Assassin

碧 春海

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三章

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 大神と川瀬は優子の情報を元に、早速『占いの館』へと向かった。看板を確認し、営業時間前であったが、ビルに入り『サニー・優』の札が掛かった扉を叩いた。
「どうぞ、お入りください」
 ノックに答えるように声が帰ってきて、大神がゆっくりと扉を開け2人が部屋の中へ入って行った。
「どうぞお掛けください」
 男は椅子を示した。
「すみません。客ではなく、警察の者です」
 2人は同時に警察手帳を出す為に懐へ手を伸ばした。
「分かっていますから、手帳の提示は結構です。あなたが大神、そちらは川瀬刑事ですよね」
 それぞれ右手で示した。
「えっ、そんなことまで分かるのですか」
 川瀬が驚いて声を発した。
「おい、大神。扉の札を見て気づかなかったのか。サニー・優だぞ」
 男は立ち上がった。
「まっ、まさか・・・・・優作なのか」
「えっ、朝比奈さんなんですか」
 2人同時に言葉を発し、男はサングラスを外しマスクと帽子も取った。
「思ったより早かったな。あっ、優子さんから連絡をもらったんだな」
 衣装も脱いで大神に近づいた。
「どっ、どうしてお前がこんなところに・・・・・・」
 顔の表情が固まった。
「見ての通り、手相の占いをやってるよ。よかったら見てやろうか」
 座り直して答えた。
「馬鹿、そんなことで、わざわざ来るわけないだろう」
 今度は呆れ顔で朝比奈を見た。この男、朝比奈優作は、大神の小、中、高校の同級生で、1度大手の製薬会社に入社したが、直ぐに辞めてしまい今は色々なバイトを掛け持つフリーターである。
「昨夜、名古屋港で亡くなっていた野神洋一、野神探偵事務所の所長のことだろ」
「えっ、どうして、名前は報道されたが、職業はマスコミには流れていないはずだぞ」
「ああっ、姉さんの依頼で色々調査することがあって、何度か会った事があるんだ。相手は覚えていないようで、昨夜来た時も全く気付かなかったみたいだな」
「どんな話をしたんだ」
「一応、占い師でも相手が誰かと分かっている場合は、個人の情報に対しては守秘義務があると思いますので、警察であってもお話はできませんね。でも、随分悩んでいたことは間違いないね」
「警察に手がかりは無しってことか」
 残念そうに答えた。
「まぁ、本人は既に亡くなっているのだから、情報次第では手掛かりになるかもな、早く教えろよ」
「それこそ個人情報だ。一般市民に教えることはできないな」
「あれ、そんなこと言ってもいいのかな。事件に関しては、随分貸しがあるはずだけど、まぁ無理強いはしませんよ。手段は色々ありますからね。ただ、遅れれば遅れる程、事件解決も伸びることになるんじゃないのかな」
「お前、警察を脅すつもりなのか・・・・・・まぁ、良いだろう。体内からはアルコールが検出された為、酒に酔って桟橋から転落したと1課は考えているようだ」
「それで、血中のアルコール濃度はどれくらいだったんだ」
「確か、O.35%だったと思う」
「お前も知っているように、酒に弱い強いの差はあるものの、彼は酩酊状態にあったと考えられるよな。1人で桟橋まで歩いて行くのは無理だと思う。先ずは、酒を飲んでから桟橋までの行動をチェックする必要があるな」
「ここを出たのは何時なんだ」
「8時半頃入店して9時少し前に帰っていったと思うけど、そこからの監視カメラを確認するのも大変だよな。事件性の確信がない『宙ぶらりん』の状態で、鑑識班が簡単に動いてくれるとは考え難いな。仕方ないから、推理するしかないな。野神さんの胃での未消化物については分かっているのか」
「解剖は済んでいるが、詳しい報告は勿論受けていない」
「じゃ、その内容物について聞いてくれ」
