What goes around,comes around

碧 春海

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七章

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 翌日の夜、名古屋市中区栄町の繁華街、8階建てのビルの一階にある『ゼア・イズ』で朝比奈と糸川親子がテーブルを挟んで向かい合っていた。
「朝比奈君、私だけでなく美紀にも色々調べさせているみたいね。変な事件にも首を突っ込むし、事件が君を呼ぶのか、君が事件を引き寄せるのか、本当に厄病神ね。美紀、何とかに祟り無しといいますので、近寄らない方が身のためね」
 美紀に諭すように口を開いた。
「お言葉を返すようですが、今回の件は糸川所長の代理で、特別授業をやらされた結果であって、僕の方から事件を呼んだ訳ではありません。それにもし僕が、公立がんセンターに行かなかったら、三矢医師は病死として処理されていたんですよ」
 少し胸を張った。
「それって自慢話?」
 その言葉と態度に反応した。
「いえ、事実を話しているだけです。それに、糸川先生の依頼を受け、警察で取り調べを受けた如月さんの力になってという願いも叶えましたよね」
 どうだと言う顔で言い返した。
「それは、そもそもあなたが事件たと言い出したから、薬を手渡した如月さんが一番に疑われることになったのよ」
 その言葉と態度が気に入らなかった。
「もー、それじゃ、堂々巡りでしょ」
 美紀が話の間に入った。
「よし、分かった、決めたわ。もし、ここで私が満足できる料理を食べさせてくれたら、依頼された調査についても教えるし、事件に関与しても一切文句を言わない。美紀もそれでいいわね」
 糸川は横目で美紀を見た。
「あっ、いえ、私は初めから協力するつもりだっから」
「いつもそうやって巻き込まれているでしょ。朝比奈君も、今後一切美紀に調査を依頼しない。分かったわね」
 糸川が2人に念を押した。
「糸川先生にそう言われては断れないでしょう。そして、無理を押し付けて捜査を止めさせるつもりでしょうが、いいですよその条件で受けて立ちます」
 糸川所長の巧みな誘導に掛かり強気に発言した朝比奈であったが、何がオーダーされるのか不安な気持ちでいっぱいになった。
「本当にいいのね」
 罠にかかったと微笑んだ。
「勿論、武士に二言はありません。きっぱり諦めます」
 もう後に引けない朝比奈であった。
「それじゃ、私が今食べたいのは、天然ふぐのてっさにふぐ鍋。ただし、あのりふぐのね」
 得意気に言い放った。
「ああ、トラフグでしたか。それも、あのりふぐを指名されるとは、流石食通ですね」
 朝比奈は感動していた。
「えっ、その、あのりふぐって何ですか?」
 美紀が心配して尋ねた。
「それはね、木曽三川をはじめ、伊勢湾に流れ込む川の栄養と、熊野灘から北上する黒潮がぶつかり合う安乗岬付近は豊富なプランクトンが発生する魚介類の産卵の場所なんだ。それと同時に、トラフグが育ちやすい環境として知られ『ふぐのゆりかご』と呼ばれ、この伊勢湾を含む遠州灘に掛けての海域で漁獲される700g以上の天然トラフグこそが、ブランド高級食材として名高い『あおりふぐ』なんだよ」
 左の顳かみを叩きながら説明した。
「お母さん、そんな無茶なこと言わないでよ。美味しいものを食べられればいいでしょ」
 美紀が助け舟を出した。
「これくらいのことをしないと、朝比奈君は懲りてくれないわ。美紀だって分かっているでしょ」
 譲る気は全くなかった。
「でも・・・・・マスター」
 哀願の目でマスターの方へ顔を向けた。
「あるよ」
 無表情で答えた。
「えっ、本当に」
 マスターの言葉に直ぐに反応した。
