Assassin

碧 春海

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十章

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 次の日の午前中、新庄弁護士は東名区にあるビジネスホテルを訪れていた。ロビーにはフロントがあったが、新庄はその受付に寄ることはなくエレベータースペースへと向かい、そのまま客室へと進み407号室の扉をノックした。暫くして扉が開き、背の高い男性に招き入れられた。
「こんなところに呼び出すなんてどういうつもりなんだ。書類だけなら郵送でも良かっただろう」
 新庄は席に着くなり文句を言った。
「まぁ、書類だけならな。でも、こうして対面で話さなければならないこともあるし、現金書留で送ってもらう訳にも行きませんからね」
 居心地悪そうに辺を見渡した。
「確かに、現金書留や振込では足が付く可能性もあるから、いつもニコニコ現金払いの手渡しが原則でしょうが、今回はあくまでも成功報酬だったはずだ。探偵だった野神の件にしても、事故死を見破られて警察が乗り出すことになってしまったんだからな。昭和製薬の神宮司社長に至っては、なぜか秘書が代わりに入院してしまうミスを犯すなど、失敗ばかりでこちらの要望を少しも満たしていないんだからな」
 顔を振り困った表情で答えた。
「でも、副院長の時は上手く行ったと思うけどね」
 したり顔で返した。
「ああっ、それは黒柳先生が上手く病死として処理したからね。君はただ、あの訳の分からないへんてこりんな葉っぱを持ってきたくらいでしょ」
「でも、そのへんてこりんな葉っぱがなければ、黒柳先生も手を下せなかったのだから、それだけでも少しは貢献したと思うけどね」
「だからこうして仕方なく現れたんだろ。それで、昭和製薬の社長の件はどうするつもりなんだ」
「心配しなくても大丈夫だ。その為に社長のスケジュールを確認する必要があるんだ」
 書類を手に取り確認を始めた。
「警戒もされているだろうし、病死や事故死に見せ掛ける必要があるんだから、今度こそ失敗しないように頼みますよ」
 上から目線で答えた。
「こちらも一応その筋の専門家なんでね。あっ、コーヒーでいいですか」
 資料をテーブルに置き立ち上がった。
「ブラックでお願いします。しかし、いつもこんなホテルなんかに住んでいるんだ」
 今一度周りを見渡したが何日も住んでいるとは思えなかった。
「まぁ、いろいろ転々としてはいるけどな」
 コーヒーを2人分持って戻ってきた。
「ああっ、これは先生から預かった前金だ」
 コーヒーを受け取って代わりに厚みのある封筒を差し出した。
「500万ですか・・・・・少し調べさせてもらったんですが、依頼人の元には相当の金額が転がり込んでくるそうじゃないですか。全てうまくいった場合にはそれ相当の金額をお願いしますよ。依頼人にもしっかりと伝えておいてくださいよ」
 封筒の中身を確認してからテーブルに置いた。
「そう言う意味ではプロなんだな。先生からの紹介だからと期待していたから、その期待に答えてくれよ・・・・・」
 そう言い終えると意識が朦朧としてきた。その頃、愛知県警の捜査1課広域特別捜査大神班では、朝比奈が押し掛けて一連の事件について話し合われようとしていた。
「お前の強引な説得のお陰で、東野副院長の御家族の同意を得て、行政解剖をすることか出来た。予想通りに右手の人差し指に貼られた救急絆創膏の下から、あの毒植物のトゲと体内からもその毒物が検出された。神宮司社長の女性秘書の時と全く同じだ。本人が亡くなった以上、花束を副院長室に運び入れた人物も特定できないだろうな」
 大神が口火を切った。
「あの葉の刺の神経毒が、人間の身体に影響するのには20分から30分程の時間が必要。だから、葉の刺に触れた後応急処置の絆創膏をして玄関の階段まで向かった。それは、自分の意志かそれとも犯人に導かれたのか。そして、階段の手前で症状が現れてそのまま転落したんだろうな。それを上手く利用して、殺人を実行したんだ」
 朝比奈が説明を加えた。
「でもな、手術に参加した他の病院関係者に確認したんだが、全ての人間が口裏を合わせた様に、特に異常は無かったと話していたぞ」
 大神は黒柳のことを犯人と断定している朝比奈に反論した。
