What goes around,comes around

碧 春海

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九章

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 朝比奈は自転車に乗り込むと、東へ向かい国道215号線を気持ちよく走り、長久手市役所の駐輪場に止めて玄関へと足を運んだ。
「あの、愛知県警の方から伺ったのですが、以前この市に住んでいた如月碧という人物の住所を調べて欲しいのですが、ご協力いただけないでしょうか」
 早速、市民課の女性に声を掛けた。
「あの、個人情報の開示に関しては厳しく規制されていますので、申し訳ありませんが書面にてご依頼していただきますようお願いします」
 丁寧に断りの言葉を発した。
「つまり、令状を持ってきてほしいということですね」
 朝比奈の問いに女性が頷いた。
「仕方がない、本人に聞いてみるか」
 そう呟くと、ここまで来て無駄足にはしたくないと、スマホを取り出した。
「あの、嘘をついてもらっては困りますね」
 1人の男が近づいて背中から声を掛けた。
「ああ、斎藤じゃないか。こんなところで何してるんだ」
 振り返ると、朝比奈より一回り大きな体格の男がカッター姿で立っていた。
「何してる?ちゃんと仕事をしているのですけど」
 腕を組んで答えた。
「えっ、まさか、ここで働いてるのか」
 長久手市役所の看板を指差した。
「そうだよ。親父が脳梗塞で倒れて実家に戻り市役所に移って、規律を重んじ融通が利かない職員を管理し、如何わしい人物を見つけ出しては警察に知らせる立場の人間だ」
 斎藤は朝比奈を指差した。
「偉そうに言うけど、誰が見ても如何わしい人物には映らないし、嘘を言った覚えもありません」
 指差した手を右手で包んだ。
「朝比奈はいつ警察官になったんだ。それどころか、職に就いたって話も聞こえてきませんがね」
 その手を払い言い返した。
「確かに定職には就いていませんが、嘘はついていませんよ。方角的には愛知県警の方からきたのは間違いありませんから」
 今度は愛知県警の方角を指差した。・
「屁理屈ばかり言って、変わってないな。まぁいい、それで、今回は何を調べているんだ。どうせ、姉さんの事務所の手伝いなんだろ」
 諦めて話を変えた。
「いいえ、事務所とは全く関係なく個人的に調べているだけです」
「姉さんからの依頼じゃないってことは、また何か変な事件に首を突っ込んでるんじゃないだろうな」
「言葉を返すようだが、警察に感謝されることはあっても、親父や姉貴に迷惑を掛けたことはございません」
「それは、お前自身が気づいていないこと。お前の常識は、他人から見れば異常にしか映らないんだよ」
「えっ、ちょっと待てよ。どうして俺が、事件に関わった事を知っているんだ。ああ、分かった。告口したのは、大神だな」
 斎藤の顔を睨み付けた。
「あっ、いや、それは・・・・お前、年に1回集まる、高校ラグビー部の同窓会にいつも欠席してただろ。だからその時ちょっとお前のことが話題になってな。ああつ、その女性の住所が分かればいいんだな、調べてくるから待ってろ」
 形勢が逆転し、慌てて先程の女性に近づいていった。
「ここから東へと向かい、長久手スポーツの杜の近くに住んでいたようだが、名古屋市へ転居してるな」
 斎藤は詳しい住所を教えなかった。
「家族の昔の生活状況を知りたいんだけど、ちょっと無理かな」
 一応ノートとボールペンを用意していた。
「どうしても知りたいなら、長久手スポーツの杜の奥に住んでいる戸田伸子という年配の女性を訪ねてみろ。長久手市でも有名なおばさんだから」
 近くにあった長久手市のパンフレットを手に取った。
「ありがとう、たまには役に立つんだな」
「相変わらず一言多いな。これ、貸しだからな」
 そのパンフレットの地図の部分に赤ペンで丸を付けた。
「あっちにも、こっちにも、そういう借りばかりで、もう直ぐ倒産だよ。自己破産の手続きには協力してもらうからな」
 差し出されたパンフレットを受けとって答えた。
「もういい、お前は昔から人を苛立たせる達人だったからな。さっさと聞いてこい」
