2つの糸

碧 春海

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六章

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 自分にも関係する殺人事件が起きているとは知らない朝比奈は、自宅に帰り着替えを済ませ呑気に姉の前で引き出物を広げながら、今日の挙式披露宴について話し合っていた。
「優作、それにしても思ったより帰るのが早かったわね。久しぶりに高校時代の同級生にもあったんでしょ、二次会とか三次会とかはなかったの」
 麗子はコーヒーカップを手に尋ねた。
「あっ、いえ、そんな話はなかったな」
 引き出物の箱を開けるとAquaの二重構造のペアスリムグラスだった。
「きっと二次会はあったけど、優作は誘われなかったってことかな」
 グラスを取り出して興味津々で観察した。
「そんなことは・・・・・・・あっ、そうだ。披露宴での新婦からの感謝のメッセージはとっても良かったよ。内田さんのお父さんは今は行方不明になっているんだけど、そんなお父さんに対して姿を消して家族に迷惑をかけたのに、それでも感謝の気持ちを涙声で語った時は、何かジーンときちゃって思わず貰い泣きしちゃったよ」
 朝比奈もグラスを手に取り、そこに泡立つ冷たいビールが入ることを想像していた。
「元々、優作は感情に流されやすく涙もろいからね」
 納得して頷いた。
「いやいや、他の人も泣いてたよ」
 右手を左右に振った。
「でも、久しぶりに優作の泣き顔を見てみたかったな」
 麗子は残念そうに言い返した。
「大丈夫、姉さんの結婚式では滝のように涙を流しますから。まぁ、そんな奇跡が起きればですけどね」
 全く想像ができなかった。
「何か誤解してるわね。優作と違って、仕事で充実しているのよ。それに、できないんじゃなくて、しないだけよ。そのつもりなら、相手はたくさん居るしいつでもできるわよ。優作が結婚するよりはずっと、ずーと確率は高いんだからね」
 意地になっていた。
「まぁ、そういうことにしておきましょう」
 いつかは訪れるだろう姉の結婚式のことを思い浮かべていた時、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はーい」
 姉を制して朝比奈が玄関へと向かった。
「朝比奈優作さんですか?」
 扉を開けると沖田と若い刑事が立っていた。
「そうですが、どちら様でしょう?」
 そう尋ねたが、2人の風貌から想像は出来た。
「愛知県警中央署の沖田です。お聞きしたいことがありますので、署までご同行いただけないでしょうか」
 ドスのある声で言い放った。
「すいません、確認の為に警察手帳を見せていただけませんか。先日、友人がトイレの修理を依頼して15万円も取られる詐欺にあったものですからね。まぁ、警察と名乗って詐欺を行う人はいないと思いますが、念の為にお願いします」
 沖田は催促され渋々手帳をポケットから取り出して見せた。
「愛知県警中央署の沖田さん。警部補のようですが、所属部署はどこですか」
 その手帳をじっと見て尋ねた。
「捜査1課です」
 慌ててポケットに戻した。
「署に連れて行くってことは、ここでは済ませられない事なんですよね。分かりました、準備してきますので少々お待ちください」
 そう言うと、一旦扉を閉めてリビングに戻った。
「誰だったの?」
 麗子が声を掛けた。
「警察だってさ。今夜遅くなるかもしれませんので、ピザでもとって食べてください」
 怪訝な表情をする麗子を残しコートを手に玄関へと向かい、刑事2人に付き添われて警察の車両で中央署に向かった。朝比奈には勿論警察、特に捜査1課にお世話になる覚えはないが、刑事ドラマを見ることが大好きな朝比奈にとっては、何事も経験であり興味もあって何かワクワクしていた。それでも流石に気になって対処法も考えなくてはと、車内でそれとなく尋ねては見てけれど『署に行けば分かる』の一点張りで埒が明かなかった。
