んな人たちが私を見下ろしている。何かを叫びながら、口を手で押さえて涙を流しながら。

――ここは、曲がり角の、果物屋さんだっけ

 見回そうにも首が動かない。痛くて熱いのに、すごく寒かった。

『あれ……この子は……』

 見えているか分からなかった視界が一気に開く。少女の顔が、はっきり見えた。

――私は、この子を知っている?どこかで会った……?

 少女は私に何か言っている。でも、聞こえない。

――ねぇ、何を言っているの。聞こえないの。体も、動かないの。

――ねぇ、あなたは誰なの?どうして、私はあなたの顔が分かるの?

「……こうするしか……なかったの……行きましょう、戻るべきところへ」

――私……あなたのその紫の目、知っているわ
――だって、それは

**************

 トーマは地面から膝と手の平を剥がせず硬直していた。ドレアスはもはや責める言葉も浮かばず、目を逸らしてため息を洩らす。
 別に、人数が増えたことを怒っているのではない。むしろ、元々そういう予定でいたのだからよいのだ。ただ……ただ一言、相談してくれてさえいれば……。

「あなたには……驚かされることばかりですよ……」
「やだぁ、そんなに褒めないでよ」
「褒めてませんよ!!」

 ぐわっ、と大口を開けて叫ぶがアオイには何一つ心の叫びが届いていない。きっとこの頭蓋骨を殴っても意味はない、というか自分の拳が痛いだけの未来が簡単に予測できる。

「……魔族……」

 難民たちは、誰も彼もがボロボロの衣服も纏い、痩せこけた頬、長距離を歩くために揃って持ち歩く杖。すぐ近くにいた、とアオイは言ったが移動魔術を使える彼にとっての近くとは一体どこなのか。
 しかし、難民たちの種族とこの城の位置を考えれば、どこから歩き続けたかなど予想するにたやすい。
 緑や紫、青白い肌、砂漠で暮らすために変異した皮膚と薄い膜が重なる二重の目蓋や、意志によって自由に閉じることのできる鼻や耳。ゴブリンやオークといった『魔族』と呼ばれるものたちだった。
 この砂漠は魔族の国『マーブロス』と、トーマたちが前世で属していた軍事国家『ミドラス』の中心にあたる。きっと……マーブロスから彼らは自分たちの足だけでここを見つけたのだろう。

「あの、すみません……せっかく連れてきて頂いたようですが、ご迷惑でしたら立ち去ります」
「いいえ……いいえっ!まだ、家も畑もない土地ですが……数日分の蓄えなら皆さんの分もあります。その、むしろこちらの方が申し訳ないというか……」

 驚いたまま動けずにいたベネットが砂を蹴りながら走り寄って、その手を掴む。俯いたままの難民は一瞬その瞳に希望を灯したが、その顔を歪めて手を握り返すことはなかった。

「……ま、魔王……?」
「あっ……はい」

 ベネット自身も彼らが魔族ならば、ツノが生えているから魔王と呼ばれる自分でも受け入れてくれるのではないかと。同じ魔族として親近感を抱いてくれるのではないかと、それは甘い考えだったというのに。

「その方々は……貴女様の幹部、ということでしょうか……我々は……奴隷、ですか?」

 他の人たちに、自分たちはそう見られているのかと初めて知った。自分たちが困っている民を集めても、救おうとしている者や外野にいる他者でさえ、魔王が傍に置くものは奴隷と決まっていると。
 ベネットはトーマたちを家族のように感じていた。弟や妹、そして兄や姉のように。だから、その言葉があまりに胸を突き刺してきて、彼の手を離した。

「アオイ、お前なんの説明もなしに連れてきたのかよ」
「忘れてたぁ」

 きっと説明したとしても誰もついてはこないだろう。なにせ、彼らは『魔王』が治める魔族の国から逃れてきたのであろうものたちなのだから。

「違います! 私はっ、魔王ですがまだまだ若輩で……偽善とか、気まぐれとか、きっと疑う気持ちはあると思います。でも、私はただ困ってるヒトを助けたいという理由しか、言えないんです」

 ただ、そう言うことしかできなかった。信じてほしい一心だった。だから、難民たちがどんな顔で自分を見ているか確かめることができない。ぎゅっと目蓋をきつく閉ざし、自分でも手や肩が震えていることが分かった。
 決めたのに、強い魔王になって、国を作るって。それなのに。

