Assassin

碧 春海

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九章

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 翌朝、朝比奈は姉の朝食を準備した後、黒柳雄一郎に会う為に東名医科大学付属病院を訪れていた。
「朝比奈と申します。予約はしていないのですが、黒柳先生にお会いすることはできないでしょうか。申し訳ありませんが、1度確認を取っていただけませんか」
 姉の事務所の名刺を差し出して、受付の女性に依頼した。
「少々お待ちください」
 女性は内線電話で黒柳へ連絡を取った。
「申し訳ございません。只今黒柳は、副院長と面談中ですので、お約束はできないとのことです」
 女性は立ち上がって頭を下げた。
「ありがとうございました。お手数をお掛けして申し訳ありません」
 当てにはしていなかった。予約もしていない見知らぬ相手に、例え時間があったとしても会うことはないだろうとね。でも、人格者であればと、少しは期待して訪れては見たものの、やはり期待外れに終わりがっかりして頭を下げた。まぁ、折角だから優子の顔を見ておこうと考えを変えたその時、白衣を着た背の高い男性が突然意識を失ったのか、階段を転げ落ちた。朝比奈は慌てて近寄り男性の状態を確認し、直ぐに仰向けにして共に心臓マッサージを始めた。
「すいません。大至急ストレッチャーをお願いします」
 マッサージをしながら大きな声で叫んだ。
「はい」
 近くにいた病院関係者が頷き駆け出した。しばらくすると、ストレッチャーを携えて数人の男性職員が現れ、慌てて副院長を抱えて乗せた。
「緊急処置室へ」
 付き添った男性が指示すると、ストレッチャーに乗せられた副院長の右手の人差し指に貼られた救急絆創膏が朝比奈の目に止まった。
「直ぐに黒柳先生を呼んで下さい」
 ストレッチャーの後を追った朝比奈の耳に届くと、暫くして黒柳が現れた。
「これはまずいな。緊急オペだ、空いている手術室に運んでくれ」
 駆け付けた黒柳が指示をだし第二手術室へと運ばれ、直ぐにスタッフが集められて黒柳医師の手によって手術が開始された。そして、数時間後、その手術のかいもなく副院長は帰らぬ人となった。連絡によって集まっていた家族には、全身打撲と急性心不全が原因で死に至ったと伝えられた。その会話を密かに聞いていた朝比奈は、違和感を覚えてスマホで大神を呼び出した。
「あのな、俺は手下じゃないんだよ」
 ロビーで朝比奈の姿を見付けた大神の第一声だった。
「今、この病院の副院長が亡くなった。全身打撲と急性心不全とその死因を家族に告げていたけど、信用できないから観察医務院に遺体を運び解剖してもらってくれ」
 大神の言葉をスルーして指示を出した。
「はぁ、ここ病院なんですけど、医師がそう判断したんだろ」
 朝比奈の言葉の意味が理解できなかった。
「この病院には解剖室もないし監察医もいないからな。単なる事故死として片付けては不味いと思って、こうして助言を差し上げているのです」
「お前は、何でもかんでも事件にしたがるけど、事件性が無ければ司法解剖はされないことくらい、ご存知だと思いますけどね」
 大神はイヤミで返した。
「勿論知っていますよ。司法解剖は、他殺死体、変死体、変死の疑いのある死体について、その死因などを究明する為に行われる解剖。費用的には、一体につき30万円前後掛かり、国が負担することになっていますね。ですから、警察は『司法解剖の必要なし』と早々に捜査を打ち切ってしまうのですよね」
「まぁ、今回はそうなんだろな」
 呆れ顔で答えた。
「役に立たないな。お前なら何か感じてくれると思ったけど、ちょっと残念だったな。司法解剖が無理なら、家族に説明して『死因・身元調査法に基づく解剖』に因っての行政解剖を、依頼してもらうことにするよ。不審死が発生しながら、解剖も、薬物検査も、組織検査もやらない国は、先進国では日本くらい。そのこともあり、多発する不審死見逃し事件が問題視されて、2012年6月超党派の議員立法として『死因究明等推進法』と『死因身元調査法』が成立、翌2013年に施行されているはずだよな」
