Assassin

碧 春海

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八章

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 名古屋市東区にある東名医科大学附属病院。4階にある副院長室を黒柳雄一郎が訪れていた。
「東野副院長、本日はお時間をいただき申し訳ありません。ちょっと、ご相談がありまして伺わさせていただきました」
 椅子に腰掛ける東野に頭を下げた。
「短い時間で済みそうな話ではなさそうだね。こちらで伺いましょうか」
 テーブル席を勧めて向き合う形で腰を下ろした。
「一身上の都合なのですが、手術予定の患者と今担当している患者の引継ぎが終えたら、病院を辞めようと考えています。副院長には大変お世話になりましたが、是非ご了承いただきたいと思います」
 再度頭を下げた。
「一身上の理由ですか・・・・・しかし、突然そう言われましてもね。今はどこも医者不足で、特に君のような優秀な外科医の後釜を探すとなると、そんな簡単には行かないことは君も分かっているでしょう」
 足を組んで言葉とは裏腹に余裕の表情で尋ねた。
「それに対しては、私も努力して各方面に声を掛け、対象者をリストアップしましたので、ご検討して頂ければと思います」
 申し訳なさそうに答えた。
「何を言っても、気持ちは変わらないようだね」
 指を組んで顔を近づけた。
「色々目を掛け便宜を図っていただき感謝をしておりますが、どうしても他にやりがいのあることが見つかりまして、ご迷惑をお掛けすることは重々承知の上、今回はわがままを通させていただきたいと思います」
「名門病院の外科医のエース以上に、やりがいのある仕事があるのでしょうかね。ある有名な製薬会社の人事部長と親しくて、なぜだか突然部長待遇で迎えられる人物がいるそうなんだ。どんな魔法を使ったんでしょうね」
 考えられないとばかり、顔を左右にゆっくりと振った。
「さぁ、私には副院長程の幅広い人脈もありませんので全く思い当たりませんが、私に何をおっしゃりたいのでしょう」
 できれば話を逸らしたいと視線を外した。
「思い当たらないですか。でもね、今までのように私のことを慕ってくれて、部下として働いてくれれば表沙汰にするつもりはなかったが、君は白水製薬とは随分と親しくしているようなんだね。営業部長などの上層部と頻繁に会食もしており、当医院での薬品使用率は約7割を占めている。噂では、賄賂をも貰って忖度している。つまり、贈収賄の可能性があるということだ」
「いえ、そんなことは、決して・・・・・・」
 慌てて否定した。
「君がそんな病院を辞めるなんて思ってもみなかったから、詳しく調べてはいなかったけど、辞めるとなれば話は別で、とことん調べてライバル会社である昭和製薬に話せば、どうなるのでしょうね。賢い君なら選ぶ道は1つしかないと思うんだけどね」
 東野は黒柳の表情の変化を楽しんでいた。
「わっ、分かりました。昭和製薬の人事部の方にも、断る理由等の準備をしなくてはなりませんので、結果報告までお時間を頂けませんか」
 少し考えて答えた。
「そうだな、明後日までに良い返事をいただけるかな。期待しているよ」
「分かりました。明後日にお会いして結論を述べさせていただきます。今日は貴重な時間を割いていただきありがとうございました。失礼させていただきます」
 意外とすっきりとした表情で立ち上がると頭を下げて部屋を出てった。その頃朝比奈は、中村区にある5階建てのビルの前に居た。
「新庄優馬先生にお会いしてお話を伺いたいのですが、お時間を取っていただけないでしょうか」
 新庄弁護士事務所に入ると、受付の女性に声を掛けた。
「確認をしますが、ご予約はされていらっしゃいますか」
 内線電話の受話器を手に取った。
「いいえ、初めて伺いました」
「少々お待ちください」
 朝比奈の言葉を受けて、新庄にその旨を伝えた。
「申し訳ございませんが、優馬先生は予約が入っていまして、本日は時間が取れないとのことです」
 立ち上がって頭を下げた。
