Assassin

碧 春海

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二章

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 愛知県尾張旭市。北と西は名古屋市守山区、南は長久手市、そして東は棋士の藤井君で有名になった瀬戸市に面している、人口8万人程の市である。その尾張旭市の北部にある新宮司正勝の豪邸では、昭和製薬の顧問弁護士の新庄優馬と秘書の宇野賢治を呼び寄せて、親密な会談が始まっていた。昭和製薬は昭和33年8月、名古屋市守山区で小さな薬問屋として創業した新宮司薬局は、創始者である新宮司正男の口癖でもあった『良い品物をどの店よりも安くお客様に提供する』と言う、各薬品メーカーの希望販売価格を大きく割り引いての徹底した薄利多売の経営方針で急成長すると、隣接していた用地を買収して生産工場を有する製薬会社を立ち上げ、同時に名古屋薬科大学や岐阜薬科大学などの優秀な卒業生を獲得することによって、多くの漢方薬や新薬の開発に成功して業績を伸ばして、愛知県は勿論全国でも売上販売部門で上位に名を連ねる優良企業となっていた。そして、その跡を継いだ正勝は、益々業績を伸ばし平成20年に名古屋市中区栄、テレビ塔をシンボルとする栄セントラルパークの東に地下3階地上24階の本社ビルを建設していた。只、長男夫婦が不慮の飛行機事故で亡くし、次男は家出をしてその後亡くなっていたことが発覚し、その後その次男の子供を見つけ出したのだが、1人は刑事もう1人は女医と分かったがそれ以降話は進んでいなかった。
「宇野君、状況を説明してくれ」
 渡された書類に目を通しながら口を開いた。
「対象者は、黒柳雄一郎48歳。名古屋市名東区に一戸建ての自宅を有し、母の雅子、妻の美也子、そして中学2年生になる長男の雄司の4人で生活しています」
「最終学歴は帝王大学医学部。現在は東名医科大学付属病院の外科医で、役職は外科医長ですか」
 同じ書類を見ながら新宮司が答えた。
「はい、腕の良い外科医で、人柄等の病院内での評判も悪くありません。ただ、来月外科部長が退任され、後任の選任が行われるそうで、その候補の1人として名前が挙がっていて、結果によっては外科部長の肩書きになるかもしれません」
 書類には記入されていないことを付け加えた。
「それでどうなんだ」
「3人の候補が推薦されていますが、どの方が有利なのかまでは・・・・・・」
 最後の方は口ごもった。
「別の調査報告はどうなっているんだね」
 書類から目を移して宇野の顔を見た。
「はい、まず調査の報告書によりますと、母親の雅子は今から48年前は、中区にある老舗料亭『城華園』で若女将として働いていらっしゃいました。丁度その頃に男児を出産されましたが、父親はなく母子家庭で育てられたようです」
「まどろっこしいことはいい。結果を言え、結果を」
 苛立って宇野に書類を投げ付けた。
「それにつきましては、私の方から報告させていただきます。DNAによる親子鑑定の結果は99.3%の確率でした。つまり、黒柳雄一郎氏は社長のお子さんであり、その長男の雄司君はお孫さんになります」
 宇野に代わって新庄弁護士が答えた。
「つまり、若女将の雅子が私の子供を産んでいたということか。まぁ、妻が亡くなってしばらく経った後だったかな、ほんの少しの間付き合っていたのは間違いはないが、それに関しては以前も調査したはずだが、どうして今突然言い出したんだね」
 どうしても納得ができないでいた。
「ご長男の達也さんが跡を継ぐのが既定路線でしたので、あの事故がなければこのような調査をすることはありませんでした。慌てて、ご次男に付いてお調べしたところ既になくなっていらして、その時点ではご次男のお子様、つまりお孫様が2人居ることが分かったばかりです」
「ああ、川瀬刑事と澤田医師だろ。でも、2人とも良い返事をくれなかったからな。でも、それにしても、当時の調査に引っかからなかったことが、今どうして浮上してきたんだ。まさか、勝手に揉み消していたんじゃないだろうな」
 最後の方はドスの効いた口調になっていた。
「いえ、母親の雅子さんは若年性認知症で会話はできますが、過去の記憶は勿論、1時間前のことも覚えていないそうです。先月までは、自宅で奥さんの美也子さんが介護をされていたのですが、様態が悪くなり病院への入院する際に、偶然社長から送られた装飾品が見つかり、手紙も添えられていたので、お2人の関係を調査されたそうです」
「それで、相手は何と言っているんだね。要求はなんだ」
「まずは、認知を希望されています」
「そうか・・・・・新庄先生は、彼に会われたのですか」
 少し間を起き、考え直して尋ねた。
「勿論、何度か会っていますし、身辺調査もしっかりと行いました」
「君は、彼がこの会社の跡を継ぐ資格があると思うかね」
