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建国 編【L.A 2064】
いつかの あのひ
しおりを挟む『わ、たし……どうしたんだろう?』
視界がぐらぐらと回る。車輪も、回っている。
――痛い、体中が痛い、痛いよ
色んな人たちが私を見下ろしている。何かを叫びながら、口を手で押さえて涙を流しながら。
――ここは、曲がり角の、果物屋さんだっけ
見回そうにも首が動かない。痛くて熱いのに、すごく寒かった。
『あれ……この子は……』
見えているか分からなかった視界が一気に開く。少女の顔が、はっきり見えた。
――私は、この子を知っている?どこかで会った……?
少女は私に何か言っている。でも、聞こえない。
――ねぇ、何を言っているの。聞こえないの。体も、動かないの。
――ねぇ、あなたは誰なの?どうして、私はあなたの顔が分かるの?
「……こうするしか……なかったの……行きましょう、戻るべきところへ」
――私……あなたのその紫の目、知っているわ
――だって、それは
**************
トーマは地面から膝と手の平を剥がせず硬直していた。ドレアスはもはや責める言葉も浮かばず、目を逸らしてため息を洩らす。
別に、人数が増えたことを怒っているのではない。むしろ、元々そういう予定でいたのだからよいのだ。ただ……ただ一言、相談してくれてさえいれば……。
「あなたには……驚かされることばかりですよ……」
「やだぁ、そんなに褒めないでよ」
「褒めてませんよ!!」
ぐわっ、と大口を開けて叫ぶがアオイには何一つ心の叫びが届いていない。きっとこの頭蓋骨を殴っても意味はない、というか自分の拳が痛いだけの未来が簡単に予測できる。
「……魔族……」
難民たちは、誰も彼もがボロボロの衣服も纏い、痩せこけた頬、長距離を歩くために揃って持ち歩く杖。すぐ近くにいた、とアオイは言ったが移動魔術を使える彼にとっての近くとは一体どこなのか。
しかし、難民たちの種族とこの城の位置を考えれば、どこから歩き続けたかなど予想するにたやすい。
緑や紫、青白い肌、砂漠で暮らすために変異した皮膚と薄い膜が重なる二重の目蓋や、意志によって自由に閉じることのできる鼻や耳。ゴブリンやオークといった『魔族』と呼ばれるものたちだった。
この砂漠は魔族の国『マーブロス』と、トーマたちが前世で属していた軍事国家『ミドラス』の中心にあたる。きっと……マーブロスから彼らは自分たちの足だけでここを見つけたのだろう。
「あの、すみません……せっかく連れてきて頂いたようですが、ご迷惑でしたら立ち去ります」
「いいえ……いいえっ!まだ、家も畑もない土地ですが……数日分の蓄えなら皆さんの分もあります。その、むしろこちらの方が申し訳ないというか……」
驚いたまま動けずにいたベネットが砂を蹴りながら走り寄って、その手を掴む。俯いたままの難民は一瞬その瞳に希望を灯したが、その顔を歪めて手を握り返すことはなかった。
「……ま、魔王……?」
「あっ……はい」
ベネット自身も彼らが魔族ならば、ツノが生えているから魔王と呼ばれる自分でも受け入れてくれるのではないかと。同じ魔族として親近感を抱いてくれるのではないかと、それは甘い考えだったというのに。
「その方々は……貴女様の幹部、ということでしょうか……我々は……奴隷、ですか?」
他の人たちに、自分たちはそう見られているのかと初めて知った。自分たちが困っている民を集めても、救おうとしている者や外野にいる他者でさえ、魔王が傍に置くものは奴隷と決まっていると。
ベネットはトーマたちを家族のように感じていた。弟や妹、そして兄や姉のように。だから、その言葉があまりに胸を突き刺してきて、彼の手を離した。
「アオイ、お前なんの説明もなしに連れてきたのかよ」
「忘れてたぁ」
きっと説明したとしても誰もついてはこないだろう。なにせ、彼らは『魔王』が治める魔族の国から逃れてきたのであろうものたちなのだから。
「違います! 私はっ、魔王ですがまだまだ若輩で……偽善とか、気まぐれとか、きっと疑う気持ちはあると思います。でも、私はただ困ってるヒトを助けたいという理由しか、言えないんです」
ただ、そう言うことしかできなかった。信じてほしい一心だった。だから、難民たちがどんな顔で自分を見ているか確かめることができない。ぎゅっと目蓋をきつく閉ざし、自分でも手や肩が震えていることが分かった。
決めたのに、強い魔王になって、国を作るって。それなのに。
「ベネット様は正直すぎます……」
「ベネットらしいね」
肩に触れる温もりはいつも感じていたもの。凍り付きそうだった心臓が、ほうと温かくなっていく。
「そういうことです。この地は現在、我々しかおりません。家を作るにも、畑を作るにも恥ずかしながら私達はその知識を持ち得ていません。この中で、そういった類に精通していらっしゃる方がいれば助かるのですが……」
難民のうちの半分ほどが片手を上げる。子供でさえも。そして、ベネットも。
「ベネット様はいいんだよ……」
「だめです! 私が言い出したんです、私が決めたんです! 私だって……手伝います」
疑う気持ちと困惑する気持ちが混ざった顔が揃って並んでいた。口を半開きにして。
自分一人だけじゃ、ここまで来られなかった。ユリウスがトーマたちのことを教えてくれなければ。サイロンが見つけてくれなければ。アオイが来なければ。だからきっとこれからも、自分一人じゃ進めない、実現なんてできない。
平凡な人生が好きだった。無知でいることを誰にも責められない人生は楽だった。だけどそんなものは何度も続かない。遅かれ早かれ、こうなるさだめだったというなら……今までの人生はきっと猶予だったのだろう。一番に受け入れなければならないのは、自分なんだから。
「……本当に、私達を奴隷にはしないのですね」
「誓います、ここをいい土地にしたいんです……兄が、戻ってきたら……笑って過ごせるような……」
信じていない、そう告げている瞳が見ている。魔王は恐れられるだけではない、信頼される、ということが始めから存在しないのだ。ただ、魔王だというだけで。
「貴女みたいな魔王もいるんですね……私達も、信じます。もう疲れたんです……度重なる転生で、奴隷になったり、魔族に生まれたり……手伝わせてください、ここを、よい町にしましょう」
彼もまた、転生者だった。多くの苦労をして、苦痛を味わってきたのだろう。自分とは違って。
でも、その目が和らいだことが確かに分かる。微笑んでくれたことが、同じものを目指してくれると言ってくれたことが嬉しくて、たまらなくて。
「……ッ、ありがとう、ございます」
もう一度、その手を握った。かさついて、タコだらけでボロボロのその手は、温かかった。
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