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十二章
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翌日、大神と高橋刑事は、新庄弁護士が亡くなったビジネスホテルを訪れて、監視カメラの映像を2人で徹底的に調べていた。予想はしていたが、所轄の刑事は当日のみでそれ以前の映像は全くチェックしていなかった。その作業を始めてしばらくすると、顔が映らないように帽子を目深にかぶり、黒っぽいマスクをした男が大きな荷物を抱えてエレベータに乗り込む姿が映し出された。それは、新庄弁護士と比べて1周り体格の良い別人と思われた。つまり、新庄弁護士は、朝比奈が想像したようにビジネスホテルにチェックインしていたこの人物に殺害される為に訪れていたことになる。そのデータを得た2人はホテルを後にして、東区にある朝比奈法律事務所に向かった。
「えっ、大神さんと、お父さん」
2人が扉を開けて事務所内に入ると美紀が声を発した。
「久しぶりですね。いつも優子がお世話になっているようで。約束はしてあったのですが、麗子先生はいらっしゃいますか」
事務所内を見渡しながら大神が尋ねた。
「はい、奥の部屋にいらっしゃいます」
美紀が案内しようと立ち上がった。
「美紀さん、昨夜はどうだった。お詫びの品はなんだったのかな」
大神はその耳元で小さな声で呟いた。
「えっ、何のことですか」
美紀は全く思い当たらないことに戸惑っていた。
「あれ、あいつ昨日慌てて帰っていったから、てっきり、その・・・・・・」
大神も当惑していた。
「優作とは、昨日どころか、しばらく会っていませんよ」
「えっ、しばらく会っていないですか?」
優子から聞いた話とは辻褄が合わないと首を捻った。
「それに、お詫びの品って何なんですか」
「あっ、いえ、会っていないならいいんだ。忘れてください」
気まずそうな表情で奥の部屋に向かい、部屋に入る前に美紀に『飲み物はいいです』の合図を送った。
「いらっしゃい、お待ちしていました」
麗子が2人を招き入れた。
「今回はご協力いただきありがとうございました」
席に着くと大神が頭を下げた。
「お願いすることはあっても、逆に警察から事件捜査の依頼を受けたのは今回が初めてです。担当している所轄の刑事に頼めなかったんですか」
2人の顔を交互に見ながら嫌味を込めて言った。
「すみません。担当している所轄は初動捜査か自殺と判断していたのですが、その現場に偶然駆け付けた人間が、反論を言い始めて他殺もあり得ると言い出したものですから、所轄の面目が丸潰れとなり、とても協力してもらえる状況ではないんですよね」
そう言うと困った表情で目を逸らした。
「偶然駆け付けた人間というのは、私の知っている人物なんですよね」
微笑みを浮かべる男の顔が浮かんできた。
「はい、想像された人物でして、余計に所轄は怒っているようです」
残念そうに肩を落とした。
「そういう話でしたら、迷惑を掛けた分、協力しなくてはなりませんね」
頭を抱えた。
「まぁ、正しい判断だったので、あいつを責めるどころか感謝をしていますけどね」
「褒めたりしないでくださいよ。いくら正しくても、警察を差し置いて反論するなんて本当に本当に常識外れなんですから」
呆れ顔ながらも口元が緩んでいた。
「世間の常識は奴にとっては非常識。奴が当たり前に思うことは、我々には非常識に映るのでしょうね。本当に困ったものです」
そう言いながら大神も微笑んだ。
「理解してくれてありがとう。それでは、報告させていただきます。亡くなった新庄弁護士は、父親の経営する弁護士事務所で、主に会社間の民事案件を担当していた。昭和製薬との関わりは、新庄弁護士の祖父と神宮司社長が高校時代の友人で、社長に就任してから顧問弁護士として契約しているようね。だから、今回の新庄社長の親子鑑定も彼が担当していたみたい」
書類を確認しながら答えた。
「人物とか仕事ぶりはどうだったのですか」
「私は会ったこともなくて全く知らなかったんだけど、弁護士会の人間に声を掛けて色々聞いてみた結果、良い評判は少なくて反対にプライドが高く父親の威厳を盾に随分強引な仕事ぶりだったみたいね。父親はしっかりしていて顧客も多く、経営的には順調だけど、彼が跡を継ぐとなると、事務所内でも不安視する意見も多いようだわ」
「事務所経営の手腕が無いということなんですか」
「表には出てないようだけど随分クレームなどがあり、その都度父親が尻拭いをしているようで、その度に事務所の他の人間にしわ寄せが回ってきて、不満が溜まっているという噂もあったわ」