「それじゃ、朝比奈法律事務所から伺った、朝比奈優作だとお伝え願えないでしょうか」
 一応、事務所の名刺を差し出した。
「あっ、はい、もう一度伺ってみます」
 女性はもう一度受話器を取り上げた。
「お待たせして申し訳ありません。20分程でしたらお話できるそうですので、あちらの席でお待ち頂けませんか」
 ロビーのテーブル席を示した。
「朝比奈優作さんですか。申し訳ありませんが時間が限られていますので、肝心な要点だけでお願いします」
 受付の女性から名刺を受け取って朝比奈の前に腰を下ろした。
「新庄さんは昭和製薬の顧問弁護士だそうですが、最近新宮司社長から依頼を受けた案件はなかったでしょうか」
 早速質問を始めた。
「突然、何のことでしょうか」
 怪訝な表情で朝比奈の顔を見た。
「いえね、新宮司社長のお孫さんと、とても親しくしてもらっていまして、孫として認めてもらった頃は家のことや会社のことなど、色々話して来たそうなんだけど、最近は連絡も殆んどないようなんですよ。それで、心配になって僕に調べて欲しいと頼んできたのですよ。何か知っていることがありましたら、教えて頂けませんか」
 ショルダーバックからノートとボールペンを取り出した。
「申し訳ありませんが、お孫さん本人でもないあなたに話すことは何もありません。もし仮にあったとしても、弁護士には守秘義務がありますからね」
 上から目線で語った。
「勿論そうですよね、そう言われると思いました。今日は筋を通す為、初顔合わせということで伺わせていだいただけですので、次会うのがとても楽しみです。まぁ、先程の件に関しては、こちらで勝手に調べさせていただきますのでよろしくお願いします。あっ、18分経ちました、貴重なお時間をありがとうございました」
 朝比奈は勢いよく立ち上がると出口へと向かった。
「朝比奈優作か」
 新庄はしばらくその後ろ姿を見詰めていた。そして、しばらくすると、朝比奈に向かってシルバーグレーのカリーナが横付けされた。
「あのな、俺はアッシー君じゃないんだよ」
 朝比奈が助手席に座り込むと、運転席の大神が早速愚痴った。
「野神さん殺害事件の捜査は進んでいますか」
 大神の言葉をスルーして尋ねた。
「所轄である港署が、今必死になって捜査しているよ」
 アクセルを踏み込んで車を急発進させ、朝比奈はシートに吸い込まれた。
「大神班は関わらないのか?」
 慌てて手摺を掴んだ。。
「部長には捜査の許可を訴え出たんだが、予想は付いてたけど、自殺と決め付けた所轄の面子を潰したってことで、捜査からは外されたよ」
 お前のせいだろと横を向いた。
「変なプライドで事件解決を遅らせても仕方ないのにな。でも、彼が何を調べていたのかくらいは教えてはくれないのか」
 だから縄張り意識は嫌なんだとばかりに窓の外を見た。
「誰かのせいで嫌われたんだろうな、全然伝わっては来ないよ」
「まぁ、自殺なんて言いはって捜査を終わらせようとする所轄を、始めから当てにはしてなかったからね」
「おいおい、そんなことを言うからには、何か手掛かりを掴んだんだろうな」
 大神は『ゼア・イズ』の駐車場に車を止めた。
「これから来る人がそのヒントをくれると思うよ」
 車を降りて店内に入った。
「おい、誰を呼び出したんだよ」
 4人掛けのテーブル席に腰を下ろすと大神が尋ねた。
「俺よりもお前の方が良く知っている人物だよ」
 笑みを浮かべて答えた。
「事件に関係している人物なんだな」
 念を押した。
「それは本人から聞いてみないと分からないけど、殺害の動機を知っている人物だと思う」
 マスターに合図を送った。
「お前さぁ、何か事件を楽しんでるよな。そんな暇があったら、ちゃんとした仕事を探せよな。この店のシフトにも入らず、如何わしい占い師なんてしてると聞いたぞ」
 大神の言葉に『美紀には言わなくても、旦那には話すんだ』と頷いた。
「残念ながら、如何わしいではなくちゃんとした占い師です。良ければ、占ってやろうか」
「3000円も取るんだろ。結構です」
「そこまで話してるんだ。でも、それ以上の差し入れをしましたよ」
「そういう問題じゃない。お前が占い師をしてることが驚愕なんだ」
 右手の人差し指を朝比奈に向けて何度も振った。
