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建国 編【L.A 2064】
がんばれば、いつかきっと
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「何か言いました?」
しかし聞き取れたのはベネットとジェイソンだけである。なぜアオイがそのような言葉を発したのか、それを考え終わる前にトーマの問いかけで意識が逸れてしまった。
「なんでもないよ、続けて」
「続けるんですか……ヒト族の国家、『ドラグディム』『ミドラス』『アラル』の三国に囲まれた『ブルヴェー』と呼ばれる国にそれらは住んでいます。まぁ、つまりヒト族以外……妖精族や魔族はブルヴェーに辿り着くことが困難になるんですよ」
「魔族はなおさらです……ヒト族の国家では街中を歩けやしない、見つかれば兵隊に捕まり尋問を受けます。何も……していなくとも……っ」
ベネットはそれを身を以って知っている。ただ歩いているだけで、恐れ、蔑まれ、石を投げられる。知らずのうちに握りしめた拳は震えていた。
「ブルヴェーは中立国家とされていますが……ヒト族にとってというだけです」
「ところでさぁ……ヒト族とか、妖精族ってなに?」
「はぁ!?」
この一言にはさすがに驚きと呆れが混ざってしまう。長く生きていたと言い、転生者でもあると口にしていた。多彩で豊富な知識、魔導師と呼ぶに相応しい魔術の並外れた知識も備えているというのに、まさか。
「あの……もしかしてあなた……私達の種族すら見た目で分かっていませんね?」
「全員ふつうに人だと思ってた」
この男、実は顔そのものが存在していないのではないのか? 見た目で判断できないということは視覚するための目がないという可能性もあり得る。しかし今までそのような所作は見受けられなかった。魔術の仕組みを知っていながら、種族についてを知らないとは。
「オレとトーマはねぇ、ダークエルフだよ。サイロンとドレアスはヒト、マテウスは獣人、ネコかな? あとここにはいないけど、ドワーフや竜もいるよ」
「ジェイソン、あのな」
何でも知っていると思っていたアオイにも知らないことがあった。自信満々に教えるジェイソンは『むふーっ』と鼻を鳴らしながら得意げに語る。ドレアスは何か気になることがあったのか、小声で続きを制した。
「ヒトによく似た獣人や魔族はどうやって見分けてるの?」
「魔族はヒトより頑丈、というかヒト族の体が一番弱い、竜が一番強いと思う、全部ウロコだし。完全に同じ姿をとられると見た目だけじゃわからない、傷の治りが早いとか、皮膚がちょっと硬いとか、鼻や耳がいいとか……そういう違いもある」
「へぇ~」
結局ドレアスの言いたかったことは自然と噤むことになってしまった。救助されたものたちはその多くが魔族である。そして白肌のエルフ、焦茶肌のダークエルフ、耳や尻尾のある獣人、あとはヒト族だ。
「樹木族も妖精族に列する……そして、エレメンタル以外にも精霊は、存在する。それは『ゴースト』と呼ばれるのだよ」
ここまででジェイソンが述べた種族は『ヒト族』『獣人族』『妖精族』『魔族』が主であった。そしてエルフやドワーフ、竜は『妖精族』にあたり、『樹木族』のデントロータスも同列だとサイロンは付け加える。残る『精霊族』とはエレメンタルも含まれ、もう一つの存在もあるということも。
「幽霊?」
「君の言った災害……それらはかつてゴーストの怒りだと呼ばれた。エレメンタルは力そのものであり目視できない、ゴーストは……存在しないのに目視でき、ビロストを開かずともエレメンタルを行使できる」
ゴーストと呼ばれるものを目にしたものはそう多くはない。平和に生きていれば、遭遇することもないからだ。ゆえに、どんな見た目をしているかというのを想像できるものは少ない……否、ゼロに近い。存在しないのに見えている、というのは如何に恐ろしいことか。人々が語り継ぐ『ゴースト』とは恐ろしい形相をした煙のようなものが魔術を操る、そんなものがほとんどなのだ。
「じゃあ俺は吸血鬼じゃなくてゴーストかな」
共に食事の輪に入っていた難民は突然出てきた『吸血鬼』という言葉に身を震わせる。血を啜る伝承の中の魔族、多くのものを殺した犯罪者への蔑称。飲み下したスープとは別に、湧いて出てきた唾が音を立てて喉仏を通り過ぎた。