 朝比奈は左の顳かみを叩いて言った。
「あのね、それはあくまでも不審死の場合。分かっていないようだから何度も言うけど、ここは名古屋市、いや中部圏でも有名な大学病院なんだぞ。それなのに、わざわざ呼び出して、本当にもう勘弁してくれよな」
 周りを気にしながらも、少し大きな声で返した。
「折角呼び出したので、先日の昭和製薬の女性秘書の件、花束を送った人物の特定はできたのですか」
「あのね、名古屋市内に生花店が何件有り、配達業者がどれくらいいるのかご存知なのでしょうか」
 ムキになって答えた。
「つまり、まだ解っていないということなんだな。恐らく相手はそういった仕事のエキスパートだと思われるから、いくら時間を掛けても解らないだろうけどね。警察って意外と使えないな。司法解剖の手配ができないのなら、お前の存在価値もないから、そのまま帰っていただいても構わないけどどうします。後悔先に立たずってこともあるからね」
 大神とは対照的に何か楽しそうだった。
「お前こそ、余計なことをして、お姉さんに迷惑を掛けることになっても知らないぞ」
 負けじと言い返した。
「余計かどうかは後で分かること、それこそ後悔したくないんでね。関わりたくなくても、邪魔だけはしないでくれよ」
 朝比奈は大神に背を向けて歩きだし、受付で館内の施設が示されたパンフレットを手に取りエレベーターへと向かい、大神はその後を追う事になった。そして、2人は5階にある副医院長の部屋へと足を進めた。
「おい、不味いだろ」
 朝比奈が勝手に部屋に入ろうとして大神が声を掛けた。
「やっぱりね」
 大神の言葉を無視して部屋に入った朝比奈は部屋に飾られた花束を指差した。
「えっ、まさか、神宮司社長に送られた花束と同じものなのか」
 指先を見て流石に驚いた。
「今回は本人が亡くなってしまっているので、どのような過程でここに持ち込まれたのかは分からないが、後で確認しておいてくれないか」
 花束を観察しながら言った。
「でも、どうしてこの花束がここにあると分かったんだ」
 大神が頭を傾げた。
「副院長の右手の人差し指に救急絆創膏が貼られていので、もしかしたら同じ方法を使ったんじゃないかと思ってね」
「これで連続殺人の可能性が出てきた訳だ。直ぐに司法解剖の手配を要請しよう」
 早速スマホを取り出した。
「警察の頭の固い上司がそんなに簡単に許可してくれればいいけど、この花束だけでは無理だと思うな。先ずは、この花束についてと、副院長の手術が適切に行われたのかを確認することから始めるか」
「手術の確認て、ちょっと待てよ、医療事故があったってことなのか」
「医療事故ではなく、ある意図を持って行われたってことだよ」
「おいおい、それって殺人じゃないか」
「それを調べるのがお前の仕事。俺は、花束の搬入経路について調べてやるから、お前は副院長の手術に関わった医療担当者に、詳しい話を聞いてみてくれないか」
 朝比奈はスマホで花束を画面に収めた。
「何でお前が仕切るんだ。まぁ、いい、後でロビーで集合な」
 大神は病院関係者で手術に関わった人間に話を聞く為に行動を起こし、朝比奈は副院長の家族を探すことにした。
「あの、突然で申し訳ありませんが、東野副院長の家族の方でしょうか」
 朝比奈はそれらしい親子を見つけて声を掛けた。
「はい、そうですが」
 年配の女性が答えた。
「この度はお悔やみ申し上げます。私は朝比奈法律事務所の者ですが、少しお話を伺わせていただきたいのですがよろしいでしょうか」
 名刺を差し出して尋ねた。
「あっ、はい。でも、弁護士の方がどのような御用なのでしょう」
 名刺を受け取りながらも少し警戒していた。
「先生の方から死因についての報告は受けられましたでしょうか」
 弁護士という言葉に敢えて否定はしなかった。
「階段から落ちたことによる全身打撲、特に頭部の脳挫傷が酷かったようですが、直接の死因は心不全だそうです」