 朝比奈は中央署に着くと直ぐに取調室に連れて行かれた。その取調室は、正に刑事ドラマによく出てくる風景と全く同じで、見覚えのあるスチール製の机にパイプ椅子が置かれてあり、ある意味親しみを感じていた。そして、しばらくして先程の沖田刑事と近藤警部が入って来た。
「事件を担当する近藤です」
 近藤に沖田ってまるで新選組だなと思わず吹き出しそうであった。
「初めまして、朝比奈優作です。よろしくお願いします」
 丁寧に挨拶をすると頭を下げた。
「ここにお越しいただいた理由はもうお分かりですよね?」
 近藤はストレートに質問した。
「いいえ、全く。車中でそれとなく尋ねたのですが、ここに来ればわかると冷たい返事だったものですから」
 沖田を見て答えた。
「あっ、そうですか、それでは改めて質問させていただきます。内田友美さんとはどういったご関係だったのでしょう」
 近藤の想像もしていない質問に朝比奈は頭を捻った。
「どういう関係と言われても困りますが、高校時代の知り合いです。そんなこと僕に聞かなくても、警察の捜査力を使えば直ぐに分かることだと思いますよ。敢えて説明すれば、僕が3年生の時に彼女は1年生でラグビー部のマネージャーをしてくれていました」
 仕方なく聞かれたことを正直に答えた。
「高校生の時の、それも学年も違う男を結婚式に呼ぶかな」
 意味あり気に尋ねた。
「まぁ、時間がなかったので仕方ないと思いますが、新郎の国友鉄男とは同級生で共通の友人として招待されたのだと思いますよ」
 近藤が何を期待しているのか分からずにいた。
「それも捜査済みですが、内田さんとは特別な関係にあったのではないですか」
 近藤は一歩踏み込んだ質問をした。
「例えばどんな関係なんでしょう」
 今度は朝比奈が近藤の顔に近づいて尋ねた。
「例えば、男と女の色々な関係ですよ。お分かりでしょ」
 色々想像してニヤついた顔で言い返した。
「何を誤解しているのか知りませんが、内田さんに会うのは約3週間ぶりなんですよ。その前は、2年前で彼氏の鉄男と2人で食事をしていた時です。彼女に聞いてみてください」
 素行調査でもあるまいし、意図が全く読めないでいた。
「残念ながら、本人に聞くことはできないんでね」
 何をとぼけているんだという表情であった。
「でも、愛知県警の刑事さんは暇なんでしょうか、浮気の捜査もなさるのですね」
 嫌味を込めて言い放つと頷いて見せた。
「馬鹿な、そんなことをする訳ないだろう。あんたは聞かれた事について正直に答えればいいんだよ」
 警察を愚弄する言葉に反発した。
「高圧的な態度は良くないですよ。僕はこんな狭い部屋に押し込められたアウェー状態で、尚且つ強面の刑事2人に取り調べるという非常に不利の状態なんですよ。せめて、僕がどういう事情で取り調べなければならないか、知る権利はあると思うんですけどね。何が起こったのか吐いてもらいましょうか」
 反対に朝比奈が近藤に詰め寄った。取調室に呼ばれた人間が取る態度ではないと、近藤は流石に驚いて固まった。
「知る権利ですか・・・・・あんた、本当に何も知らないのか?今日、あんたが挙式に参列した名古屋ニューグランドホテルで、新婦の内田友美さんが殺害されたんだ。その容疑者としてここに呼ばれてるってことなんだよ」
 どうだ分かったかという表情で近藤が睨み返した。
「えっ、内田さんが殺された・・・・・・」
 あんな幸せそうだった内田さんが殺害された。自分の耳を疑った。
「おいおい、今初めて知ったなんて言うんじゃないよな」
 下手な芝居をするんじゃないとばかりに、沖田が大きな声で割り込んできた。
「はい、今ここで初めて聞きました」
 しばらく放心状態だった朝比奈は、我に返って冷静に答えた。
「それはどうかな」
 近藤も沖田も微笑みを返した。