「糸川先生は肉は余りお好きではない。そして、今頃になると、名古屋の老舗料亭『小手鞠』で親しい人たちとふぐのフルコースを楽しまれるとの情報を得ました。まさか、あおりふぐの指定までされるとは思いませんでしたが、マスターが気を使って仕入れてくれたみたいです。ああ、心配いりません、マスターはちゃんと免許も持っていますので。それでも、仕上がるまでしばらく掛かるので、糸川先生約束通りお話を伺えますか」
 マスターが振り向き目があった時に朝比奈は感謝の一礼をした。
「仕方ないわね。公立がんセンターは藤本理事長と春日部副理事長に3人の理事長の幹部で運営されている」
 観念して渋々語り始めた。
「公立がんセンターでも、政党みたいに派閥ってのがあるんですか」
「どこの世界でも、3人集まれば派閥はできるものよ。当然、藤本理事長と、春日部副理事長派に分かれていて、亡くなった三矢医師は藤本理事長派に属していたみたいね」
「公立がんセンター内の勢力的にはどうだったのですか」
「藤本理事長が、全ての部署において統括していたけど、特に目を掛けていた三矢医師が亡くなったことは、相当な痛手になっていることは間違いないわね」
「まぁ、単純に考えれば、敵対する春日部副理事長派の仕業によるものだと考えれますね」
「いえ、そうとも限らないの」
「えっ、どういう事なんですか」
「今は、藤本理事長の権力が強く、先程言ったように期待していた三矢医師を失ったのは痛手でも、勢力的には揺るがないと思う。それは、今の厚生労働大臣が藤本理事長との関係が良好だったからね」
「良好だった・・・・・」
「そう、今度の内閣改造で、厚生労働大臣が代わるとの噂があってね。次期厚生労働大臣の噂がある地元出身の大杉文雄議員は、春日部副理事長と親しいのは誰もが知っている事実。病院、特に公立や国立の医療関係機関は厚生労働省の影響が大きいから、形勢は逆転するんだろうね」
 その時、大皿に綺麗に盛られたふぐのてっさと、ちり鍋用のふぐ身、アラ、てっ皮などが運ばれ、その豪華さに糸川親子は目を丸くしていた。
「三矢さんが亡くなる少し前、橋本部長と言い争いをしていたのですが、2人の関係はどうだったのでしょう」
 2人の表情に満足した朝比奈が、自家製のポン酢を2人に配った。
「それは私が調べました。橋本部長は春日部副理事長と親しくされていて、事あるごとに三矢医師と反発し合っていたようです」
 早速てっさを口にして美紀が答えた。
「あの時、2人は何を言い合っていたのだろう。白石萌という子が、三矢さんが亡くなった為に手術が延期になったそうなんだけど」
 朝比奈もてっさに薬味を載せポン酢にくぐらせて口に運んだ。
「私も気になって調べてみたけど、その白石さんの手術を三矢さんが担当される予定だったからじゃないですか」
 美紀も朝比奈の真似をして薬味を載せて食べてみた。
「ドナーから造血幹細胞を採取する必要があります。ドナーが誰なのか分かっているのですか」
 朝比奈は、マスターが運んできた鍋のセットをテーブル中心に置いて、出汁がはられた鍋の中に食材を入れ始めた。
「相手が誰なのかは、お互いに知らされないことになっているようですが、今のところはドナー登録者が公立がんセンターに入院されたという記録はありません」
 美紀も手伝った。
「突然の中止だったのかなぁ」
 鍋の出汁で煮込まれたふぐの身を器に取り出して糸川所長に勧めた。
「ただ昨日、静岡県浜松市の公立病院から造血幹細胞移植する為に、緊急入院した女の子がいて、その造血幹細胞移植を受けるそうなんです」
 美紀も朝比奈からふぐの身がたっぷりと入った器を受け取った。
「三矢さんが亡くなって白石さんの造血幹細胞移植は延期になり、新しい移植患者が入院してきた。悪いけど、その転移してきた子の身元を2人で調べてくれませんか」
 美味しそうに食べる親子の顔に満足しながらお願いした。
「仕方ない、こんなに美味しいふぐをご馳走になったからね」
 代表して糸川所長が答えた。
「ご飯を入れてふぐ雑炊も楽しんでもらいます。ゆっくり味わってください」
 3人がふぐを堪能している頃、老舗料亭『小手鞠』では大杉国会議員と春日部副理事長が、トラフグのフルコースを目の前にして寛いでいた。