「私が集めた資料と、幾人もの人間に接してきた経験から言わせて頂ければ、問題はないと思います」
「まぁ、親子鑑定の結果を見せられれば、認定しない訳にはいかんだろうな。そうなると、財産分与に関してはどうなるんだね。この前突然倒れて、もう少しで手遅れになっていた状態だった。長期の入院も経験して、色々考えることも増えてね。一時は、大神崇に期待して会社を任せようと思ったが、警察官なんかになっちまうしな」
 大神の顔が浮かび憎らしく思えた。
「いえ、社長にはまだまだ頑張っていただかなければ困りますが、一応ご説明させていただきます。奥様との離婚は既に成立していますので、相続権は喪失しています。以前であれば、DNA鑑定で親族との確認が取れ、社長も認知されていらっしゃる川瀬氏と、澤田さんの2人が全財産を2等分することになっていました。しかし、今回黒柳さんが実子と認知されれば、黒柳が財産の全てを相続することになります。まぁ、遺留分がありますので、遺言状にて3分の1は他の人に譲ることはできます」
「分かった。新庄先生を疑う訳ではないが、本人と一度会って話してみなくてはな」
 2人の顔を交互に見た。
「早速手配します」
 新庄が答え、宇野が頷いている時、愛知県警捜査1課地域特別捜査班では、3人の刑事がそれぞれのデスクに着いていた。
「班長、イブの日の夜に急に呼び出して駅前の警備をさせるなんて、完全にイジメですよ。今のご時世、パワハラで訴えられますよね」
 川瀬刑事が器具を使って肩をほぐしながら大神班長に愚痴を吐いた。
「申し訳ない、俺のせいで1課の離れ小島、最も嫌われる部署になってるからな」
 書類を手に大神が答えた。
「仕方ないですよ。難事件を次々と解決されて、1課の面目丸潰れなんですからね。あっちこっちで悪口を触れまわってるみたいですよ」
 もう1人の年配刑事の高橋が間に入った。
「そのお蔭で、評価されないってことですか。『ドラえもん』のスネ夫みたいな奴ばかりですね」
 川瀬が顔を振った。
「しかし、もう少し早く言って欲しかったですね。前の日に、娘から夕食を一緒にどうかと連絡があって、楽しみにしていたんですよ」
 高橋が残念そうに言った。
「僕も、妻と食事の約束をしていたのですが、断りの電話を入れる時は辛かったです。職務を終えて家に帰ったら、電気がまだ付いていて本当に恐る恐る入ったんだけど、案の定しっかり起きていて、イブの夜に合わせて仕事を調節したのにって説教されました。友達と一緒に過ごして、色々買い物したから僕の小遣いで支払うようにと、明細を見せられました」
 実際の明細書をポケットから取り出して2人に見せた。
「ちょっと待ってくださいよ。その店は、大名古屋ビルの地下にある店ばかりですよね。実は私も、娘から支払いの請求明細がメールが来てまして、同じデパ地下の店のものだったのですよ」
 高橋がスマホを取り出して見せた。
「あっ、分かりました。普段から仲の良い班長の奥さんの優子さんと、高橋さんの娘さんの美紀さんが、約束をドタキャンされた仕返しに、2人で会ってデパ地下で買い物をしたってことですね。まぁ、仕方ないですね。あれ、でも、美紀さんは他に誘う相手がいるんじゃないですか」
 川瀬はある人物の顔を思い浮かべた。
「ああっ、朝比奈のことだろ。まぁ、美紀さんの方から誘えば可能性はゼロではないけど、朝比奈の方から誘うことはないな。そういう点には無頓着だから」
 大神が右手を左右に振った。
「結局2人はどういう関係なんですかね。高橋さんにも関係があることですからね」
 なおも興味を示して川瀬が尋ねた。
「妻の方から随分突っついているようだが、朝比奈さんにはその思いは届かなかったようです。推理は鋭くても、それ以外は鈍いですからね」
 高橋が呆れ顔で答えた。
「ひょっとすると義理の親子になる訳ですから、心境は複雑ですよね」
 川瀬は心底同情した。
「ああっ、彼が現れるとどう接していいのか戸惑う時があるよ。余り事件では遭遇したくありませんね」
 朝比奈の左の顳かみを叩くポーズを思い出し苦笑いを作った。
「あっ、そうだ、この前の定期検診の結果が来てましたよ」
 朝比奈のことは思い出したくなくて話を変え、机にあった書類をそれぞれに渡した。
「特に異常は無し。高橋さんはどうでした」
「糖尿と血圧が高いことが指摘され、要検査になっています」
「刑事は体が第一です。昨日のこともありますから、今日は早めに上がって空いてるクリニックで診察を受けてください」
「ありがとうございます」
 高橋が頭を下げたその時、デスクの電話が鳴った。
「はい、大神班・・・・・・・分かりました」
 応対した大神が受話器を置いた。
「川瀬さん宛にお客さんです。何か切羽詰った感じだったそうですので、一応僕も付いて行くよ。どうせ暇ですから」
「あっ、お願いします」
「高橋さんは病院お願いしますよ」
「分かりました」