「何でお前が命令するんだよ」
「あれ、彼の行動を知りたくないの?折角、事件解決に協力してやろうと思っているのに、嫌なら別にいいよ」
「分かったよ」
 大神はスマホを取り出して解剖医の知り合いに連絡を取った。
『大神です。昨夜、名古屋港で亡くなった遺体の解剖をお願いしたと思うけど、胃の内容物について教えてくれないか・・・・・・・大根、玉子、はんぺん、こんにゃく、牛すじ、ちくわなどの練り物類・・・・・・・分かった、ありがとう』
 大神はスマホをポケットに戻した。
「おでんの具だから、ここから近い店で有名店なのは『おでん鈴屋』と『みなもと』、兎に角話を聞いてみようか。館長に話してくるから、少し待っててくれ」
 そう言うと衣装を持って奥の部屋へと消えた。
「朝比奈さんて、こんなことまでしてるんですね」
 異様な雰囲気に体を震わせた。
「カミさんから聞いた話なんたけど『ゼア・イズ』の仕事が減って、色々バイト先を探していたんじゃないのかな。まぁ、流石に占い師になっていたとは思ってもみなかったけどな」 
 机に置かれたパンフレットを手にした。
「班長、朝比奈さんに事件のこと話したりして本当に大丈夫ですか。また首を突っ込んできますよ」
 川瀬は心配顔で大神を見た。
「分かってるよ。でも、ピラニアと同じで1度食いついたら決して離さないからな。止めることは誰もできないよ」
 そう話していると、奥の部屋から朝比奈が黒のジャケットに着替えて戻ってきた。
「どうせまた2人で、俺の悪口を言い合ってたんだろ」
 朝比奈はそう言いながら部屋の扉を開け、札を裏返してクローズにした。
「悪口じゃなく、事実を言ってただけだ。それで、そのおでんの店はどこにあるんだよ」
 ビルを出てると、止めていた車へと向かった。
「歩いて行ける距離だから車は必要ない、こっちだ」
 朝比奈は中心街に向かって歩き始め、しばらく歩いて多くの店が並ぶ繁華街へと辿りついた。
「先ずはこの店から調べてみますか」
 朝比奈は『おでん鈴屋』の看板が掲げられた店の扉を開けた。
「いらっしゃいませ。あっ、朝比奈さん久しぶりですね」
 若い店員の男性が声を掛けてきた。
「今日は3名だけど、奥の席空いてるかな」
「どうぞ」
「ここはおでんも美味いが、味噌カツもいけますよ。何にしますか」
 席に着くと朝比奈がメニューを開いた。
「一緒でいいよ」
「それじゃ、健ちゃん、おでん定食を3つお願いします。それと、昨夜この店にきたお客さんについてなんだけど」
 メニューを下の位置に戻すと川瀬の顔を見た。
「あっ、はい」
 川瀬は慌ててスマホの画像を見せた。
「この男性が、昨夜9時半前後にこの店にこなかったかな」
 スマホに顔を近づけた。
「あっ、確かに、この男性は10時前に入店されて、11時過ぎに帰られました」
 調理場に向けて手でサインを送った。
「ちょっと詳しく教えてくれないかな」
「あっ、はい、1人で入店されて、おでんを単品でたのまれ、熱燗を飲まれていました。ただ、お酒に弱いのか結構酔っ払ってフラフラで、隣に座っていた男の人が支えて帰られましたね」
「その男の特徴を覚えているかい」
「帽子をかぶり、サングラスにマスクをしていました。おでんと生ビールを注文されましたが、殆んど手を付けていませんでしたね」
「ありがとう」
 朝比奈のお礼の言葉を後に戻っていった。
「犯人は、横に座っていた男なんでしょうか」
 川瀬が尋ねた。
「後で、この近くの監視カメラを確認すれば分かるだろうが、まず間違いないだろう。しかし、朝比奈、よくこの店だって分かったな」
 今度は、大神が尋ねた。
「あっ、それはもう1軒の『みなもと』は、牛すじやうずらの玉子みたいな串物は置いてないはずだからね。それよりも、先程の健ちゃんの話によると、始めから野神さんを狙っていたみたいだな。多分、監視カメラを確認しても、手掛かりは残していないでしょうね」