「僕がここに呼ばれてってことは、まだ犯人は捕まっていないということですね。それこそ、こんなところで『油を売る』ような無駄な時間を浪費しないで、真剣に捜査をなさった方がよろしいかと思いますよ」
 心配そうに肩を落としてみせた。
「何言ってるんだ、警察も誰も彼もを呼んで取り調べる程暇じゃない。決定的な証拠があるから、事件を解決する為にこうしてお前を取り調べてるんだ。いいか、被害者が亡くなる直前に犯人、つまりお前の名前を残しているんだよ」
 近藤はどうだとばかりにボールペンでリズミカルに机を叩いた。
「えー、ダイイングメッセージで僕の名前をですか?」
 テレビドラマのような証拠に流石に驚いた。
「そうだよ。カタカナで『アサヒナユウサク』とね」
 沖田の言葉に近藤が一瞬目を避けた。
「本当にフルネームで僕の名前が残されていたのですか」
 近藤の仕草が気になった。
「そっ、そうだ」
 沖田の声が上ずっていた。
「でしたら、その写真か映像を見せていただけませんか?」
 その焦った口調に何かあると感じた。
「申し訳ないが、それは重要証拠なんでね。あんたに見せることはできないな」
 沖田は、ダイイングメッセージについての嘘に付いて指摘されるので見せる訳にはいかなかった。
「何か怪しいですね。見せられない理由があるってことですかね。まぁ、そちらがそんな態度なら、こちらとしても協力はできませんね。黙秘は権利ですから履行させていただきます」
 腕を組んで対抗する姿を見せた。
「あのね、害者がダイイングメッセージを残しているんだ、君の名前をね。君を犯人として疑うのは当然のことだろ」
 机を両手で叩いて立ち上がった。
「そのダイイングメッセージが、本当に内田さんが書いたものと証明できればですよね。後で犯人が内田さんの手で強引に残したものとすれば、ただの状況証拠でしかありません。他に決定的な証拠がなければ、公判を維持できないと検察は渋るし、僕は犯行を否認し黙秘を続ければどうでしょうね」
 面白くなったとばかりに笑顔で言い返した。
「黙秘を主張ですか。ちょっとテレビの見過ぎではないですか。意地を張って反抗するよりは、素直に犯行を認めた方が身の為でもあるんですよ」
 ゆっくり席に着くと朝比奈を宥めるかのように優しく言った。
「時間がある時は、よく刑事ドラマを見ていますよ。脅しに透かし、本当にそのドラマに出てくる場面にそっくりですね。でも、僕の大好きな十津川警部の足元にも及びませんね。ドラマや本を読んで、もう少し勉強した方がよろしいと思いますよ」
 売り言葉に買い言葉とばかりに言い返した。
「お前、警察を馬鹿にするのか」
 今度は沖田が机を叩いた。
「ああっ、もう1人大根役者が居ましたね。ご存知かと思いますが、大根はどんな食べ方をしても、どんなにたくさん食べてもお腹を壊さない、つまり絶対に当たらないということ。そのことから、大根役者とはどんなに熱演していても、客は入らない大根と同じで当たらないとのたとえなのです。そのあたふたする態度、どうやらダイイングメッセージを見せられない理由にも、何か裏があるんじゃないですかね」
 感情を高ぶらせる沖田とは正反対に、冷静に落ち着いて2人の顔を見た。
「そんなことは一切無い」
 近藤が言い切った。
「まぁ、いいでしょう。それは横に置いといても、僕に内田さんを殺害する動機は全くありませんよ。先ずは、ダイイングメッセージ以外について、警察の優秀な捜査能力を使って調べてみたらどうですか」
 皮肉を込めて言い放ったが、どちらが取り調べを受けているのか分からない状態だった。
「仕方ないな、我々に素直に協力できないのであれば、今夜はここに泊まってもらうことになりますよ。それでもいいかな」
 テレビの刑事ドラマでは定番の言葉を言い放った。