「先生、今回の内閣改造では厚生労働大臣に内定されたと伺いました。おめでとうございます」
 酌をしながら春日部が話を始めた。
「ああっ、今日、総理から正式に要請を受けたよ」
 嬉しそうに注がれた酒を口にした。
「新型ウイルスの抑制の為には、やはり先生のお力が必要なんですよ。それを首相も評価されていらっしゃる。誠にめでたいですね」
 自分のお猪口にも酒を注いだ。
「今までの政府は、目先のことばかりでワクチンの開発に予算をつけて来なかった。そのつけが今回ってきたということだ。それと、PCR検査も初めから無料にすれば良かった。今頃慌ててするくらいならな」
 腹立たしげに語った。
「誠に先生の言うとおりでございます。これからのウイルス対応にも希望が持てました」
 お世辞と分かっていても大杉にとっては気持ちの良い言葉だった。
「そう言えば、国立新薬研究所のワクチン開発はどうなっているのかね」
 気を良くして、てっさに箸を付けた。
「先生かおっしゃったように、予算が付いていないものですから、思うように進んでいないようです」
 その様子を確かめて、春日部もてっさの味を楽しんだ。
「そうか、早く予算を付けて、日本産のワクチンを開発製造してもらわないと困るからな。正式に任命されれば東京に張り付くことになる。これから忙しくなるので、こちらのことは色々とお願いしますよ。ああっ、そう言えば、例の件は少し入院させるはずが、死んでしまったそうだね」
 地元の言葉に引っかかり、話題を変えた。
「あっ、すみません。その予定でしたが、色々なことが重なり死亡させてしまいました」
「公立がんセンター内だったんだろ、病死で処理できなかったのかね。小耳に挟んだけど、県警の捜査員が今も調べているそうじゃないか」
 一転不機嫌な表情になった。
「あっ、それなんですが、担当した北署の署長に話を付けて、何とか病死扱いで済ませることができるはずだったのですが、その馬に居合わせた人物が事件性があると騒ぎ出したものですから、仕方なく県警が動く事になってしまいました」
 申し訳なさそうに頭を下げた。
「なぜそんな人物が公立がんセンターに居たんだね」
 顔を顰めたその表情から不快感が伝わってきた。
「センター内の子供たちに特別授業を受けさせるということで、たまたま偶然居合わせてしまいまして」
 懐からハンカチを取り出して額の汗を拭いた。
「確か、愛知県警の本部長は水谷君だったな。まぁいい、私の方から話を付けておこう」
 少し苛立ちながら、てっさをまとめて箸で掴み取り口へと押し込んだ。
「そうしていただくと助かります。今、病死でなく事件だと騒ぎになれば、お孫さんの手術にも差し支えることにもなります。昨日入院していただき、抗がん剤と放射線治療を行い、体調を整えて来週の頭には造血幹細胞移植を行える運びとなっております」
 お銚子を手にした。
「しかし、よくドナーが見つかったね。君に頼んでよかったよ」
 注がれた酒を飲み干すと、孫の顔を思い出して微笑んだ。
「HLAは完全に一致してはおりませんが、抗がん剤と放射線治療で十分完治させることはできます」
「期待しているよ。君なら安心して任せられるよ。大臣に就任した際には、大幅に予算を付けて設備改善にも力を貸す予定だ。確か、病棟などの増築や新しい機材についても予定しているんだろ」
「はい、もうすでに業者の選定も済ませてあります。色々と骨を折っていただきありがとうございました。お荷物になるとは思いますが、お土産もご用意させていただきました」
 紙袋を差し出した。
「いつもすまないね」
 中身をちらりと覗いた。
「いえ、先生のお力のお蔭で他の3人の理事の賛同を得ることができ、来月理事長の退任がほぼ決まりました。本当にありがとうございました」
 もう一度頭を下げた。
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