「そうだな、手術時のビデオも撮ってはあるだろうが、あちらもプロだから素人には解らないように巧妙に仕掛けられたんだろうからな。専門家の医師に見てもらっても、正直に話す可能性も低いだろう」
 朝比奈は知り合いの医師を思い浮かべても、内科医の優子の顔しか浮かばなかった。
「動機は何なんだ。黒柳医師が副院長を殺さなければならない動機は」
 ムキになって大神が言い返した。
「その動機について、朝比奈さんに言われて少し調べて見たのですが、やはり黒柳医師は神宮司社長の息子のようです。そして神宮司社長は、跡取りとして昭和製薬への転職を希望していたのですが、そんなことは知らない東野副医院長は反対していたとの情報を得ています」
 川瀬刑事が間に入って説明した。
「おい、ちょっと待てよ。もし、黒柳が息子として認められたらどうなるんだ。それが、動機とどう関係するんだ」
 川瀬の話に大神は流石に動揺した。
「この前も話したように認められたらではなく、既に認めて昭和製薬を継がせるつもりなんだろうな。そうなれば、通常ならば財産は全て黒柳医師に持って行かれるってこと。孫として認められた川瀬刑事と、お前の妻の優子さんには財産の相続権は無くなったって事だな。但し、遺言状での財産の分与は出来るから、それをさせない為に早く神宮司社長に亡くなってもらいたかったのと、これは俺の想像だけど昭和製薬への転職が条件だったろうから、それを引き止める副院長が邪魔だった。これが殺人の動機ってことなんじゃないのかな。黒柳医師については他にも調べてあるんですよね」
 朝比奈は川瀬を見た。
「はい。黒柳の母親は若い頃、新栄の高級クラブで働いていて、そのクラブの常連客だった神宮司社長と知り合い男女の関係になったようです。現在その母親はふれあい老人ホームに入所していて、会話は出来るようですが過去や息子の顔も分からない重度の認知症になっていました」
 川瀬は催促され捜査の続きを語った。
「事実を知っている本人が認知症だからな」
 大神は右手を顎に当てた。
「恐らく、川瀬刑事や優子さんと同じようにDNAによる鑑定がされたんだろうな。これだけではまだ証拠が少ないので俺の勝手な想像なんだけど、黒柳医師は母親の老人ホームの入所に際して、過去の色々な書類などを整理していた時、偶然に神宮司社長に繋がる写真や手紙などのデータを見付け、自分が神宮司社長の息子だと知って連絡を取った。しかし、昭和製薬には、お前も知っているように吉川副社長という切れ者の人物がいて、黒柳医師の身辺調査を探偵の野上洋一に依頼した。そして、野上は神宮司社長に知られては不味い黒柳医師の情報を知ってしまった」
 朝比奈は小刻みに頷いた。
「大した想像。まるで2時間のサスペンスドラマのようだな」
 呆れながら大神が答えた。
「そう考えれば、一応動機などの辻褄は合うだろう」
 ドヤ顔で言い返した。
「でも、もし黒柳が犯人なら、それがバレた場合犯罪者になる訳ですから、相続権をなくしてしまいますよね。遺産は数百億ですから、そんなリスクを犯すとは思えませんけど」
 川瀬が口を挟んだ。
「副院長殺害については多分想定外だったので、仕方なくそしてバレない自信もあったから自ら手を下したのでしょうが、他の2人については前もって計画されていて、副院長などの素人が行ったとは考え難いな。その筋のプロの仕業と考えた方が自然だ」
「それについて気になったのでアリバイを確認してみたのですが、野神探偵の殺害時刻には黒柳は医師会の会議で東京に居たことが確認されています」
 今度は年配の高橋刑事が答えた。
「野神殺害に、黒柳が直接関与してないことは確認されたってことか。先ずは、野神が何を調べていたのかと、毒の葉の入手経路についてもう一度調べてみる必要があるな」
 大神が席を立った。
「それともう1人。新庄弁護士についても調べる必要がありますね」
 朝比奈が大神に向かって発した。
「ああ、新庄弁護士については、高橋刑事に依頼して所轄の刑事に調べてもらっているところだ」
「流石、お荷物部署であっても捜査一課の班長さんですね」
 朝比奈がそうイヤミを言っている時に高橋のスマホが着メロを奏でた。
「ちょっと済みません」
 高橋は皆に背を向けてスマホを耳に当てた。
「えっ、新庄弁護士ですか・・・・状況はどうなんですか・・・・・・分かりました、一応住所を教えて頂けませんか・・・・・・ありがとうございます」
 高橋はゆっくりスマホを切った。
「新庄弁護士がどうかしたのですか」