「虎の威を借りる狐ですか、事務所や関連会社は迷惑な話ですね」
どこの世界にもいるものだと感慨深かった。
「それ程優秀でもないのに、自分自身を冷静に評価できない人間ほどタチが悪いものはないわ。調べてみると、株の取引に手を出して随分損を出したみたいで、借金までしているようなの」
ページを捲ってその金額を示した。
「借金ですか・・・・・今回、彼が息子を探し出したとすれば、昭和製薬からも報酬があるんでしょうかね」
その金額を確認して尋ねた。
「どうでしょう。社長が依頼したのなら別だけど、彼が依頼も受けずに勝手に調査して連れてきたのなら、元々会社の顧問弁護士なんだからそんな高額な報酬が得られるとは思えないわ。ただ、昭和製薬の跡取りとなれば、その人物からの報酬はあったかもしれないね」
顔を左右に振った。
「でも、川瀬刑事や優子も認知はしてもらったけれど、2人ともお金は受け取ってはいませんし、昭和製薬の跡取りになったとしても、神宮司社長が元気な限りそんな多額な金額を得ることは無理ですよね。だから、新庄弁護士にそんな多額な報酬が支払えとは思えないですけどね」
「あの、班長も朝比奈さんも、その跡取りが一連の殺人事件の犯人と考えているのだと思いますが、どちらの事件の時もアリバイは証明されていますし、事件に関係し犯罪者となれば、相続権も剥奪されるんですよね」
高橋刑事が2人の会話に入ってきた。
「恐らくその後継は自分では殺害を犯してはいない。あいつが行っていたように、遺産金が入ると思いAsashinに依頼したんだろうな」
「Asashin ってなんですか」
「漫画で言えば、ゴルゴ13。日本語に訳せば、刺客とか殺し屋になるのかな」
「殺しのプロということは、反対に言えば捕まえても依頼者のことは自白しないんじゃないですか」
「ゴルゴ13は、決して捕まらないからそういう契約をしているのかは分からない。でも、実際に捕まった場合は殺人罪に問われる訳だから、今回の事件においては無期懲役は免れない。しかし、殺人教唆であれば罪は軽くなることも、プロだから知っているんじゃないかな」
麗子の顔を見て同意を求めた。
「どんな事件を捜査しているのか知らないけれど、自殺関与及び同意殺人の場合は6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮となっているわ」
スラスラと答えた。
「兎に角捕まえることですね」
「その為にも鋭気を養わなくてはね。俺はちょっと寄るところがあるから、高橋さんは久しぶりに親子で夕食をとってから川瀬刑事と合流してください」
そう言うと大神が頭を下げ、麗子は納得して頷いた。
「えっ、大神さんと、お父さん」
2人が扉を開けて事務所内に入ると美紀が声を発した。
「久しぶりですね。いつも優子がお世話になっているようで。約束はしてあったのですが、麗子先生はいらっしゃいますか」
事務所内を見渡しながら大神が尋ねた。
「はい、奥の部屋にいらっしゃいます」
美紀が案内しようと立ち上がった。
「美紀さん、昨夜はどうだった。お詫びの品はなんだったのかな」
大神はその耳元で小さな声で呟いた。
「えっ、何のことですか」
美紀は全く思い当たらないことに戸惑っていた。
「あれ、あいつ昨日慌てて帰っていったから、てっきり、その・・・・・・」
大神も当惑していた。
「優作とは、昨日どころか、しばらく会っていませんよ」
「えっ、しばらく会っていないですか?」
優子から聞いた話とは辻褄が合わないと首を捻った。
「それに、お詫びの品って何なんですか」
「あっ、いえ、会っていないならいいんだ。忘れてください」
気まずそうな表情で奥の部屋に向かい、部屋に入る前に美紀に『飲み物はいいです』の合図を送った。
「いらっしゃい、お待ちしていました」
麗子が2人を招き入れた。
「今回はご協力いただきありがとうございました」
席に着くと大神が頭を下げた。
「お願いすることはあっても、逆に警察から事件捜査の依頼を受けたのは今回が初めてです。担当している所轄の刑事に頼めなかったんですか」
2人の顔を交互に見ながら嫌味を込めて言った。
「すみません。担当している所轄は初動捜査か自殺と判断していたのですが、その現場に偶然駆け付けた人間が、反論を言い始めて他殺もあり得ると言い出したものですから、所轄の面目が丸潰れとなり、とても協力してもらえる状況ではないんですよね」
そう言うと困った表情で目を逸らした。