「えっ、泊まってもいいんですか?ありがとうございます。これで、今晩の家事はしなくてもよい理由ができました。楽しみですね、よい体験ができます。早速ですが、お腹が減りましたので、夕飯を頼んでもらえますか。ドラマでは刑事が恩を売るかのように『カツ丼でも食うか』なんて言ってますが、基本ここでの食事は自腹なんですよね。昼間は、披露宴での洋食だったので、どうせ自分で払うなら牛丼の特盛汁だくで、生卵と味噌汁も付けてくださいね」
 頭に描くと涎が大量に口に湧いてきた。
「こんなに警察に逆らうなんて、何か前がありそうだな。ちょっと調べればホコリが出るんじゃないのかな」
 近藤は沖田に合図を送った。
「あっ、いや、ちょっとそれは待ってください。僕の過去と今回の事件とは何の関係もないでしょ。止めた方がいいですよ」
 立ち上がり、部屋の外に出ようとする沖田を止めようとした。
「止めた方がいい。どう言う意味かわからないが、兎に角調べて困ることでもあるのだな」
 沖田は朝比奈の手を振り払い、部屋の外に出て若手の刑事に耳打ちした。これで朝比奈の弱みを掴めると沖田はほくそ笑んだ。
「あーあ、また、雷が落ちるかな。でも、僕だけで済めばいいですけどね」
 次に起こる出来事を想像して肩を落とし、どんな結果が出るのかを楽しみにして待つ2人の刑事の元に、先程の若い刑事が戻ってきて近藤の耳に伝言を伝えた。
「えっ、署長室に朝比奈を連れて来るようにだって、コイツは事件の被疑者なんだぞ」
 耳打ちされた近藤が叫び、その言葉に朝比奈の表情が一層暗くなった。
「どういうことですか、取り調べ中の被疑者を署長室に連れて行くのですか」
 沖田は困惑していた。
「いえ、僕はここで結構です。もし、僕に用があれば、署長に来ていただけば済むことです。どんなお方なのか楽しみにお待ちしますよ」
 朝比奈も意地になっていた。
「あの、署長の命令ですので、お願いできませんか?」
 『オホン』と軽く咳をすると、先程の態度とは変わって手の平を返し、お願いモードになっていた。
「そうですね。内田さんが残したダイイングメッセージを見せていただけけますか」
 朝比奈も簡単には引き下がれない、仕方なく条件を提出して譲歩することにした。
「わっ、分かりました。署長室まて来ていただければ、お見せしましょう」
 近藤は一度沖田の顔を見てから朝比奈の条件を飲み、3人揃って署長室へと向かうことになったが、朝比奈は部屋に近づく程に気が重くなってきた。
「いやーどうも、どうも、部下があなたを被疑者扱いするなんて、誠に失礼な態度を取りまして本当に申し訳ありませんでした。私、永田と申します。この度は、とんだ事件に巻き込まれてしまい大変でしたね」
 永田は朝比奈に近づき無理やり握手をすると、わざわざ席まで案内した。
「はい、とても衝撃的な事件でした」
 悲痛な表情で目を閉じた。
「挙式を終えたばかりの新婦が殺害され、その被害者が朝比奈さんの友人だったとは本当に痛ましい事件です。しかし、刑事が伺った時にお父様のことを伝えていただければ、こちらまでわざわざお越しいただくことはなかったのに」
 2人の刑事の顔を見た。
「あっ、いえ、父は父、僕は僕ですから、特別に扱わないでください」
 朝比奈の父親は最高検察庁の次席検事で、嘗では有名な国会議員の贈収賄事件などの不正を数多く立件した、今では珍しい曲がったことの嫌いな熱血検事だった。
「そうは言われましても、我々の立場もございますので、今回の件はどうかお父様にはご内密にお願いします」
 猫撫で声で永田が頼み見込んできた。
「父親には話はしませんが、事件に関してはお2人ともまだ僕が犯人だと信じているようですから、その誤解を証明する為にも是非事件解決に協力させていただけませんか」
 永田の要望を受け入れつつも、後輩の死の究明については警察の協力が必要となり、譲ることはできなかった。
「いやいやいや、滅相もございません。誰も、朝比奈さんが犯人とは思っていませんよ。ねー、ねー」
 2人に同意を求め、永田の目力に渋々頷いた。