 そう言い放ち、関わりたくないと背を向けて離れていった。
「何、苛立ってんだろう」
 朝比奈は首を傾げて渡された地図を手に、早速自転車で向かうことにした。スポーツの杜を通り越して、ソーラーパネルが敷き詰められた山の斜面の横を通る、アスファルト舗装がされていない地道では、流石に自転車を降りて引いて登ることとなった。そして、更に100m程進むと、1軒の古い民家が見えてきた。
「あの、すみません。こちら戸田伸子さんのお宅でしょうか」
 表札もなく呼び鈴もない民家の玄関を開けて声を掛けたが返事はなく、小さな畑を通って家の裏手に回ると1人の老婆がみかんを収穫していた。
「あの、市役所の紹介で伺ったのですが、戸田伸子さんですか」
 その老婆の背中に向かって声を掛けた。
「そうだけど、あんた誰だ」
 老婆はみかんを手に振り向いた。
「朝比奈優作と言います。少し教えて欲しいことがありまして訪ねてきました」
 朝比奈は、朝比奈法律事務所の代表の名が入った名刺を差し出した。
「弁護士さんかね」
 メガネをずらして名刺を見た。
「姉は弁護士ですが、僕は違います」
 今度はノートとボールペンを取り出した。
「まぁ、いいけんど、何を聞きたいんだね」
 背にしていた籠を外した。
「昔、戸田さんの近くに如月碧さんというお嬢さんが住んでいらしたそうなんですが、覚えていらっしゃいますか」
「如月碧・・・・ああっ、よく覚えているよ。和子の孫じゃな」
「ご存知なのですか」
「和子はわしの同級生で、娘の名前は恵子、その孫が碧だ。碧が何かやったのか」
 近くにあった椅子を2つ持ってきて1つを朝比奈に勧めた。
「いえ、直接事件に関係している訳ではありませんが、ちょっと気になることがありまして、どんなご家族だったのか知っておきたいと思いまして、お願いできませんか」
 パイプ椅子に腰を下ろして尋ねた。
「如月の家は、正一と和子の夫婦に恵子と碧の4人暮らしだった」
「碧さんのお父さんのことはご存知ですか」
「いや、恵子は結婚していんかったから、母子家庭じゃったな。そんときゃな、まだ市でなく町じゃったからそりゃ話題になっとったな」
「今も誰なのか分からないのですか」
「両親にも、娘にも亡くなるまで話さんかったようじゃな」
「母親の恵子さんは亡くなって、そのご両親はどうされたのですか」
「正一と恵子をがんで亡くし、暫くは和子と碧の2人で住んどったが、和子が胃がんと認知症になって、介護が必要となり家屋と田畑を売って長久手市の老人ホームに入れることにしたようじゃ。碧も子供の頃は『父無し子』とよくいじめられちょったから、ここには良い思い出がないかもしれんな」
「お母さんの恵子さんはどんな仕事をなさっていたのですか」
「賢くて、良え大学まで行きよったが、在学中に妊娠して一旦は休学し子供を産んで戻るのかと思っちょった。しかし、今度は父親が病気で倒れたんで、子育ても重なって諦めたようじゃ。それでも、医療事務の勉強して長久手の病院に勤めとったな」
「きっと恵子さんは医者を目指していたのかもしれませんね。碧さんはそういう母親の姿を見て育ったのでしょうね、意思を継いで今は公立がんセンターの医師をされています」
「ええっ、あの碧ちゃんが、医者になっとんたっか」
 びっくりした顔で朝比奈を見た。
「碧さんは子供の頃白血病を患ったそうなんですが、そのことはご存知ですか」
 メモを取りながら尋ねた。
「ああっ、知っとるよ。あの時代じゃったから、骨髄の移植が適応する人間を見つけるのは難しかったけんど、入院してほうじゃのう2週間くらいで運良く適合者が現れて、元気になったんだけんど、医者になるとはあん時助かっとって本当に良かったのう」
 顔を何度も振って頷いた。
「その移植手術を受けた大学を覚えていますか」
「確か、そん頃はまだ近くには大きい病院はなくて、名古屋の・・・・・えーと、東名医科大学じゃったかな」
 少し考えてから思い出して答えた。
「碧さんはどういう子供だったのですか」
「負けず嫌いで、いじめられても泣くことものうて、子供なりに母親を助けようとよう頑張っとった。医者になったんも、その反骨精神があってじゃろうな」
「ありがとうございました。大変参考になりました」