「偶然駆け付けた人間というのは、私の知っている人物なんですよね」
微笑みを浮かべる男の顔が浮かんできた。
「はい、想像された人物でして、余計に所轄は怒っているようです」
残念そうに肩を落とした。
「そういう話でしたら、迷惑を掛けた分、協力しなくてはなりませんね」
頭を抱えた。
「まぁ、正しい判断だったので、あいつを責めるどころか感謝をしていますけどね」
「褒めたりしないでくださいよ。いくら正しくても、警察を差し置いて反論するなんて本当に本当に常識外れなんですから」
呆れ顔ながらも口元が緩んでいた。
「世間の常識は奴にとっては非常識。奴が当たり前に思うことは、我々には非常識に映るのでしょうね。本当に困ったものです」
そう言いながら大神も微笑んだ。
「理解してくれてありがとう。それでは、報告させていただきます。亡くなった新庄弁護士は、父親の経営する弁護士事務所で、主に会社間の民事案件を担当していた。昭和製薬との関わりは、新庄弁護士の祖父と神宮司社長が高校時代の友人で、社長に就任してから顧問弁護士として契約しているようね。だから、今回の新庄社長の親子鑑定も彼が担当していたみたい」
書類を確認しながら答えた。
「人物とか仕事ぶりはどうだったのですか」
「私は会ったこともなくて全く知らなかったんだけど、弁護士会の人間に声を掛けて色々聞いてみた結果、良い評判は少なくて反対にプライドが高く父親の威厳を盾に随分強引な仕事ぶりだったみたいね。父親はしっかりしていて顧客も多く、経営的には順調だけど、彼が跡を継ぐとなると、事務所内でも不安視する意見も多いようだわ」
「事務所経営の手腕が無いということなんですか」
「表には出てないようだけど随分クレームなどがあり、その都度父親が尻拭いをしているようで、その度に事務所の他の人間にしわ寄せが回ってきて、不満が溜まっているという噂もあったわ」
「虎の威を借りる狐ですか、事務所や関連会社は迷惑な話ですね」
どこの世界にもいるものだと感慨深かった。
「それ程優秀でもないのに、自分自身を冷静に評価できない人間ほどタチが悪いものはないわ。調べてみると、株の取引に手を出して随分損を出したみたいで、借金までしているようなの」
ページを捲ってその金額を示した。
「借金ですか・・・・・今回、彼が息子を探し出したとすれば、昭和製薬からも報酬があるんでしょうかね」
その金額を確認して尋ねた。
「どうでしょう。社長が依頼したのなら別だけど、彼が依頼も受けずに勝手に調査して連れてきたのなら、元々会社の顧問弁護士なんだからそんな高額な報酬が得られるとは思えないわ。ただ、昭和製薬の跡取りとなれば、その人物からの報酬はあったかもしれないね」
顔を左右に振った。
「でも、川瀬刑事や優子も認知はしてもらったけれど、2人ともお金は受け取ってはいませんし、昭和製薬の跡取りになったとしても、神宮司社長が元気な限りそんな多額な金額を得ることは無理ですよね。だから、新庄弁護士にそんな多額な報酬が支払えとは思えないですけどね」
「あの、班長も朝比奈さんも、その跡取りが一連の殺人事件の犯人と考えているのだと思いますが、どちらの事件の時もアリバイは証明されていますし、事件に関係し犯罪者となれば、相続権も剥奪されるんですよね」
高橋刑事が2人の会話に入ってきた。
「恐らくその後継は自分では殺害を犯してはいない。あいつが行っていたように、遺産金が入ると思いAsashinに依頼したんだろうな」
「Asashin ってなんですか」
「漫画で言えば、ゴルゴ13。日本語に訳せば、刺客とか殺し屋になるのかな」
「殺しのプロということは、反対に言えば捕まえても依頼者のことは自白しないんじゃないですか」
「ゴルゴ13は、決して捕まらないからそういう契約をしているのかは分からない。でも、実際に捕まった場合は殺人罪に問われる訳だから、今回の事件においては無期懲役は免れない。しかし、殺人教唆であれば罪は軽くなることも、プロだから知っているんじゃないかな」
麗子の顔を見て同意を求めた。
「どんな事件を捜査しているのか知らないけれど、自殺関与及び同意殺人の場合は6ヶ月以上7年以下の懲役又は禁錮となっているわ」
スラスラと答えた。
「兎に角捕まえることですね」
「その為にも鋭気を養わなくてはね。俺はちょっと寄るところがあるから、高橋さんは久しぶりに親子で夕食をとってから川瀬刑事と合流してください」
そう言うと大神が頭を下げ、麗子は納得して頷いた。
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