「ふざける内容じゃないんだ、アオイ。災害は魔力を食いすぎたエレメンタルの仕業かもしれねぇ……だが、ゴーストによって引き起こされた災害……いや、大災害も存在したんだ」
「そのゴーストはどうやって生まれるのかな」
「それは……」
己の種族を自分自身で分かっていないらしいアオイは言えばなんの種族でも当てはめられるのかもしれない。けれどゴーストだけは言葉遊びでも認めるわけにはいかなかった。存在していないのに目視できる、確かに異質な雰囲気を纏い生き物の気配を感じられないアオイは『ゴースト』に最も近いと思うこともある。だがゴーストは大災害を呼び起こすもの。
「大災害が起こった土地と歴史を調べれば分かりそうだね。戦争さえなければ二次災害も起きなかった。そういうことでしょ」
転生者として長い期間の記憶を有していれば見当はついていた。大災害の巨大な竜巻、あれは『死者の魂』そのもののようだった。恨みを孕んだ魂がその場に留まってしまった存在。同じ精霊族であるがゆえなのか、ゴーストはエレメンタルを呼び出し自在に操って暴走する。エレメンタルのみが引き起こすような災害は、ゴーストが元になった大災害とは比べ物にならない。
「……案外、オートマタの中身はゴーストだったりして、ね」
「いやいや、それはないですよ……」
ひやりとし始めた空気に耐えられず、頬をひくつかせて男はぼそりと呟いた。
「皆さまは転生局に行かれたのですか?」
話の切りがいいところで話題を戻そうと、転生局の話を始めた男が身を乗り出す。ドレアスとジェイソンは顔を見合わせ苦笑いするしかできない。
「いやぁ、あたしらは……」
「国からの謀略に遭い、身分は剥奪され今までの資産も失いましたよ」
忌々しいと顔に貼りつけてトーマは眉間を抑えて声色低く告げた。
「身分の剥奪など……ありえるのですか」
「私達もよっぽどの大罪人でない限りはないと思っていました……」
「大罪人……ねぇ」
「……だって」
組んだ足に肘をついてドレアスは頬杖をしながら横目でにらむ。ジェイソンは納得できないと言いたそうに目を細めて唇で山を作っていた。
「そ、それで!転生局には行くんですか?もし行けるなら、私も行きたいです。兄のことを探せるかも……」
「いけません、お嬢様。ユリウスも僕たちと同じ身の上になったはずです。あなたが関与していると国に悟られれば、オートマタに拘束されてしまいます」
「そんな……」
転生局で面会が許可されているのは『本人が許可している人物』に限られている。つまりは、転生者自身が転生局で面会を許すものを許可する、という登録が必要なのだ。ミドラスで共に行動していたトーマたちは揃いも揃って転生局に赴いたことが原因で奴隷となっている。生前の親類の面会許可の手続きなどしている暇などない。仮に実の兄妹であったときに登録手続きを済ませていたとしても、いま転生局に向かえば自分たちのようにオートマタに突然拘束され奴隷市場へ直行だろう。
「あの、私たちもやはりやめることにします。そもそも、魔族に生まれた時点でブルヴェーに足を運ぶことすらきっとままならないのでしょうし……資産、といっても大層なものではありません。それにここでは資産など必要ないでしょうから」
「まぁ、それもそうだ……認証がされても今度は籍を置く国を定めなきゃならん」
救出した難民や奴隷たちの中で転生者はそう多くはなかったし、転生者だとしても魔族や獣人といった顔ぶれで結局のところまた奴隷にされるだけだ、と彼らも諦めるほかなかった。
もっとも、転生局へ行く理由で大きいものはやはり資産なのだ。認証が済めば、再び生前の家に戻れる。資産も手に入る。真っ当に生きていたならば金銭や住居で悩むことはない。けれどまた奴隷になることと、この地で新たなスタートを切るのとでは絶対的に後者の方がいいに決まっている。
「ならばここに国を作るのです!」
キンとした声が響き、皆の視線が一ヵ所に集まる。獣人の少女、マテウスはその目に強さと輝きをたたえてベネットをまっすぐ見ていた。
「えっ」
「魔王であるベネット様がいて、最強の魔導師であるアオイ様がいて、まぁ、その他ちょっと強い方々がいて……」
「おい、あの猫耳女……」
言葉の最後、マテウスはちらりとトーマやドレアスらが座っている方にちらりと目を向けたことに気付いたドレアスは面白くなさそうに言い捨てていた。目線はかち合って、ついでに一睨みしておいたはずだが少女は負けじときゅっと吊り上がった目を細めて睨み返す。さすがのドレアスもそれには驚き目を丸くしていたのだった。