 立ち上がって頭を下げた。
「ああっ、兄さん、ちょっと待っちょりん。そこにある木に生っちょるみかん、好きんだけ取ってきんしゃい。売りもんじゃないけん、大きんのちっちぇのがあるんで、よう選んでな」
 朝比奈は自前のショルダーバックに詰めれるだけ詰めて、次の目的地となる公立がんセンターへと向かった。
「これ、今僕が取ってきたばかりのみかんです。子供たちに分けてあげてください」
 公立がんセンターの病棟でレジ袋に入れ替えたみかんを看護師に渡すと、白石の病室に向かった。
「こんにちは。あっ、読書ですか、勉強してるんですね」
 個室で『自然と科学』という本を広げていた白石萌に声を掛けた。
「あっ、朝比奈先生、また来てくれたんですね」
 本を閉じベットに座った。
「少しは元気になったかな」
 朝比奈はパイプ椅子を持ってきて白石の前に座った。
「あの時は辛かったけど、私の為だけに先生が色々教えてくれたから、少しは我慢できました」
 笑顔を見せてくれた。
「じゃ、また少し元気を贈ろうかな。白石さんは数学は得意ですか」
 朝比奈はカバンからノートとボールペンを取り出した。
「はい、科目の中では一番好きです」
「じゃあね。牧草地の真ん中に1本の杭を打ち込み、長さ3メートルの鎖につながれたライオンをその杭に縛り付けました。ライオンはどれくらいの牧草を食べれるでしょう」
 朝比奈はノートに簡単な絵を書いて見せた。
「分かります。面積を計算すればいいから、公式は半径×半径×3.14だからこの場合は3×3×3.14で約9平方メートルです」
 白石は自信を持って答えた。
「残念ながら間違いです。ライオンは草は食べません」
「えっ、そんなのずるいです」
「よく考えれば分かるけど、僕が始めに数学は得意ですかと聞いたので、当然計算問題だと思ったからなんですよね。それでは草を食べないライオンは、ビタミンなどの栄養素不足はどうしているのでしょう」
「えっ、肉しか食べないので・・・・・・分かりません」
 悩んでも答えは出てこなかった。
「ライオンは草食動物を襲った時に、真っ先に未消化の食物が残っている胃や腸を食べるんだよ。ちゃんと考えているんだね」
「それは本当ですか」
 疑いの眼で朝比奈を見た。
「それは本当です。それでは、今度は北極にいる野生のシロクマについての質問です。野生のホッキョクグマはほとんど2メートルを超え、とても凶暴でシャケなどの魚に加え、アザラシや小さなクジラを襲うこともあるんだけど、なぜかペンギンを襲ったホッキョクグマは1頭もいないんだ、なぜだと思う」
 朝比奈は下手なホッキョクグマの絵を書いて見せた。
「ペンギンが嫌いだからかな」
 首を傾げた。
「答えは、ペンギンは北極には生息していないからです。だから襲うことはできないんですよ」
 ホッキョクグマの横に小さなペンギンを描いた。
「それって始めから騙す問題ですよね。答えを教えられてもスッキリしません」
 頬を膨らませた。
「それでは最後は真面目な話をするね。3桁の数字で495があります。この3つの数字を使って3桁の1番大きい数字と1番小さな数字を作ります。この場合は、954と459ですね。1番大きな数から1番小さな数を引いてみてください」
 朝比奈はスマホをポケットから出し、電卓機能画面を表示して白石に渡した。
「あっ、495になりました」
 表示された数字を見て驚いた。
「不思議でしょ。これはカプレカ数って言って、3桁では495、4桁では6174しかないんだ」
 白石は早速言われた4桁6174で試してみた。
「不思議ですね。5桁はないんですか」
 逆に質問した。
「残念ながら、5桁は無いんだけど、6桁は存在します。興味があれば調べてみてください。もう1つ試しに、白石さん考えた同じ数字を含まない3桁の数字で計算してみてください」
 朝比奈は微笑んで答えた。
「私の誕生日が3月28日だから、328を使うと・・・・・・・594」
「それを同じ方法でもう1度計算すると答えは495になるでしょ。不思議だよね」
 目を丸くしている白石がとても可愛いかった。
「世の中には謎だらけなんですね」
 スマホを返した。
「そう、知らないことが多いよね。今度は先生に、白石さんのことを教えてくれないかな」