 先程聞いた言葉を告げた。
「東野副院長は、持病、特に心臓に関しての病気、例えば狭心症などの薬などを処方されていらしたでしょうか」
 その言葉に親子は顔を見合わせた。
「いえ、血圧を下げる薬を1日1回服用していただけです」
 今度は息子が答えた。
「そうですか。すると、死因となった心不全の原因はなんだったのでしょう。何か思い当たることはありますか」
 2人の顔を交互に見ながら尋ねた。
「特に変わったことは無かったと思います」
 息子が代表した。
「ちょっと気になりますよね。もしよろしければ、少し費用が掛かりますが行政解剖をしていただけませんか」
「行政解剖?どういうことですか」
 親子共に、朝比奈の言葉が理解できなかった。
「事件性がある場合は、警察によって司法解剖が行われます。しかし今回は、それを確定できる証拠がありませんので、取り敢えず家族が解剖を依頼することになります」
 一応、行政解剖について分かりやすく説明したつもりだったが、親子2人には届いていないようであった。
「いえ、その説明ではなく、どうして解剖をしなくてはいけないのか。あなたが父の死について、何が気になっているのでしょう。階段から転げ落ちて体中を打ち、そのショックで心停止を起こしたのじゃないですか。誰かが突き落としたわけではないんですよね」
 朝比奈が、自分自身ではなく故意に突き飛ばされたことを疑っていると考えた。
「いえ、その現場には大勢の人が居ましたから、そんな人物がいれば報告していたと思います。それに、監視カメラもあるので、調べれば直ぐに分かると思います。ただ、あのように階段を転げ落ちた原因を調べたいのです。ですので、是非とも協力いただけないかとお願いに上がりました」
 朝比奈は2人に向かって頭を下げた。
「あの、どうして階段から落ちたのか気にならなくもないですが、ここは病院で父は副院長であり、既に亡くなっていますので、今更大袈裟にはしたくありません」
「病気や本人の不注意で起こったことであれば仕方がありませんが、誰かの故意によるものであればどうでしょう」
「えっ、それは父が誰かに狙われたということですか」
 朝比奈の言葉に動揺していた。
「それを確認する為に行政解剖をお願いしたいのです。それで何もなければ、ご家族の方も我々も納得出来ると思います」
「しかし、そう言われましても・・・・・・・」
 母を困惑の表情で見た。
「それでは、葬儀業者が決まりましたら、私にご連絡をいただけますか。1度この病院から搬出した後で、解剖のできる病院へ運んでもらいます」
 先程の名刺を1度返してもらい裏面に朝比奈のスマホの連絡先を記入した。
「1度他の親族にも相談して検討させていただきます」
 名刺を受け取り頭を下げると母親と一緒にその場を離れた。
「そうだよな。見知らぬ人間に突然言われてもな」
 肩を落として頷いた。
「お前もまともなことが考えらるんだな」
 朝比奈を見つけた大神が感心していた。
「一応、行政解剖の話はしたので、連絡が来たら手配を頼む」
 大神の言葉に反応はしなかった。
「分かった。連絡入れておく。それから、副院長の手術の件だが、皆んな口を揃えて適正に行われ、問題はなかったと言ってたよ。名医だそうで、今までは医療事故等の訴えも1件もないそうだ」
 手帳を出してページを捲って答えた。
「病院も警察と同じように、縦社会の構造で作られているから、逆らうことができないんだろうな」
 嫌味を込めて微笑んだ。
「そんなことより、今回の色々な事件の繋がりとその動機は何なんだ。分かっているならしっかりとご説明いただけますか」
 不機嫌そうな表情で言い返した。
「それはまず、家族に理解してもらって行政解剖の承諾が得られ、その結果が出たら分かりやすく説明してやるよ。楽しみにしていろ。今日は仕事が入ってるから、取り敢えずゼア・イズまで送ってくれ」
 朝比奈は、さっさと駐車場へと向かい、大神は仕方がなくその後ろ後を追った。
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