「ここはもっとヒトが増えてもよいのです! 魔術の先進国家になれます! だって昨日まで魔術を使えなかった人たちが魔術を使える、明日も知れなかったマーたちが新しい服を着て、屋根のあるおうちで眠れて、笑って……ごはんを食べれる……」
ここにいるのは皆が皆、明日に怯え、生きることに嘆きながらも生き永らえ、睡眠も食事も満足にとれなかったものたちだ。目を閉じれば生きることが苦痛でしかなかったあの日々が鮮明に蘇る。いま生きている、この場所こそが夢ではないのかと思えるほどに。
「よい国に、できるはずなのです。だってみんな、苦しいことを、貧しいことを、知っているのです」
「マテウスさん……」
マテウスも他のものたちと何ら変わらない。あまりに幸せすぎる夢だ。どうか覚めないでほしいと、心穏やかに眠ることができない。おそろしいのだ、目を覚ませば自分はあの娼館にいたまま、商人にいたぶられ続けているのではないか。そう、思って。
「作ってほしいのです……マーたちのように……マーが苦しめた人たちのように、未来に絶望するヒトの多くを救える居場所を」
震える拳に、ベネットは手を伸ばそうとした。けれどそれはかなわない、この腕はまだまだ弱すぎる。期待に、希望に、重圧にこたえられるだけの力などないのだ。震える少女の手をとって、導くこともできない。
「……もとより、私たちの最終目標はそうですよ」
「トーマ……」
しかし、その目に強さはあってもまっすぐなものではなかった。現に、トーマはマテウスのことを見ていない、いや、見ることが出来ない。彼らの境遇に同情ができる、自分たちも同じ道を通ったから。けれどもその苦しみは短いものであって、彼らほど生きることに落胆はしなかった。
彼女は、その手段がどうであれ他者に恨まれるとしても誰かを少しでも救おうとした。そしてそれは、今も尚。しかし自分は未だに『自らの贖い』という理由でベネットという大きな駒を盾にして国家建設を企てている。彼女は、あまりに眩しすぎるのだ。
「あのぉ……」
「なぁに?」
「あの円盤、あんな動きであんな光りなんて発してましたっけ?」
男が指差したのは、アオイが開発した『敵襲コンパス』を改良した拡大版であった。すでに気付いていたものたちは物珍しそうに眺めていたが、あれがなんであるか分かっているトーマたちはただごとではない事態に息が止まる。
「敵襲ですか!」
「うんうん、赤いと敵襲」
「のんっきだな!!」
周りが立ち上がっているというのにアオイは座って両手で頬杖をついている。高見の見物でもしているかのように余裕さを見せつけて。
しかし聞き取れたのはベネットとジェイソンだけである。なぜアオイがそのような言葉を発したのか、それを考え終わる前にトーマの問いかけで意識が逸れてしまった。
「なんでもないよ、続けて」
「続けるんですか……ヒト族の国家、『ドラグディム』『ミドラス』『アラル』の三国に囲まれた『ブルヴェー』と呼ばれる国にそれらは住んでいます。まぁ、つまりヒト族以外……妖精族や魔族はブルヴェーに辿り着くことが困難になるんですよ」
「魔族はなおさらです……ヒト族の国家では街中を歩けやしない、見つかれば兵隊に捕まり尋問を受けます。何も……していなくとも……っ」
ベネットはそれを身を以って知っている。ただ歩いているだけで、恐れ、蔑まれ、石を投げられる。知らずのうちに握りしめた拳は震えていた。
「ブルヴェーは中立国家とされていますが……ヒト族にとってというだけです」
「ところでさぁ……ヒト族とか、妖精族ってなに?」
「はぁ!?」
この一言にはさすがに驚きと呆れが混ざってしまう。長く生きていたと言い、転生者でもあると口にしていた。多彩で豊富な知識、魔導師と呼ぶに相応しい魔術の並外れた知識も備えているというのに、まさか。
「あの……もしかしてあなた……私達の種族すら見た目で分かっていませんね?」
「全員ふつうに人だと思ってた」
この男、実は顔そのものが存在していないのではないのか? 見た目で判断できないということは視覚するための目がないという可能性もあり得る。しかし今までそのような所作は見受けられなかった。魔術の仕組みを知っていながら、種族についてを知らないとは。
「オレとトーマはねぇ、ダークエルフだよ。サイロンとドレアスはヒト、マテウスは獣人、ネコかな? あとここにはいないけど、ドワーフや竜もいるよ」
「ジェイソン、あのな」