「えっ、私のことですか」
「そう、先ず家族構成からお願いします」
 スマホをポケットに戻し、記入する体制を作った。
「お父さんは白井工と言います。名古屋の小さな病院で働いています。母は、羊水塞栓症で、私を産んで直ぐに亡くなったそうです。ですから、家族は父と2人で、母は写真でしか知りません」
 父と2人で映る母の写真を思い出していた。
「今回は、骨髄移植を受けるそうなんだけど、お父さんとのHLAは一致しなかったのですか。可能性は1番高いですよね」
「型は一致したのですが、父は以前事故に遭って輸血をしているのに加え、心臓の病気でドナーの適格性判定を通らなかったようです」
「日本骨髄バンクの適格性判定基準の他にも、日本造血細胞移植学会のガイドラインもクリアしなくてはいけませんから、適合する人を探すのは本当に難しいんですよね」
 左の顳かみを叩いた。
「先生、本当によく知っていますね」
 感心していた。
「でも、ドナーが見つかって骨髄移植の予定はあったんだよね。どうして延期になったんですか」
 如月医師に聞いても教えてはもらえない質問をぶつけてみた。
 「いえ、私にも教えてもらえませんでした。ただ、延期になっても、必ず骨髄移植は行うと如月先生に言ってもらえましたから」
 頑張って笑顔を作ってみせた。
「そう言えば、如月先生を見なかったけど、今日はお休みなのかな」
 病院に入ってから、白石の病室に来るまで1度も顔を見ないことを不審に思った。
「朝、白衣を着て挨拶に来てくれたから、お休みではないと思います」
 いつもなら何度も顔を出してくれるのに白石も頭を傾げた。
「じゃ、ちょっと探してみるよ。また会いに来るから、その時も笑顔を見せてね」
 朝比奈は立ち上がると手を振ってから部屋を出た。そして、しばらく看護師などに尋ねて如月医師を探していると、思いがけない人物の姿が目に飛び込んできた。
「あっ、優子さんここで何をしているんですか」
 女性に近づいて声を掛けた。
「朝比奈さんこそ何をしているんですか。また事件ですか」
 大神の妻で東名医科大学の内科医優子が逆に質問した。
「僕の姿を見ると皆んな、事件、事件て言いますけど、僕がまるで事件大好き人間みたいじゃないですか」
 変な顔をして答えた。
「でも、事件が好きなんでしょ」
「まぁ、嫌いではないですけど、それは別にして白衣を着てここで何をしているのですか」
 話を本筋に戻した。
「朝比奈さんが調べている事件だと思うけど、この病院の三矢医師が亡くなって、今日は骨髄液の採取手術をする為に呼ばれました」
 上を指差して答えた。
「あっ、そうか、ここの理事長と、優子さんが勤める東名医科大学の理事長が親しかったんだよね。だけど、如月先生がいる訳だし、他に緊急の手術も入っていないみたいだったけど」
 ちらりと見たボードの予定表を思い出していた。
「骨髄液を採取したのがその如月先生だったのよ。自分で自分の骨髄液は採取できないでしょ」
「だから、今日は会えなかったんだな。あっ、これ、僕が取ったばかりのみかんです。2つあげますので、仲良く食べてください」
 ショルダーバッグの中からみかんを取り出して優子に渡した。
「ありがとう。でも、何か皮が厚そうね」
 じっと手渡されたみかんを見ながら答えた。
「売りものではないようですからね。優子さんは、みかんの皮を剥く時、おしりの部分からとヘタの部分のどちらから剥きますか」
 みかんを指差して尋ねた。
「あっ、そう言えば、私はおしりだけど、夫はヘタから剥くわね」
 2人で食べた時のことを思い出していた。
「ヘタから剥くのは関東人。おしりから剥くのは関西人が多いそうです。それ以外にも、有田みかんの生産地である和歌山では、皮ごとみかんを4等分にしてから、果実を皮から剥がすそうです」
「あっ、私はその和歌山方式です」
「実は僕もそうなんですが、とても実に理にかなった方法ですね。大神はヘタから剥くのか・・・・・・優子さん、みかんのお礼ではありませんが、1つ調べてほしいことがあります。お願いできませんかね」
 その朝比奈の言葉に、嫌な予感がしていた。
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