「それに、事件の方も我々警察が総力を挙げて解決いたしますので、どうかご理解いただき今日のところはお帰りいただけないでしょうか」
 永田が続けたが、厄介者を早く返したいとの意図が見え見えであった。
「署長は警察が総力を挙げてと言われましたが、先程までダイイングメッセージの証拠だけで犯人と決め付けていた僕が、ちょっと偉い検事の息子だと分かったら手の平返しのように犯人を否定された。失礼ですが、そのような警察を信じろというのは無理じゃないのでしょうか。それと、僕は内田さんが残したというダイイングメッセージを見せていただけるという条件で来たのですから、まずはその約束は守ってください」
 朝比奈は永田の物乞いとも感じられる言葉に反発した。
「そんな約束を勝手に・・・・・仕方がありません、これは例外中の例外でして他言無用ということでお願いします」
 そう言うと永田は目で合図を送り、沖田が手にしていたタブレットをタッチしてその画像を朝比奈に見せた。
「アサヒナフ・・・・・僕のフルネームじゃないですね」
 朝比奈は沖田の顔を睨み付けた。
「そっ、それは、途中で被害者が息絶えて、本人はアサヒナユウサクと書くつもりだったと思います」
 沖田は自分自身を擁護する為に都合のいい想像を付け加えた。
「だからどうしても見せたくなかったんですね」
 小さく頷いて見せた。
「申し訳ありませんでした」
 素直に頭を下げた。
「それでは、その罰として今まで分かっている捜査報告について、例外中の例外として教えて頂けませんか、永田署長いいですよね。でないと・・・・・・」
 今度は永田を横目で見た。
「分かりました。くれぐれも他言無用ということで説明させていただきます」
 朝比奈の言葉の続きを想像して慌てて頷き沖田を見た。
「あっ、はい。内田友美さんが亡くなっていたのは、名古屋ニューグランドホテル神父の予備室で、検視でも言われたのですが、解剖の結果午後4時から5時の間で、死因はコントラ・クーとのことでした」
 タブレットを朝比奈に手渡すと手帳を広げた。
「脳挫傷ですね。それは何処に起きていたのですか」
 さらりと答える朝比奈に沖田は驚いた。
「あっ、あの、被害者の後頭部にできていました」
 返答が少し遅れた。
「後頭部にコントラ・クーができていたと言うことは、恐らく前頭葉を何かで殴打されたのですね」
 タブレットをじっと見ながら答えた。
「脳挫傷と大量の出血により死に至ったものと解剖医から報告を受けています」
 異様なまでに画像に見入る朝比奈に驚いていた。
「即死ではなく、死亡までにしばらくの時間があった為に、ダイイングメッセージを残せたのだと警察は判断したのですね」
 朝比奈は左の顳かみを叩きながら尋ねた。
「鑑識も、被害者本人が書いたものだと断定していますが、朝比奈さんを犯人に仕立てる為に被害者の死亡後に偽装した可能性もあります」
 沖田が付け加えた。
「まぁ、その可能性はないと思います。取調室で僕が言ったのは、フルネームを書いた場合です。こんな中途半端に偽装する必要はありませんからね。それにこのダイイングメッセージちょっと変ですね。皆さんカタカナのナを書く時どう書きますか」
 朝比奈の問いに3人は目の前で書いてみせた。
「そうですよね。先ず横棒を書いてから斜めに書き加えますよね。でもこの『ナ』の字は先に斜めの線が書かれていると思います」
 タブレットの画像を拡大して3人に見せた。
「鑑識に確認してもらえればはっきりするでしょうが間違いないと思います。この横棒が最後の文字だとすると『ナ』ではなく『ノ』になり横棒はその下の文字『フ』に追加されるものだと考えられます」
 タブレットを示しながら推理してみせた。
「と言うことは、アサヒノに続くのは『コ』とか『ユ』なのでしょうか」
 近藤は興味を示して尋ねた。