何でも知っていると思っていたアオイにも知らないことがあった。自信満々に教えるジェイソンは『むふーっ』と鼻を鳴らしながら得意げに語る。ドレアスは何か気になることがあったのか、小声で続きを制した。
「ヒトによく似た獣人や魔族はどうやって見分けてるの?」
「魔族はヒトより頑丈、というかヒト族の体が一番弱い、竜が一番強いと思う、全部ウロコだし。完全に同じ姿をとられると見た目だけじゃわからない、傷の治りが早いとか、皮膚がちょっと硬いとか、鼻や耳がいいとか……そういう違いもある」
「へぇ~」
結局ドレアスの言いたかったことは自然と噤むことになってしまった。救助されたものたちはその多くが魔族である。そして白肌のエルフ、焦茶肌のダークエルフ、耳や尻尾のある獣人、あとはヒト族だ。
「樹木族も妖精族に列する……そして、エレメンタル以外にも精霊は、存在する。それは『ゴースト』と呼ばれるのだよ」
ここまででジェイソンが述べた種族は『ヒト族』『獣人族』『妖精族』『魔族』が主であった。そしてエルフやドワーフ、竜は『妖精族』にあたり、『樹木族』のデントロータスも同列だとサイロンは付け加える。残る『精霊族』とはエレメンタルも含まれ、もう一つの存在もあるということも。
「幽霊?」
「君の言った災害……それらはかつてゴーストの怒りだと呼ばれた。エレメンタルは力そのものであり目視できない、ゴーストは……存在しないのに目視でき、ビロストを開かずともエレメンタルを行使できる」
ゴーストと呼ばれるものを目にしたものはそう多くはない。平和に生きていれば、遭遇することもないからだ。ゆえに、どんな見た目をしているかというのを想像できるものは少ない……否、ゼロに近い。存在しないのに見えている、というのは如何に恐ろしいことか。人々が語り継ぐ『ゴースト』とは恐ろしい形相をした煙のようなものが魔術を操る、そんなものがほとんどなのだ。
「じゃあ俺は吸血鬼じゃなくてゴーストかな」
共に食事の輪に入っていた難民は突然出てきた『吸血鬼』という言葉に身を震わせる。血を啜る伝承の中の魔族、多くのものを殺した犯罪者への蔑称。飲み下したスープとは別に、湧いて出てきた唾が音を立てて喉仏を通り過ぎた。
「ふざける内容じゃないんだ、アオイ。災害は魔力を食いすぎたエレメンタルの仕業かもしれねぇ……だが、ゴーストによって引き起こされた災害……いや、大災害も存在したんだ」
「そのゴーストはどうやって生まれるのかな」
「それは……」
己の種族を自分自身で分かっていないらしいアオイは言えばなんの種族でも当てはめられるのかもしれない。けれどゴーストだけは言葉遊びでも認めるわけにはいかなかった。存在していないのに目視できる、確かに異質な雰囲気を纏い生き物の気配を感じられないアオイは『ゴースト』に最も近いと思うこともある。だがゴーストは大災害を呼び起こすもの。
「大災害が起こった土地と歴史を調べれば分かりそうだね。戦争さえなければ二次災害も起きなかった。そういうことでしょ」
転生者として長い期間の記憶を有していれば見当はついていた。大災害の巨大な竜巻、あれは『死者の魂』そのもののようだった。恨みを孕んだ魂がその場に留まってしまった存在。同じ精霊族であるがゆえなのか、ゴーストはエレメンタルを呼び出し自在に操って暴走する。エレメンタルのみが引き起こすような災害は、ゴーストが元になった大災害とは比べ物にならない。
「……案外、オートマタの中身はゴーストだったりして、ね」
「いやいや、それはないですよ……」
ひやりとし始めた空気に耐えられず、頬をひくつかせて男はぼそりと呟いた。
「皆さまは転生局に行かれたのですか?」
話の切りがいいところで話題を戻そうと、転生局の話を始めた男が身を乗り出す。ドレアスとジェイソンは顔を見合わせ苦笑いするしかできない。
「いやぁ、あたしらは……」
「国からの謀略に遭い、身分は剥奪され今までの資産も失いましたよ」
忌々しいと顔に貼りつけてトーマは眉間を抑えて声色低く告げた。
「身分の剥奪など……ありえるのですか」
「私達もよっぽどの大罪人でない限りはないと思っていました……」
「大罪人……ねぇ」
「……だって」
組んだ足に肘をついてドレアスは頬杖をしながら横目でにらむ。ジェイソンは納得できないと言いたそうに目を細めて唇で山を作っていた。
「そ、それで!転生局には行くんですか?もし行けるなら、私も行きたいです。兄のことを探せるかも……」