 その言葉を後に2人はロビーに向かった。
「あちらの方です」
 受付の女性がロビーの椅子に腰掛ける男性を指差した。
「あっ、川瀬さん」
 近づく2人に気が付いて立ち上がり駆け寄ってきた。
「おおっ、野神じゃないか、久しぶりだな。どうしたんだ」
 3人はテーブルを挟んで腰を下ろした。
「そっそれが・・・・」
 隣に座る大神を気にしていた。
「ああっ、こちらは上司の大神班長だ。気にしないで話してくれ」
 野上の気持ちを察して大神を紹介した。
「親父が昨夜から家に帰ってないんだ。スマホも繋がらないし、今までこんなことが1度もなかったから心配で」
 スマホの着信記録を見せた。
「班長、コイツは野神明。警察学校の後輩で、今は警察を辞めて親父さんの経営する調査会社、いわゆる探偵会社を手伝っているのです」
 大神に紹介し、野神が頭を下げた。
「お父さんが行方不明になっているということですね。心当たりはないのですか」
 大神が尋ね返した。
「仕事が仕事ですので、浮気調査等で夜遅くなることもあったのですが、いつもは必ず連絡を入れていました。しかし、昨夜からは全く連絡が付かないのです。ですから、何かの事件に巻き込まれたのではないかと、川瀬さんを頼って相談に来たのです」
 川瀬に向かって頭を下げた。
「最後に連絡が着いたのはいつですか」
 大神が尋ねた。
「夕方、夜遅くなるから食事は外で済ませると母に連絡を入れてたそうですが、それ以降連絡はないと言っていました。僕は、彼女とのデートで家に帰ったのは12時少し前でした。その時、父が帰っていないと母に聞いて連絡を取ったのですが、スマホの電源が切られているようなんです」
「何か夜遅くまで、特別な調査をされていたのですか。いつもは、お父さんと一緒に行動されていなかったのですか」
「殆どは一緒で行動していましたが、なぜか今回の調査だけは1人で調べていて、僕には何も教えてくれませんでした」
「そうですか・・・・・・まぁ、一度事務所を見せて頂けませんか、何か手掛かりが見つかるかもしれませんから」
「分かりました、よろしくお願いします」
 3人は野神探偵事務所へ向かうことにした。
「お父さんが関わっていた調査について本当に何も聞いていませんか」
 事務所に着き、個人情報でもあり書類に手を付ける前に野神に尋ねた。
「そう言えば、誰かの身辺調査をしていると聞かされていましたが、詳しい話は何も教えてくれませんでした」
 そう伝えた時、事務所の固定電話が鳴った。
「はい、野神探偵事務所です・・・・・・あっ、そうですが・・・・・・えっ、そんなまさか・・・・・・分かりました、直ぐに伺います」
 受話器を置くと、デスクに両手を着いて肩を落とした。
「おい、野神、どうしたんだ」
 川瀬が声を掛けた。
「なっ、名古屋港に男性の遺体が揚がり、上着の内ポケットにこの事務所の名刺が入っていて、できれば遺体の確認をして欲しいとのことでした」
「仕方がありません。兎に角、確認に行きましょう」
 大神が声を掛け、3人は急いで愛知県警へ向かい、霊安室への扉を開けた。
「間違いありません」
 横たわった男性の顔から白い布が取られて、その顔を見た野神は蚊の鳴くような小さな声で答えると崩れ落ち、刑務官によって外へと連れ出された。
「状況を説明してもらえませんか」
 大神は川瀬を残し、早速担当者に話を聞こうと訪れた。
「あっ、はい、遺体が発見されたのは名古屋港の中瀬で、漁師がうつ伏せで浮いていたところを見つけました。既に解剖も済んでいまして、死亡推定時刻は昨夜の10時から12時の間、死亡原因は外傷も無く体内から未消化の飲食物と海水が検出され、血中のアルコール濃度はO.35%でしたので、酔った挙句に桟橋から転落した事故死と、今のところは考えているようです。一応、型通りの身辺捜査はするようですが、まぁ事故死で決着するでしょう」
 1課の中堅刑事が話してくれた。
「型通りの身辺調査ですか・・・・・それで、遺留品は発見されたのでしょうか」
「いえ、本人の名刺以外は発見されていないようです」
「そうですか、今のところは判断ができない『宙ぶらりん』ってことですね。先ずは、本人のスマホの位置情報で亡くなるまでの情報を探る必要がありますね」
「多分、そこまで調べないでしょうね」
 予想していた言葉が返ってきた。
「仕方ないか・・・・・」
 そう呟いた時、大神のスマホが『相棒』のテーマソングの着信音を奏でた。
『もしもし、いま仕事中なんだ。後で掛け直す』
 妻の優子からで、昨夜の小言の続きかと思った。
『あの、今、名古屋港で亡くなった事件のニュースを見たんだけど』
『ああ、その事件がどうかしたのか』
『亡くなった男性に、昨日の夜会っているの』
『えっ、何処で、何時に会ったんだ』
『それは・・・・・・・・』
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