「プロの仕業ってことだな」
 3人分のおでん定食が運ばれて、そのボリュームに驚いた。
「殺害された動機の方から調べた方が良さそうだな」
 美味しそうに大根をほうばった。
「どうして何度も、お前が捜査の指図をするんだよ」
 大神は箸の先を朝比奈に向けた。
「糸口を見つけ出したのは俺なんだよね。俺が口出ししなければ、事故死として処理されていたんだろうからね」
 朝比奈は全く気にせず、3つの小皿にからしと柚子胡椒それに味噌だれを、それぞれ少しずつ分けた。
「味噌田楽はよく聞きますが、おでんの具に柚子胡椒は珍しいですね」
 朝比奈の手元の小皿を見て川瀬が驚いた。
「まぁ、一般的にはからしなんだけど、柚子胡椒をつけることでおでんにフルーティーな酸味がプラスされ、柚子の香りも楽しめます。こうして3つに分ければ1つの具材で3種類の味が楽しめますからね。因みに、ここの味噌だれは、赤味噌とみりん、料理酒に赤砂糖で甘味を付けているのが特徴なんだ。そのままでも美味しいけど、1度試してみな」
 大根に味噌だれを付けて口に運んだ。
「そんなことはどうでもいい。しかし、お前、内のカミさんと美紀さんの手相を見たってことだよな。本当に気づかなかったのか」
 不思議そうに頭を傾げた。
「まぁ、先程の衣装を着てたし、声も変えてたからな」
「変えていた?」
「ああっ、腹話術も習っていたから、声優さん程ではないが声色を出せるんだ。でも、あの時は驚いたね。2人一緒にくるんだからな」
「そっ、それで何を占って欲しいと言ってたんだ」
「それは色々とな。一様客の個人情報なんで、内容は話せないな。でも、占って欲しいってことは、悩み事があるってことだろ。もう少し、優子さんに気を使ってやれよ」
「そんなこと言われると、益々気になるんですけど」
「そんなに気になるんなら、本人に直接聞くのが一番早いんじゃないか」
「いや、ちょっと待てよ。カミさんのことを占うって、お前性格や現在の状況も全て知っている訳だから、それってただの身の上相談じゃないのか」
「あのね、そもそも占い師になるのに資格は不要です。まぁ、中には免状・免許皆伝の証書が必要となるものもあるけど、必ず取得しなければならない資格は一切ありません。一応、基礎的な占術を身に付ける必要があり、独学・弟子入り・スクールの受講があるけど、俺は独学でしっかり勉強して占い、それに対する対価をもらっているだけだ。それで、結構当たると評判になっているはずだけど」
 スマホで検索した画面を見せた。
「優作が占い師なんてな」
 呆れ顔でスマホでの評価を確認した。
「このことは、優子さんには黙っておいてくれよな。知れたら、必然的に美紀にもバレ、姉貴にも伝わっちゃうから」
 最後に右の人差し指を唇に当てた。
「仕方ないから、黙っててやるよ」
「あっ、優子さんと言えば、確かに野神の後から部屋に入ってきたんだけど、擦れ違う程度だったはずだよな。どうしてそんなにはっきりと覚えていたんだろう」
 朝比奈の頭の中に疑問符が付いた。
「ああっ、以前どこかで会ったことがある人物だと言ってたな」
 スマホでの会話を思い出していた。
「どこかであった。興信所の調査員にねえ。ちょっと気になるね」
「おいおい、これだけ情報をくれただけで十分です。これ以上、想像や空想はくれぐれもしないように、後は警察に任せてくださいね」
 大神は釘を刺した。
「いえ、想像や空想をするのは自由ですよね。だけど、今はバイトに励まなければならない身ですので、頼りに成るか、成らないかは別として警察にお任せしますよ。ただし、今夜のおでん定食代はよろしくお願いします」
「それくらいおごってやるよ」
「ありがとうございます。大将、お任せおでんセット3人分追加でお願いします」
「まだ、食うのか」
 呆れ顔で呟いた。
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