「いけません、お嬢様。ユリウスも僕たちと同じ身の上になったはずです。あなたが関与していると国に悟られれば、オートマタに拘束されてしまいます」
「そんな……」
転生局で面会が許可されているのは『本人が許可している人物』に限られている。つまりは、転生者自身が転生局で面会を許すものを許可する、という登録が必要なのだ。ミドラスで共に行動していたトーマたちは揃いも揃って転生局に赴いたことが原因で奴隷となっている。生前の親類の面会許可の手続きなどしている暇などない。仮に実の兄妹であったときに登録手続きを済ませていたとしても、いま転生局に向かえば自分たちのようにオートマタに突然拘束され奴隷市場へ直行だろう。
「あの、私たちもやはりやめることにします。そもそも、魔族に生まれた時点でブルヴェーに足を運ぶことすらきっとままならないのでしょうし……資産、といっても大層なものではありません。それにここでは資産など必要ないでしょうから」
「まぁ、それもそうだ……認証がされても今度は籍を置く国を定めなきゃならん」
救出した難民や奴隷たちの中で転生者はそう多くはなかったし、転生者だとしても魔族や獣人といった顔ぶれで結局のところまた奴隷にされるだけだ、と彼らも諦めるほかなかった。
もっとも、転生局へ行く理由で大きいものはやはり資産なのだ。認証が済めば、再び生前の家に戻れる。資産も手に入る。真っ当に生きていたならば金銭や住居で悩むことはない。けれどまた奴隷になることと、この地で新たなスタートを切るのとでは絶対的に後者の方がいいに決まっている。
「ならばここに国を作るのです!」
キンとした声が響き、皆の視線が一ヵ所に集まる。獣人の少女、マテウスはその目に強さと輝きをたたえてベネットをまっすぐ見ていた。
「えっ」
「魔王であるベネット様がいて、最強の魔導師であるアオイ様がいて、まぁ、その他ちょっと強い方々がいて……」
「おい、あの猫耳女……」
言葉の最後、マテウスはちらりとトーマやドレアスらが座っている方にちらりと目を向けたことに気付いたドレアスは面白くなさそうに言い捨てていた。目線はかち合って、ついでに一睨みしておいたはずだが少女は負けじときゅっと吊り上がった目を細めて睨み返す。さすがのドレアスもそれには驚き目を丸くしていたのだった。
「ここはもっとヒトが増えてもよいのです! 魔術の先進国家になれます! だって昨日まで魔術を使えなかった人たちが魔術を使える、明日も知れなかったマーたちが新しい服を着て、屋根のあるおうちで眠れて、笑って……ごはんを食べれる……」
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「マテウスさん……」
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「作ってほしいのです……マーたちのように……マーが苦しめた人たちのように、未来に絶望するヒトの多くを救える居場所を」
震える拳に、ベネットは手を伸ばそうとした。けれどそれはかなわない、この腕はまだまだ弱すぎる。期待に、希望に、重圧にこたえられるだけの力などないのだ。震える少女の手をとって、導くこともできない。
「……もとより、私たちの最終目標はそうですよ」
「トーマ……」
しかし、その目に強さはあってもまっすぐなものではなかった。現に、トーマはマテウスのことを見ていない、いや、見ることが出来ない。彼らの境遇に同情ができる、自分たちも同じ道を通ったから。けれどもその苦しみは短いものであって、彼らほど生きることに落胆はしなかった。
彼女は、その手段がどうであれ他者に恨まれるとしても誰かを少しでも救おうとした。そしてそれは、今も尚。しかし自分は未だに『自らの贖い』という理由でベネットという大きな駒を盾にして国家建設を企てている。彼女は、あまりに眩しすぎるのだ。
「あのぉ……」
「なぁに?」
「あの円盤、あんな動きであんな光りなんて発してましたっけ?」
男が指差したのは、アオイが開発した『敵襲コンパス』を改良した拡大版であった。すでに気付いていたものたちは物珍しそうに眺めていたが、あれがなんであるか分かっているトーマたちはただごとではない事態に息が止まる。
「敵襲ですか!」
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