What goes around,comes around

碧 春海

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六章

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 朝比奈は、愛知県警を後にすると、市バスを使って公立がんセンター前の停留場で降りて、近くにある大型フラワーショップに足を進めた。朝比奈は、特別授業を受けてもらった子供たちに何か送りたいと考えていたが、勿論口にする物はダメだし予算のことも考えると決め兼ねていて、結局無難な花へと辿りついたということだった。その店内は、カーネーション、ガーベラ、チューリップ、かすみ草、マーガレット、スズラン、ハナミズキ、マリーゴールドなど、鉢植えから1本売りや花束まで品数が揃えられていて、見舞いは勿論、誕生日や記念日に送るのだろうか大勢の人で賑わい、係員たちは花束の作成や接客に忙しそうだった。その店員の手が空くまで、花の香りや色彩を楽しみながら目当てのバラが飾られたショーケースにやってきた。定番の赤、そして白に黄色と目が進み、青色のバラで止まった。
「えー、1本700円かぁ。あっ、今日は特売日で2割引なんだ」
 朝比奈はズボンのポケットから財布を取り出して残金を確かめた。
「確か、あの時は生徒は17名だったから、プラス1名で18本」
 朝比奈は顔の前で右手を使ってそろばんを弾いた。
「昼ごはんを我慢するかな」
 1万円札1枚と小銭の財布にがっかりした。
「あの、すみません。花束じゃなくて、1本ずつ包装してもらうことも可能でしょうか」
 花束を作成し、お客様に丁寧に渡したばかりの女性店員に声を掛けた。
「ありがとうございます。勿論、お作りできますが、どの花を何本ご用意しましょう」
 笑顔で返した。
「病院の子供たちに送りたいので、すみませんが青のバラを17本と黄色を1本お願いしたいのですが、包装料は別料金なのでしょうか」
 ケースの中の花を指差した。
「いえ、包装料込みの料金です。ちょっとお時間を頂きますので、こちらの椅子に掛けてお待ち頂けますか」
 女性は丸い椅子を勧めた。
「ありがとうございます」
 朝比奈は椅子に腰掛け1本ずつラッピングしてゆく彼女の手元を見ることになった。
「病院の子供たち、喜んでくれるといいですね」
 女性店員は、大きな紙袋に綺麗にラッピングされたバラの花を渡し、精算を終えた朝比奈に声を掛け、笑顔で頷いた。
「先日はお世話になりました。特別授業を受けてもらった子供たちの見舞いに伺ったのですが、よろしいでしょうか」
 病棟で看護師に声を掛けると、順次案内してくれて青いバラを手渡し、一言二言励ましの言葉を添えることができ、それぞれに喜んでもらえた。
「あれ、特別授業に参加してくれたのは確か17人でしたよね。でも、1本余ってしまいましたね。その子は退院されたのですか」
 朝比奈は1本の青いバラを看護師に見せて尋ねた。
「ああ、それは白石萌さんだと思います。退院はされていませんけど、姿が見えませんね。先程、如月先生と一緒に歩いていましたから、1階の喫茶スペースで話していると思いますよ」
「ありがとうごさいます。折角ですので、会いに行ってみます」
 朝比奈は、頭を下げるとエレベーターで1階へと向かい、喫茶スペースで2人の姿を探し始めると何か深刻な表情で話し合う白石萌と如月碧の姿を見付けた。
「この前、特別授業で熱心に聞いてくれてありがとうね」
 朝比奈は青いバラを白石の目の前にかざした。
「ありがとうございます」
 戸惑いながら受け取った。
「はい、如月先生にもありますよ」
 今度は黄色いバラを差し出した。
「えっ、ありがとうございます。私がもらってもいいのですか」
 嬉しかったが、もらう理由と色の違いが分からなかった。
「色々迷惑を掛けてしまったのでね」
「こちらこそ、特別授業を依頼した為に、警察に呼ばれることになってしまい、申し訳ないと思っています」
 白石の隣に腰掛けた朝比奈に頭を下げた。
「ああ、それなら大丈夫です、慣れていますので」
「えっ、慣れている・・・・ですか」
「あっ、いえ、警察に疑われて取り調べは何度も受けましたが、犯罪は犯していませんよ。それより、白石さんは特別授業ではあんなに元気が良かったのに、今日はおとなしいですね。如月先生に説教でもされていたのですか」
 話を変えて2人の顔を見た。
「そんな説教だなんてしてませんよ」
「あの、このバラなんですが、赤じゃないんですね。先生も黄色だし、何か特別な意味があるのですか」