「そう褒めないでくれよ、照れるだろう」
「もうお前に話すことはない」
 2人は運ばれたコーヒーを飲みながら無言の時間が過ぎていった。そして、しばらくすると、1人の背の高い男性が店に入ってきた。
「えっ、吉川さん。お前が呼んだのは吉川さんなのか」
 その姿を見て大神が声を上げた。
「大神さんもご一緒だったんですか」
 吉川が近づくと、勧められて大神の隣に腰を下ろした。
「だから、俺よりも知っている人だっていったろ。何度か『ぽっかぽか』で会ったことはあったけど、連絡先が分からなくってマスターに聞いて連絡させてもらったって訳」
 大神に説明した。
「あの、コーヒーでいいでしょうか」
 吉川の頷きに、朝比奈はマスターに追加の合図を送った。
「あの、会社について大切なお話があるとのことですが」
 朝比奈に向かって吉川が早速質問を始めた。
「ちょっと確認したいことがありまして、吉川さんはこの人物をご存じですよね」
 朝比奈はポケットからスマホを取り出して画像を吉川に見せた。
「ああ、確かテレビや新聞などでの記事などで報道された、名古屋港で亡くなった男性ですね」
 スマホの画面をじっくり見て答えた。
「野神さんは調査員だったのですが、吉川さんは事件が起こってからでなく、もっと以前から知っていらしたはずなのですけど。慎重にコンタクトをとってらしたようですが、僕もその筋のプロですので色々と情報は入ってくるのですよ」
 朝比奈は確信がなかったものの、吉川に対して鎌を掛けてみた。
「そうでしたか。私はある調査を彼に依頼していました。そして、亡くなった翌日にその結果を聞く為に会う約束をしていました」
 隠しきれないと判断して素直に答えた。
「その調査の対象者は誰だったのでしょう。昭和製薬の新宮司家に関係する人物だったのではありませんか」
 朝比奈が視線を移すと話についていけなくて、どう反応していいか困惑している大神の顔が目に入ってきた。
「そこまで分かっているのですか。私が野神さんに依頼したのは、東名医科大学付属病院に勤める黒柳雄一郎という外科医です。ここだけの話にしておいていただきたいのですが、その黒柳雄一郎は新宮司社長の息子さんだったようなのです。DNAによる親子鑑定では85%の確率だったのですが、過去に何系があったことを含め間違いないとのことでした。社長もその結果に納得して、息子として認知し現在は会社の後継者にも考えていらっしゃるようです」
「吉川さんは、その事実を確かめることと、黒柳さんが後継者として相応しい人物なのかを、社長には秘密にして野神さんに調べさせていたのですね」
 朝比奈は納得して頷いた。
「今の社長は息子が現れたことに対して、驚きや喜びなどの感情が先行して、冷静な判断ができないと思い、私なりに調査してみようと思ったのです」
「そんな時に、野神さんが殺害されるなんてタイミングが良すぎますね。途中までの報告はなかったのですか」
 大神が間に入って尋ねた。
「残念ながら、現在の勤務状況や、母子家庭でその母親は認知症で施設に入っている程度の、社長がご存知な事項以外は何も聞いていません」
 残念そうに答えた。
「何か、黒柳さん側にとって不味い情報を得ていたかもしれませんね。実は、亡くなった数時間前に、偶然野神さんに会っていたのです。随分悩んでいたようですので、仕事柄その情報がとても重要なものであった可能性が高いと思います。優秀な刑事たちも現在のところ見つけ出せないようですので、余程慎重に調べ上げていたのでしょうね」
「もう一度、徹底的に事務所と自宅を調べる必要があるな」
 大神が関心を寄せて呟いた。
「まぁ、発見されれば犯人に繋がる大きな手掛かりにもなるけど、犯人も当然知っている訳だから、既に処分されていると考えた方がいいんじゃないかな」
 朝比奈は殺人の手口から推測して、そんなに簡単には進まないと感じていた。
「そんな複雑な事情が絡んでいるなら、内の班で扱うこともできる。申し訳ありませんが、吉川さんもご協力をお願いします」
 大神の言葉に吉川は頷いた。
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