「そんな苗字はないと思います。と言うよりも、内田さんは犯人の名前は知らなかったのかもしれません。ですから、最後の命を絞って自分を襲った犯人の証拠を残そうとしたのだと思います。近藤警部の推理によればアサヒノコと残した可能性があるということですよね。内田さんも僕も、そして新郎の国友も旭野高校の卒業生で、あの挙式も沢山招待されていたはずです」
 その時の状況を考えると涙が滲んできて零れそうになったが、命を削ってまでも残してくれたメッセージを絶対無駄にはしないと心に誓い右手でそっと拭いた。
「それは重要な手掛かりですね。早速名簿を手に入れてその時のアリバイ等を確認します」
 沖田が朝比奈からタブレットを取り上げようとした。
「ちょっとその前に、もう少し事件について説明していただけませんか」
 タブレットを渡そうとはしなかった。
「えっ、そう言われましてもそれ以上は・・・・・・」
 朝比奈の言葉に困惑した3人を代表して永田が口を開いた。
「えっ、普段警察は市民の皆さんのご協力をお願いしますって言っていますよね。僕も名古屋市民ですから、是非協力させていただきたいのです」
 少年のように目を輝かせ力強い言葉だったが、3人は唖然として固まった。
「警察がお願いしている市民の協力とは別のものでして、事件の捜査、特に今回のような犯人が殺人を犯している危険な事件に一般市民を巻き込むことはできません。それに朝比奈さんにはもう十分に協力していただきましたので、今夜は申し訳ありませんがこのままお帰りください」
 言葉は丁寧であったが、素人が何を出しゃばってるんだ迷惑なんだよ、という思いが込められていた。
「それでは最後に1つだけ、内田さんが亡くなっていた神父の予備室には、どのような経路で向かったのか分かっているのですか。途中で誰かと会ったりしてはいないのですか」
 テレビの刑事ドラマの主人公のように右指を立てて尋ねた。
「それは、本人が美容院の関係者に尋ねて、非常階段を利用した為に誰も彼女の姿は見ていなかったようです」
 沖田が渋々答えた。
「誰にも見られたくない相手だったのか、犯人にそう指示されて呼び出されたって事なんでしょうね。何があったのでしょうね」
 朝比奈はまた左の顳かみを叩いて整理し始めた。
「話の途中で申し訳ありませんが、朝比奈麗子弁護士が弟に会わせろと受付でお待ちなのですが、どうしたらよろしいでしょうか」
 丁度その時、ノックをして若い刑事が部屋に入って来た。
「あっ、すみません。直ぐに行きますと伝えてください。それでは皆さん遅くまでおじゃましました」
 朝比奈の別れの挨拶に、永田は溜息が漏れ助かったという安堵の表情がにじみ出ていた。
「随分遅かったわね。何があったの」
 麗子は朝比奈の姿をを発見し駆け寄って声を掛けた。
「今日挙式に参列した新婦が殺害されたということで、事情聴取を受けていました」
 申し訳なさそうに頭を下げた。
「えっ、それは大変だったわね。運転する?」
 麗子は車の鍵を差し出した。
「ごめん、ちょっと考え事があるので、頼めますか」
 そう言いながら出口へと向かった。
「考え事ですか・・・・・まぁ、いいわ」
 朝比奈の後ろを歩いて行った。
「あっ、迎えありがとう」
 車の助手席に掛けてからはたと気づいて言葉を掛けた。
「いつものことで慣れていますよ。こんな時間まで絞られているなんて、ただの参考人じゃないわね。白状するなら今のうちよ、少しでも刑が軽くなるように良い弁護士を紹介してあげるわよ」
 横顔しか見れないけれど、絶対に笑い顔になっていた。
「からかわないでください」
 朝比奈は口を尖らせた。
「でも、殺害されたのが新婦ってたけど、去年のクリスマスディナー会った人だよね。また悪い癖が出なけりゃいいんだけどね」
 嫌な予感が頭に浮かんだ。
「あっ、いえ、姉さんや父さんには決して迷惑は掛けませんので、その点は安心してください」
 その言葉を聞いて麗子は一応頷いたが、全く信用していなかった。
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