「ベネット様は正直すぎます……」
「ベネットらしいね」

 肩に触れる温もりはいつも感じていたもの。凍り付きそうだった心臓が、ほうと温かくなっていく。

「そういうことです。この地は現在、我々しかおりません。家を作るにも、畑を作るにも恥ずかしながら私達はその知識を持ち得ていません。この中で、そういった類に精通していらっしゃる方がいれば助かるのですが……」

 難民のうちの半分ほどが片手を上げる。子供でさえも。そして、ベネットも。

「ベネット様はいいんだよ……」
「だめです! 私が言い出したんです、私が決めたんです! 私だって……手伝います」

 疑う気持ちと困惑する気持ちが混ざった顔が揃って並んでいた。口を半開きにして。
 自分一人だけじゃ、ここまで来られなかった。ユリウスがトーマたちのことを教えてくれなければ。サイロンが見つけてくれなければ。アオイが来なければ。だからきっとこれからも、自分一人じゃ進めない、実現なんてできない。
 平凡な人生が好きだった。無知でいることを誰にも責められない人生は楽だった。だけどそんなものは何度も続かない。遅かれ早かれ、こうなるさだめだったというなら……今までの人生はきっと猶予だったのだろう。一番に受け入れなければならないのは、自分なんだから。

「……本当に、私達を奴隷にはしないのですね」
「誓います、ここをいい土地にしたいんです……兄が、戻ってきたら……笑って過ごせるような……」

 信じていない、そう告げている瞳が見ている。魔王は恐れられるだけではない、信頼される、ということが始めから存在しないのだ。ただ、魔王だというだけで。

「貴女みたいな魔王もいるんですね……私達も、信じます。もう疲れたんです……度重なる転生で、奴隷になったり、魔族に生まれたり……手伝わせてください、ここを、よい町にしましょう」

 彼もまた、転生者だった。多くの苦労をして、苦痛を味わってきたのだろう。自分とは違って。
 でも、その目が和らいだことが確かに分かる。微笑んでくれたことが、同じものを目指してくれると言ってくれたことが嬉しくて、たまらなくて。

「……ッ、ありがとう、ございます」

 もう一度、その手を握った。かさついて、タコだらけでボロボロのその手は、温かかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

いいえ、望んでいません

わらびもち
恋愛
「お前を愛することはない!」 結婚初日、お決まりの台詞を吐かれ、別邸へと押し込まれた新妻ジュリエッタ。 だが彼女はそんな扱いに傷つくこともない。 なぜなら彼女は―――

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

貴族令嬢、転生十秒で家出します。目指せ、おひとり様スローライフ

ファンタジー
第18回ファンタジー小説大賞にて奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 貴族令嬢に転生したリルは、前世の記憶に混乱しつつも今世で恵まれていない環境なことに気が付き、突発で家出してしまう。 前世の社畜生活で疲れていたため、山奥で魔法の才能を生かしスローライフを目指すことにした。しかししょっぱなから魔物に襲われ、元王宮魔法士と出会ったり、はては皇子までやってきてと、なんだかスローライフとは違う毎日で……?

「地味ブス」と捨てられた私、文化祭の大型スクリーンで王子様の裏の顔を全校生に配信します

スカッと文庫
恋愛
「お前みたいな地味女、引き立て役にもならないんだよ」 眼鏡にボサボサ頭の特待生・澪(みお)は、全校生徒が見守る中、恋人だった学園の王子・ハルトから冷酷に捨てられた。 隣には、可憐な微笑みを浮かべる転校生・エマ。 エマの自作自演により「いじめの犯人」という濡れ衣まで着せられ、学園中から蔑まれる澪。 しかし、彼女を嘲笑う者たちはまだ知らない。 彼女が眼鏡の奥に、誰もが平伏す「真実の美貌」と、学園さえも支配できる「最強の背景」を隠していることを――。 「……ねぇ、文化祭、最高のステージにしてあげる」 裏切りへのカウントダウンが今、始まる。 スクリーンの裏側を暴き、傲慢な王子と偽りのヒロインを奈落へ突き落とす、痛快・学園下剋上ファンタジー!

処理中です...