 白石が助け舟を出した。
「そうだね。よく男性が女性に贈る時、そうプロポーズや結婚記念日に真っ赤なバラを選びます。花言葉は『愛情』・『あなたを愛しています』だからです。でも、ピンクは『上品』、
『しとやか』白は『純潔』『素朴』オレンジは『絆』『信頼』そして如月先生の黄色は『友情』『献身』の意味があります。ぴったりでしょ」
 如月を見た。
「青色の花言葉はまだですか」
 不満の表情で朝比奈に文句を言った。
「ごめんごめん、青いバラの花言葉は『奇跡』『夢かなう』です。病気に負けず頑張っていれば、奇跡も起きて夢もかなうと思っているからです」
「奇跡ですか・・・・・」
 その言葉の重みに白石は肩を落とした。
「萌さん、もう少しがんばってみようよ」
 その姿に如月が近寄って声を掛けた。
「えっ、僕の青いバラ、まずかったですかね」
「いえ、そういう訳ではないんです。ちょっと萌さんが落ち込むことがあって、説教どころか慰めていたところです」
 頓珍漢な返答に呆れていた如月に看護師が近づいて耳打ちした。
「ここは僕が、よろしければ仕事に戻ってください」
 2人の様子を察して言葉を掛けた。
「すみません、お願いします」
 2人は慌ててエレベーターと向かった。
「萌さん、この前の特別事業は僕からの一方的な話ばかりでしたね。それから、また授業に来て欲しいと言ってくれましたから、今日は、萌さんの為の特別授業を開きます。萌さんに分かるように説明させていただきますので、何か疑問があれば質問してみてください」
 元気を出してもらおうと思いつきで言葉が出てしまった。
「いいんですか。本当に」
 少し元気が出てきた。
「できれば、答えれる質問だと助かります」
 白石の正面の席に座り直した。
「実は、私も先生が来てくれる時の為に、質問を考えていました」
 表情が徐々に明るくなってきた。
「ちょっと待って、もう準備されているってこと。質問によっては後日に回させていただきます」
 経緯とは言え、不味いことを言ってしまったと自信がだんだん薄れていた。
「教科書に書かれていることですよ」
 その白石の言葉に、今まで1日とは言え先生として偉そうに話をした自分が、答えられずに謝る姿が浮かんできた。
「その前に1つ、日本語では基本的に1つのものに対しては数え方は1つしかありません。今、僕が手渡した青いバラはどう数えますか」
 朝比奈は自分の心の準備を整える為に先に質問した。
「1輪挿しと言う言葉がありますから、1輪じゃないですか」
 少し考えてから答えを出した。
「花の数え方にはルールがあって、車輪の形に似た丸く花びらを広げる花は『輪』切花は『本』束ねると『束』なんです。ですから、僕が送った青いバラは1本です」
 白井が手にしていた青いバラを指差した。
「普段使っていることにもそれぞれ意味やルールがあるのですね、そう考えると本当に面白いですね。それでは先生、私の質問にも答えて下さい」
「はい、お願いします」
 朝比奈は覚悟を決めた。
「エネルギー問題なんですが、教科書にはこのまま石油を使い続けると、あと40年程で無くなってしまうと書かれていて、そう教えられました。それと、今テレビで話題になっている、地球温暖化についても教えてください。日本も二酸化炭素を出さない努力をしているんですね。それでも、石油も無くなり、温暖化も進むのでしょうか」
 その質問に朝比奈は驚いた。
「日本や地球のことを心配しているのですか、白石さんはまだ中学2年生ですよね」
 驚きから感心へと変わった。
「学校の授業で教えてくれたことだし、二酸化炭素を減らして温暖化を防ぐ必要があると、テレビなどでも何度も放送されています。ですから、2つとも私は信じていました。でも、朝比奈先生から自分で調べなさいと言われましたので、色々な意見を聞きたいのです」
 真剣な眼差しで朝比奈を見た。
「まず、石油の件ですが、新しい油田も発見されていますし、世界で有数の埋蔵量を誇るアメリカは、現在はほとんど産出されていませんので、そうですね後1000年くらいは無くならないと思いますよ。白石さん考えてください、今から1000年前といえば紫式部の時代ですよ。反対に言えば、1000年も経てば石油に変わる物質が作られ発見されると思いますよ」
 知識として知っている範囲で良かったと気持ちが楽になっていた。
「えっ、そうなんですか、私が生きている間は無くならないってことですよね」
「まぁ、医学が進歩して、白石さんが1000歳まで生きない限りはね。それと、地球温暖化についてなんですが、温暖化、温暖化と騒いでいますが、30年前から平均温度はどれくらい上がっていると思いますか」