 振り返った高橋に大神が声を掛けた。
「あっ、はい、新庄弁護士が自殺したそうです」
「えっ、新庄弁護士が自殺・・・・本当に自殺だったのでしょうか。ちょっと気になりますね。一度現場を調べる必要がありますので、案内してもらえますか」
 朝比奈が大神の顔を見た。
「自分の目で確かめなければ気が済まないんだからな。仕方ないな、事件に関係があるかもしれないから確かめに行ってみるか」
 その言葉から30分程経って、4人は桜町にある新しく建てられたビジネスホテルに着いた。
「あっ、田村さん、連絡ありがとうございました。自殺と伺ったのですが、状況はどうなんでしょう」
 指揮を取っている体格の良い男性に高橋が声を掛けた。
「捜査依頼を受けていた人物だったので一応電話はしましたが、本庁の方が団体さんでお出ましいただくような事件ではありませんよ。部屋はオートロックで、鍵となっていたカードは本人の財布の中に残されていましたので、本人かこのビジネスホテルの関係者以外は、この部屋に入ることはできません。亡くなっていたのはバスルームで、一酸化炭素のボンベを使っての中毒死。残されていたスマホには、先日名古屋港で水死した野上洋一の犯行文が遺書として残されてもいたし、他殺を疑う物もないし自殺で間違いない」
 田村は4人をバスルームまで案内した。
「あの、新庄弁護士が野上探偵を殺害したとのことですが、殺害の動機について詳しく書かれていたのですか」
 朝比奈が前に出て尋ねた。
「野上を殺害したことと、死をもって償うと書かれていただけだが、何かトラブルがあったんだろうな」
 なんだこいつという眼差しで朝比奈を見た。
「殺害しなければならない程のトラブルですか」
 朝比奈は白い手袋をしてバスルームを見渡してから遺体に近づいた。
「弁護士と調査員だったから、色々揉め事もあったんだろう」
 高橋の顔を横目で見た。
「廊下には設置してなかったようですが、一応防犯カメラで不審人物のチェックと、入室に使用されていたカードキーとスプレー缶の指紋も確認してください。それから、この部屋のチェックインの手続きをしたのが本人なのかも確かめるのを忘れないように」
 遺体の確認を終えて朝比奈が振り向いて田村に言った。
「あの、どちら様でしょうか」
 当然自分より階級が上の人物と思い高橋に目配りをした。
「あっ、研修でこられている朝比奈警視です。現場経験が少ないので来ていただきました」
 大神が慌てて答えた。
「そうでしたか。そのお歳で警視とは相当優秀なのでしょうね。しかし、この事件はどう見ても自殺に間違いないですから、そんなことまで調べる必要はないと思いますよ」
 現場を知らない頭でっかちがしゃしゃり出てるんじゃないぞとばかりに言い返した。
「どうしてこの状況で自殺だと断定できるのですか。カードキーが残されていたから本人以外が部屋には入れなかった。しかし、このビジネスホテルの人間であれば入れるのではありませんか。現にこうして入ってこられたのですからね」
 田村の顔を見ながら尋ねた。
「それは既に確認済みです。勿論予備のキーはありましたが誰も不正に利用した形跡はありません。確かに、警視の言われるように廊下には防犯カメラが設置されていませんが、エレベーター内には付いていましたので不審な人物がいればすぐにわかると思います」
 自信を持って答えた。
「でも、外に階段がありましたからそれを使えば入ってこられますよね」
 首を傾げて言い返した。
「残念ながらその階段に繋がる非常扉は内側からは開くが、外からの侵入はできないようになっているのです。来客がなかったことは確認済みですので、この部屋に入ったのは亡くなった本人以外は考えられないということです。つまり、これは自殺であり、我々やあなたたちの出番ではないということです」
 少し声が大きくなっていた。
「まぁ、まぁ、警視も総一位おられますので、一応調べておいてください」
 高橋が中に入って何とか取り繕った。
「分かったよ」
 納得は出来ていないようだった。
「それと、司法解剖は無理でも血液鑑定はできますから、よろしくお願いしますね」
 立ち去ろうとする田村に声を掛けたが返事はなく、他の3人はいつものことではあるが、朝比奈の空気を読めない変人ぶりに呆れていた。
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