「30年前からの平均気温ですよね。北極の氷も溶け、シロクマも減っているって報道していましたので、4度から5度くらいは上がっているんじゃないですか」
 白石は首を傾げた。
「いえ、30年間でおよそ0.7度、上がっただけです。それに、シロクマは減っているどころか増えているし、北極の氷は・・・・・・白石さんのコップに入っている氷が全て溶けても、水が溢れ出ることはありません。ただ、グリーンランドの氷と南極大陸の氷が全て溶けて流れた場合は、確かに水位に影響しますがそれでも数十センチで収まるはずです」
 左の顳かみを叩いて答えた。
「でも、二酸化炭素をたくさん出せば、温暖化は進むんですよね」
「確かに、その可能性は否定はしないけど、そんなに二酸化炭素は悪い物質なのだろうか。草木は、太陽光と二酸化炭素、そして水を使い光合成でデンプンを作り酸素を排出してくれています。二酸化炭素がなくなれば野菜や果物は育たないんですよ。それに、地球規模で考えれば、中国は火力発電所をどんどん作っているし、クリーンエネルギーと言われているソーラーパネルに使用される部品は、今問題になっている中国のウイグル地区で生産されている。そのソーラーパネルの設置についても日本政府は推進して、山の広大な木を伐採して作っている場合も多い。自然を破壊してまで作る電源だとは思いませんし、その推進の為に電気量に添加されているのです。家庭で、年間平均1万円、企業には5万円が加算されています。これで本当に大丈夫なんですかね」
 話し始めると自分の世界に入り込んでしまう朝比奈だった。
「あの・・・・・・」
 朝比奈の話について行けなかった。
「あっ、ごめん、ちょっと難しかったかな」
 頭を掻いて答えた。
「朝比奈先生は、何をされているんですか」
 色々な問題よりも、朝比奈自身に興味が湧いてきた。
「ある時謎の運転手、ある時スーパーのレジ係、ある時コンビニの店員、ある時大学の警備員、ある時弁護士事務所の調査員。数えだしたらきりがないけど、警察に逮捕されたら職業不詳ってなるのかな」
 一応右手の指を折ってみた。
「でも、朝比奈先生は、色々なことよく覚えていますよね」
 白石も朝比奈の仕草を真似て左の顳かみを叩いてみせた。
「ああ、これね。僕も、白石さんと同じで子供の頃からある病気になっていたのです。聞いたことないと思うけど、サヴァン症候群って膨大な書類を1回読むだけですべて暗記できたり、文章に数字などが写真のように頭に残るんです。絶対音感なんかもその一種ですね。そして、左の顳かみを叩くのは、頭の中にある海馬を刺激して、記憶力や思考能力を高めているのですよ」
 朝比奈も左の顳かみを叩いた。
「えっ、それって病気なんですか。良い事ばかりで、羨ましいです」
「それだけならいいんですけど副作用もありまして、1つのことに集中してしまうと周りか見えなくなる。自分の話ばかりしてしまったりなどマイペースで協調性がなく、対人関係に問題があるそうです。ですから、決まった仕事にも就けないし友達もいないってことらしい」
 朝比奈本人には全く自覚がなかった。
「そっ、そうなんですか。その病気は治らないんですか」
「まぁ、生活するには支障はありませんので、このまま死ぬまで付き合っていこうと思っています」
「死ぬまでですか・・・・・・」
『死』と言う、その言葉に反応して急に落ち込んだ。
「あっ、すいません。ところで、さっき如月先生と何を話していたんですか。良ければ、話してくれませんか」
 自分の言葉の選択ミスに気付き、慌てて話を変えた。
「あれは、私が来週受けるはずだった、骨髄移植の手術が急にキャンセルになってしまって、落ち込んでいたんです。その理由が知りたくてつい如月先生に当たっちゃって、悪いことしたって今は反省しています」
「キャンセルになった理由は教えてもらえたのですか」
「いえ、ただ延期になったとしか教えてもらえませんでした。ただ、三矢先生が亡くなったことが原因だとは何となく分かります。三矢先生が、とても熱心に私の移植を勧めていてくれたので」
「きっと何かあったんですね。調べてみましょうか」
「えっ、朝比奈先生がですか」
「弁護士事務所の調査員もしていますので、そこのところはうまくやりますよ、時間もありますから。でないと、白石さんもすっきりしないでしょ」
 朝比奈は、早速ズボンのポケットからスマホを取り出し、白石は唖然としていた。
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